漆番線 上野スカイクレイパー

 「なるほど、それは災難だったね 」

 翼に説明をし終わる頃には上野スカイスクレイパーの2階にあるエレベーターホールに着いた。

 大理石でできた床に高さ10メートル以上はある天井には大きなシャンデリアが飾られていてどこかの宮殿のようだ。

 上野スカイクレイパーはバブル期に鐵道省が「東日本の顔となる駅ビルを目指す」として作った巨大再建築物だ。

 地下5階、地上67階建てで、何と高さは高さ300.3メートル、屋上にはヘリポート完備というまさにバブル期だからできた建築物だ。

 当初の計画では上野駅の旧駅舎を解体する予定だったが、歴史的建造物であることそして地域からの猛反発により解体は免れた。

 そのため古さと新しさが混ざった不思議な駅舎になっている。

 「何階に集まるんだっけ?」

 翼がバッグから青いファイルを取り出しその中に入っている封筒から一枚の紙を出した。

 「え〜とね、24階の第二会議室だって 」

 「了解、ありがとう 」

 上野スカイスクレイパーは14階までがデパートやレストラン。15〜17階に劇場、それに美術館がある。それより上はホテルや会議室さらに凄いのはホテルに併設されている結婚式場だ。

 駅に直通していることから地方からくる親戚や家族、そして友人が集まりやすいのだ。

 結婚式後は寝台特急を貸し切って新婚旅行することもあるらしい。

 《2階です 》

 エレベーターが到着し両開きドアが通勤電車と同じように開く。

 中からは紳士服を着た男性や旅行に来たであろう外国人が降りてきた。

 エレベーターに入ると俺たちと同じような学生が多く入ってきて朝の京浜東北線のラッシュくらいぎゅうぎゅうだ。

 俺と翼はゆっくりと扉とは反対方向に進んだ。

 だが思った以上に多くの人が入ってきて俺と翼はとてつもない力でガラス張りの壁へと押された。 

 「ちょっあぶな......」

 俺はとっさに手をガラスにつけてバランスを取った。

 「大丈夫か、翼?」

 翼は俺の胸あたりに顔を押し付けるようになっていた。

 「う、うん 」

 ちょっと苦しそうなので、腕に力を入れて壁と俺の間にスペースを作る。

 「ちょっと苦しいかもだけど少しの間だからな......」

 翼の耳元でそう囁くと

 「だ、大丈夫だよ。なんかいい匂い 」

 と頬を赤くして言った。

 「そんなに嗅ぐなよな 」

 俺は少し照れくさくなり頭をかいた。

 エレベーターの扉が閉まり33階を目指して登り始める。

 さっきまで見えていた巨大な中央ホールがあっという間にボールくらいのサイズになった。

 《33階です 》

 エレベーターが開きぞろぞろと人が降りていく。

 俺たちはかなり後ろだったので全員が降りたるのをまった。

 「人多かったな、本当に希望者が年々減ってるのか? 」

 「どうだろうね、なんか多いように見えるけど......」

 エレベーターの前にはソファーや円盤型の机が置いてある控室がある。

 控室の入り口にはポールが置いてあり中に入れないようになっていた。

 そのポールにはプラスチック製のボードがかかっていて、「第二会議室はこちらです 」という字の下に赤く太い左矢印が書いてある。

 「こっちみたいだな 」

 矢印の方向には先ほどエレベーターにいた制服の男女が次々と第二会議室に入室していたので

俺たちもそれに続いた。

 「おはようございます。こちらの名簿にチェックをお願いします。そしてこちらの資料をどうぞ 」

 会議室の前に立っていた白衣を着た男性は長机に置いてある白い封筒を二つ取り俺たちに渡した。

 「「ありがとうございます 」」

 名簿には五十音順に名前が書いてあった。

 「甲武、甲武、あった 」

 俺の名前は一枚目の真ん中より上あたりにあった。

 チェックをつけて先ほどもらった資料を手に持ち翼と共に入室する。

 こんな高層ビルの会議室はどんなものかと思っていたが中は意外にも簡素な作りなっていた。

 防音用の穴の空いた壁、毛玉がつきそうな灰色のマットが敷いてある床、蛍光灯と業務用のエアコンが備わった天井。

 そして一番前にはデイトレーダーの机みたいに六つの大きな画面が備わっていた。

 六つも画面が必要なのか?

 俺があたりをチラチラ見ていると

 「大和、こっちだよ 」

 と腕を引っ張った。

 「分かった分かった自分で歩けるから 」

 画面がある前面から扉がある後方までズラッと並べられたパイプ椅子には現在半分より少し少ないくらいの人数が座っていた。

 現在の時刻は9時55分、健康診断開始は10時からだ。

 うん、鐵道省への希望者が少ないことは確かなようだ。

 俺と翼は前から丁寧に座る先人たちに習いツインテールの少女の隣に座った。

 ん?ツインテール......。

 ま・さ・か。

 隣を振り返るとツインテールがこちらを振り向いて驚愕していた。

 「お前はさっきの 」

 「あんたはさっきの 」

 俺とそいつは同時に指を刺し空中で指が交差していた。

 「ちょっと、いきなりどうしたのさ大和 」

 「さっき説明した俺を蹴飛ばした女だよ 」

 翼は理解したようで手をポンっと鳴らしながら「なるほど、あの子ね 」

 と、言った。

 「蹴飛ばしたとは何よ、ただちょっと足当てただけじゃない! 」

 あれがちょっとだと?ボクサーかお前は。

 「あれのどこがちょっと蹴ったなんだよ 」

 「うるさいわね、大体あんたがあんなところでナンパしてるのが悪いんでしょ 」

 だからナンパじゃねえって!

 「え?ナンパしてたの、どういうこと大和 」

 話をややこしくしないでくれ翼。

 「あんた最低ね。彼女がいるのにナンパとか 」

 は?何言ってんだ。

 「こいつは俺の友達だよ 」

 「はあ、嘘も甚だしいそれに男装させるとかどんな変態よ! 」

 あっそういうことか。

 「あっあの......」

 翼が俺の後方から少し顔を出して話を遮る。

 「なによ、あんた浮気されてるのよ! 」

 ビクッとした翼は一度言うのをためらったが俺の背中を握りながらもう一度声を出した。

 「あっあの、僕男です!」

 「え?」

 「「え?」」

 なんで周りの奴らも驚いてんだよ。

 「あっあなた男じゃ......」

 ツインテールは意気消沈し言葉が続がなかった。

 驚くのも無理はない、翼はこう見えても男なのだから。

 「そっそんなに男らしくないかな? 」

 「大丈夫だ、男らしくある必要なんてない。翼可愛らしあれ 」

 心配そうに言う翼に俺は真剣な目で言った。

 「もお、人がいる前で何言ってるのさ 」

 俺の背中をグーでトントンと叩くが全く痛くない。

 「あのー、説明が始まりますのでそのとりあえず座っていただけませんか? 」

 目の前を見ると6つある画面には白い背景と青い文字で"健康診断について"と表示されていた。

 時刻は10時を指し教卓のような場所には眼鏡をかけた堅物そうな先生が「ゴホンッ」と咳払いしながら立っていた。 

 やっちまった......。

 目立ちたくなかったのに。

 「「すみません 」」

 俺たちは慌てて謝罪しすぐに座った。

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