第123話三つ目破壊と山の中の捜索

山頂


「もう着いたの?三十分ってあっという間ね」


千夜は、『夜桜』を鞘へ仕舞うと、私よりも一足早く円盤から降りる。


「そうだね。千夜のお陰で、退屈はしなかったし」


私も、千夜の後に続くように円盤から出て、空間収納に手を入れる。

血塗れになった服を着替えるのと、傷を治す為にポーションを取り出すからだ。

円盤エレベーターに乗っている間、ずっと斬り合っていたせいで、そこかしこに決して軽くない傷を負ってしまった。

千夜?

普通に怪我してたけど、実質不死身チートの『夜桜』のお陰で既に怪我は完治済み。

私はアンチ『夜桜』の能力を持つ、『雪音』の力を制御しきれないせいで『夜桜』の恩恵を受けられず、未だに傷が残ってる。

だから、ポーションで治してるの。


「帰りに服屋にでも行こう。この服はもう着られないし」

「千夜が払ってくれるなら行くよ。模擬戦をしようって言い出したのは千夜だからね?」

「はいはい。服くらい買ってあげるよ」


まあ、千夜はこれから三つのコアを売って大金を得るんだから、私服を買うくらい普通にしてくれるよね。

たかたが数千円出費をケチるほど、千夜はドケチじゃない。

通帳の中には、『お前、本当に高校生か?』って額のお金が入ってるからね。

しかも、これから数ヶ月間で更に増えるだろうし。


「服は買ってあげるし、ポーションも弁償するからさ。ね?許し―――なにあれ?」


突然、妙な気配を山頂―――ここより高い、本当の意味で山頂から、強者の気配を感じた。

練り上げられた魔力に、強者特有の威圧感のある気配。

それが、頂きから流れ出てきている。

千夜は、念のためマナポーションを飲んで、私との模擬戦で使った魔力を回復させると、真剣な表情で傾斜を登る。

道や階段は無いけど、登るには十分なスペースがあった。

千夜はそこに足をかけて一足先に頂きへ登っていった。


「私も、一応マナポーションを飲んでおくか…」


空間収納から一本だけマナポーションを取り出すと、苦味を必死に堪えながら一気に飲み干し、瓶を捨てる。

そして、千夜の後を追って頂きへ向かった。









私は、琴音や琴歌お義母さん、『勇者』以外で出会う久しぶりの強者に心を踊らせていた。

頂きに立つ老人は、持ち手に縫い付けられていたであろう革がボロボロになり、中の糸が見えている剣を持って来客を待っていた。


「千夜?」


後ろから、私の後を追ってきた琴音が声を掛けてくる。

私はそれを手で制し、いつでも『夜桜』を抜けるよう警戒しながら歩く。

すると、老人は―――老剣士は私に対し警戒心を見せてくる。

どうやら、私の事を敵として認めてくれたようだ。

私は、老剣士から五、六メートルほど離れた場所にやって来ると、そこで歩みを止めて、一礼する。

この老剣士に御辞儀をする文化があるかは知らないけど、剣士としての礼儀であるという意味は伝わるはず。

老剣士は、なんとなくその意味を理解したのか、私の真似をして頭を下げたようだ。

すると、後ろで琴音が臨戦態勢を取った事に気付いた。


『いつでも加勢できる。必要なら呼んで』


そう言いたいんだろう。

私は琴音から意識をそらし、『不要』と言葉に出さずに答えると、琴音は臨戦態勢を解いた。

琴音が観戦者に回り、一対一の状況になったことに安堵した私は、集中力を限界まで引き上げ、刀を構える。

すると、老剣士も鞘から剣を抜き、あまり見ない構えを取る。

アレが西洋剣の構えなのか、彼独自の構えなのか……どちらにせよ、構えているのは確か。

先に攻撃を仕掛けるか迷っていると、後ろから金属が弾かれる音が聞こえてくる。

そして、私と老剣士の間に金色に輝く何かが落ちて来た。

それは、さっき遺跡のダンジョンで手に入れた金貨。

琴音が、試合開始コングの代わりに指で弾いたらしい。

金貨はクルクルと回りながら落下する。

それを、私は目を瞑り音と魔力を使った空間知覚で、異様にゆっくりと感じ取る。

そして、金貨が落下した金属音と共に、私は一気に踏み込み、居合斬りを放つ。

当然、老剣士も動き出しており、私の居合斬りを受け止め――いや、受け流すつもりらしい。

普通なら、それで合っている。

そう、、ね?


「甘い」


老剣士は、自らの目を疑うだろう。

神速の居合斬りを受け流し、反撃に出る。

そのビジョンを立てていただろう。

しかし、私を前にそんな悠長な事をしている暇はない。

元々、気配や動きからこの老剣士は只者ではない事は理解していた。

しかし、只者ではない止まりだったようだ。


「受け流すときは、相手の剣に細心の注意を払うべきだったな」


そう呟いた直後、私の刀は老剣士の剣を砕いた。

老剣士は、まさか受け流しが効かず、剣を砕かれるとは夢にも思っていなかったようで、目を見開いている。

そう、この技は初見殺しもいいところの最凶の剣。

私は、剣一筋の人生の中で、相手の武器を破壊する技を開発した。

よく観察すれば、それが妙な動きをしている事が分かり、下手に受けない方が良い事が理解できるだろう。

琴音にコレをやった時は、直感か動きを見たのか、すぐに気付かれて躱されてしまった。

しかし、この老剣士は私の技に気付くことはなく、剣を破壊された。

……当然、刀はそのまま首を狙って振り抜かれ、老剣士の首をはねる。

速度こそ落ちたものの、命を刈り取るには十分な速度。

斬られた部分から血が溢れ、首は飛び上がり何処かへ飛んでいってしまった。

この技は武器を破壊した後を、そのまま攻撃できるように改良すべきかも知れない。


「これだとキレイに殺れないね。改善しないと」


ここは山頂。

飛んでいった頭は崖の方へ飛んでいき、今頃山の麓へ真っ逆さま。

まあ、それで済めば良い方だろうね。

『夜桜』に付いた血を拭き取りながらそんな事を考えていると、琴音が後ろから歩いてきた。


「もっといい死合が見られると思ったけど……あの初見殺しのせいで一瞬だったね」


琴音は、私と老剣士が互角の死合をするのを楽しみにしていたらしく、文句を言われてしまった。


「それはごめん。でも、これであの技の有用性は分かったでしょ?」


しっかり観察しなければ、剣の達人でも殺すことができる。

素晴らしいわざを実戦で使えたと思うんだけどなぁ。


「そうだね。でもさ、千夜が――『壊閃』だっけ?それを使うほどの敵が、そんななまくらを使ってるかな?」

「あっ……」


そう言えば、相手の武器の耐久力について考えてなかった。

特に、私や工藤さん、秋本さんの持っている『宝剣』は、破壊することができない。

例え、破壊不可の加護が宿っていなかったとしても、非常に頑丈な武器であれば破壊できるか分からない。

……使う相手は選んだほうが良さそうね。


「使い所には気を付けるよ。琴音みたいに、初見で躱されるかも知れないしね」

「それが出来るのはお母さんくらいだよ。私は直感で躱したもん。初見でそれを躱すなら、私達レベルの直感か、異常な観察力が無いと無理」

「ふ〜ん……じゃあ、まだまだ使う機会は多そうかな?」

「結界を使う奴が居ればあるんじゃない?」


結界か……あんまり見たことがないから効果があるか分からないね。

今度、國崎さんに協力してもらって、対結界用の『壊閃』を作ろう。


「ねえ千夜」

「ん?」


どんな風に振れば結界を砕けるか想像していると、琴音が甘い声で私に話しかけてきた。

何かおねだりしたいことでもあるのかな?


「その、『壊閃』を私にも教えてくれない?」

「え?『壊閃』を?」


『壊閃』は、『夜桜』を手に入れた事で完成した破壊剣。


『相手の武器を破壊する』


その事を意識して開発したこの技は、自分の武器にも多大な負荷がかかる。

私も、開発中に何本もの刀を壊してしまい、多分無理だと考えていた技だ。

しかし、破壊不可の加護(仮称)を持つ宝剣であれば、それを可能なものにした。

自分の武器の負荷をまったく気にすることなく、相手の武器を破壊できる。

…言い換えれば、『頑丈な物を、更に頑丈な物で殴って壊す』というやり方で、ゴリ押し感が否めない技だった。


「ダメ?」

「いや…駄目というか、宝剣が無いと無理って技だから、琴音には習得できないと思うよ?」

「むぅ……それでも『剣聖』?もっと頑張ってよ」


それができなかったから、宝剣の力に頼ってるんでしょうが!

第一、『剣聖』なら何でもできるなんて思わないでほしい。

私と比べて剣の才能がない琴音のくせに、そういう事言われたくない。


「やり方は教えてあげるから、自分で完成させたら?」

「…どうしてそんなに怒ってるの?」


無意識に怒りが声に出ていたらしく、琴音が急に勢いを無くした。

それどころか、私の顔色をうかがうような態度で話しかけてくる。


「怒ってないよ。気にしないで」


今度はしっかりと意識して話す。

これで、声色に怒りが乗ることはないはず。


「…そう?」


琴音はまだ警戒しているらしく、私の顔色をうかがっている。

そして、何を思ったか、急に抱きついてきた。


「どうしたの?」


あまりにも脈絡のない行為に、思わず質問してしまった。

しかし、その返事もおかしなものだった。


「精神安定剤を投与してる」

「はあ?」


ただ抱きついてるだけなのに、精神安定剤を投与するとはどういう事なんだろう?

…あれかな?

精神安定剤という名の愛を私に注入してるとか?

確かに、琴音がこうやって抱きついてきてくれてると落ち着くけどさ……


「あー、うん。分かったからとりあえず離れて」

「うん」


私のお願いに、琴音はすんなり離れてくれた。

そして、そのまま興味を失ったかのように私から離れると、老剣士の死体の先に転がっていたコアを拾う。

『夜桜』を空間収納に片付け、琴音の方へ一歩踏み出した瞬間、琴音はコアを投げてきた。


「任務完了。早く帰らないと、帰りの船が無くなるよ?」


そう言って、手招きをしてくる琴音。

帰りの船が無くなる?まだそんな時間じゃないと思うんだけど……


「え?まだ時間はあるでしょ?」

「そうだね。でも、モンスターが隠れてないか調べるために、父島全体を回るんだよ?」

「あっ…」


そう言えば、琴音がそんな約束をしてきてたね。

正直、面倒くさいからあんまり行きたくないんだけど……行かなかったら琴音が一人でやりそうだからなぁ。


『琴音は父島の山の中に隠れてるかも知れないモンスターを探すために、一人で父島に残りました。私は、学校があるから琴音を置いて帰ってきました』


そんな報告を琴歌お義母さんにしようものなら、マジギレされて、『今すぐ連れ戻してこい!!』って怒鳴られそう。

……それだけで済めば良い方かもね。

『そんな事をするような奴に、娘は渡さん!!』なんて言われれば、絶対琴音をお嫁さんに貰えないだろうし、駆け落ちなんてすれば琴歌お義母さんが自殺しかねない。

うん、一緒に探すか。


「そうだったね。広域探知で探すだけでもいい?そうすれば、早く終わるし」

「そうだったね。私達の広域探知を掻い潜れるほどのモンスターが父島に居るとは思えないし、それでいいよ」


よし、これで捜索は一瞬で終わるね。

父島を二分割したときの上半分を私、下半分を琴音に任せれば、父島全域を一度に探知できる。

効率的にやれば、すぐに終わるだろう。


「じゃあ、私は上半分……えーっと、ここから上を私が。ここから下を琴音が探知してくれない?」

「いいけど……詳しい場所とか分かんないよ?」

「多分大丈夫だよ。心配なら、動いて回って調べればいいし」


正直、自警団の巡回みたいなものだし、いつから続いてるか知らないけど、組合で『山に潜んでるモンスターが〜』って話は聞かなかった。

それなら、警戒するほどのものでもないんだろうね。

まあ、二、三匹獣系のモンスターがいるかも知れないけど、それくらいなら問題ないなく探知できるし、討伐も容易。

さっさと終わらせて帰ろう。

琴音を説得し、コアを空間収納に入れるとダンジョンが揺れ始めた。


「そこの崖を滑り降りるだけで入口に帰れるから、そこから帰るよ」

「了解。途中、何本も槍が刺さってると思うから気を付けてね」


そう言えば、数時間琴音は槍を投げ続けたんだっけ?

空間収納を圧迫してた鉄くずを数百本捨ててきたから、山肌は針山になってるだろうね。

そんな事を考えながら、躊躇なく崖に飛び降りる。

山肌には、確実に数十本の槍が突き刺さっていて、このまま降りると一本くらいはぶつかりそうな気がした。

とはいえ、所詮ボロボロのなまくらしか渡してないし、ぶつかりそうになったら砕けばいい。

むしろ、槍にぶつかる心配よりも、このまま滑り降り続けて、靴底が擦り減らないかの方が心配だ。

今はいている靴は、ダンジョン探索用の特別製で、普通に万はする高級品。

別に、買い替えればいいだけなんだけど、こんな事で靴底を擦り減らして買い替えるなんてのは嫌だ。

頑丈な作りをしてるから、擦り減ったとしてもしばらく使えるだろうけど……心配だなぁ。

私は、終始靴底の心配をしながら崖を滑り続けた。










父島南部


「このあたりかな?」


私は、地図を確認しながら目的の位置にやって来る。

お土産屋のお婆さんとの約束を果たすために、千夜と二人で分担して山の中にモンスターが居ないか確認する。

そのために、私は南側の探知をしに、わざわざこんな山奥までやって来た。

地図をじーっと睨み、本当にここで合っているか調べていると、微かに千夜の魔力を感じた。


「千夜はもう始めてるのか……それに、この魔力の感じだとだいたい場所は合ってそうだね」


広域探知は四捨五入とかまったく気にせず範囲を言うと、だいたい直径十キロは探知できる。

私達が並んで広域探知を使えば、合計二十キロの範囲を調べられるので、父島のほぼ全域探知できてしまう。

千夜は既に広域探知を使っているみたいだから、後は私が広域探知を使えばこの仕事は終わりかな?

そう思い広域探知を発動すると、人気のない山奥にモンスターの気配を見つけた。

それも、結構な数のモンスターがいる。


「ゴブリンかな?それなら、被害が出る前に駆除しておかないと」


私は、魔力を足に集中させ、全力で地を蹴る。

さっきもダンジョンの中の悪路を走ってたから、もう慣れてる。

あっという間に現場に着くと、やはりそこにはゴブリンの群れが居た。

どうやら、山菜や果物。

野生動物などを食べて生活しているらしく、今は食事時なようだ。

……こんな時間に食べるなんて、ゴブリンの生態はよく分からないね。

ただ単にお腹が空いたから食べてるのかな?


「それが、最期の食事になるんだけどね」


私は、空間収納から『雪音』を取り出すと、気配を完全に消しながらゴブリンの群れに近付く。

そして、適当に近くに居たゴブリンに狙いを定め、千夜を真似た居合斬りで首をはねる。

ゴブリンは最期まで何があったのか理解できずに死ぬだろう。

一般人には目にも止まらぬ早業『雪音』を抜き、速度をそのままに振り抜いた。

予想通りゴブリンの首は宙を舞い、反対側にいたゴブリンの目を引く。


「……やっぱり、傷口が黒くなってる」


私は、宙を舞うゴブリンの首には目もくれず、首のなくなった亡骸を見つめる。

その亡骸の首の傷口は何故か黒くなっていて、細胞が壊死していた。

なぜ分かったかって?

色がペストに似てるんだよね。

だから、『これ、細胞が壊死してるんじゃない?』って思ったの。

検査すればわかるかも知れないけど、私は検査の仕方知らないし、誰かにやってもらうと『雪音』の事がバレるかも知れない。

なら別に放置でいいよね?


「ギャアギャア!!」

「ギャギャ!ギャギャ!」

「ギャギャァァァ!!」


そうこうしているうちに、ゴブリン達が仲間がやられたことに気付いたようだ。

逃げられても困るので、一瞬でかたをつけよう。

私は、空間収納から鋼糸を取り出すと、魔力と『雪音』の力を流し、ゴブリンへ向かって振る。

魔力を通した鋼糸は私の意のままに動き、物理的にあり得ないような動きをしながらゴブリン達へ襲いかかった。


「ギャギャ!?ギャギャァ!!」

「ギャギャギャ!!?」

「ギャァァァ!!」


ゴブリン達は、訳の分からない悲鳴を上げながら逃げ惑っている。

四方八方に逃げ出し、命からがら走り回っている。

しかし、私の鋼糸から逃れることはできない。

鋼糸は、前から、後ろから、上から、下から、横から、想定外の場所から襲いかかってくる。

やがて、全てのゴブリンを輪切りにすると、糸と『雪音』を空間収納へ片付け、千夜の所へ走った。


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