第11話 雨宿り

 高山線を越中八尾駅で下車すると、構内は団体客でごった返していた。まだ五時前だからか、薄曇りでもほのかに明るい。観光客は、みんな駅舎をスマホで撮影しているので、ここの建物は有名なのかもしれない。僕たちも、周りに習って三枚、違う角度から写真撮影をした。電車を背景に被写体になったゆあは、自分のスマホに保存された写真を、すぐさまインスタに上げていた。どうやらこの前、フォロワーが千人を超えたようで、上げた瞬間に数十件のいいねがついたと喜んでいた。

 遠目から見る亜麻色の屋根と白い壁面の舎内は、明治時代の小学校を思わせた。

 中に入ると、温かい吊り電灯の明かりが、屋内の白璧をペールオレンジに染めている。どうやら祭り期間ということもあって、臨時列車のダイヤが、町内の小学生が読んだ俳句の横に掛けられていた。

 八尾の町総出で、祭りを推しているらしい。構内のどの方向を見ても、越中八尾おわら風の盆のポスターが貼られている。

 駅の外には、踊り子らしき人が一人もいない。駅前では踊らないのだろうか。駅員さんに聞くと、少し歩かなきゃいけないね。と、地図をくれた。初日の祭りは、どうやら坂を登った旧町で行われるらしい。


 駅前から旧町までは、歩いて二十分ほどかかった。駅前の車道はすでに交通規制され、道の真ん中を歩いても、咎める人はだれもいない。なんとも、普段禁止されていることができるのは清々する。

「修二さん、本当にこの道であってるの?」

 長い直線をまっすぐ歩いていると、開始三分でゆあが不安なことを言ってきた。地図に書かれている大通りを素直に進んで来たので間違ってはいないはずだ。どうやら普段あまり歩きなれていない彼女は、中々つかないことに彼女はしびれを切らしているらしい。

「大丈夫、ほら、他の観光客もこっち方面に歩いてるし、ついていけば」

 そう言うと、彼女は渋々納得してくれたようだった。道の両脇に設置された、逆三角形のぼんぼりの明かりが、祭りの会場までの目印だろう。僕も、女子高生にこの距離を黙々と歩かせることに内心罪悪感を抱いていた。お互いを励ましあいながら、会場までの道を歩く。

「ほら、小さい子も我慢して歩いてるよ、偉いね」

「修二さん、ゆあのこと子ども扱いしていない?」

 ゆあが憤慨した。僕が吹き出しそうなのを見て、腹を小突かれた。

 周りと足並みを合わせると、みんなの話が聞こえた。誰もが、祭りの期待に胸を弾ませていた。八尾の町全体が、おわら風の盆のことだけを考えているような気がして、少し嬉しくなった。


 駅から観光客を頼って歩くと、道の左右には屋台が並んでいた。ロングポテトにネギマヨたこ焼き、りんご飴にベビーカステラと、定番の食べ物が揃っている。

「修二さん、美味しそう! 何か買う?」

 隣を見ると、ゆあが目を輝かせている。

「お兄ちゃん、久しぶり!」

 いきなり野太い声が、ゆあから発せられたと思ってびっくりした。思わず声のする方向を見ると、知らないおじちゃんが屋台の奥から僕たちを手招きしている。お好み焼き。畠中商店。魂の。どうやら、広島風お好み焼きの屋台らしかった。

「アンタのところにお客さん吸い込まれていくがいね!」

 夫婦だろうか。威勢のいいおじちゃんの声につられて、お客さんが列をなしていくのを、隣の屋台のおばちゃんが笑っていた。

 僕たちも、おじちゃんの声に釣られて、列に並んだ。

 お好み焼き七百円。上にもまだ屋台があると思うので、一人分を買って、二人で分けることにした。


 駅前の屋台が並ぶ通りを進み、八尾を流れる井田川に架けられた十三石橋についた。僕たちは橋を渡りながら、濁流となった川を見て心配になり、山の上からかかった傘のような分厚い靄を見ては、土砂降りにならないように祈った。

 橋をわたりきっても、まだ長い坂が待っている。僕たちは祭りのパンフレットに書かれたどの観光地に先に行くか話しながら坂を登る。雨で湿ったコンクリートの坂を登りきってようやく、祭りの会場でもある、十一の町が集まる旧町が姿を現した。

 僕たちが旧町に足を踏み入れたとき、小雨が降ってきた。どこか雨宿りするところは無いか探すために、石段を登り、八幡社に入った。

 どうやら、神社の中には屋台が集中しているようだった。その事が、僕たちにおわら風の盆を目の前にしているということを実感させた。

 まずは腹ごしらえのために、いくつか屋台を物色することにした。


 僕たちがまず目をつけたのは、神社の入り口の真正面に置かれた元気なおばあちゃんが商いをしている屋台だった。

 あんばやし。味噌田楽の一種で、三角に薄く切ったこんにゃくを串に刺して、しょうがの効いた甘辛味噌をかけたものだ。一回三百円でルーレットを回して、出た数の本数分、あんばやしを食べられる。

 ルーレットを回すと、八が出た。おばあちゃんは、僕とゆあに微笑まし気な視線を投げながら、十本におまけしてくれた。

「お兄ちゃんたち、雨が降ってきたから、釣り鐘の下で食べられ」

 おばあちゃんが指さした方向には、鐘楼があった。僕たちの後ろを、土砂降りの中を、傘をさしたおじさんが歩いていく。鐘楼の下は乾いていた。汚いからと、ゆあが座るところを手で払ってみたが、砂埃が飛ばなかった。どうやら、ここの住職さんはきれい好きらしい。

 僕たちは、先程買ったお好み焼きと一緒に、あんばやしを堪能した。

 あんばやしを食べ終わると、小雨だった雨が土砂降りになった。どうやら僕は、降水確率八十%に負けたらしい。折り畳み傘は持ってきたが、このまま土砂降りの中を進むのも億劫だったので、雨が弱まるまで僕たちは雨宿りをすることにした。


 スマホの画面には、五時二十分と表示されている。僕は、雨とスマホを交互に見比べながら、雨が止むのを祈っていた。

「修二さんってどんな女の人がタイプなの?」

 暇を持て余したゆあが、唐突に口を開いた。僕は屋根から滴る水滴を眺めながら、少しだけ考えて、応える。

「優しい、お姉さんみたいな人がいいかな。後は、僕の小説を読んで感想を言ってくれる人」

「紅緒さんみたいな?」

 いきなり核心を突かれて押し黙った僕を見て、ゆあは声を出して笑った。雨の中に、笑い声が響く。僕が意地で、そうだよ。と返すと、彼女は目元を拭った。

「そもそも、修二さんって、彼女いた事あるの?」

 失礼な。

「え、それって、僕がモテないって言いたいわけ!?」

 ムキになってそういうと、ゆあは余計に笑った。どうやら彼女の笑いのツボを押してしまったらしい。笑い声が止むまで、僕は少しだけ間をおいた。

 修二さんってやっぱり面白い。と、言われても、大爆笑される程の面白さが、一体全体僕に備わっているのか分からなかった。

「いやいや、修二さんってそういう話聞かないし、男の人に興味あるのかなって思って。恋とかしないの?」

 僕は、男に興味はない。そもそも、人にもそこまで興味が無いかもしれない。

「彼女、いたことあるよ、大学時代に一人だけだけど」

「え、聞きたい!」

 どうやら、女子高生は他人の恋愛事情に関して、学校の勉強よりも貪欲なようだ。ゆあは食い気味にそう言った。

「え、どうしようかな」

「じゃあ、話のお礼にこれあげる」

 ゆあは、ポケットから飴ちゃんを差し出してきた。なるほど、僕を甘いもので釣ろうってことね。まったく、僕も安く見られたものだ。

 僕は、鼻で笑って飴ちゃんを受け取った。

「分かった。話そう。僕の過去を」

 生温い雨が、まだ降り続いている。

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