第118話琴音に報告

駄菓子屋


千夜がいつもより遅れて帰ってきた。

しかも、組合の車に乗って。


「組合のジジイ共嫌い!色目遣いされないだけマシなのかも知れないけど、マジで気持ち悪い!!」

「うん。その話もう五回聞いてる。それと、ここ店だからあんまり騒がないで」


なんか特別な仕事を依頼されたらしいけど…そんなに不機嫌になるようなことかな?

私にはちょっと理解できない。


「何がそんなに嫌だったの?」


分からない事は聞いてみるに限る!

『聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥』って言うでしょ?

だから本人に聞いてみる。


「嫌だったよ。だって、今日は授業が早く終わるから、いつもより長い時間琴音と一緒に居られるんだもん」


なんというか…千夜らしいね。

本気で私のことが大好きで、私が千夜以外の誰かと仲良くするだけで嫉妬する。

本当、千夜らしい理由で嫌がってるよ。

…そう言えば、どんな話してたんだろう?


「組合でどんな事話し合ってきたの?」

「ダンジョンを破壊してほしいって話」

「ふ〜ん?……えっ!?」


ダンジョンを破壊!?

そんなに危険なダンジョンがあるの!?


「え?えっ?ダンジョンを破壊って…え?千夜が出るほど危険なダンジョンがあるの?」

「私だけじゃないよ。『勇者』が全員招集かけられてた」

「はあ!?……え?なに?ヒュドラ級の化け物が居るダンジョンを攻略するつもり?」

「いや?普通のダンジョン」


ふ、普通のダンジョンの為に、次期『勇者』と現役の『勇者』を全員招集って……何してんだ組合。


「そんな過剰な戦力集めて、組合は何がしたいの?普通のダンジョンなら、『英雄』で十分でしょ?」

「まあ、そうかも知れないけどさ…それだと文句言われそうでしょ?」

「はぁ?」


文句ってなに?

そもそも、こんな過剰な戦力を集めてどこから文句言われるの?

…『勇者』本人とかかな?


「『英雄』って、意外と数がいるからダンジョンによっては『不公平だー』とか言われるかも知れないでしょ?それに、腕に自身のある『英雄候補者』も何か言ってくるかも知れないし」

「確かに……その点、『勇者』は本当に別格だし、一応『勇者候補者』ってのも居るけど、名前だけだもんね」

「まあ、『勇者』が不在の時に、代役として戦うのが『勇者候補者』の役目だから、別に『勇者』と同じくらい強い訳でもないからね」


『勇者候補者』は、『英雄候補者』のようにいずれ『英雄』になることのできる人物ではなく、『英雄』にしては強いけど『勇者』程じゃない。

そういう人達の集まりだ。

聞こえがいいように言うと、『勇者候補者』が探索者の最高戦力。

『勇者』が探索者の切り札かな?

まあ、『勇者候補者』と『勇者』には越えられない壁があるんだよ。


「で、『勇者』が出る理由は分かったけど、どうして今になってダンジョンを破壊してまわろうって話が出たの?」


今までずっとダンジョンを守ってきたのに、どうして今になって破壊するなんて言い出したのやら。


「組合の話だと、ここ二年でダンジョンが倍増してるんだって。んで、このままだと組合がダンジョンを管理しきれないから、数を減らしたいらしいよ?」


なるほど。

確かに、たった二年で数が倍になれば、組合も管理しきれないよね。

それに、それだけダンジョンがあれば、中々人が来ない過疎ダンジョンが出てきてもおかしくない。

スタンピードが起こった時に、過疎り過ぎて付近に探索者が居なかった、なんて状況になったら大変だ。

それで、不要なダンジョンを破壊しようってわけか。


「で?報酬はどれくらい貰えるの?コアの回収任務なんて、結構弾んでもらえそうだけど?」


ダンジョンの破壊……しかも指名依頼だ。

結構貰えそうじゃない?

私は、ニヤニヤと汚い表情で千夜に質問してみた。

すると、千夜は私の顔を手でいじりながら、退屈そうな声で答えてくれた。


「コアの買取価格を上げる」

「……しょれだけ?」

「そう。しょれだけ」


……少なくない?

『勇者』や次期『勇者』に指名依頼をしておいて、報酬は買取価格を上げるだけ。

……え?

組合は、『勇者』という一握りの天才をバカにしてるの?


「え?他にょ『ひゅうしゃ』はひは、怒ってにゃかったにょ?」

「ん?三人ともキレてたよ?」

「やっぱり…しょりゃ、しょうだよね」


買取価格を上げるのは当然の事だし、他に報酬を付けるべきなんじゃないの?

なのに報酬は買取価格を上げるだけ。

…それ、実質無償で働いてくれって事だよね?

私だったら、針を喉元に突き付けて、『舐めてんのか?』って言うね。


「で?千夜はどうしちゃにょ?」

「ん?別にお金には困ってないからその条件を呑んだよ?」

「えっ!?」


もったいない!

そこは多少無理矢理でもいいから、高額な報酬の請求をしないと!

せっかくの次期『勇者』なんだから、立場をうまく使わないと。


「もったいないにゃ〜」

「そんなに?別に私はお金に困ってないんだから、変に文句言って良くない印象持たれるよりはいいと思うんだけど」

「しょう?――どうせ、組合のクソジジイが懐に入れる金を増やす為にやってるだけだと思うけどなぁ」


私は、千夜の手を顔から剥がして、普通に喋る。

すると、千夜は不機嫌そうな顔で私の事を抱きしめる。

…ちょうど、顔が胸に当たる感じで抱きしめられたから、お母さん程じゃないけどクッションに顔を埋める状態になる。

これじゃ、また喋れないんだけど…

 

「う〜ん?確かにあのジジイは保守的な感じで、金に意地汚そうだったけど……やっぱり、一回榊に調べてもらおうかな?」

モゴモゴモゴ?そうしたら?

「ちよっ!くすぐったいよ!!」


そう言って、千夜は私を突き飛ばした。


「痛っ!?」


私は、突き飛ばされた勢いで壁にぶつかり、背中が猛烈に痛くなった。

…壁壊れてないよね?


「もう!ちょっと考えたら分かんない?喋ったらくすぐったいって」


えー…

私の事を抱きしめて、話しかけてきたのは千夜なのに… 

千夜は、私の息がくすぐったくて嫌だったというのを、視線でも訴えかけてきた。

だから、私も視線で返事をする。

『千夜が悪い』『胸に顔を押し付けて、話しかけてきたのは千夜だ』ってね。

…まあ、伝わってなさそうだけど。


「…何よ。そんな不満そうな顔して」

「別に?『さっきくすぐったかったのは、私が悪いんじゃなくて、千夜が悪いんじゃないのかなぁ〜?』なんて思ってないよ?」

「…ごめん」


これ、もう一回くらい押せるんじゃない?


「別に?『胸押し付けて、話しかけてきたのは千夜なのに、どうして私が怒られるのかぁ〜?』なんて思ってないから大丈夫だよ?」

「それは!……ごめん」


やっぱり。

それに、どうして私がこんなに不満そうにしてるか伝わったみたいだから、これ以上言うことは……そうだ!


「別に?『許してほしかったら、バックヤードに来てほしいなぁ〜』なんて思ってないよ?」

「…バックヤードで何するの?」


よしよし…千夜の興味を惹けた、

後は…


「ふふっ…何がいい?」


意味深な表情で、千夜に近付きながら何がしたいか聞いてみる。

すると、千夜も何かを察したらしく、さっきまでの悲しそうな顔から打って変わり、嬉しそうな表情を見せた。


「…今、お義母さん居ないよね?」

「居ないよ」


私は四つん這いで千夜の側まで来ると、顔を耳元に持ってくる。

そして、


「ストレス溜まってるんでしょ?私が受け止めてあげても良いけど…どうする?」


わざと声色を変えて千夜に囁く。

それを聞いた千夜は、私の手を掴んで立ち上がろうとする。

私も、引っ張られないように起き上がると、千夜と手を繋いでバックヤードへ向かった。







二時間後


私は一人で店番をしながらボーッとしていた。

千夜は、月に一度の頻度であるという定期テスト(?)の勉強をするために二階にいる。

学生――それも、三年生となると大変だね。

月に一度テストがあるなんて、私なら絶対テスト休むね。

でも、千夜はしっかりと勉強して、テストに備えてるんだよね。

……ちゃんと勉強できてるかは謎だけど。


「はぁ……やっぱり、なんか物足りない」


さっきは、途中でお客さんが来たせいで、中途半端なところで終わってしまった。

そのせいで、私は物足りなさを感じて、いつにもましてボーッとしてる。

多分、千夜も私と一緒なんじゃないかな?

物足りなくて、勉強が手につかないとか。


「今夜は千夜の家に泊まりで確定かな?私も千夜も、だいぶ荒れそう」


あんなのでお預けを食らったんだもん。

千夜のことがずーっと頭から離れないよ。

早く夜にならないかなぁ…

私は、早く千夜と泊まりたくて夜を待ち遠しく感じていると、探知にお母さんの気配が引っかかった。


「ヤベッ!」


私は急いで身なりを確認し、おかしな所がないか探す。

万が一さっきのことがバレたらなんて言われるか…

きっと、一週間近く禁止されるんだろうなぁ。

そうなったら、千夜がマジギレしてお母さんに斬りかかりそう。

そうなったら、間違いなく大喧嘩になるよね…

前はずーっと私が間に入ってる事で何となったけど、その後二人の抱きまくら争奪戦に巻き込まれて全然寝れなかった。

…抱きまくらってのは、私の事。

ずーっと私の事取り合って、常に殺気をぶつけ合ってるんだもん。

コーンが自分でカゴを運んで、部屋から避難するくらいヤバかった。

というか、殺気をぶつけ合うくらいならまだ良かった。

問題は、なんとか寝てもすぐに起きちゃう事。

ほんのちょっとした動きでぶつかり合う殺気が強くなるから、何度も起こされたんだよね。

もちろん、寝不足になった私は、朝早くからコーンと出かけて勝手に千夜の家に侵入。

二人で寝た。

夕方まで千夜の家で寝てたお陰で、お母さんも千夜も反省したらしく、謝ってくれた。

その日はお詫びとして、お母さんも千夜も私の事を抱きまくらにせず寝てくれた。

コーンが私と寝られて嬉しそうだったよ。

……おっと!そんな事を考えたらもうお母さんが帰ってきた。


「ただいま〜」

「キュ〜」


駄菓子屋に帰ってきたお母さんとコーンはとっても上機嫌。

散歩の途中でいい事があったに違いない。


「おかえり。何かいい事があった?」


私がそう聞くと、お母さんはニヤニヤしながら空間収納から横長の箱を取り出した

そして、その箱に書かれているイラストを見て、私はお母さんが何を買ってきたのか理解した。


「へぇ〜?ドーナツ買ったんだ」


お母さんが買ってきたものは、大手ドーナツチェーン店のドーナツ。


「たまたま散歩コースにお店があったのよ。後で食べましょう」

「うん!」


箱の大きさ的に、結構買ってるね。

一人三つくらい……いや、コーンがバカ食いすることも考えると、早めに食べないと一つしか食べられないかも。

なにせ、コーンがドーナツの箱を凝視して隙あらば食べてやろうとロックオンしている。


「コーン?」

「……」


私がコーンに話しかけると、コーンはスッとドーナツの箱から目をそらし、私のもとに駆け寄ってくる。

一見、私に甘えに来たように見えるけど、実際は意識は完全にドーナツに向いてる。

だって、目は私の方を向いてるのに、視線がまったく合わない。

そんなにドーナツが食べたいか。


「コーン、おいで」

「ブゥー」

「ほらほら。よしよししてあげるよ?」


私は、膝の上で手をパタパタさせる。

こうすればいつもならすぐに飛びついてくるんだけど……今日は、やけにゆっくりだ。

ご主人のよしよしよりも、美味しいドーナツの方が嬉しいのか。

まったく、本当食いしん坊なんだから。


「もう…もっと私の事を見てくれたっていいのに」

「ブウ」

「ドーナツの方がいいの?」

「ブウ!」

「はぁ……ドーナツに負けた」


分かってはいたけど、しっかり本人に言われると悲しい。

私が予想外のダメージを受けて、お母さんへ助けを求めた。

しかし、お母さんは何かに気付いたらしく、私に疑いの目を向ける。


「琴音……私の散歩中になにかあった?」

「え?」


不味い…早速バレそう。

何も、バレかねない要素は無かったのに…


「別に、何もかったけど?せいぜい、千夜が組合の車に乗って帰ってきた事くらいかな」

「ふ〜ん?なら良いけど」


そう言って、お母さんはコーンを抱えて二階へ上がっていった。

ただ、まだ私の事を疑っているらしく、最後まで私の事をよく観察していた。

……ギリギリセーフ、かな?

お母さんって、たまになんの脈絡もなく私の隠してる事当ててくるからなぁ。

あれだけ注意深く私の事を観察するって事は、何か引っかかるところがあったはず。

千夜にも同じ事質問をしてたら、多分私達がナニカしてたって思われてるんだろうなぁ。


「怒られたら甘えまくって許してもらおう」


コーンの甘え方を見て、私もどうすればよく甘やかして貰えるのか勉強した。

この技術を使って、千夜やお母さんに甘えまくる予定。

……コーンだから甘やかされてるだけなのかも知れないけど、私のことが大好きな二人ならきっと甘やかしてくれるはず。

そう信じたい。

これで甘えるのに失敗したらめっちゃ恥ずかしいからね。

……やっぱり止めようかな?

いやいや!もうやるって決めてるんだし、ここでやっぱり止めるはかっこ悪い。

でも、失敗した時の恥ずかしさは尋常じゃない。

もしかしたら、その事を千夜やお母さんにいじられるかも知れないし…

だからといって、こんな所で引き下がっていいのかな?

私にもプライドってものが「あの…」ん?

下らない考え事をしていると、声をかけられた。


「あの~、これ買いたいんですけど…」


顔を上げてみると、若い男性がいくつか駄菓子を持って私の前に来ていた。

お客さんだ。


「失礼しました!少し考え事をしてまして……えー、四点で120円になります!」


私は、急いで出された駄菓子の値段を思い出し、代金を伝える。

すると、男性は既にお金を出していて、会計盆に現金120円を入れていた。


「はい。120円丁度ですね。レシートはどうされますか?」

「結構です」


私は、袋に駄菓子を詰め、持ち手を軽く捻って男性に渡す。


「ありがとうございました」


袋を受けった男性はすぐに私に背を向けて店を出ていった。

……コミュ障か?

それか、ただ単に地味で影が薄いだけか。

考え事をしていたとはいえ、私の探知に引っかかる事なく私の前に立てるって、相当影が薄いよ?

…きっと、会社でも話す人が居ないんだろうなぁ。

あの男性が会社でどんな感じなのか一人妄想し、勝手に悲しい気分になった。

その後、特にお客さんは来ず、晩ご飯の時間になったので店を締めて二階へ戻った。






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