1杯目
この店は普通の店であった。時折変な客は来るが、それでも大体静かであった。
毎朝店主は珈琲を淹れ、最初の客が来るまで待つ。顔見知りであり常連の利用者なので料理も作っておいて、
かららん
扉が開いた。厨房から顔を出して確認するとやはり思った通りで、挨拶してから出来立てのサンドイッチを持っていく。
長い黒髪を揺らして会釈すると、常連はお手拭きを手に取りお手玉をする。熱かったようだ。少し冷めたお手拭きは再び机に置かれ、代わりにサンドイッチに手が伸びる。
くんくん
鋭い目付きで店主を見、そして真剣に中身を指す。軽く頷くのを見た途端にその表情は満面の笑みに転じた。この常連はツナが好物なので卵やらハムやらの時は若干機嫌が悪くなるのだ。本日は卵にツナを入れて朝採れレタスで挟み込んだツナエッグサンドである。
お上品な印象とは全く異なる仕草で大口を開け、頬張る。額から胸元にかけてが軽く蕩けた。輪郭線がゆるくなった常連はゆっくり咀嚼してツナの塩味と卵の優しい甘味を楽しみ始める。
そしてドリンクは珈琲……ではない。
ジンジャエールである。
しゅわしゅわとした炭酸が腹に染みる。生姜の香りで更に食欲増進効果が期待というか目に見えて上がる。爽やかな1杯が目を覚ます。この店はジンジャエール専門店であった。珈琲の香りはアロマである。
ごっごっごっ、と勢い良く黄金の泡を飲み干す常連。これだよこれと全身で表す飲みっぷりに店主は満足して頷いた。
もきゅもきゅとサンドイッチを食べ終えると、常連は財布を取り出して黄金色の何かを取り出した。それを確認して店主は似たような形状の銀色、銅色の何かを渡す。
また来る、とばかりに手を振って立て掛けてあった荷物を手にして常連は出ていった。
長い服に身を包んだ常連の荷物は、日によって変わるから不思議である。鋼だったり木だったりする。武道の達人には見えないが本当に使えるのだろうか。
繰り返しになるが、この喫茶店には時折変な客が来る。
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