最後の日くらいは空でも飛ぼう(4)

 ショッピングモールは自動ドアが破壊され、中も商品が床に散らばっていた。

「お前がやったの?」

 僕は訊く。

「なわけ」

 彼は迷うことなく服屋に進み、あれこれ手に取り始めた。

「やっぱ今のトレンドっていうとなんだ? アロハシャツとか? 夏っぽいもんな! いや、敢えて無難に白Tか? ちょっとオーバーに着るのがいいんだよな? 聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

 僕は適当に返事をする。僕にとって彼の服装なぞどうでもよくて、頭の中は今夜のデートのことでいっぱいだった。あるいは今日が人生最後の日ではなかったのなら多少は彼の服装にアドバイスのひとつやふたつしたかもしれない。それは彼のためというよりは、僕の横にちんちくりんの格好をしたちんちくりんが歩いていたら近くにいる僕の品位まで落ちてしまうからだ。しかし今日はその心配はしなくていい。僕の横にいくらちんちくりんが歩いていようと誰も僕らのことを気にかけることはないだろうし、仮にちんちくりんが発見されても、地球最後の日だから頭がおかしくなってちんちくりんになったのだなと納得してもらえる。

 だから僕は彼がどんどん狂った方向に行くのを止めずに珍獣を観察するように彼のフィッティングを見守った。

 彼の最終形態はやはりちんちくりんで明らかにオーバー過ぎるTシャツとスキニー、じゃらじゃらしたチェーンをそこら中につけて、サングラスを首元にかけていた。

「どうだ? これならおっぱい触れそうか?」

 彼は試着室から出るなり、そう訊く。

 僕は「おおー、いいね。一瞬、トム・クルーズかと思った。マジでいいよ。見かけるだけでもう女の子たちはお前におっぱい差し出すよ」と適当に褒めた。

 彼は実に嬉しそうにそうかぁ? と言っていて流石の僕の良心も痛みそうになったが、こんな格好をしている奴がいれば女の子はすぐにやばいやつだと気がついて逃げてくれるだろう。すなわちこのちんちくりんの変態行為から僕は女性たちを守る手助けをしたとも取れるわけなのでやはり僕の良心は一切痛むことがなく、健康的だった。

 その後、僕たちは食品売り場でアイスやシュークリーム、アイスコーヒーを手に入れるとフードコートでそれらを食べた。

 Twitterはこんな時でも健在で、#地球滅亡 をつけたツイートは今も更新され続けていた。

「なあ、俺、お前に会えて良かったよ」

 唐突に彼は言う。

「何だ急に気持ち悪い」

「いや、最後だしさ。いいだろちょっとくらい」

「そういうセンチ的趣味を持っていることを初めて知ったよ」

「なんか大学のオリエンテーションでたまたま席が近かったってだけで何か劇的なドラマがあったわけでもないのに俺は本当にお前と仲良くなれたと思ってる。不思議だよな。俺、お前がいなかったら大学つまらなくてとっくに辞めてたかもしれない」

「席が近かっただけでそこまでの関係性を築けるのなら、他の人とももしかするとこれまで以上の関係を築けていたかもしれない」

「どこまでもお前はひねくれてんな」

 そう言って彼は笑う。

「まあ、最後ってことだから僕も一回だけ言ってやる。僕もお前に会えて本当に良かったと思ってる。先輩を追って大学入り直した僕は明らかに周りから浮いていて、それは単に浪人したやつとかまあ仮面浪人もそうだ。そういう奴らとも僕は違った。まあ僕は先輩の近くにいられればそれで良かった。友だちなんていなくても先輩さえいればそれで良かった。だけどお前が図々しく話しかけてきてくれたおかげで、先輩と会えない時間も、まあそこそこ楽しかった。思想は変態だし、着てる服はちんちくりんだけど、お前のお陰で楽しかったよ」

 彼は顔を背ける。

「……なんかこういうの気持ちわりーな」

「だから言ったろ?」


 ショッピングモールを出ると既に日は傾いていた。

「あー、やば。もう一日終わるじゃん」

 僕は頷く。

「お前は先輩に会いに行くんだろ? 頑張れよ。俺は俺でおっぱいのために頑張るからよ。また天国で会おう」

「地獄かもしれない」

「天国だろ。信じるものこそ救われる、だ。じゃあな! 良い終末を!」

 そう言って彼は背中を向け、再び振り返る。

「なあ、この服、変じゃないよな?」

 僕は目を逸らした。彼は怪訝そうに首を傾げ、しかしまあいいかと納得したようだった。彼はそうして走り去っていった。

 駅に行くと、流石に電車はもう動いていなかった。僕は歩いて先輩との待ち合わせ場所に向かうことにした。

 ひとけはやはり無い。静かな終末だ。

 僕は先程別れた彼のことを考える。それから東京に上京する前の先輩の友だち達。そしてもちろん先輩のこと。

 高校の傍を通った時、人の声が聞こえた気がした。楽しげな声だった。青春の最中という感じの、自分が何にでもなれて、敵なんてどこにもいないと信じているような。

 そして次の瞬間、ボォンッと大きな音が鳴り、熱風が吹いた。

 見ると高校の校舎が燃え盛っている。

 地球滅亡に絶望した馬鹿の仕業だろうか。Twitterを見ると、車をぐしゃぐしゃに潰す動画や、店を荒し回る動画、中には明らかにレイプと思われる動画もアップされていた。

 世界は終わりに向けて急速に秩序を失っていく。

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平凡で陳腐な東京ロマンス ちくわノート @doradora91

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