第16話 寿司ラップ

 バーベキュー当日。高校生たちが放課後、親の車で送迎されてやってきた。

「みんなよく来たな!」

 哲と僕、そして哲の知り合いの敷島君は先んじて現地入りし、肉を食べながら待っていた。サッポロビールと、自分たち用に買ってきた国産和牛の氷見牛を胃に収め、車から歩いてくる高校生を出迎える。

 バーベキュー会場である島尾海岸には僕を含めて男六人、女子三人が集まった。

 男は僕と哲と、元バイトの敷島君。そして男子高校生三人。女子は、ゆあを除いた高校生バイトだった。


 肉を目の前にした彼らは、席に着くとすぐにお腹を鳴らした。どうやら部活終わりで何も食べていないらしい。腹ペコ相手ということは、僕の給仕力を活用するチャンスだ。そう考えると、俄然腕がなる。

「いらはいいらはい」

 バーベキューの初めから終わりまで、僕は肉焼きおじさんだった。僕は紙皿を高校生に配り、彼女たちのコップにジュースを注いだ。

「おにくおたべ」

 高校生の到着を見越して焼いていた肉は、丁度いい具合に焼けている。網の上で油を滴らせるカルビ、ハラミ、タン塩は、質よりも量を重視して合計三キロ買ってきた。

 肉焼きおじさんの僕は、両手に持ったトングで、食べ盛りの高校生に肉を振舞うことにした。女子高生の皿に肉を分けてあげると、彼女たちは律義に頭を下げてありがとうございますと言った。

「修二さん、俺たちにも肉ください」

 店の中でも若くて生意気な部類の山田君が僕に皿を差し出してきた。彼は自分の腹を何度か叩き、たくさん食べますと無言でアピールしている。

 食いしん坊万歳だ。僕も無言でうなずき、彼の希望にこたえることにした。

「おたべ」

 僕は、網の上で炎を浴びて燃え盛っていた塊を掴む。

 ジュウジュウと小気味よい音を立てて焼けているカルビ肉の横に鎮座しているそれを、僕は山田君の紙皿にそっと置いた。

「ピーマンじゃないですか。しかも焦げたやつ」

 山田君は肩透かしを食らったというように首を傾げ、ほら、俺の求めてるもの分かりますよね? と言わんばかりに、ずうずうしく皿を押し付けてきた。

「ピーマンは嫌いかい」

 僕が不思議だなと思うと、山田君は目で何かを訴えかけてきた。なんだか不服そうなので、彼のお望み通り、ピーマンではないものを見繕ってあげることにした。

「おたべ」

 ピーマンの横で焦げていた玉ねぎをつかんで、僕は山田君の紙皿にそっと置いた。

「修二さん、女子たちには肉あげて、俺たちにはくれないんすか」

 山田君が皿に盛られた野菜の山を見て悲鳴を上げる。泣きそうになっている彼を見ていると、少しだけ愉快な気持ちになった。

「彼女たちは肉食系だから」

 僕の言葉に、山田君は痺れを切らしたのかトングを奪おうとする。しかし、彼の攻撃を巧みにかわし、僕はトングをカチカチさせて、今にも反旗を翻しそうな山田君を威嚇する。

「じゃあ俺たちは何ですか」

 寿司屋でも、高校生は異性同士で話し合っている様子が見れない。仕事の話はするものの、世間話や学校の話はとんと聞かない。僕はもっと仲良くなってほしいのに。

「草食系。おたべ」

 二個目のピーマンの側面が黒くなっていたので、掴んで山田君に差し出した。

「ピーマンはもういいですよ!」

 山田君は、ピーマンを受け取るまいと紙皿を僕から遠ざける。

 僕たちのやり取りを見て、女子高生三人は笑っていた。そろそろかわいそうになってきたので、男たちにも肉をあげることにした。紙皿に盛られる肉の束を見て、彼らは嬉しそうに肉をほおばり始めた。

 僕は、肉を美味しそうに貪る若者の姿を肴に、スミノフアイスを飲んでいた。この歳になると、肉を食べるよりも焼いてみんなに振舞うことに楽しさを感じるようになる。


 他の高校生は口下手だったので、主に哲と元バイトの敷島君が盛り上げ役だった。敷島君は、僕が寿司屋にバイトとして入る一週間前に辞めた男で、直接の面識はなかった。彼も僕と同じように前職の残業が毎日三時間を超えていたのをきっかけに退職。現在ニートを満喫しているようだった。

 この場で彼を知っているのは、哲と、僕より先に店に入った高校生の立山だけだった。立山は、普段僕に先輩面を吹かせている姿とは違って、敷島君との再会でテンションが上がったのか目一杯彼に甘えている。

 どうやらみんな腹も膨れたようだ。食事ムードから一気に歓談ムードになっている。肉を食べ終えた女の子たちに、哲が世間話を振っていた。山田君はどうやら同じ弓道部の女子と話が弾んでいるらしい。ジュースの無くなった彼女のコップにオレンジジュースを注いであげている。

 一方、立山と、まじめで高校生の中では一番仕事の評価が高い萬沢君は女子とは話さず僕の片づけを手伝おうともそもそと動いている。


 僕がゴミ袋の口を縛っていると、背中越しに哲が僕の名前を呼んだ。

「修二って、何か得意なことないの?」

 どうやら、話の輪に入らない僕たちに痺れを切らしたのか哲が僕に話題を振ってきた。

「じゃあ、ちょっとラップ打つわ」

 僕がそう言うと、その場のみんながざわめいた。

 僕がラップをやると言うと、大抵は驚かれる。普段は眼鏡だし、あまり人としゃべらない性質だから意外に思うのだろう。どうやら掴みは十分そうだ。大学でも職場でも、飲み会の席ではラッパーとしてフロアを温める役だった。そして、醤油顔の僕が真顔でラップをすることで、笑わないものなどいなかった。

 ゴミ袋を椅子の背に掛けて、僕はみんなの前に向き直った。


 スマホを起動し、YouTubeからエミネムの“マイ・ネーム・イズ”を流す。

「寿司ラップ」

 屋外のライブ会場にディスコティックな旋律が流れる。僕の一言で、拍手と、温かな笑いが僕に降り注いだ。

 僕は今、エミネムだ。深呼吸をし、手をエア・ディスクの上に置く。

「寿司屋の面積三百平米、よく出るネタは紅鮭のベイベーいくら

「キャー!」

 女子たちの嬌声が響く。どうやら惚れさせてしまったらしい。旋律に合わせてディスクを回すと、大きな男どもの野太い歓声が上がった。

「ぐるぐる回るデザートのカップ、ネタ下げドライの後は乾かないようにラップ」

 たまにボイスパーカッションよろしくよろしくドゥクドゥク言ってみると、それっぽく聞こえる。その場の雰囲気で思いついたことを吐き捨てる。

「店のこだわりシャリとガリ。食事の締めにはハイ、アガリ」

 こういうのは上手い下手とかじゃなくて、ノリと勢いとライヴ感。そして、周りを楽しませるという心意気が大事なんだ。

「朝からシャリ炊きマジでツライ、つべこべ抜かすなお前がトライ」

 どれもこれもが寿司屋で培った技術、知識だった。練り上げられたネタの数々に、若い遺伝子共は僕の虜だった。

「細かい姉さん、小言は沢山。そんなお店は今すぐ倒産」

 酒が回った勢いなのか、次から次へと嫌なことが出てくる。

「新車が廃車、慰謝料感謝、うなだれ姿はまさに敗者。飲酒で事故った哲はCry、責任も取らずどこかへFly」

「それ、俺のことじゃねえか! ていうか逃げてねえし、ちゃんと慰謝料払ったし!」

 昔、哲が十日で新車を廃車にしたことをバラすと、哲がちゃんと気づいてツッコミを入れてくれた。

 切れかけの電球が点滅し、ダンスフロアのミラーボール代わりになる。

「腹の底からひねり出すラップ。そんな僕には盛大なクラップ」

 適当なところでラップを切り上げると、みんながみんな拍手で迎えてくれた。哲は口がふさがらないようだった。

「まあ、これでも昔、ラップで頂点テッペン獲ってるから」

 僕がそれとなく言ってみせると、みんな口に手を当てて感心している。

 小学五年生の時、金沢で行われた全国ちびっこラップ選手権で優勝したが、だからといって僕がラッパーになることはなかった。それでもこうやってちょっとした余興で人を悦ばせることができている。


 八時になって、女子高生は親を呼んで帰っていった。女子高生の親の一人がどうやら店の常連らしい。哲を見るなり、笑いながら娘に「飲まされなかった?」と聞いている。もちろん、僕がちゃんと目を光らせていたからアルコールの類は飲ませていない。そして、哲の女癖も、すでに周知の事実のようだった。

「よし、俺たちは二次会だな」

 女子高生を見送って、男だけになった。僕たちは、代行を呼んで、カラオケに行くことにした。

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