第3話 屍

 2945年。

 人類は度重なる環境汚染を続け、絶望の危機に追いやられていた。

 オゾン層の破壊により酸素は枯渇し、自然は朽ち果て、有機生命体が人類に変わって世界を蹂躙し始めた。

 そいつらこそが、小型二足砲口〈インドラ〉。

 もともとは魚だったインドラは、人類が自然の世界に流し込んだ化学物質を体内に蓄積し、辿ったのは絶滅の道ではなく、進化の道だった。

 両生類から爬虫類に進化したように、インドラは魚類から人間の姿へと進化した。

 研究者たちはあらゆる手段を使って、奴らのDNAを研究し続けているが、いまだに結果は出ず……。

 まるで人類への復讐を実行するかのように、インドラは人の大地を荒し、虐殺を繰り返している。

 その目的も、意味も、まだ我々には何も分からない……。


 恍惚と、瞼の裏に差し込む光が段々と意識を呼び戻してゆく。

 息をしている。

 体温を感じる。

 背中に何かが当たっている。

 これほどまでに自分の五感に意識を注いだことはない。

「あ、起きた?」

 溌溂とした女性の声が聞こえた。

「う……」

 ゆっくりと体を起こすと頭に突き刺すような痛みが走った。

「こら、動いちゃだめだよ!」

「ここは……」

 軍服にミニスカートと、いかにも幼い少女を連想させるような格好の女性に、ミーゼは問う。

 再びベッドに寝かしつけられ、体の力が抜けた。

「大丈夫だよ、ここには危険なものはないし、君を襲う奴もいない」

「襲う……」

「もちろん変な意味じゃないよ?」

 あははと苦笑する少女。

 ミーゼはぼんやりと思い出す。

 目の前で姉が死んだこと。

 自分の街にインドラが来たこと。

「そうだ、わたし、誰かに助けられて……」

 そう気づいて、包帯を巻かれた頭を押さえながら、辺りを見回した。

 白を基調とした静かな部屋。

 一瞬、病室なのかと思ったが、治療器具はない。

 それにここにいるのは、目の前の少女だけだ。

「私、ユリーシャ・ロイス。よろしくね」

 ぱっと目があった少女が名前を告げる。

 年下に世話を焼かれたようで、居たたまれない気分だ。

「ミーゼ・エシタルス……です」

「うん、よろしくね、ミーゼ」

 手を差し出され、混乱してしまう。

「あの……これは」

「ん? 握手だよ」

「なんで……」

「なんでって言われても、したいから?」

「はあ……」

 よくわからないが、ユリ―シャのするがまま、ミーゼも右手を差し出して手を握る。

「それじゃ、私は会議があるから、一旦離れるね。勝手にこの部屋を出たりしたらダメだよ? 君は病人なんだから」

「はい……」

 自分の容態を労ってくれているのだろうが、やっぱり年下に面倒を見られているような気がして、良い気分はしないミーゼだった。

(あの人、何歳なんだろう……。結構可愛かったけど……)

 面倒見どころか、なかなかの美少女だったこともミーゼにはかなり響いた。

 自動扉が開き、ユリ―シャが出て行ったタイミングで、ミーゼは再び横になった。

 正直、頭が追い付いていなかった。

 自分の街が襲われたことも、姉が死んでことも覚えている。

 なのに、憎しみや、負の感情が体を蝕むような感覚はなかった。

 至って冷静……。

 それもユリ―シャと会話したことによって、さらに力が抜けてしまった。

「あの子はここから出るなって言ってたけど、少しくらいならいいよね……」

 ここがどこなのかも知りたい。

 興味本位でベッドから降り、部屋を出てみることにした。

 今更だが、白いシャツに着替えられていたことに気づく。

 広い廊下に出ると、看護師や白衣を着た人たちがあっちこっちに動いていた。

 自分のいた部屋より何倍も騒がしい。

 きょろきょろしながら廊下を進むと、三つほど進んだ部屋。

「え……」

 そこには直視しがたい光景が広がっていた。

 悲鳴を上げながら治療を受ける男性。

 片腕をなくした患者が呼吸を荒くしながら、横たわっている。

 既に息を引き取ったのだろうか、閉じた目を開ける様子のない患者に泣きながら寄り添う家族と思わしき人たち……。

 あまりにも残酷な画が、ガラス越しで広がっていた。

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