第117話勇者と剣聖と組合上層部

探索者組合本部


あの後、私は組合本部へ連れて行かれた。

正直、アポくらい取ってほしかった。

でも、そう言ったら『アポを取りに行っても断られそうだから、無理矢理連れてきた』と言われてしまった。

確かに、私なら断りそう。

だって、私が呼ばれるって事は何か面倒なことが起こった時くらい。

昇格とか、報酬がどうのこうのなら電話でその事を伝えてくるはず。

そもそも、報酬は銀行口座に直接振り込めばいい訳だし。

いい話なら電話でその事を伝えて、その後に組合に来いって言われるはずだからね。

それをしないって事は面倒事のはず。

はぁ…早く帰りたい。


「嫌そうだな?」


溜息を必死にこらえていると、横から秋本さんが話しかけてきた。


「さっさと家に帰りたかったのに、突然連れて行かれて嫌そうな顔しない方が変じゃないですか?」


話が終わるまで家に帰れないと分かり、ストレスを感じていた私は、半分嫌味のように秋本さんにそう言った。

秋本さんは若干驚いているようだったけど、すぐに私の怒りの原因を理解して納得したという表情を見せてくれた。

…この人結構優しいな。

でも、何か裏があるかも知れないから、過度に信頼しすぎないようにしておくか…

一応、秋本さんの事を警戒していると、組合の会議室に着いていた。


「案内ご苦労さま。んじゃ、俺達はこっちだな」


秋本さんはここまで案内してくれた女性職員にお礼を言ったあと、会議室の中へ入る。

女性職員が顔を赤くしてたような気もするけど…見なかった事にしよう。

私は一応女性職員に頭を下げて会議室へ入る。


「失礼します」


挨拶をして会議室の中へ入ると、組合の重役、隆浩さん、先に入った秋本さんが椅子に座っていた。

…いや、もう一人重要な人物がいた。


「君が『剣聖』さんか……その魔力、流石は孝宏さんのところで修行していただけはあるね」


その人は立ち上がり、私の方へ歩きながら話しかけてきた。


「はじめまして、國崎さん…でよろしいでしょうか?」

「好きに呼んでもらっていいよ。國崎でも、幸治でも、『東の賢者』とかでもね」

「では、國崎さんと呼ばせていただきます」


國崎幸治くにさきこうじ

日本最強の一角、『勇者』の一人にして『東の賢者』の二つ名を持つ二十代後半の男性。

彼の強みは『賢者』と呼ばれるほど卓越した魔法攻撃力にある。

私や琴音は魔法を使った事が無いからよく分からないけど、『ドラゴンの群れを魔法で撃ち落とした』という噂があるくらいだから、多分凄い。

それに、元々魔法が使える人が少ないことも相まって、『魔法使い世界最強』とまで呼ばれている。

…まあ、私魔法使えないから、『世界最強?へぇー?』程度にしか思わないんだけど。


「…なんか、あんまり興味なさそうだな」


どうやら、雰囲気で私の考えを読み取った國崎さんが寂しそうにそう言った。


「私、別に魔法使えないですし、今から魔法学ぶくらいなら普通に剣を極めます。それに、ちょっとした小細工程度の魔法なら普通に斬れるので」

「俺の魔法は小細工じゃないんだが……まあ、『剣聖』だもんな。剣を極めた人物からすれば、俺の魔法はよく分からん小細工に見えるのか…」

「まあ…私は『魔法は凄いんだぞー』と言われても、『それで?』としか返せないので…」


私は剣一筋だから魔法の事は分からない。

琴音なら興味を持つかも知れないけど……あの琴歌お義母さんの娘で、私の恋人である琴音が果たして魔法に興味を持つのか…

お義母さんなら間違いなく『殴ったほうが早い』って言って、モンスター粉砕してそう…


「そうか……まあ、魔法の習得は難易度が高いし…そもそも話しかけた相手が悪すぎたな」

「ですね…」


そもそもの話とはこの事か…

なんだか、國崎さんが可哀想になってきた。


「とりあえず、これ以上は後にしよう。未来の『勇者』である君にも聞いたほしい内容の話があるんだ」


ようやく本題に入るのか。

早く話を済ませて帰りたいから、素直に聞くか。

私は空いている席に座っていて、プロジェクタースクリーンの前に立っている人へ視線を向ける。

すると、重役の一人が視線で合図を送り、話し合いが始まった。

最初は、よく分からない(興味がない)話から始まり、段々と眠たくなってきたあたりで、折れ線グラフがプロジェクタースクリーンに映し出された。


『えー、こちらがこの二年間での日本と各国を比べたダンジョン発生推移のグラフです』


そのグラフを見ると、明らかに日本だけ発生数が異常であることが分かる。

他国の発生数はほぼ一定なのに対し、日本だけ徐々にではあるものの増え続けている。


『そして、こちらが各国の登録ダンジョン数のグラフです』


今度は棒グラフがスクリーンに映し出された。

……まあ、予想通りだね。

スクリーンに映るグラフを見れば、日本がいかに異常かがよく分かる。


『このように、世界第二位のダンジョン数を誇る中国でさえその数は988箇所なのに対し日本の現在登録されているダンジョンの数は3204箇所。約三倍のダンジョンが存在しています』


流石はダンジョン大国。

格が違うなぁー………んなわけあるか!!

たった二年で倍にまで膨れ上がるなんておかしいでしょ!?

明らかに異常。

一体どうしてこんなにダンジョンが増えたんだ?


「ふむ…何故、ここまでダンジョンが増えたかの目星は付いているのかね?」


隆浩さんが、私の知りたかった事を質問してくれた。

ありがとう隆浩さん!流石は勇者だ!

私が密かに感謝していると、司会の人は隆浩さんの質問に答えた。


『ええ。こちらをご覧下さい』


スクリーンの映像がいくらか飛び、あるグラフが映し出される。


『こちらは、世界で一年間に発生したダンジョンの数の推移を表したグラフです』


一本の折れ線グラフは、ほとんどその数値が変動しておらず、ダンジョンが発生する数は年間で見ても一定であることが一目で分かった。


『このグラフは、その年に発生したダンジョンの数から、破壊されたダンジョンの数を引いたものです。もし、破壊されたダンジョンの数を引かなかった場合…こうなります』


すると、新しい折れ線グラフが現れた。

そのグラフでは、ここ数年で発生しているダンジョンの数が激増しているのが分かった。

……もしかして?


「ふむ……ダンジョンの発生数が増えたのではなく、破壊されたダンジョンが増え、別の場所に――日本に再発生した結果がこの異常な数という事か?」

『今のところ、その説が一番濃厚です』


やっぱりか……

ダンジョンの再発生。

ソレが、日本に大量のダンジョンが発生した理由か。


『近年、欧米諸国から始まり、ロシア、中国、インド、オーストラリア、ブラジル、韓国、その他の国々でダンジョンを破壊して回っている組織が社会問題となっています。しかし、日本ではその組織による被害報告がありません。おそらく、彼等は世界に存在するダンジョンを、日本へ押し付けているものと思われます』


…そう言えば、そんなニュースを見た事がある気がする。

確か、『リベレーター』だったかな?

そんな名前の組織が世界で暴れ回ってるんだったね。

『解放者』を名乗る謎の犯罪組織。

世界のダンジョンを破壊して回っているのに、日本だけは狙わない。


『皆さんも〈リベレーター〉についてはご存知だと思われます。彼等の行動理念は〈ダンジョンを破壊し、ダンジョンの脅威から人々を遠ざける〉というものですが……日本は庇護対象ではないようです』


…まあ、『リベレーター』が欧米諸国で発足された組織なら、極東の島国である日本にダンジョンを押し付けてしまえば、自分達は安全な訳だからね。

しかも、日本に押し付けるように調整しているあたり、政治的配慮もされてそう。

中国にダンジョンを押し付けると、中国の国益を増やすことになる。

そうなると、中国と対立しているアメリカからすれば、あまりよろしくない。

なら、味方側……もとい、植民地である日本にダンジョンを押し付ける事で、ダンジョンがもたらす利益を自分達の陣営側に寄せる。

……これ、『リベレーター』って西側諸国の手先じゃね?


(自分達はダンジョンによる脅威から守られつつ、危険性は植民地に押し付けて、なんならダンジョンのもたらす利益を何のリスクもなく得られる。…なんて理想的な手段なんだろう。流石は鬼畜米英、やってることがヤバ過ぎ)


「なるほどな……このままダンジョンの増加を放置していては、いずれ取り返しのつかないことになる。そうなる前に、俺達でダンジョンを破壊して回るってことか?」


秋本さんが司会――いや、組合の重役達に向かってそう質問した。

重役の人達は顔を見合わせたあと、一人の男性が立ち上がった。


「組合の方針としてはそうなっています。この会議の目的は、『勇者』の三人と『勇者』にもっと近い存在である『剣聖』にこの方針について知ってもいただく為のものです」

「やっぱりな。『リベレーター』が出てきたあたりでなんとなく予想はしてたが…しっかりと報酬は支払ってくれるんだろうな?」


確かに…報酬の話は大事だね。

ダンジョンコアは大規模な魔力ライフラインの形成はもちろん、例の兵器――『魔導核』の製造に必要な素材だ。

それに、どの国でもダンジョンの核を回収する行為は禁じられている。

だって、ダンジョンコアの回収=ダンジョンの崩壊だからね。

『リベレーター』はそうやってダンジョンを……待てよ?

ダンジョンを破壊する方法は、コアを破壊するか、コアを回収すること。

核の破壊だなんてもったいない事を『リベレーター』がするはずがない。

きっと、活動資金確保のために、秘密裏に国に売ってるんだろうね。

もしかしたら、日本も違法に回収されたダンジョンコアを使ってたりして…

となると、わざわざ高額で買い取ってくれるかな?

安値で買われそうだけど…

私は、疑いの目を重役のに人達に向ける。


「もちろんです。報酬は、核を相場よりも高く買い取るという事でよろしいでしょうか?」


…は?

えっ……それだけ?

流石にそれは少なすぎるんじゃない?

私は、横目で三人の『勇者』の方を見る。

やはり、私と同じように三人とも『少ない』という反応をしていた。


「…おい、それで満足するとでも思ってるのか?」

「それが報酬だと言うのなら、俺はこの話には乗らないぞ」

「儂らの事をなんだと思っている?『勇者』というこの国が勝手に作った制度で選ばれただけの探索者。それ相応の報酬が支払われないのなら、儂らがその話を受ける事はないぞ?」


まあ…そりゃあそうだよね。

例え回収するのが下位ダンジョンだったとしても、ダンジョンでは何が起こるか分からない。

突然、転移トラップで何処かに飛ばされて、そこでとんでもない化け物に―――――この話は止めよう。

あの時の記憶が蘇る。

忘れたくはないけれど、思い出したくもない。

せめて、記憶の片隅に残ってくれてればいい。

あの時の嫌な記憶を押し込もうと、楽しい事を思い出していると、隆浩さんが話しかけてきた。


「千夜。お前はどうじゃ?」

「え?……そうですね。確かに報酬は少ないうえ、あまり良い印象は持てないけど…別にお金には困ってないですし、私はこの条件でもいいですよ」

「ほう…恋人と遊ぶためのお金を貯めなくていいのか?儂は、こういう時ほど稼ぎ時だと思うんじゃがな」


確かに、琴音と遊ぶ為にお金を貯めるのはありかも……って!!


「隆浩さんまでそれ言いますか!?別に私は琴音と付き合ってる訳じゃないので!!」


隆浩さんは私と琴音の関係を知ってる。

でも、その事を隠そうとしてることも知ってるはずなんだけど……ついにボケたか?

そんな不信感を隆浩さんに向けていると、秋本さんが訝しげに口を開いた。


「ずいぶん焦ってるじゃないか?それに、隆浩さんもちょっと顔色が悪くなってませんか?」

「そ、そうか?儂は別に変わっとらんが…」

「……もしかして、本当に付き合ってたりッ!?」


私は、余計なことを口走ろうとした秋本さんに向かって本気で殺気をぶつけながら『夜桜』を抜いた。


「秋本さん、私は別に琴音と付き合ってる訳ではありません。周りが勝手に持ち上げてるだけですよ。それなのに、何回言っても同じ事を質問されるんですよ」

「そ、そうか!分かった!分かったからソレを仕舞え。俺も抜かないとならなくなる」


よく見てみると、秋本さんはいつでも空間収納から『秋水』を取り出せるような臨戦態勢を取っていた。

…流石にここで暴れるのは不味い。

私は、仕方なく『夜桜』を空間収納に戻し、椅子に座る。

それを見た秋本さんも警戒を解いて、椅子に座った。

……なんか重役の人達が汗だくになってるけど、見なかった事にしよう。


「もうこの話は聞き飽きてるんですよ。冗談でも二度としないで下さいね?」

「分かった。『剣聖』と殺し合いだなんて、勝ち目がなさそうなことはしない」


勝ち目がなさそう?

それはこっちの台詞なんだけど……

私はまだ『勇者』には届かない。

もっと場数を踏んで魔力の量を増やし、魔力を扱う練度を上げないといけない。

勝ち目が無いのは私なんだけどなぁ。

まあ、剣術だけなら絶対勝てるけど。

何故、秋本さんが勝ち目がなさそうなんて言ったのか分からず、首を傾げそうになっていると、


「え、えーっと…つまり、『剣聖』様――神科様はこの条件でも良いという事でよろしいでしょうか?」


私の対面に座っていた重役の人がそう聞いてきた。

…そんなに金が惜しいか?

まさかと思うが、横領とか賄賂とかしてないだろうな?

もし、私の前で尻尾を見せたら榊の権力を使って粛清してやる。


その条件で構いません。それと、もし他に重要な話がないのなら、帰ってもいいですか?」


目の前の怪しい人間を見て不快な気分になった私は、組合が提示した条件を呑み、早く帰りたいという姿勢を見せた。

すると、目の前の怪しい人間――いや、恐らくクズは欲の見え隠れする顔で私の質問に答える。


「あ、ありがとう。報酬のことに関して交渉しないというのなら、今日はもう大丈夫。すまなかったね、急に呼び出してしまって」


……不快だ。

こういうゲスとかクズを見てると無性に腹が立つ。

まだ実害が少ないから良いけど、直接私に害を及ぼしたり、琴音の事を馬鹿にするようなら何が何でも殺す。

でも、まだ何かされた訳じゃない。

だから、私もまだ殺すのはよしておこう。


「…そうですか。では失礼します」


私はそう言って席を立つと、スタスタと足早に組合を去った。



……もちろん、帰りは送ってもらったよ。


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