第122話三つ目 岩山

「えーっと……これを登るの?」


私は、雲の上見上げて千夜にそう聞く。

……いや、聞かなくても分かってるよ?

これはただの現実逃避。


「コアの気配は頂上から感じるけど……ねえ琴音。糸でなんとかならない?」

「行けなくはないけど……それでも時間がかかるよ?」


ほぼ断崖絶壁で、足の踏み場もないような山を登るのは千夜でも嫌だったらしい。

糸でどうにか、ねぇ?

確かに、私の糸なら間違いなく登れるだろうけど、相当大変だろうなぁ。

それに、登り方も考えないといけない。


「糸を使うにしても、ちょっとずつ登るのと、成功するか分かんないけど頂上まで糸を伸ばして登るの。どっちがいい?」


私は、実行可能な方法として二つ案を出してみた。

一つは、時間はかかるけど確実な方法。

もう一つは成功するか分からないけど、すぐに頂上に行ける方法。

この二つの方法を聞いた千夜の答えは、


「頂上の方で」

「……分かった」


成功するか分からない方だった。

……やりたくないなぁ。

一体何千メートル登るつもりなんだろう?

糸の長さは持つけど、問題は糸を頂上まで送る方法。

何かに結びつけて投げるのが一番早いんだけど…果たしてちゃんと飛ぶのか。

まあ、それしか方法らしいものがないから、それでやるけど。


「千夜。槍持ってない?」

「槍?…ずっと前にダンジョンで見つけた、ボロボロの槍ならあるよ?」

「じゃあ、それ頂戴。投げるのに使う」


よし!投げやすくて重たい物は確保した。

後は、頂上まで槍を投げるだけなんだけど……届くかな?

私の力で無理なら千夜にやってもらえばいいんだけど。

とりあえず、やるだけやってみるか。


「フゥ〜……ハアッ!!」


私は、糸を結びつけた槍を思いっきり投げた。

槍は、『ビュバンッ!!』と、凄い音を立てながら山頂へ向かって飛んでいく。

それと、本気で投げたおかげか、速度が軽く音速に達したらしく、衝撃波で山頂を隠していた雲が晴れた。


「よし!これで山頂が見える!」


雲に空いた穴から山頂の様子を観察してみると、槍はまだまだ山頂まで到達していないようだった。

そして、ギリギリ?のところで速度を失った槍は、矛先を私達へ向けて落下し始めた。


「だいたい二十秒くらいは飛んでたかな?気圧とか温度のことを考えずに計算するなら――6800メートル?」

「……普通に登ってたら、エベレスト登山をしてたかも知れないの?」

「まあ、気圧とか気温が違うし、どれくらいの速度が出てたかも分からないから、あんまり頼りにはならないけどね?」


音速が気圧や温度で変化することは知ってたけど、詳しい事は千夜でも分からないみたい。

とりあえず、もし6800メートルあるなら、例え糸を使ったとしても一体どれだけ時間がかかるんだか…


「どうする?登れそう?」

「糸は足りるけど、問題はどうやって山頂まで糸を届かせるかで―――ヤベッ!!」


山頂を見るために上を向いた私は、槍が凄まじい速度で落下しているのを見て、急いでその場を離れる。

千夜もそれに気付いたらしく、槍の落下しそうな位置から離れた。

その直後、さっき私達が居たところから少し離れた所に槍が落ちて来た。

槍は、落下地点に放射線状の亀裂をいくつも作り、粉々に砕け散った。

……元々壊れかかってた槍だもんね。

数千メートルの高度からの落下には耐えられなかったか。


「あー…新しいの貸して」

「はいはい」


千夜に新しい槍を貰い、もう一度挑戦。

……しかし、また失敗し、ダンジョンの入口の裏側に落下。

崖の一部を破壊した。


「もう一回!」


今度は落下途中に山肌に突き刺さり、刺さった周辺を破壊。

中には一メートル以上ありそうな岩が落ちて来た。

これには千夜も、


「琴音にやらせるのは危険過ぎる。私がやる」


と言って、槍を投げた。

結果は、やはり山頂には届かず、なんなら山肌に突き刺さり、私よりも大規模な落石を発生させた。


「誰にやらせるのが危険なんだって?」

「……ふん」

「槍ちょうだい」


その後も槍を投げ続けたけど、山頂へ到達する槍は一つもなかった。






二時間後


「ダアアアァァァァ!!もういい!!二度来るかこのクソダンジョンが!!!」


私は、頭を掻きむしり、めちゃくちゃに叫ぶ。

あれからずっと投げ続け、ついに怒りが頂点に達した。

こんな事をやっていても無駄。

私は無駄な時間を無駄なことに費やした!

というか、なんでこのダンジョンも破壊する必要があるの?

もう数時間近くここにいる気がするんだけど、一回もモンスターの気配を感じてないよ?

だったら放置でいいじゃん!!

いつの間にか千夜も居なくなってるし!!


「あぁ〜!ゴミカスぅ〜〜!!」


ストレスが限界突破し、千夜を見かけたらすぐに殴りかかりそうな気がする。

だってさ!?あのチキン女。数回投げただけで『こりゃ無理だ』とか言ってどっか行ったんだよ!?

私が、何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も投げてるってのに、あのチキン女ときたら……!!


「琴音〜?大丈夫〜?」


ブチッ


「あら〜良いところに帰ってきたねぇ〜?」


私がこめかみをピクピクさせながら笑顔で近付いて来るのを見て、危険を感じたらしい千夜は、すぐに私から離れようとする。


「あ〜……もうちょっと探索してくる」


適当な言い訳をして、私に背を向ける千夜。

……いいのかな?私に背中を見せて。

私は、気配を完全に消し、後ろから千夜に抱き着く。


「逃さないよ?」


耳元でそう囁やき、首にナイフを突き付ける。


「う、うん、分かった。分かったからナイフをどうにかして。お願い!」

「ふ〜ん?まあ、離してあげてもいいけど…その前に、適当にブラブラして何か良いものは見つかった?私を置いて一人で探索しにいった成果はあった?」


ナイフを突き付けたままそう聞くと、千夜は何故か固まってしまった。

……やっぱり何もなかったんだね。

はぁ……私の苦労も知らないで、このチキン女は何をやってるんだ。


「…やっぱり何もなかった?」

「……」


私は、できるだけ優しい声で千夜に聞いてみる。

声は優しいけど、ずっと抱きしめて首にナイフを突き付けてる状態。

まだ怒ってるよと、アピールしておく。

すると、千夜がナイフを持っている手に、ふんわりと手を重ねてきた。

なんなら、両手。

……怒ってるよアピールに対抗して、許してアピールしてきたかな?

そう思っていると、急に千夜が私の手首を掴み、思いっきり引っ張ったきた。


「なっ!?」


そのまま背中から地面に叩きつけられ、無理矢理空を見せられる。

突然の事に反応できず、私はキレイに背負投げを食らってしまった。

しかも、不意打ちを成功させるために本気で投げられたのか、背中がめっちゃ痛い。


「いったいなぁ……っ!!」


私は千夜に文句を言おうと千夜の顔を見て、背筋が凍るような感覚に襲われた。

ヤバイ!殺られる!!

手首を掴んでいる千夜の手を強引に振り払い、すぐにその場から離れる。

すると、千夜は即座に『夜桜』を取り出し、斬り掛かってきた。


「っぶな!?」

 

ギリギリで間にナイフを挟み、なんとか『夜桜』を受け止める。 

…本気ではないのね。

いや……そりゃあそうか。

まさか、本気で恋人を斬ったりはしないよね。

模擬戦でもないし、今仕事中だし。


「そんな逆ギレされても困るんだけど?普通に何もなかったって言えばいいのに」


私がそう言うと、千夜は『夜桜』をしまって悲しそうな表情で、ボソボソと言い訳を話す。


「…絶対琴音怒るじゃん。顔も、雰囲気も、目も、全部怒ってる時のやつだったし」


同情を誘ったいるのか、声色がおかしい。

今にも泣きそうな声をしてる。

でも、私はそんなのに流されないよ?


「そりゃあ怒るよ。だって全部私に押し付けて、どこかに行っちゃったんだもん。私、千夜のために、ずっと槍を投げ続けたんだからね?」


糸で登りたいって言い出したのは千夜だ。

もちろん、千夜が言ってなかったら私が言ってたけど。

まあ、その時できたなかったら、途中で諦めてただろうけど。

私は千夜のために―――ん?

いつの間にか、千夜は私の方を向いていて、覚悟を決めたような顔をしていた。


「今なら…正直に言っても許してくれる?」

「もちろん。誰かさんに斬られかけたおかげで、冷静になれたからね。今なら許してあげる」


私がそう言うと、千夜は何故かもじもじしながら私から視線をそらす。

……そんなに恥ずかしいことかな?

別にもうバレてるんだから、普通に言えばいいのに。

そんな事を考えていると、千夜の口から予想外の言葉が飛び出した。


「えっと…山頂への道なんだけどね?……見つかったんだよね」

「………え?」


千夜は、申し訳無さそうにそう言った。

……え?

さ、山頂への道が…見つかった?

え?山頂?えっ?えっ?


「大丈夫?……おーい!戻っておいで!」

「はっ!?」


あまりにも衝撃的なことを言われ、理解が追いつかなかった。

そのせいで、千夜に正気に戻るよう呼び戻されてしまった。


「えーっと…?それ、本当?」

「うん」

「ホントに本当?」

「私を疑うの?」


う〜ん……これは…本当っぽいね。

千夜が『私のことが信じられないの?』って言うときは、だいたい本当のこと。

私の数時間の苦労は一体何だったのか……


「どこにあったの?」

「山の反対側に、エレベーター?みたいなのがあったよ」


エレベーター?

山にエレベーターなんて……なんか、急にSFな話になってない?

ダンジョンって高度な科学力を持った地球外生命体の作ったものだっけ?


「いや、エレベーターというよりは、円盤があって、それに乗ると魔法で上に登っていけるんだよね」

「はぁ…?」

「う〜んと……見てもらった方が早いね。ついてきて」


千夜は、私の手を引いて人が一人通るのが精一杯の道を歩き始めた。

こんなところ歩いて、怖くなかったのかな?

石棺を開けるのにビビリまくってた千夜が、ここを歩くのは怖くないとは思えなイタタタタ!?

突然、千夜が私の手を握り潰す勢いで力を入れてきた。


「ちょっと!痛いじゃん!!」

「石棺を怖がってたのは琴音も一緒でしょ?私だけビビってたみたいな言い方やめて」

「うっ!……分かったよ。もうビビリ呼びはしない。代わりに臆病も―――いや、何でもない」


臆病者って言おうとしたら、すんごい睨まれた。

怖がってたくせに。

―――おっと、これ以上は本当に千夜に怒られそうだからやめとこう。

私は、余計なことを考えるのをやめて、千夜の後ろを歩く。

そして、十数分くらい経った頃、入口があった場所よりも開けたところにやって来た。

そこには祭壇のような場所があり、中央部に確かに円盤があった。

円盤……丸い石の板って言ったほうが良いかもね。

円盤だと、UFOと間違いそうだし。


「本当にあったんだ……あの努力は無駄だったんだね」


私がそう落ち込んでいると、千夜が私を抱きしめてくれる。


「琴音がこうやって落ち込むかも知れないから、すぐに言い出せなかったの。ごめんね」


……中々答えなかったのは、そんな理由があったのか。

それなのに、ちょっとイライラしてたからって一方的に怒っちゃって…千夜が『夜桜』を使ったのも納得だよ。


「気を遣ってくれてありがとう。ごめんね。一方的に怒ったりして」

「別にいいよ。ただ、ナイフを首に突き付けるのはやめてね?怖いから」

「分かった。……でも、千夜には『夜桜』があるから、首を刺されたくらいじゃ死なないでしょ?」

「…死なないと痛くないは別物だよ?」


そっか…千夜はほぼ不死身でも、痛覚がないって訳じゃないからね。

……じゃあ、本気で怒ったとき、死なないように気を遣う事なく拷問できるのか。

後は、SMプレイでかなり過激な事もできるね。

別に千夜はマゾじゃないけど。


「なんか、琴音が危ない事考えてる気がするんだけど……気のせいだよね?」

「うん。気のせいだよ」

「そっか……とりあえず、あの円盤で上に行こうよ。動作は確認してあるし」


……もしかして、ずっとどこかに行ってたのって、この円盤に乗って上に行ってたから?

だとしたら、これ山頂まで行くのに相当時間がかかるのでは?


「ねぇ、これどれくらいで山頂まで行けるの?」

「う〜ん……軽く三十分以上はかかりそうな?」


三十分か……結構かかるね。


「そうなんだ。じゃあ、三十分は暇なんだね」

「そうそう。だから、ちょっとイチャイ――「しないからね?」――むぅ…じゃあ、剣の練習ね。『夜桜』使うから、怪我しないように頑張ってね」


それって本気でやるってこと?

しかも、『夜桜』まで使うって…私の事殺す気?

ま、まあ?流石にそこまでしなっ!?

千夜は急に強烈な殺気を放ち、超高速の剣閃を見せた。


「ちょっ!?」

「ほらほら、琴音も本気でやらないと軽い怪我じゃ済まないよ?ハアッ!!」

「うわっ!?あー!もう!!千夜こそ怪我しても知らないからね!?」


私も刀を抜いて、本気で魔力を練り上げる。

すると、千夜は楽しそうに笑い、私の急所を狙った攻撃仕掛けてくる。

こうして山頂までの時間を模擬戦?をして過ごした。


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