第7話 二人の食事

 テーブルに並べられた料理を見て、ゆあは目を輝かせた。

 薄暗い店内と、料理のみを際立たせる照明が醸し出す雰囲気に、パスタもサラダも、東京の一流店に負けない輝きを放っていた。ただの食事会のはずなのに、今日が特別な日に感じる。誰かと食べる料理って、確かこんな気持ちになったっけ。十年前に家族と来たときのことを思い出し、はっとする。

 ゆあは、今までに出会ったことがない料理に感激しているのか、スマホを取り出して一枚一枚丁寧に料理を撮っていた。SNS映えする料理なんて、地方の高校生には珍しいのかもしれない。

「さ、冷めるから食べて食べて」

 僕は、カトラリーケースからフォークを取り出してゆあに渡す。彼女は、フォークを片手に、どのように料理に突き入れようか思案しながら、渡り蟹のトマトパスタに乗った蟹肉を刺した。

「これで、いいのかな……」

 食べにくそうなのでスプーンも渡すと、うまい具合にくるくるとパスタを巻いて、スプーンの上に乗せて口に運んだ。そして、ゆっくりと咀嚼し、嚥下した。

「美味しい」

 ゆあの顔がほころんだ。その後は、彼女は無心で料理を口に運んでいた。

 僕はフライドポテト・サラダを自分の皿に移して食べた。カリッカリに揚げられたポテトとベーコンが玉ねぎソースと絡まって、ほんのりと甘い味がした。

 結局、僕が頼んだ料理もゆあは一通り食べてみたいといったので、ゆあが満足するまで頼んだ料理を彼女の方に勧め、僕は残った料理を端から片付ける役になった。


 料理が半分ほど減った頃に、店員がぶどうジュースを運んできた。お互い落ち着いてきたので、僕は、ゆあにバイトの話を切り出してみた。

「で、哲のどこに惚れたんだ?」

 僕の言葉に、ちゅるちゅるとシソパスタをすすりながら、ゆあは驚いた顔でこちらを見た。初っ端から切り込む話題じゃなかったかもしれない。少し後悔しながら言い直そうとすると、ゆあはまんざらでもなさそうに頬を赤らめていた。

 そして、茶化されたと思ったのか「そんなんじゃないって」と、手を振りながら、必死で顔を隠している。どうやら、まだ哲への恋心がバレていないと思っていたようだ。

 僕がジュースを勧めると、彼女は口の中の料理を飲み込んで、口を開いた。

「うん、優しいところ」

 哲が優しい? アイツは自分の欲望に素直なだけじゃないかと心で突っ込むと、思わずふくみ笑ってしまう。

「どちらかというとあいつ、ぶっきらぼうやろ」

 思わず吹き出しながらそう言うと、ゆあが怒ったような顔をした。

「そんなことないよ!」

 僕の言葉に真剣な顔で反論するゆあの顔を見て、思わずおかしさが加速した。

「どんなところが優しいと思う?」

 僕は純粋な疑問を口にする。少しだけ考えて、彼女は答えてくれた。

「哲さんは、ゆあと話してくれるから」

 休憩時間に柱の隙間から覗いても、ほとんどゆあから話しかけるだけで、哲から積極的に話題をふることはなかった。しかし、彼は律儀にゆあの問いかけに答えているようだった。

「まあ、哲は分かりやすい所あるよな」

 僕とは違い、彼は素直に感情を受け取るところがある。明け透けというか、普通聞かないようなことも聞いてくる。バイトを始めて一週間も経たないうちに僕の経験人数とか初体験を聞いてきたのは困惑した。もしかしたら、人とのつながりを重視するタイプの人種は、そういった秘密を共有し合うことでお互いを縛りあっているのかもしれない。僕には到底出来ないことだった。他人が何かしてくれること前提で生きるなんて、あまりにもリスクが高すぎるから。

「うん、話していて感情豊か!」

 ゆあは、哲のことを話すときには、とても嬉しそうに話す。


「ちなみに、僕はどんな人だと思った?」

 この質問は、僕の立ち位置を理解するためによくする質問だった。前職、いや、大学時代からの習性だ。周りにどう思われているか把握しておけば、ある程度自分の振る舞いが周りにどのような影響を与えるのかうかがい知ることができる。

 意外と自分の立ち位置を理解できず、ただ組織に流される選択しか出来ない人が多い世の中で、組織と対等に立ち回るために僕が身に着けた生きる術だった。

 ゆあは、僕の質問に哲のことを聞いたときよりも長い時間をかけて答えを出した。

「あまり話してくれなくて取っつきにくい。何考えてるのか分からない。多分、頭いい人なんだろうなと思う。ゆあと違って」

 中々言いにくいことを正直に話してくれたので、前よりは距離が縮まったような気がする。そう、僕は何考えているのか分からないとよく言われる。それが、群れを良しとしない生き方に依拠しているということも。続けてこう質問してみる。

「じゃあ、何で今日、ご飯に着いてきてくれたの?」

「店でもあまり話したことなかったし、どんな人なのかなとは思ってた」

「男の人と二人でご飯行くの怖くない?」

「哲さんと仲いいし、悪い人じゃなさそうだと思ったから」

「ありがとう。話を哲に戻すね」

 僕は、質問に正直に答えてくれたゆあに対して、笑顔で頭を下げた。どうやら、僕へのイメージはマイナスではなさそうだ。今回の食事会も加味して、ややプラス寄りといったところか。


「だから、哲のためにリアルゴールドとか買ってるの?」

 ゆあがバイトにやってくる時に下げてくるコンビニの袋。どうやら毎回、哲に飲み物を買ってきているようだった。

「うん、喜んでほしくて」

「そうか、そうだよな。でもアイツ、炭酸よりコーヒー派だから」

 どうやら、純粋な好意で哲に脅されて。とかでは無いらしい。少しでも哲の気を引こうという地道な努力は微笑ましさを感じた。

 そして、努力の規模が大きくなった到達点が、ホストへの貢ぎだったりするのだろうか。本来は、相手の気を引こうという涙ぐましい好意が、相手を手に入れる執着に変わるんだろうなと思うと、怖気が走った。

「そうなの?」

「持っていくなら、クラフトボスあたりにしとくといい」

「分かった」

 ゆあは素直に肯んじた。


 今まで女子高生というものが分からなかった。しかし話してみると、そういう垣根は本来なくて、意外とみんな、自分の気持に正直に生きているのかもと思った。自分を押し殺して大衆のために大義を貫き通すような化け物共と競い合っていたせいで、久しく忘れていた価値観だった。まあ、大義も突き詰めれば自分の気持ちなのかもしれないけれど。

「最近、高校の方はどう?」

「普通だよ」

 僕が聞くと、彼女はシラを切った。

 ゆあの悪行は、大将の口から嫌というほど聞いている。

「よくサボってるんだってな」

 そもそも、バイトのシフトがゆあだけ四時から入っている日があるのだ。どれだけ学校が早く終わっても、寿司屋と高校間の距離を考えて、サボらなければ来れない時間だった。もしかしたらゆあが大将に直接シフトを入れてもらっているのかもしれない。大将も人手不足だから何も言わないのだろう。

「悪い? つまんないし。提出物はちゃんと出してるからいいじゃん。先生も何も言わないし」

 ゆあは悪びれずに言う。まあ、ここでくどくどと説教を垂れるつもりもなかった。自分を棚に上げて若い人を怒るようなつまらない大人にはなりたくないし。

「僕も、よくサボってた。後は、提出物出してなくて、留年しかけた……、だから、真面目に提出物出してるゆあは偉いよ」

 ゆあは、まんざらでもなさそうにしている。そこは、誇るところじゃないんだけどな。


「さて、帰るか」

 時間を見ると、七時だった。門限の八時まではまだ時間がある。

 もちろん、代金はゆあがトイレに行っている間にカード決済してあるので、スムーズに帰れる。

 後は帰るだけなのだが、果たして何か聞き残したことがあるのではないかと少し不安になった。

 それを察したのか、車に乗り込むとき、ゆあが僕の服をつかんだ。

「ちょっとさ、帰る前に海行かない?」

 僕たちは車を置いて、海に向かって歩き出した。

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