No. 2
朝倉 ぷらす
No. 2
どうして
そんなだから――死んでしまうのよ。
*** ***
「ぐっ――ぎぎぎぎ。」
名前、
死因、
「ねえ、そんなに苦しい? さっきまで、わたしの腕を
桂木は自分本位な男だった。神経質な性格で、苛立ちを抑えるためなのか爪を噛む癖があって、それでいつも深爪だった。シャワーの後は強い語句で女を組み伏せ、受け入る準備もさせないで、まず自分が満たされるためだけの行為を終わらせる。
それを、前戯と言うような男だった。
「あなたがバスタオルを
桂木は苦しみから逃れるために、首を絞めつけるネクタイを解きたかった。しかし、女がその手を離さない。手と手を引き合う力は桂木に軍配が上がるも、食い込んだネクタイの表面を指で撫でることしかできなかった。
ならばと思ったのだろう。今度は女の手を握りつぶさんとするほどに強く力を込めて、ベッドに押し返す。悲しいかな、桂木の深爪では女の手の甲に傷を作ることすら叶わなかった。
そんな桂木と対照的に、美貌の女は涼しげな表情だった。
「暴れないの。最期くらい、
色香をふんだんに
豊満な女の
「唇は、さっき堪能したでしょう? ね。ゆっくりと眠りなさい。」
言葉とは裏腹に、奮い立たせるような響きだった。しかし、それは死の囁きだ。
桂木が暴れようとするたびに
「ぃぎ……ぎ…………っ。っ――っ。」
しばらくして、静寂だけが残った。
「……あっけないものね。」
「いつもそうじゃない。」
桂木を絞め殺し、踏みつけていた
そんな
「最期の最期でお漏らし?」
「お腹がベトベトじゃない。……そんなに良かったのかしら?」
「さあ? 当人が天国へ
「地獄の間違いじゃない?」
「そうかもしれないわね。」
シャワーを浴びてくるわ、と素っ気ない。二人にとって殺しも男も、その程度の存在なのだろう。
残ったもう一人は、手早く後始末にかかった。計画は、一人目の女が桂木をホテルに誘い、シャワーを浴びる音に紛れてもう一人を招き入れ、そして桂木が油断した瞬間に絞め殺すという単純なものだった。
後始末にも、単純明快なシナリオを用意してあった。
絞め殺した犯人が捕まれば、決着は早い。だから、
「ふ……へへ。ねえー、お薬、くれるんでしょー? いい子にして待ってたんだぁ。」
スケープゴートに選ばれた女。
数分後には
「いい? いい子ね。」
「えへへへっへへへへへっへえへえへへへえ。」
「このおじさんとね、一緒に気持ちよくなったら、もっとお薬をあげる。」
「ほんとう?」
「本当。あと、あのおじさん、首を絞められるのが好きなんだって。」
「そうなんだ。あたしもー。えへへ。おんなじだー。」
判断力の欠けたスケープゴートにそんなことを言えば、どうなるかなんて明らかだった。のそのそとベッドに這い上がって、軋ませ始めている。
「ふぅ。待たせたかしら?」
「こっちも今、終わったところ。」
「……みたいね。」
バスタオルは巻かず、首にかけて裸体を晒す。そこにさっきまでの艶やかな淑女の姿はなくなっていた。
「さっさと帰りましょう?」
「そうね。」
バラバラと散乱している服を拾って、
ただ、聖書を二冊置いていくことを除いて。
それは「アオイトミノリ」としての殺しの
だからこそ「No.2」という通称なのかと、依頼者は納得する。そして「
今回、聖書が選ばれたのは、このラブホテルのサイドボードの引き出しには何故か、聖書が一冊入っているのを姉妹が知っていたからだった。その程度の安直な理由で、詩的な何かでは無かった。
「じゃあね。」
「バイバイ。」
薬漬けの女に、姉妹の声は届かない。
スケープゴートは桂木に
情事の
そういう筋書きだ。
――バタン。と、ドアが閉まった。
「……これで、また100万円くらい?」
「簡単な仕事だったわね。またしばらくは過ごせるわ。」
姉妹の表の顔。毎日、気づかれずに入れ替わりで働き、
下りエレベーター内の鏡の前、スケープゴートと同じ格好の女がウィッグを脱いだ。
「ああ。すっかり落ちちゃってるじゃない。」
「あのルージュ、そんなに甘かったかしら?」
死んだ人間の悪口で笑う。
そんなことよりも口紅が落ちてしまった事の方が、よほど大問題だと言わんばかりに取り出した、ガブリエルの名を持つ
ようやく二人の顔も瞳の色も髪の毛も、すべて同じになった。
その間にもう片方がタバコを
「……ふぅ。」
気持ちを切り替えるための一服だった。有名だからと安直に選んだ赤い
「ねえ、わたしにもくれない?」
「いいわ。」
言うが早いか、点したばかりのマルボロを半ばまで口に含んで唇を支点に反転させ、そしてキスの要領で吸い口を相手の唇に差し込む。
驚いたような表情への不意打ちは、早業の、ポッキーゲームを迫るような悪戯。
「んっ……。」
キスして2秒。後頭部を押さえていた手を放して、危険な火遊びを終える。
「……ふぅ。ねえ、このマルボロ、真ん中にアオイのルージュが付いているじゃない。」
「悪い?」
「あと、アオイがキスするなら塗り直した意味もないじゃない。」
「悪い?」
「口の中、火傷しないの?」
「映画で見て、練習したから。」
「あとで、わたしにも教えなさいよ。」
「やりたいんだ。」
「やられっぱなしは、性に合わないの。」
喜色に富んだ声音に、クスクスと囁くような笑い声が混じる。
そうこうしている内に一階に着いたエレベーターから、
繁華街の喧騒を抜けて終電間際の電車に揺られるころには、姉妹も表の顔に戻っていた。そこに、死の匂いを漂わせた妖艶さは見えない。
「……温泉でも行く?」
「貯金でしょ?」
「……世知辛いわね。」
「ええ、本当に。」
~fin~
No. 2 朝倉 ぷらす @asakura_plus
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