10話.[褒めてやりたい]

「あ、まだ冷たいや」

「そりゃそうだろ、春でもまだ冷えるからな」


 四月になったということはもう高校三年生になるということだ。

 でも、俺が情けないせいでまだ関係ははっきりと変わってはいない。

 それでもなにもなかったというわけではないし、ここなら誰かが来て言えずに終わるということもないから水に触れて遊んでいる彼女の手を引っ張る。


「返事が遅くなったが、俺は菜月のことが好きだぞ」

「俺も、じゃないの?」

「いやほら、情けないところも見せたし、まだ好きでいてくれているのかどうかは分からないだろ?」


 駄目だろこれ、結局、彼女なら大丈夫という考えから実行してしまっている。

 まあ、自分の選択を後悔をしていて断るつもりでいるならここに来る前に言っていただろうから? この時点で安心してしまっている自分もいるんだ。


「私、今日こそはって期待していたんだよ」

「悪い。とにかく、好きでいることには変わらないからさ」


 よく言えたよ、言うと決めて実際に行動できてよかった。

 下手をすると言わないまま、曖昧なまま、三年生になってしまう、なんてことになりそうだったから頑張れた自分を褒めてやりたい。


「それで、好きだから崇英君はどうしたいの?」

「は? そ、そりゃまあ好きなら……だろ」


 な、なんでこういうときに限って意地が悪いんだろうか。

 あ、待たされたことで実はむかついているということなのか? もしそうならこれぐらいは仕方がないと片付けるしかないんだろうか。

 いやでも、敢えてここで意地が悪いことをする必要はないよなと、被害者面をしている自分がいる。


「はっきりと言って? 好きなことは分かったけど崇英君がどうしたいのかが私、分からないなあ。だって勝手に想像して分かった気になるのは危険でしょ?」


 うわあ、なんかこの先も同じやり方で滅茶苦茶にされそうだった。

 好きだと言ったことを少し後悔している自分もいる、が、どうせ離れられないからこの時点で彼女に負けてしまっているようなもんなんだよな……。


「つ、付き合ってくれ」

「分かった!」


 くそくそくそ、なんで自分にとっていいことができたのに内側は微妙な状態なんだよ、マジで。

 しかもいい笑みを浮かべやがって、女子って本当にずるいわ。


「ん? なんでそんな顔をしているの?」

「……いや、ありがとな」

「ううん、崇英君こそ私にいいことをしてくれたんだよ」


 いいことか、正直、最初のあれしか思い浮かばない。

 それからは彼女が俺にとっていいことをしてくれていただけだからな……。


「そういえばもう絡まれていないか?」

「うん、あれもやめているから」

「別に否定するつもりはないがそのままでいてくれ、俺はほら」

「ふふ、この私を好きになってくれたということか」


 いや、そういうことよりも男子バージョンだと厳しくなるからだ。

 いまああいう対応をされるとダメージを受けるからやめてほしかった。

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