第119話初任務(勝手に付き添い)

日曜日 とある連絡船


今日は、千夜の仕事で父島に向かっている。

何でも、父島では誰も来ていないダンジョンが三つもあるらしい。

人が来るダンジョンは街の直ぐ側にあるダンジョンだけで、それ以外はほとんど手付かず。

誰かが特訓に使っている訳でもなく、住民や探索者に許可を取る時も、誰も反対しなかった。

そのため、その三つのダンジョンを破壊するのが今回の仕事。

私は、それに同行してる。

しかも、交通費は組合に出させてる。


「…本当に良かったのかな?」


千夜が周りの目を気にしながら、心配そうに話しかけてきた。


「大丈夫じゃない?何も言われてないし」

「でも、明らかにいい目で見られてないよ?私、琴音がそんな目で見られるの嫌なんだけど」


別に、視線で歓迎されてない事くらい、私だって理解してる。

でも、何も言われないって事は文句を言うほどでもないか、言えないか。

…九割後者だろうけど、もしかしたら前者かも知れないでしょ?


「千夜の心配のし過ぎだよ。例えここで海に放り捨てられても、私なら帰ってこれるし」

「いや、そういう問題じゃなくてね?」

「大丈夫だって。私になにかあったら、『剣聖』と『勇者タカヒロ』と日本最大の権力を持つ名家が組合上層部に圧力をかけるから」

「確かに……なら大丈夫か」


そもそも、日本の切り札二人が推してる人物をぞんざいに扱うなんて真似はしないだろうし、特に千夜は私のことになると沸点が急激に下がるから、千夜に配慮してそれくらい見過ごしてくれそう。


「にしても、船ってあんまり楽しくないね」


私は、千夜を元気付けるために話題を変える。


「そりゃあ、見渡す限り海だからね。あっという間に飽きるでしょ」

「そうなんだよね〜。もう、海を見るのは飽きちゃった」


そう言いながら、私は千夜のことを見つめる。

千夜は、程なくして私の視線に気付いた。


「どうしたの?そんなに見つめてきて」


千夜は退屈そうな目で私の方を向くと、何故見つめてくるのか質問してきた。


「いつ見ても綺麗な人を見つめてるだけ。このまま横に居てくれるなら、この退屈も何処かに行っちゃうんだけどねぇ」


私がそう答えると、千夜は目は相変わらず退屈そうだけど、誰が見ても喜んでいる表情を見せた。

そして、私に半歩近付いて、手を繋いだ。







数十分後


父島行きの連絡船はようやく港に付き、私達は父島の土を踏んだ。

……港だから足元全部コンクリートだけど。


「ここが父島か……なんというか、ザ・離島って感じだね」

「まあ、離島だし…」


ここが東京ってのが信じられないくらいの離島。

でも、離島の町ってなんだかロマンを感じるから、別に嫌って訳じゃない。

……都市部と比べれば、何かと不便なことはありそうな気はするけど。

私は港から父島を眺めていると、千夜が組合の職員に話しかけていた。


「一回、組合支部に行ったほうがいいですか?」

「そうですね。挨拶と詳しい場所を聞くために、先に組合に行きましょう」


ふ〜ん?

じゃあ、先に父島支部に行って、話してくるんだ?

…面倒くさいなぁ。

事前に場所を調べて、そこに行ってポンって破壊して帰ればいいのに。

……いや、別に私呼ばれてないから、勝手に観光してくればいいのか。

せっかく他人の金で父島に来たんだから、なんか面白いものがないか探してみるか。


「千夜。私は千夜達が話してる間、父島の街を見て回ってもいい?」

「別にいいんじゃない?話が終わったら電話するから、組合まで来て」

「ありがとう!じゃあ行ってくるね!」


そう言って、私は一人街へ向かって走った。

組合?大体の位置は分かるし、千夜の気配に向かって走れば、わざわざ組合を探す必要もない。

安心して父島観光ができるよ!

…さて、父島の観光名所ってどこだ?

元々観光目的で来たわけじゃ無かったから、どこに行けばいいのか分かんない。

とりあえず、お土産屋にでも行ってみようかな?

お土産屋なら何かいい場所を知ってるかもしれないし、行く価値は結構あるんじゃないかな?


「とりあえず、お土産屋に行ってみよう」


私は、まずお土産屋に行って観光名所を聞くことにした。





お土産屋


「へぇ〜、都会から探索者が?」

「はい。使われていないダンジョンを取り壊す為に、本部から派遣されたんですよ」

「本部から!?これまた凄い事になったねぇ」


とりあえずお土産屋に来た私は、レジで暇そうにしていたお婆さんと話していた。

中々お客さんが来ず、退屈そうにしている姿を自分と重ねて、なんとなく話しかけたくなり、今に至る。


「昔、山菜採りに行った爺さんが、ダンジョンから出てきたモンスターにやられてねぇ。その時は、若者が総出で山に住み着いたモンスターを倒して回ってたよ。今はもう安全らしいけど、山の見回りも今日で終わりかね?」

「どうでしょうね?一応、モンスターが潜んでいないか見回りは続くと思いますよ?すぐに終わるでしょうけど」

「そうかい…本部から来た探索者さんなら、山に潜んでるモンスターを探せるのかい?」


山に潜んでるモンスターか……全然探せなくないね。

千夜なら、普通に一人で山を回って探してくれそう。

…もちろん、私が頼めばの話だけど。


「探せますよ。私の方からお願いしてみましょうか?」

「本当かい!?」

「ええ。私はその人と仲がいいので。私が頼めば、きっと快く了承してもらえますよ」


私からのお願いだもん。

私のことが大好きな千夜のことだから、まさか断るなんて事はないはず。

駄目なら、しっかりとすれば聞いてもらえるだろう。

問題は、千夜がどれだけをねだってくるかだけど――ん?


「これで…もう怪我をする人は居なくて済むね」


お土産屋のお婆さんは、悲しそうな、嬉しそうな顔で手元の写真を見つめている。

それも二つ。


「…どうかされました?」


なんとなく、相談相手になったほうがいい気がして、お婆さんに話しかける。

すると、お婆さんは私に二つの写真を見せてくれた。

一つは今よりもずっと若いお婆さんと、その家族らしき人達が写った古い写真。

もう一人はお婆さんとその子供、孫らしき人達の写った新しい写真だった。

私が写真を見つめていると、古い写真に写っている一人の男性を、お婆さんは指さした。


「この人は、私の弟なの。背が高くて、歳をとっても体力に自身のある元気な人だった」

「だった…という事は、弟さんは……」


お婆さんは写真を自分の方へ向け、悲しそうな顔で縁をさすりながら続きを話す。


「そうよ。さっき、山菜採りに山に入った爺さんがモンスターに襲われたって話をしたでしょう?その爺さんが、私の弟だった」

「……」


写真の中の弟へ向ける目には、楽しい過去と辛い過去が交互に現れ、表現し難い悲しみで溢れていた。

お婆さんは弟さんの写った写真を置き、今度はもう一つの写真に写っている四十代くらいの男性を指さした。


「この人は、私の息子。モンスターが居ないか山の中を探し回ったとき、運悪くモンスターと遭遇して、襲われてしまったの。それも、出会った場所が道が細くて、横はほぼ崖と変わらないような傾斜の場所で」


弟に続き息子まで……

しかも、亡くなった場所がそんな危険な場所だなんて…きっと、何度も体を打ち付けて、苦しみながら亡くなったんでしょうね。

可哀想に…

不運な死に見舞われたお婆さんの息子を哀れんでいると、お婆さんの表情に少しだけ元気が戻ってきたような気がした。

息子の死を、哀れんでくれる人が居ることが嬉しかったのかな?


「一緒に居た人の話だと、襲われて後退った先がその傾斜だったらしいわ。足を、踏み外してしまったという話を聞いたの」


しかし、ほんの少し戻ってきた元気は、すぐに曇り始めた。

やっぱり、弟と息子を失った悲しみは大き過ぎたのか…

なんだか、見てるこっちまで悲しくなってきた。

でも、いつまでも悲しんでたってしょうがない。

それに関してはお婆さんもなんとなく分かってはいるみたいだけど……まあ、そうだよね。

なら、私が励ましてあげないと!!

お婆さんを少しでも励ますべく、一歩近付いたその時、


『ピリリリ ピリリリ 』


私のスマホに電話が掛かってきた。

スマホを取り出して、相手を確認してみると、やっぱり相手は千夜だった。


「すいません。ちょっと電話が…」


私はそう言って、一度店を出る。

そして、電話を取って耳に当てる。


『もしもし琴音。挨拶とちょっとした話し合い、終わったよ』


電話越しに、愛しの千夜の声が聞こえてくる。

さっき、身近な人が死んだって話を聞いたばっかりだから、ちょっと心配になっちゃう。

でも、無事は確認できたし、そもそも千夜が死ぬ姿なんて、中々想像できないんだけどね。


「分かった。今ちょっと地域の人と話してるから、ちょっとだけ遅れるかも。気配を辿ってそっちに行くから、先に行ってて」


私は、一人で勝手に心配していることを千代に悟られないように、いつもの声で話しかける。

千夜なら気付きそうな気もするけど…まあ、電話越しだから大丈夫。


『分かった。じゃあ、先に行ってるからね?』

「うん。私もすぐ行く」


よしよし、大丈夫そう。


『ちなみに、もし私がダンジョンに着くまでに合流してくれなかったら、今夜は琴音が「もうやめて」って泣き叫ぶまでおか―――』


うん、別方向に大丈夫じゃなかった。

『今夜』って単語が出た時点でいつでも切れるようにしておいて良かった。

最後まで聞いてたらどうなってた事か…

まあ、その事は忘れて、お婆さんのところへ戻ろう。


「すいません。そろそろ帰ってこいって電話がありまして――あの、何かありました?」


店に戻ってくると、何故かお婆さんがニコニコ笑顔で迎えてくれた。

何か嬉しい事でもあったのかな?


「そうねぇ……電話をしている貴女の顔が、すごく輝いていたからかしらね?まるで、恋する乙女だったわよ?」

「そ、そんなにですか…?」


もしかして、今この島に来てる探索者は私の恋人だと思ってるのかな?

……間違ってないどころか、合ってるんだけど…どうしよう?

いや、私が一目惚れしてると思ってるだけって可能性もある。

きっと、私が一目惚れしてると思ってるんだろう。

…そう、きっとそのはず。


「フフフ、電話の相手とはどこまで行ってるの?」


はい、恋人だと思われてます、ありがとうございました。

……いやいや!まだ弁解の余地はある!


「電話の相手は女ですよ?それも、ただの仲の良い友達です」


『相手は女』

男性がそう言えば更に関係を深掘りされそうな言葉だけれど、女である私が言えば『なんだ。違うのか』って思われる言葉だ。

最近は多様性を受け入れる時代だから、同性でも恋人関係なんじゃないと疑われる事もあるけど……それでもそういう人は少数派。

普通はそこで恋人かどうか疑うのはやめる。


「女だからなんだって言うの?都会の人は、同性でも結婚するんでしょう?」


凄い理論でまだ疑われてる。

都会の人は……都会なら何でもありだと思ってるのかな?

確かに、田舎に比べたら同性愛に寛容なのかも知れないけど……都会でも同性愛は珍しいんだよ?

流石に都会だから同性で恋人関係になっててもおかしくないは偏見が過ぎる気がする。


「確かに、都会の方が同性婚をする人は多いでしょうけど……流石にそれは偏見が過ぎると思いますよ?」


すると、お婆さんはキョトンとした表情をした。

……何がそんなにおかしいのやら。

思わず首を傾げそうになるのを必死にこらえていると、お婆さんがとんでもない事を言い出した。


「だって貴女、『剣聖』の恋人さんでしょ?」

「……はい?」


……は?

なんでこのお婆さんがその事を知ってるの?

もしかして、ネットの噂はこんな離島にまで届いてるの?

確かに今では山奥でも電波が使えるくらい通信技術が発達してるけど…まさかここまで広まっているとは……


「えっと…その話はどこで知ったんですか?」

「近所の子供達が話してたわ。『剣聖には恋人が居て、しかも同性なんだ』って」


おいガキ、何離島で噂広めてんだ。

離島の噂なんてあっという間に広がって、尾ひれがつくに決まってる。


「しかも、毎晩夜遅くまではげんでるって聞いたわよ?実際どうなの?」


ほらね?

誰がそんな尾ひれ付けたのか知らないけど、流石に毎晩はヤッてないての!

そんなことしたら、お母さんがキレて千夜と大喧嘩するって。


「そんな事してません!そもそも、千夜とは距離が近いだけで、ただの友達なので!その噂は、誰かが勘違いしてネットに変な噂を流したのが始まりなんです。真に受けないで下さい!」


こうやってしっかり否定しておかないと、絶対面倒なことになる。

ただでさえ宝剣を手に入れ、千夜が次期『勇者』になることが確定したって話題が冷めないのに、そこへ熱愛報道なんかが加わったら……


「ふ〜ん?私はお似合いだと思うがねぇ〜?」


それには同意するけど、その事を広めたらヤバイから何も言わない。

……にしても、恋バナになった途端、お婆さんが元気になったね。

『下ネタと恋バナは万国共通』と言うけど、年齢も問わずか……


「ん?もしかして、私を騙せるとでも思ってるのかい?」

「え?どうしたんですか急に」

「私にゃ分かるよ。伊達に長生きしてないからね。年寄りの勘を舐めるんじゃないよ」


…はぁ?

また意味の分からない事を……例え自分は勘で分かっても、その勘は人には伝わらない。

だから、いくらでも言い訳できる。


「勘、ですか……そんな事を言われましても、『付き合ってない』としか言いようがないですよ?そもそも、その勘は当たるものなんですか?」


このお婆さんが榊レベルの勘を持ってるなら、自分の勘に相当自信があると思うんだけど…どうかな?


「さあ?でも、若者の勘よりはずっと鋭いわ」


……榊レベルではなさそうだけど、お年寄りは人生経験が豊富だから、経験則的に勘が鋭くなってる。

はっきり言って面倒くさいね。


「そうですか……とりあえず、私と千夜は別にそういう関係じゃないので」

「そう?そこまで言うなら、きっとそうなんでしょうね」


と言いつつ、まだ疑ってるじゃん。

分かるんだよ?それくらい。


「では、早く行かないと怒られそうなので、私はこれで」


私は、溜息をつきそうになるのを必死に堪え、そう言って店を出ようとする。

すると、お婆さんはまた真剣な声に戻って、


「モンスターの討伐、よろしくお願い致します」


そう、頭を下げてきた。

私は振り向いて、頭を下げるお婆さんをしっかり見ながら、


「任せてください」


精一杯、頼りになりそうな自信のこもった声で返事をしたあと、千夜の元へ本気で走った。


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