ディケイド

フィクスト・スター

1話 事件

 「獣の臭いがする。」


 宇宙空間の暗闇の中で、レッドマンはそう呟いた。

 炎を噴き上げる黄色い双眸が、遥か遠くに浮かぶ青い星を捉えていた。


 「…レッドファイト。」


 静かに発せられた殺戮の宣告。

 赤い光に身を包んだレッドマンは、一直線に青い星…地球へと向かって行った。


 


 国際怪獣救助指導組織「Girlsガールズ」、東京支部。


 カプセル怪獣アギラのカイジューソウルを宿す少女、宮下アキは、休憩室の机の上に突っ伏して目を閉じ、眠りの中にあったが、突然背中を叩かれて覚醒する。


 アキ「うわっ! …あ、ミクちゃん。ウインちゃん。」


 そこにはアキの同僚であり親友、同じくカプセル怪獣のミクラスとウインダムのカイジューソウルを宿す牛丸ミクと白銀レイカが笑顔で立っていた。


 ミク「アギちゃん!そんなに寝てたらもっと寝ぼけまなこになっちゃうぞ!」

 レイカ「アギさん、悪い夢でも見られたんですか?ずっとうなされていたみたいですが…。」


 アキは眠たそうな目をこすり、一度大きなあくびをして答える。


 アキ「うん、よく覚えてないけど…凄く怖い体験をしたような気がする。」

 ミク「寝言で誰かと喋ってたよ?“お前は自分がそんなに偉大な存在だと思っているのか”…とか。」

 レイカ「ええ。アギさんがお前、だなんて…寝言でも鬼気迫る様子でしたよ。」

 アキ「そうなの?怖がらせちゃったなら、ごめんね。」

その時扉が開かれ、レッドキングのカイジューソウルを宿す筋肉質な小麦肌の少女、歌川ベニオが入ってくる。


 ベニオ「よう、いたのかお前ら。暇ならちょっと付き合ってくれ。」

 レイカ「付き合うって、何にですか?」

 ベニオ「新人の実戦訓練だよ。中々腕のいい奴らが入ったから、お前らにも見てもらおうと思ってな。」




 街へ繰り出すと、そこには十匹程度のシャドウと二人の怪獣娘の姿があった。

 怪獣娘の一人は、一本角を生やした紺色の頭髪で引き締まった肉体の武闘派。もう一人は、大きな耳に黒い体毛が特徴の、大人しめな印象を抱かせる。


 アーストロン「ミミ!一気に決めるぞ!」


 一本角の少女が叫ぶ。


 イカルス「うん、アーちゃん!」


 ミミと呼ばれた大きな耳の少女がそれに応え、空に手をかざすと、そこに不思議な歪みが生じる。

 アーちゃんと呼ばれた少女は、待ってましたとばかりに笑みを浮かべ、大きく息を吸い込む。その口内に橙色の炎が燃え上がり、口を開くと同時に灼熱のビームに変わって歪に飛び込んだ。


 アーストロン「マグマバースト!」


 十匹程度のシャドウは理解しきれていない様子で静止していたが、突如その頭上から同時に炎が降り注ぎ、訳もわからぬまま焼き尽くされていった。


 敵の一掃を終えた二人は、見物していた四人の先輩に気づくと変身を解いて駆け足で近寄り、頭を下げて挨拶をした。


 トウコ「レッドキングさん!それに、アギラさんにミクラスさん、ウインダムさんでしたよね?初めまして!あたしはアーストロン、朝霧トウコっす!」

 ミミコ「えっと…私は、イカルスの…斑鳩ミミコです。」


 スポーティな服装で堂々としたトウコと、清楚な服装で俯き気味のミミコ。

 中の良さそうな二人だが、印象は全く対照的だった。


 アキ「初めまして。僕はアギラ。宮下アキだよ。」

 ミク「あたしはミクラス。牛丸ミク!」

 ウインダム「ウインダムの、白銀レイカです。よろしくお願いします。」


 アキたちが挨拶に応えると、トウコは変わらず意気揚々とした面持ちで話し出した。


 トウコ「どうでした先輩方!あたしとミミの四次元殺法!サイキョーでしょ?シャドウくらい余裕っすよ!なあ、ミミ。」

 ミミコ「う、うん…。」


 ミミコは返答に困っている様子だが、頬が緩んでいるため嫌ではなさそうだった。

 アキが「二人は…」と問いかける前に、ベニオが割り込んだ。


 ベニオ「まあここで立ち話もなんだ。お前ら飯、まだだろ?全員分奢ってやるから、そこのレストランでゆっくり話そうぜ。」

六人はファミリーレストランで一番広い席を取り、それぞれ注文した料理で腹を満たしながら会話を再開していた。


 アキ「さっきの続きなんだけど…アーストロンとイカルスはずっと二人で戦ってるの?すごく息がぴったりだったけど。」


 オムライスを口に運びながら、アキが先ほど遮られた質問を投げかける。

 トウコは角切りステーキを素早く咀嚼し飲み込んで笑顔を作り、それに答えた。


 トウコ「昔からの友達なんですけど、カイジューソウルが発現したのはあたしが先なんです。それで、シャドウからミミを守らないとって、しばらく一人で突っ走ってたんですけど…シャドウビーストとかになるとどうしても一人じゃだめで…。」


 トウコが言ったん間を置くと、今まで沈黙していたミミコが話を紡いだ。


 ミミコ「私も、どうにかしなきゃって…なにか、手助けにでもなればいいなって、強く考えたら怪獣娘になれたんです…。」


 そこで話に入ったのはベニオだった。


 ベニオ「それで、アーストロンは腕っぷしの強さと熱線、イカルスは異次元を作り出す能力を活かして、お互いをフォローしてるってことだな。」

 ミミコ「は、はい…でも、今でも私、アーちゃんに守ってもらってばかりで…。」


 ミミコが謙遜気味に呟くと、トウコがそれを急いで遮った。


 トウコ「何言ってんだミミ!あたしらの四次元殺法だってお前の能力あってのものだろ?もっと強くならなきゃいけないのはあたしの方だよ。もっともっと火力を上げなきゃ、せっかくの最強コンビを活かせないんだからさ。」


 それを聞いたミミコは、また顔を赤らめて黙り込んでしまった。

 アキはそんな二人をやりとりに深い感心を示す。


 アキ「アーストロンとイカルスは、本当に最高のコンビだと思うよ。だって一緒に戦ってた時の二人、すごくキラキラした顔をしてたから。焦らないで、マイペースでいこう。僕たちも必要なら、いつでも協力するから。」


 アキはそう言って微笑む。

 トウコとミミコはその言葉を聞いて暫く静止していたが、トウコが身を乗り出し、アキの両手を自身の両手で強く包み込んだ。


 トウコ「アギラ先輩、ありがとうございます!あたし、ずっと自分を追い込んでたみたいで…先輩のお言葉で、ハッとなりました!今度、特訓に付き合ってください!アギラ先輩の突進攻撃、参考にしたいっス!」

 アキ「あ、うん…どういたしまして。」


 深い感銘を受けた様子のトウコ。

 アキが苦笑しながら視線を逸らすと、ミミコも微笑んで軽く頭を下げた。


 ベニオ「アギラの言う通り。焦ったって急に強くなれるわけじゃないからな。自分らしく生きて自分のペースで強くなる、それが怪獣娘ってもんだ。」


 ベニオがそう言うと、ミクがうんうんと頷く。


 ミク「いやー、でも合体技なんて憧れちゃうなー。ねえ、アギちゃんウインちゃん!今度あたしたちもやってみようよ!三人の合体技!」


 それを聞いたレイカがさらに追求する。


 レイカ「そうですね。このソウルライザーにはまだまだ知られざる機能があるそうなので、もしかしたら複数のカイジューソウルを一つに集めることができるかもしれません。」

 ベニオ「お、いいね!技だけじゃなくて本当の合体か。」

 アキ「合体…複数のカイジューソウルを一つに…。」


 口に出した直後、アキを鋭い頭痛が襲った。


 アキ「うっ…!」


 合体。魂の融合。

 魅力的にも聞こえるその言葉が、何故かアキには恐ろしいものに感じた。

 一瞬、記憶の奥底に封じたはずのものが蘇る。

 視界を覆い尽くす黒い海。その波模様に圧し潰されるかのように呑まれていく。

 意識が沈む直前、破滅的な赤い光がその波を掻き消して…


 レイカ「アギさん?大丈夫ですか?」


 レイカの声でハッと我に帰るアキ。

 気づけば、全員が心配そうにアキを見つめていた。


 ミク「アギちゃん…具合悪いの?風邪?」

 ベニオ「お前にしちゃ珍しいな…それに、なんか小声でブツブツ喋ってたぞ?」


 全員の気遣いに、アキは頭を軽く振り、笑顔で答えた。


 アキ「ううん、なんともないよ。ちょっと食べれば元気になるから。」


 それに対し、ミクが安心したようにツッコミを入れた。


 ミク「アギちゃん、まだ食べるの?もうオムライスもフレンチトーストも食べてるじゃん。またお腹たるんじゃうぞぉ?」

 アキ「あ、いや、違っ…もう!ミクちゃん!」


 再び場の空気が緩み、笑いが起こる。

 アキも自分が見た悪夢の詳細が気になったものの、今は忘れて楽しむことにしたのだった。

その後はトウコとミミコの親睦会となり、街中を遊び歩くこととなった。

 レストランを出たアキたちは、リニューアルオープンしたゲームセンターに入った。

 ベニオとミクとトウコがパンチングマシーンで力比べをし、レイカとアキはクレーンゲームの前で、それぞれ「おまピト!」で推しメンのフィギュアとお菓子の詰め合わせに心を奪われ、手に入れようと奮闘していた。

 ミミコは騒がしいゲームセンターに慣れていない様子だったが、一台のクレーンゲームに置かれた、手のひらサイズの鳥のぬいぐるみに惹かれた。


 トウコ「お、ミミ。それ欲しいの?」

 

 気づいたトウコが話しかける。

 

 ミミコ「うん…でも私、あんまりゲームとかやったことなくて。お金の無駄になっちゃうと思うから。」


 そう言って苦笑するミミコ。

 トウコはすぐさま「よし」と頷いて、財布から100円を取り出して投入口に落とした。


 トウコ「任せなよ。あたし、こういうゲームも慣れてるからさ。」


 クレーンがゆっくりと下降し、ツメがぬいぐるみをがっしりと掴む。

 そして再びするすると上昇し、取り出し口へと繋がる穴にストンとホールインワン。

 戦利品を拾い上げたトウコは、それをミミコの手に握らせた。


 ミミコ「…ありがとう。」


 頬を染め、柔和な笑みを浮かべて感謝を述べるミミコ。

 トウコは照れくさそうに頭を搔いた。


 トウコ「そんな、別に…そいつ、名前とかあるの?」

 ミミコ「うん。ガンバルクイナって言うの。昔から好きなんだ。この子を見てたら、私も頑張れる気がして…。」

 トウコ「そっか…大事にしてな。」

 ミミコ「うん。」


 そこへ、へとへとになったレイカとアキがやってきて、トウコに縋りついた。


 アキ「お願い、アーストロン…僕らのも代わりにやって…。」

 レイカ「その腕だけでも貸してください…七回やって掠りもしないんです…。」

 トウコ「えぇー…しょうがないっスねぇ…。」


 苦笑しつつ引き受けるトウコを見て、ミミコは楽しそうに笑っていた。

アキたちは夕暮れまで遊び歩き、街中で解散した。

 トウコとミミコは良い先輩たちに巡り会えたこと、これからの目標などを語り合いながら共に帰宅していたが、すっかり暗くなった頃にトウコの自宅前までたどり着いた。


 トウコ「どうする?ミミコの家まで一緒に行かなくて平気か?」

 ミミコ「大丈夫。いつまでもアーちゃんに頼りきりも良くないから…これからは私も強くならなきゃ。アギラ先輩が言ってたみたいに、自分のペースで。」

 トウコ「わかった。一緒に頑張ろう。じゃあ、また明日。」


 トウコと別れたミミコは、街灯の光が僅かに挿し込む帰り道を歩き出した。

 幼い頃はこの帰り道がなによりも苦手で、暗くなってしまうと、トウコや母と一緒でなければ一歩進むことさえ困難だった。

 暗闇から魔物が飛び出してくるかもしれない。永遠に自宅へ辿り着けないかもしれない。

 そういった恐怖で足がすくんでしまうからだ。

 しかしミミコの家はあまり裕福とは言えず、引っ越しの余裕もなかったため、嫌でもこの道に慣れるしかなかったのだ。


 ミミコ「う…。」


 ミミコは少しずつ前に進んでいたが、自宅までは少し距離があり、あと十分ほど歩かなければ着かない。

 慣れなければ、強くなるために…。

 そう考えてはいたが、今日はいつも以上に言い表せない恐怖を周囲から感じていた。


 ミミコ「今日くらい…ちょっとだけなら、良いよね。」


 ミミコは鞄からスマートフォン型のアイテム…ソウルライザーを取り出した。


 ミミコ「ソウルライド…!」


 ソウルライザーに「SOUL RIDE」の文字が表示され、ミミコの全身に獣殻(シェル)を纏わせ、彼女を怪獣娘イカルスの姿へ変える。

 イカルスは目の前の空間に手をかざし、異次元へ繋がる歪を作り出すと、その中へ入っていった。




 異次元空間を進むイカルスの足取りは軽かった。

 この空間も外と比べて明るいとは言えなかったが、何より他から隔絶されていることが彼女に安心感を与えていた。

 ここに閉じこもれば、誰にも脅かされずに済む。

 だがそれも今日を境に変えていこう。

 この空間はシャドウと戦うために、仲間の助けになるように使おう。

 イカルスだけが作り出せる、イカルスだけの空間。

 誰からも干渉されない、彼女の聖域に…

誰かがいた。


 突然のことに戸惑い、目をこすって確かめる。

 そんなはずはない。許可していないものが外部から入ってくるなんて。

 何度瞬きをしても、その誰かは幻になってくれない。


 黄色い卵型の双眸が、溶鉱炉のような光を放ってイカルスを見つめている。

 その手に鈍く光る短剣を握り締め、一歩、一歩と近づいてくる。

 

 嫌。

 嫌、イヤ。

 嫌だやめて来ないで助けて。助けて助けて助けて助けてたすけてたすけて!


 「ア…」


 親友の名を口にしようとした瞬間。

 黄色い双眸が一気に距離を詰め、異次元空間を赤い光が引き裂いた。




 静寂が続く夜道。

 虫の声だけが反響するアスファルトの上に、血の付着したガンバルクイナのぬいぐるみだけが残されていた。

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