あなた以外の人間、いらないよ。
冷田かるぼ
撲滅
少女たちは対峙する。
「来てくれたんだね」
静かに囁いた。豪邸の一室、何かの会場にでも使われそうな空間。二人の少女は向かい合っていた。
「うん」
二人の距離は遠い。精神的にも、身体的にも、彼女たちが触れ合うことは難しいだろう。眼を見つめ、分かり合えないことを悟るとそっと
「どうして?」
控えめに、機嫌を伺うように聞いた。ひかりは真っ直ぐ佳苗を見据え、はっきりと言い放つ。
「佳苗にそんなことしてほしくないから」
動揺しているのが自分でも分かった。彼女にそう言われると、本当にやめたくなってしまう。だけれど決意は固いのだ。思い出せ、佳苗。この世界にまともな人間なんて自分も含め誰一人いないのだ。そこにいる彼女を除いては。自分が今まで何をされてきたのか、何を見てきたのか。それを考えれば私がしようとしていることは全く間違ってなどいないのだ!
自らをそう納得させ、彼女に言葉を返す。
「これは正しいことなの。だから止めないで」
「嫌だよ」
直ぐに言葉は返ってきた。彼女はきっと、自分がやめると言わない限りずっとそう言い続けるのだと思った。真っ直ぐで、真面目で、純粋で。そして本当に優しくて、愛おしくて、馬鹿だ。
「人類を滅ぼすことはそんなに駄目なことなの?」
そんなわけない。だってこの世はこんなにも汚くて、人間はあんなにもクズだらけなんだ。それに地球には人間が居ないほうが良いでしょ? 自分たちで自分たちを破滅に追いやっている、馬鹿な人達。もちろん、私も彼女も馬鹿だ。
「駄目だよ。佳苗が悪い人になっちゃうよ」
こんな時にもなって自分のことを想ってくれるひかりが、愛おしくて愛おしくて仕方がなかった。でも、彼女を止めなければならなかった。どんな言葉も、言い訳も、彼女には響かない。分かっていた。ただ、彼女に乱暴はしたくない。彼女と私、世界の終わりにたった二人で一緒に死にたい。だから、今はあなたに止められたくない。
「……この世には汚い人ばっかりだよ、例えばひかりの友達だって……」
「でも人を殺しちゃ駄目」
埒が明かなかった。足掻いていたかった。でも、私はこれ以上耐えられなかった。ひかりが私のためを想って止めてくれるのは嬉しい。だけれど、それは私のためにはならない。分かって欲しかった。私の苦しみを、あなたが救ってくれたならよかった。
「ねえひかり。私にはもう人間を撲滅させる手立てがあるんだ。どうして人間はこんなに脆いんだと思う?私達人間が愚かだからだよ」
早口でそう言うと、少しうろたえたように彼女の瞳が揺らいだ。私には分かる。彼女は私と交わることのない人だったんだって。でもこれは運命なんでしょ。出会ってしまったんだから。もう仕方がないことなんだ、と決意をより強く抱いて。
「それは違う」
凛とした声が、部屋に響き渡った。ああ、この声が本当に好きだ。はっきりとした意志を持つ、あなたの声が大好きなんだ。もっと聞いていたかった。だけど、もうこれで終わりなんだ。辛い。でも、仕方がないの。許して。
「私達は、支え合って生きていくものだからだよ」
綺麗事。そう言って切り捨てたかった。でも、あなたのその綺麗な思想を汚したくはない。どうか、綺麗なままでいてほしい。
「そう……ひかり、こっちへ来て、もっとちゃんと話を聞いて」
「分かった……けど、佳苗に絶対に人を殺させなんかしない。佳苗は私が止め」
彼女が足を踏み出した途端、風を切る音と鈍い音が耳に届いた。斧が、彼女の首めがけて飛んできた。目の前で彼女が倒れる。走り寄って、必死に彼女に声をかけた。
「ひかり!!」
反応はない。首に深々と突き刺さった斧、なんとか繋がっている首。想定通りだった。でも、こんなことしたくなかった。あなたと一緒にいたかった。なんとか刺さった斧を外し、構える。そしてまだ繋がった首を切り離すべく、何度も、何度もひかりの首に斧を振り下ろした。
私のブラウスがあなたの色で染まっていく。音は部屋中に響き渡る。ああ、愛しているの、ひかり。お願いだから許して。ううん、やっぱり許さなくていい。あなたが私のことを想ってくれた。それだけで十分。切り落とされたあなたの首。じっとりと濡れてしまった艷やかな髪、光のない綺麗な色の瞳。その瞳が私を映すことはもうない。
「ただ、分かってほしかっただけなの……ごめんなさい……全て終わらせて必ずそっちへ行くから……」
子供のように泣きじゃくって、涙は広がる液体にこぼれ落ちて混ざっていく。肉塊を抱き上げ、そっと口づけをした。
「愛してる」
その声はもう誰にも届くことはなかった。
あなた以外の人間、いらないよ。 冷田かるぼ @meimumei
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