第120話コア回収

父島の山中


登山ルートをひたすら登り続け、山頂付近へやってきた頃、ようやくダンジョンの入口が見えてきた。


「やっと着いた……山登りって結構面倒くさいね」


私は、精神的な疲れを癒やすために千夜に愚痴をこぼす。

そんな私を見た千夜は、軽く首を傾げながら口を開いた。


「そうかな?私は楽しかったよ」


どうやら、千夜は山登りが好きなタイプの人間なのかも知れない。

意外…でもないか。

千夜、山登りとか森の散策とか好きそう。


「私だって、山登りは別に嫌いじゃないよ?ただちょっと『面倒くさいなぁ』って思っただけで」

「それは知ってるよ。琴音、こういう地道にやるようなこと苦手そうだし」


…もしかして、しれっとバカされた?


「……そそっかしいって言いたいの?」

「別に?」


この反応は、軽く私の事バカにしてしてきてるね。

私にはわかる。二年間何度も同じような反応を見てきてるから。


「…後でお話しましょう」

「はいはい。これ、もう中に入って壊してきていいんですか?」


千夜は、私の小言を華麗に受け流し、若干疲れている様子の組合職員さんに、もう入っていいか質問する。

もう少し待ってあげなよ。

そそっかしいのは千夜の方なんじゃ――ッ!!

余計なことを考えたせいか、千夜に殺気を込めた眼差しで睨まれてしまった。


「琴音?」


冷ややかな声で名前を呼ばれ、とっさに明後日の方向を向く。

千夜は、溜息をついて私から視線をそらすと、殺気に怯えた組合職員さんにもう一度同じ質問をした。


「もうダンジョンに入って、壊してきていいですか?」


…私のせいなのか、どこか声に苛立ちを感じられる。

職員さん達もそれを感じ取ったのか、何度も首を縦に振って仰け反っている。

次期『勇者』の殺気だもん。

そりゃあ、怖いよね。

私が一人で「ウンウン」と頷いていると、『何してんだコイツ』とでも言いたいような目をした千夜が、私の腕を掴む。


「行くよ」


そう言って、千夜は私の手を引きながらダンジョンへ入った。


……小声で『私は何も見ていない』って千夜が言ってた気がするけど……聞かなかった事にしよう。





ダンジョンの中は、空気のキレイな原生林だった。

しかも、傾斜がある。

ワーナンテシゼンユタカナンダロウナァー


…………はぁ、現実を受け止めよう。


「また山か…」


そう!ダンジョンの中は人の手が一切加えられていない自然な山。

うん、最悪!

ただでさえ面倒くさい山登りが、人の手が入っていないそこら中デコボコな道なき道を歩く羽目になった。

こんなの、私や千夜でも軽く遭難するっての!

……まあ、当然対策するけどさ。


「千夜。この木に糸巻き付けたから、とりあえず遭難する可能性は下がったよ」


私は、入口に一番近い木に鋼糸を括り付けた。

後は、これを伸ばしながら進めば、糸を辿るだけで帰ることができる!……はず。


「ありがとう。魔力が足りなくなったら言って。私の魔力を分けてあげるから」

「うん。足りなくなったらね」


ただし、この方法は魔力を消耗し続けるから、あんまり長い距離を歩き続けると私の魔力が持たない。

…まあ、一体何十キロ歩くんだって話になるんだけど。


「早くコアが見つかるといいんだけど…」


そう、ボソッと呟くと、その言葉を聞き取った千夜が過剰に反応した。


「コア?琴音は分かんないの?」

「……バカにしないでよ」


私だってコアの大まかな位置は分かるもん!

だって、こんなに分かりやすい気配がするのに、アレがコアじゃないって言う方がおかしい。


「北北西。距離は、大体三キロ先かな?あってるでしょ?」

「そうだね。じゃあ行こっか」


私がコアのあるであろう場所の大まかな距離を言うと、千夜は笑顔になりすぐに走り出した。

どうやら、本気で走ってる訳じゃないみたいだけど、次期『勇者』なだけあって普通に速い。

どれくらい速いかというと、普通に新幹線並みの速度で走ってる。

大体、時速240kmくらいかな?

これでもランニング程度の速度しか出してないんだよね…

本気で踏み込んだら、ジェット戦闘機よりも速い訳だし。

ちなみに、私はそんな千夜の一、五倍くらい速い。

まあ、速さに関してはどうでもいいとして…


「あのさー」

「なにー?」

「糸が変に絡まってるかもー」


不規則に生えた木々の間を、かなりの速度で特に考えもせず走ってるから、どこかで絡まっててもおかしくない。

別に、絡まってても道しるべとしての役目は果たしてくれるけど、回収が出来なくなるから面倒くさい。

一回出した糸は、回収すれば再利用できる。

普段、魔力に余裕があるときはわざと糸を出していざという時に使えるようにストックしてるんだよね。

今回は、簡単な仕事だから糸の回収も兼ねて魔力を使って生み出してる。


「絡まってると使えなくなるんだっけ?」

「そうそう。いちいち解くのが面倒くさいし、切断すると回収出来なくなるからね」


主に、解くのが面倒くさいって理由が強いんだけど……まあ、とにかく絡まった糸は面倒くさい。

変な場所に引っかかって、絡まってないと良いけ…ど…?


「これだけ速く走ってたら、そもそも絡まったりしないかな?」

「さあ?私はしーらない」


イラッ

私は本気で心配してるのに、千夜はそんな適当な返事で済ませてしまった。

殴ってもいいかな?まあ、間違いなく殴り返されるか斬られるだろうけど。

それくらいしても良いと私は思うんだけどなぁ。


「…ごめん」

「え?」


千夜は、私が怒っているのを感じ取ったのか、謝ってくれた。

…謝るなら、もう少し早く謝ってほしかったけど…まあ、いっか。

それに…


「いいよ。私もこんな下らない事で怒っちゃってごめん」


普通に考えて、糸が絡まったぐらいで怒るなんて、ちょっと短気すぎる。

それに、千夜は鋼糸を使った事が無いんだから、絡まってるかどうかなんて分かるわけないよね。


「……」


私に謝られた千夜は、なんとも言えない表情になった。

…今度は千夜が怒っちゃったかな?

このままだと、ずっと不機嫌オーラを出されそうだから、落ち着いてもらおう。

私は走る速度を上げて千夜の横に来ると、既に差し出されていた手を取る。


「許してくれる?」


千夜の顔を横から覗き込みながら、許してもらおうと悲しそうな声で話しかける。

すると、千夜は少しだけ笑って、


「…いいよ」


私の事を許してくれた。

やっぱり、千夜は私に優しい。

今聞くべきなのか分かんないけど、多少機嫌が良さそうな今のうちに聞いておこう。


「ねえ、千夜」

「ん?なに?」

「さっき、千夜が組合で話してるとき、私お土産屋さんに行ってたんだよね」

「そうなんだ」


…なんか興味なさそう。

まあ、千夜は別にそのお土産屋に行った訳じゃないし…お土産屋なんて他にもあるだろうし。

とりあえず、最後まで話さないと。


「それで、そのお土産屋さんの店長にお願いされたんだけどね。ダンジョンから出てきたモンスターが、未だに山の何処かに隠れてるかも知れないから、それを探し出して討伐してほしいんだって」

「……この島の山を一つ一つ回って探すの?」

「うん」


私がそう言うと、千夜は顔を顰めて何か考えたあと、無表情で口を開いた。


「報酬は?」


千夜の口から飛び出した言葉は、その労働の対価として支払われる報酬は何か?だった。


「そのお土産屋の店長は、報酬として何をくれるの?」

「え?……特に…何も」

「じゃあ受けない」

「え!?」


千夜ってこんなに薄情だっけ?

確かに、カメラとか人前では冷静沈着、非情な選択も厭わない少し冷たい風に振る舞ってるけど、私からのお願いを断るなんて事は無かった。


「…受けてくれないの?」


同情を誘えるよう、弱々しい声で聞いてみる。

しかし、千夜はまったく表情を変えない。


「タダ働きしろって言いたいの?私は別に慈善家じゃないし。それにそのお願いは探索者として――『剣聖』への討伐依頼でしょ?なら、私は依頼者が琴音でも報酬が支払われないなら働かないよ」


千夜は、探索者として活動するときはタダ働きしないって決めてるみたい。

…ダンジョン破壊の報酬は特に何も言わなかったのに。

まあ、それを言うと怒られそうだから良いとして……要は、タダ働きじゃなければいいんでしょ?

それか、探索者の依頼として頼まないか。


「分かったよ。じゃあ、報酬は私が出す。何が欲しい?」


あのお婆さんに高い依頼料を払わせる訳にはいかない。

それに、私が持ってきた話だ。

私が依頼料を出すべきだろう。

さて、どんな要求をしてくるかな?

私は、千夜の顔を覗き込んで表情を伺う。

すると、千夜はその場で立ち止まり、ニヤニヤしながら私の方を向いた。


「なんでもいいの?」

「いや……私が用意できる範囲で…」


ここで『なんでもいい』って言うと、絶対面倒なことになるから、しっかり制限は掛けておく。

……まあ、掛けても掛けてなくても、何を言われるか分かってるけど。


「じゃあ、琴音が欲しい!」

「うん、知ってた」


千夜が自力で手に入れる事ができなくて、私に用意できるものというと、私の体くらいしかない。

だって、千夜は私よりも稼ぎが良くて家事ができて頭が良くて人気があって知名度があって地位があって性格もいい。

…いや、性格はそんなに――「琴音?」――ヒッ!


「なっ、なに?」

「今、私の性格が悪いって思わなかった?」

「え?違うn―「違うね」――は、はい!千夜はとっても性格が良くて、優しいよ!」 


いや怖すぎ。

別に誰かに言いふらしてる訳じゃないんだから、ちょっとくらい悪口言ったていいじゃん。

もう、千夜は短気だなぁ……やべ!これ以上はほんとに怒られる。


「と、とりあえず!私は千夜に体をあげればいいんだね!?」

「…その言い方だと、身売りしてるみたいだから、もっと他のにして」

「えぇ?……今夜は、千夜と夜を共にする?」

「まあ……さっきよりはマシかな?」


面倒くさいなぁ。

変な事にこだわらないで欲しいよ。

こだわってると、時間もかかるし。

こんな茶番さっさと終わらせて、お婆さんとの約束を果たさないと。


「とりあえず、これで依頼料はいい?コアを回収しに行くよ」

「うん。フフフ、二日連続で琴音を堪能できる…明日は学校だし、しっかり充電しよう」

「徹夜はやめてね?」


アレは、魔力を使って体力を底上げしないといけないから、大変ってレベルじゃない。

というか、学校なんだから早く寝ればいいのに。


「さ~て、さっさとコアを回収しに行きますか!」


そう言って、千夜は私の手を離すと、本気で走り出した。

どれくらいの速度で走ってるか、私も詳しい事は分かんないけど、衝撃波らしきものが発生してるから、音速かそれに近い速度だろうね。

私も走るか。

千夜に追い付くために、足に魔力を集中させ、全力で地を蹴り一気に加速する。

元々山で修行していた事もあって、こういう地形の疾走には慣れてる。

……山登りが面倒くさいって感じるのは、修行が面倒くさかったからかな?

ずーっと同じ事の繰り返しで、面白味がなかったからなぁ…

隆浩さんにはまだ勝てないけど、『勇者』として最低限の実力は持ってる。

だから、組合で私の力を見せつけて、申請さえすれば『勇者』になれる可能性は無きにしもあらずなんだよね。


「はい!追い付いた!」

「むっ!競争なら負けな――いや、もう着いちゃったね」


一人で考え事をしながら、千夜の背中を追いかけていると、いつの間にかコアのある場所まで来ていた。

その場所は不自然に開けていて、中心に大きな岩があった。


「これは!!……なんだっけ?」

「いや、見てわからない?石碑だよ。石碑」


そうそう、石碑だ。

大きな岩には見たこともないような文字が彫られていて、何故か文字が光っていた。


「石碑かぁ…で、あの水晶玉がコアだよね?」


石碑の上の方。

明らかに人工物と思われる、キレイな球体の水晶が岩に埋められていた。

一般人が見れば、大きくて綺麗な水晶としか感じないかも知れない。

でも、私達からすれば、とんでもない量の魔力の塊。

『ダンジョン』という、超空間を支えるに相応しい魔力を秘めていた。


「回収…普通に外せるのかな?」

「掴んで外せればいいんだけどね。石碑を壊したら、なんか出てきそうだし」

「だよね~。上に乗れば取れるかな?」


そう言って、千夜はジャンプで石碑の上に飛び乗ると、上からコアを掴む。

すると、面白いくらい簡単にコアが外れた。


「取れちゃった…」

「なんか凄いモンスターが現れて、二人で協力して倒すって展開を想像してたけど……取れたね」


あまりにも簡単に取れてしまったことに、軽く動揺していると、急にダンジョンが揺れ始めた。


「あー…これがダンジョンの崩壊ってやつ?」

「そうだね。『夜桜』を手に入れたダンジョンが壊れる時も、こんな感じに壊れてたし…じゃあ、帰ろっか」


普通に震度6強くらいの揺れがあるんだけど、こうなる事を予想できていた私達は特に慌てることなく冷静に走って帰った。

震度6強って言うと、人が立って歩けないらしいんだけど……まあ、私達なら全然余裕。

文字取り、秒で入口まで戻って来た私達は、ダンジョンの崩壊を確認し、次のダンジョンへ向かった。




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