第121話二つ目破壊

ある遺跡型ダンジョンのボス部屋


右腕を斬り落とされ、数え切れない程の肉を削ぎ落とされた巨人が、最後の力を振り絞り、一人の少女に混紡を振り下ろす。

しかし、少女はその混紡を一刀両断し、巨人の武器を破壊した。

そして、目にも止まらぬ速さで巨人の喉元まで駆け上がると、黒い刀身を持つ刀で巨人の首をはねた。

……惨いね。

わざわざ、肉を削いだりしなくたって、千夜ならすぐに首を落とせただろうに。

やっぱり千夜は性格悪――「琴音」


「やっぱり今日は徹夜ね」

「ごめんなさい許して!あれ本当に疲れるから!千夜も汗だくだったし、一日寝て過ごしてたじゃん!!」

「え?今回は一方的にやるよ?廃人にならないといいね」

「鬼畜!?」


何故だぁ……

私は事実を言った――というか、口にすら出してないのに……

こんなの横暴だ!訴えてやる!

その直後、千夜がとんでもない殺気を私に向けてくる。


「…なに?」

「いえ、なんでもありません」


圧に押された私は、反射的にそう言ってしまった。

…普通にDVじゃない?

これをマスコミにタレコメば……駄目だ、私達の関係を認める事になって、余計面倒くさくなる。

泣き寝入りするしかないのかぁ。

勝手に結論を出して落ち込んでいると、千夜が溜息をついて急かしてくる。


「もう行くよ?変な事してないでさっさとついてきて」

「はーい」


私は、千夜に急かされて後を追う。

…なんか、ここだけ見ると姉妹みたいだね。

姉妹かぁ……今度、姉妹プレイしてみようかな?


『お姉様!?そこはぁ!』

『大丈夫よ琴音。私に身を任せて、ゆっくりしなさい』


……うん、普通に恥ずかしいわ。

まず、わざわざ姉妹の真似しなくても、私はいつも千夜に甘えてるし、千夜も『頼れるお姉ちゃん』って雰囲気と行動をしてる。

姉妹プレイなんて、するまでも無かったね。


「……なんか変な事考えてない?」


私の異変を感じ取ったのか、千夜がそんな事を聞いてきた。


「ん?千夜と姉妹プレイしたらどうなるかなぁって考えてたけど…」

「けど?」

「普通に恥ずかしいし、普段から千夜のこと姉みたいに思ってるから、するまでも無かったなぁって」

「……確かに。私は優秀な姉で、琴音は実力は本物だけど色々と残念な妹って感じ」


残念な妹……一体私のどこが残念なんだ!

私だって、その気になれば家事もできるし、勉強もできるし、一人で生きていけるもん!!

ただちょっと、私のことが大好きな二人が何でもしてくれるせいで、実質ニートなだけで?

決して!ニートじゃないから!

決して!家事ができない、勉強ができない、一人暮らしができない残念な人じゃないから!!


「そんな不満そうに頬を膨らませても、事実は変わらないよ?普段、家事を一切してないんだから当然でしょ?」

「うぐっ!?」

「最近は、寝て食べてゴロゴロしてボーッとして食べてボーッとして食べて寝て過ごしてるよね?一日の生活リズムこれだよね?」

「そ、それは……」


私が目を泳がせると、千夜は顔をグッと近付けてくる。


「しかも、最近剣術サボってるよね?」

「えっ!?そ、そんな事ないよ?」

「お義母さんから格闘術を習うとか言ってたけど……やったの?」

「……」

「コーンのお世話は?」

「たまに散歩を…」

「隠密の練習は?」

「よくやってるよ?千夜やお母さんから逃げるために」

「お酒とタバコの量は減らしたんでしょうね?」

「……」

「減らしたの?」

「…………した」

「なに?」

「……増えました」 

「ふ〜ん?増えたんだ?ふ〜ん?」


千夜はネチネチ面倒くさい説教をしてきた。

この説教嫌いなんだよね。

怒鳴られるのと違って、不快感が半端じゃない。

しかも長いし。


「なに?何か文句ある?」

「…無いです」

「じゃあ、しっかり聞きなさい」


そのくせ、正論や事実で殴ってくるから、言い返したり、文句を言ったりし辛い。

まったく言えない訳じゃないけど、千夜も私のために言ってくれてるはずだから、そういえ事はしたくない。

…でも、改善しようと台所に立っても、料理させてもらえないんだよね。

『私がするから大丈夫』『お母さんがやっておくから、琴音はゆっくりしてて』って。

自立してほしいんだか、してほしくないんだか。


「とりあえず、お酒とタバコをどうにかしようね?他の事はその後でもいいから」

「はーい」

「あと、私の相手も…忘れないでね?」


最後にしっかりと自分の欲望を混ぜてきたね。

私の中で千夜は優先順位が高いんだから、放置することはないと思うけど。

でも、千夜ならちょっと側を離れるだけで騒ぎそうだから、ずっと一緒に居てって言いたいのかな?


「それに関しては大丈夫だよ。心配しないで」

「信じるからね?」

「うん。だから、もう小言はやめてね」


これ以上グチグチ言われると面倒くさいから、はっきり言っておこう。

これで、千夜も小言をやめてくれる……はず。


「…やっぱりもうちょっとお説教したほうがいいかな?」

「え?」

「冗談だよ。さあ、コアを回収しよう」


そう言って、千夜はおそらくコアがあるであろう部屋の扉に手をかける。

しかし、引いても押してもびくともしない。

横に引いてみたり、シャッターのように上に上げてみたり、鍵穴が無いか探したりもした。

でも、鍵穴は見つからなかったし、開け方も分からなかった。


「何この欠陥設計。もう斬って壊そう」

「いや、どうしてそういう発想になるの?もっとこう、ギミックを楽しむとかさ」


千夜が扉を破壊しようとしたので、正攻法で突破するように促す。

しかし、千夜はめっちゃ不機嫌そうな顔で私の方を向き、


「じゃあ琴音ならどうする?」


私に答えを求めてきた。

えぇ…私ならどうする?

う〜ん…?


「……とりあえず破壊する」

「じゃあいいじゃん。止めないでね?」


それらしいギミックが見当たらない以上、開かないなら壊すしかない。

それか、こじ開けるか。

でも、こじ開けられそうな隙間が見当たらないんだよね。

……やっぱり壊すか。

私は、二歩…いや、念のため四歩ほど下がって、千夜の背中を見る。

千夜は、練り上げた魔力を全身に纏い、『夜桜』に相当量の魔力を流し込んで居合の構えを取っている。

扉を破壊するといえば、破城槌みたいなので壊すのがセオリーのはずなんだけど…このクソデカい扉を斬り刻む気なのかな?


「流石にそれは無理があるんじゃない?」


一応、千夜に声をかけてみる。

確かに、千夜は他に攻撃手段を持ってないから、斬るって発想に至るのは当然……でもないか。

高さ五メートルくらいあって、横幅も二メートルはあるかな?

厚さは確実に十センチ以上はありそうで、材質は……ローマンコンクリートに似てるかな?

そんなものを斬って破壊するとか……でも、千夜ならできそうなのがなんとも。


「大丈夫。私ならやれる」


ほらね?

何故か、妙な説得力があるんだよね。

根拠はないけど、千夜ならいける。

…とりあえず、様子を見よう。

そう思って、千夜に視線を戻した瞬間、纏っていた魔力が爆発したかのように動きだし、千夜の姿がかすむ。

全力の居合斬りは、私でも目で追うことが困難で、視線を戻したばっかりの目では何が起こったのか理解できなかった。

しかし、すぐにそれがなにか理解した私は、動体視力を強化して千夜の動きを見る。

千夜は、間違いなくあの扉を斬っている。

しかし、流石に一撃で破壊するのは難しいらしく、おおよそ円形になるように何度も斬ることで扉に穴を開けようとしているのが見えた。

……わざわざ円形に斬りなくても、四角く斬ればいいのに。

私に良いところ見せたかったのかな?

そんな事を考えているうちに、扉を丸く斬り終わった千夜は、斬った部分を蹴って穴を開ける。


「出来たよ。さあ、行こっか」

「そうだね〜」


穴は結構小さく、千夜はしゃがみながら通り抜けた。

……私はちょっとかがむだけで通れたけどね?

別に、低身長を気にしてるわけじゃないから。

心の中で自分に言い訳をしつつ、部屋の中の様子を確認する。

中は最低限の装飾の割に、大量の金銀財宝。

見たこともないくらい大きな宝石の数々。

そして、いくつもの魔導具が隠されていた。


「宝物庫かな?でも、これって石棺だよね?」


部屋の中央部には、よく磨かれた大理石?の石棺が置かれており、ここが宝物庫ではない事を物語っていた。


「あれじゃない?お宝も一緒に埋葬したとか。ピラミッドの中にも、元々は大量のお宝があったらしいしさ」

「なるほどね。…あんまり気は進まないけどさ」

「うん」


私と千夜は、顔を見合わせてしまう。

一つは、このお宝をどうするか。

一応、規則上ダンジョン内で発見したお宝の所有権は発見者にある。

しかし、そのお宝を売却する場合――特に、金を売却する場合は組合に申請を出さなくてはならず、また売れたときの一割を組合に納める必要がある。

ちなみに、金の場合は二割ね。

どうして金はそんなに規制が厳しいかって言うと……詳しくは知らないんだけど、世界には『出処が不明な金を使わない』って条約?みたいなのがあるらしい。

金はテロリストの資金源になる可能性があるから、扱いが慎重らしい。


「とりあえず、お宝は山分けするとして、問題は……石棺だよね」

「うん…」


私達が顔を見合わせた理由その二。

コアが石棺の中にある。


「琴音が開けてよ」

「えっ!?ヤダ!絶対開けない!!」

「そんな事言わずにさ〜、ほら、多分何ともないよ」

「じゃあ千夜が開けたらいいじゃん」

「……私は先にお宝を仕分けておくね」

「それは帰ってからでいいじゃん。早く開けてよ」

「え〜?ここまで琴音は何もやってないのに〜?」

「だって、私勝手に着いてきてるだけだもん。何もしなくて当然じゃん」

「いや、来てるんだったら手伝いくらいしてよ」

「えっ!?千夜が開けてくれるの!?ヤッター!」

「誰もそんなこと言ってない!!」

「私の頭の中の千夜がそう言ったんですぅー!」

「そうですかー!」


私達は、頑なに石棺を開けるのを拒み続けた。

だって、開けたら呪われそうだもん。

例え呪われなかったとしても、石棺を開けるのは罰当たり過ぎる。

……まあ、お宝は貰って帰る予定だから、墓荒らしと同じなんだけどね?


「ほら開けてよ!」

「琴音が開けてよ!」

「イヤ!」

「ヤダ!」

「千夜、声が大きいよ?棺の前で騒ぐなんて、罰当たりだよ?」

「いや!琴音に言われたくないんだけど!?」


あらら、キレてらっしゃる。

まったく、こんな所で騒いでたら、亡者の眠りを妨げちゃうじゃん。

本当、千夜は罰当たりだなぁ〜。

……はぁ、仕方ない。


「あーはいはい。分かったよ、一緒に開けよう」


このままだと埒が明かないと思った私は、千夜に代替案を提示する。

一緒に開ける……つまり、『赤信号、みんなで渡れば怖くない』って感じ。


「一人で開けるのが怖いんでしょ?まったく、千夜は怖がりさんなんだからぁ〜」

「まあ、一緒に開けるなら良いけど……一回、武器の使用アリで本気の喧嘩してみる?」

「それはホントに不味いからなし」


一応賛同は得られたけど、ちょっと煽り過ぎたせいで千夜が普通にキレてる。

このまま煽り続けたら、血で血を洗うマジ喧嘩――もとい、殺し合いになりそうだから私から手を引こう。


「千夜はそっちを持って。私はこっちを持つから」

「うん」


私と千夜は、石棺を二人で挟んで手をかける。


「じゃあ、『せーの』で開けるよ?」

「うん」

「行くよ?せーのっ!!」


私の掛け声と共に、石棺の蓋が開く。

―――片側だけ。


「ちょっ!?千夜!?」


石棺が開いたのは私の方側だけで、千夜は蓋を持ち上げなかった。

突然の裏切りに困惑していると、千夜が露骨に目を泳がせる。


「……」


口をしっかり閉じ、そっぽ向いて私と目を合わせようとしない。

最初からこうする気だったな?


「チキン」

「……」

「腰抜け」

「……」

「ビッチ」

「それは今関係ない」

「自覚はあるんだね…」

「違う、そうじゃない!」


ビビって蓋を開けなかった千夜を罵ってると、知りたくなかった事を知ってしまった。

まさか、千夜がアレを自覚してたなんて…


「違うから!私はいたって普通だから!」

「普通の人は体力があるからって、徹夜でシたりしないのよ…」

「それは……その…愛してるのよ!」


なんか頑張って言い訳してるみたいだけど、見苦しいだけ。

一回認めちゃったんだから、訂正はできないのにね。

千夜のためにも、この話はここまでにしてあげよう。

私は、千夜に裏切られた衝撃で閉めてしまった石棺をもう一度開ける。


「え?」


石棺を開き、中を覗いた私は思わず声を出してしまった。

すると、ずっと『違うの!』って喚いていた千夜が私の後ろにスススッとやってきて、石棺の中を覗く。


「……空っぽ?」


石棺の中にはコアだけが入っていて、人が一人入れそうなスペースが無駄になっていた。

あんなに怖がってたのに、中が空っぽなんて……千夜、ビビり損じゃん。


「コアだけ入ってて、ミイラは入ってなかったのか……やっぱり、ここ宝物庫なんじゃない?」

「だとしても、わざわざ石棺に入れるかなぁ?」

「もしかしたら、石棺もお宝かも知れないよ?コアが入ってるぐらいだし。石棺ごと回収したら?」

「そうだね」


何故石棺なのか?

その疑問は残ったけれど、特に深く考えることなく私達はコアを回収し、ダンジョンを後にした。







父島最後の破壊対象ダンジョン


ようやく、最後のダンジョンへやってきた私達は、上を見上げて口をあんぐり開いていた。


「なにこれ?」

「さあ?」


最後のダンジョンを破壊し、後はお婆さんとの約束を果たそう。

そう思ってダンジョンへ足を踏み入れた私達を待っていたのは、雲よりも高くそびえ立つ岩山だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る