第1話:チクタクマン

 気が付けば目の前は真っ白な空間だった。どこが壁で、どこが天井かも分からない。眺めているだけで視覚が狂っていくような感覚に陥る不思議な場所だ。目の前に立つ誰かに視線を向けていないと持っていかれそうになる。


「私は……そうだな、チクタクマンとでも呼んでもらおうか。キミの見つけた隕石に宿っていた者だ」

「あんたが、声の主か。何者だ?あの炎はなんだ?」

「そう急くな。我も1つしか体は無い」


 目の前に立つチクタクマンとやらは、やれやれといったポーズを取っている。しかし、顔が無い。正確に言うならば、顔が分からないだろうか。顔の部分は存在しているが、モザイクのような何かが動いていて顔の判別がつかない。声も相変わらず複数の声が重ね合ったように聞こえてくる。


「まずはワタクシ、いや、オレの事について話そう。オレはヤツ、あの炎の吸血鬼に追いかけられてここにやってきた。何者かと聞かれると困る。名前が分からないんでな」

「記憶喪失って奴か?それで、その炎の吸血鬼だったか、あれはなんなんだ。何も無いのに燃えていた」

「何かと言われればオレの敵だな。オレを殺そうとしている。そして、次はお前だろうな」


 意味が分からない。確かに映画なんかではエイリアン達は人を襲っていた。しかし、なんで俺なんだ?どう見ても狙いを定めている時点であれこれ無差別に襲うようには思えない。


「奴の食事は他の生命体の命と記憶だ。俺も奴に持ってかれた。お前も記憶は貯蔵されているだろう、生きているのだから」

「ふざけんな!なんで……なんで死ななきゃいけないんだよ!まだ16だぞ!?」

「そう叫ぶな、頭に響く。それに、死ぬとはまだ決まって無いぞ?そのためにここに呼んだ」


 どういう事だ。確かにこんな空間を作れている時点でただ者じゃないってことは分かる。だが、負けかけているでは無いか。俺1人の力が加わった所でどうにかなるとは思えない。


「そうでも無い。オレは今弱っているが、宿る場所さえあればあんな雑魚くらい片手で捻れる」

「本当にか?」

「オレの力は無敵だ。まぁ、お前の想像力次第ではあるがな」


 サラッとさっきから俺の思考を読んだような返事をするのも気味が悪い。けど、あの炎の吸血鬼とやらを見た途端にとてつもなく悪寒が背筋を走った。チクタクマンの言う通りなのだとしたら殺されるのは確実だろう。今のチクタクマンよりも恐ろしく感じた。


「俺はどうすれば良い?」

「簡単な事だ。想像しろ、お前の考える最強の武器を、鎧を。現実にしてやる」

「それだけで良いのか?」

「それだけで良い。分かったな?空間を解除するぞ。想像したら、オレの名前を呼べ。それが合図だ」


 その合図と共に気が付けば空間からは抜け出していた。俺の立っている位置も、炎の吸血鬼とやらの場所も変わっていない。まるで時間が止まっていたようだ。

 すぐさま、チクタクマンに言われた事を思い出す。俺が考える最強の鎧、最強の武器が現実となる。なら、1つしかない。ロボットだ。それもドラゴンモチーフ、昔アニメで見ていたのを想像する。鋭利な角や、牙に堅い鱗、それでいて二足歩行をしている最高にカッコイイやつだ。

 武器はエネルギー砲だろう。身長と同じくらい長い筒に、高エネルギーを溜めてぶっ放せるのだ。威力は山をも穿っていた。まぁ、全長が18mも超えていたから、俺の大きさではそこまで出ないだろう。


「来い、チクタクマン!」

「──?」


 そう叫ぶ。すると、俺の体を包み込むように光が発生する。見れば、腕時計からその光は生まれてきていた。光は数秒も経たずに全身を包み込み、直ぐにその姿を表す。

 俺の身体には昔よく見た鎧の一部──肘から先にはロボットの装甲のような黒い手甲、エネルギー砲が装着された状態だった。


「話と違う!」

『悪いな、今のオレのエネルギー的にこれが限界だ。ただ、その代わり武器のエネルギーをチャージしてやっといた。それだけのパワーがあればそんなマッチの火は消せるはずだ』

「そーかい、わかったよ!」


 両足を踏ん張ってよく狙いを定める。未だに炎の吸血鬼とやらは自体を理解していないのか動かずにこちらの様子を伺っている。今がチャンスだ。

 覚悟を決めて、トリガーを引く。一瞬のチャージの後、青白いビームが放たれる。結果は目を疑う光景だった。数百mは地面が抉れ、木々や足元の雑草は燃え尽きている。踏ん張っていたはずの俺も反動で後ろに転がってしまう。だが、これで避けられていたら一巻の終わりだ。


「アイツは!?」

『直撃はしてなかったが、その風圧で種火が消えて無くなった。オレ達の勝ちだ』


 転がった姿勢のまま、ゆっくりと仰向けになる。空を見上げるが、綺麗な星空がは広がっていても、流星群は見当たらない。

 走っていたという事もあり忘れていたが、今は冬真っ只中。冷えた汗なんかが冷たくなり、凍えそうだ。ただ、ビームを打った反動なのか身体から力が抜けて動けそうにもない。


「どうするか、これ」

『オレにはどうする事も出来ない。力を使い果たした。しばらくは使い物にならないと思ってくれ』


 腕時計からチクタクマンの声が聞こえてくる。どうやら宿ったのは俺の身体ではなく腕時計の方だったようだ。確かにチクタクマンというのだから、時計の方がお似合いではある。

 久しぶりに走って疲れ、炎の吸血鬼とやらに出会ってしまった事で余計に疲れ、果てにはビームだ。周りに気を配るなんて余裕は無かった。

 突然、意識の外から人が現れる。正面からではなく頭上からの声だ。これには驚きよりも、焦りの方が大きかった。何故なら──


「あなたがこれをやったの?」

「いや、これは、えっと、その」


 ──この惨事の犯人だとバレてしまうからだ。


 突然声をかけられて、返事に戸惑ってしまう。それもそうだろう、この惨事を見られてしまったのだから。

 どうやって言い訳をすれば良いだろうか?そもそも"炎の化け物がいました"と素直に話しても理解してくれるだろうか?仮に今朝の自分に言ってもヤバいやつ認定は間違いなしだ。


「これはあなたが倒したのですか?」

「いや、これは隕石が……えっ?」

「ここに空から未確認生物が飛来したはずです。その対処はあなたが?」


 どういう事だろうか。未確認生物だというのに、それが飛んできた事を理解している。つまり、何から分からないものが定期的に降ってきてたりするのだろうか?

 もしそうだとしたら、この先は映画ばりの記憶消去で隕石の落下に巻き込まれたと改竄される可能性もある。

 どうしたものかと黙っていると、頭上の彼女は痺れを切らしたのかこちらに向かって歩いてきた。


「私は政府直轄の公安組織、影裏かげうら舞宮朱鳥まいみやあすかです。」


 そう名乗ったのは、日本人にしては珍しいナチュラルな金髪を腰まで伸ばした少女だった。

 というか、いま政府直轄とか聞こえたのは俺の聞き間違いか?国家権力はとてもまずい。バレたら一溜りもない。


「いや、これは隕石がですね?」

「そうなんですね。隕石にせよ、事情を伺いたいので、ご同行願えますか?」

「……はい」


 舞宮朱鳥と名乗った彼女は、有無を言わさず下にある車両へ運ぶために担ぎあげられ、俺はそう年齢差のない異性に運ばれていく。

 齢15歳の冬、俺は人生で初めてお上の世話になるのであった。

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無貌の神 あんじ @anji0627

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