第114話四季宝刀・雪音

神々しい気配を放ち、純白の刀身が光を反射する。

その姿に見惚れていると、『紅蓮』の声が頭に響いた。


――ご主人!いつまでボーッとしてるんですか!?避けてください!!


その言葉に我に返った私は、指示通り迫りくる冬将軍の攻撃を回避する。

そして、冬将軍から距離を取ると、『紅蓮』を回収して『雪音』を構える。


「凄い……力が湧き上がってくる」


宝剣を手に入れた事で、私はまた一段と強くなったらしい。

体が軽く、五感も鋭くなった。

純粋に身体能力が向上してるんだろうね。

嬉しいね。体が強くなるのは。

地道に鍛えて強くなるか、よく練った魔力を纏うしか体を強くする方法がなかったから、こうやって身体能力を向上させる効果があるのは本当に嬉しい。

…まあ、この身体強化は副産物でしかないんだけど。 


――それが宝剣ですか……とても、神々しい剣ですね


(剣じゃなくて刀ね。それに、この神々しい気配は仮面だ。本当の力を隠すための仮面)


――仮面?この宝剣には、何か良くない力でもあるのですか?


(あるよ。同系列の宝剣の中で、最も恐ろしい能力が) 


『雪音』の能力。

それは、おそらく『四季宝刀』の中で最も恐ろしい能力だと思う。

この神々しい気配が、逆に恐ろしく感じてしまうような能力だ。


(目の前に試し斬り用の人形があるから、それで見せてあげるよ。『雪音』の能力を)


私はそう言って『雪音』に魔力を注ぎ込む。

すると、『雪音』から黒いオーラが溢れ出すのと同時に、身の毛のよだつような気配が放たれる。


――これは!?


『紅蓮』は、『雪音』が放つ気配の異質さに気付き、悲鳴のような驚きの声を上げる。

『紅蓮』もよく分かったんだろうね。

この宝剣がいかに恐ろしい能力を持っているか。

冬将軍も、宝剣を警戒して動こうとしていない。

…私から攻めるか。


「いくぞ、冬将軍」 


私は脚に魔力を集中させて全力で地を蹴る。

この動きは千夜から教わったもの。

瞬速の一撃で勝負を決める時の技らしいんだけど…私が使うととんでもない速さになる。

宝剣の力で頭の回転が速くなり、一秒がとんでもなく長く感じるようになった今でさえ、自分でも速いと思うほどの速度。

音速なんて優に超え、『英雄』でさえ対応できない程の速さで冬将軍に迫り……防御する時間すら与えず一刀両断した。


「……っ!?嘘でしょ!?」


私は、思わず声に出して驚いてしまった。

いや…驚かない方がおかしい。


――あの…ご主人。冬将軍は……


『紅蓮』が恐る恐る私に声をかけてきた。

どうやら『紅蓮』も気付いたらしい。 


「冬将軍は……あの一撃で死んだ」


――……そうですか


『紅蓮』は何かを悟ったように声を小さくした。

冬将軍を一撃で殺した能力。

私が手に入れた宝剣が持つ特殊能力は――



『死』











駄菓子屋二階


「ただいま…」

「お帰り。どうしたの?随分疲れてるみたいだけど?」

「うん…ちょっと疲れただけ。一回寝る」


駄菓子屋に帰ってきた私は、異様に疲れていたせいでお母さんに心配されてしまった。 

…あの後、何度か素振りをして『雪音』の特徴を把握したあと、いつの間にか出現していた転移魔法陣を使って帰ってきた。

途中で魔力が切れて『紅蓮』とは話せなくなってしまったけど、また大量に魔力を注ぎ込めば話せるらしい。

まあ、それは魔力に余裕ができた時になりそうだね。


「…琴音、何か変な魔導具でも手に入れたの?」

「えっ?」


突然、お母さんが的確なことを言ってきて、私は軽く動揺した。


「なんか…ちょっと雰囲気変わってない?」

「そ、そうかな?…遺跡のボスを倒したからかな?」

「ふ〜ん?」


……疑われてる。

私が何か隠してることは、お母さんにバレてるね。

…そもそも、お母さんに隠し事をして最後まで隠し通せたこと、殆どないけど。

私が冷や汗を流しながら平然を取り繕っていると、お母さんが私の横にやってきた。

そして、私の体をつ持ち上げ、私の頭を膝の上に乗せる。


「疲れてるんでしょう?千夜が帰ってくるまでは、私が膝枕をしてあげるわ」

「あ、うん…ありがとう」


これは、お母さんなりの愛情表現なんだろうけど…お母さんの膝って筋肉質だから硬いんだよね。

辞書を枕にして寝るよりはマシだけど…


「…なに?私じゃ不満?」

「ソンナコトナイヨー」

「やっぱり、私の膝は千夜のと比べて硬い?」

「…若干お母さんのほうが硬い」


ほとんど差はないけど、若干お母さんの膝のほうが硬いんだよね。

まあどっちも硬い事に変わりはないから、枕としての性能は求めてないんだけどね。

ん?なんか千鶴さんに見られてる。


「私も…千夜に膝枕をしてあげたら喜んでもらえるかな……」

「ブウ!」

「ふふっ、ありがとう。コーンちゃんは優しいわね」


なるほどね……千夜に喜んでほしいのか…

でも、千夜は千鶴さんの事が嫌いって訳じゃないけど、懐いてはいないからね…

膝枕をしてあげたところで、喜んでもらえるかな?

…というか、コーン千鶴さんにめっちゃ懐いてない?


「コーン。ご主人様をおいて、また浮気してるの?」 


私がそう話しかけると、コーンは私の手を甘噛してきた。


「ブゥー!」


コーンの鳴き声には明らかに怒りの感情が見えていた。

『そんな事ないもん!』って言いたいのかな?


「ごめんごめん。ちょっとからかっただけだよ。後でお母さんに内緒でお饅頭あげるから許して」

「お饅頭もうないよ?」

「えっ!?」


そんなバカな!?

昨日開けたばっかりの六個入りだよ?

しかも、まだ千夜とお母さんしか食べてないのに…


「私が一つ食べて。残りは全部コーンが食べちゃった」

「そんな……あのお饅頭私も食べたかったのに…」


油断してた…まさか、コーンが全部食べちゃうなんて…

今度からはコーンに食べられる事も考慮して、二箱は買わないと……ん?

私が悲しそうにしていると、コーンが甘噛をやめて、体を擦り寄せてきた。


「キュー…」


コーンは目をウルウルさせながら、悲しそうな声で鳴く。

もしかして、怒られると思ってるのかな?

私は、お母さんの膝の上から起き上がると、コーンを抱き上げて背中を撫でてあげる。


「別に怒ってないよ。また買えばいいんだから。だから、そんな悲しそうな顔しないで」

「キュー…」

「大丈夫よ。千夜はキレるかも知れないけど、私は怒らないよ。それに、千夜に怒られても、私が守ってあげる。だから泣かないで」


背中を撫でながらコーンを慰めてあげる。

私は別に、コーンがお饅頭を食べたところで怒らないけど……千夜はキレそうな気がする。

昨日、美味しそうにお饅頭食べてたから。

本気で守らないと、コーンが角煮にされるかもね。

…最近、心なしかふくよかな体になってきたし。

もっと、運動させたほうがいいのかもね。


「そう言えば、千夜は?まだ宝剣を探してるの?」


私、結構な時間ダンジョンの中に居たはずだから、そろそろ千夜も宝剣を見つけててもいいと思うんだけど……


「ん?千夜ならもう宝剣を見つけてるわよ?それに、今宝剣の話で組合本部に行ってるはずだから、もう少しで帰ってくるんじゃない?」

「そうなんだ…もう終わってたのか……」


残念。

千夜の頑張ってる姿が見られると思ったんだけど……いや、そもそもカメラ中に入れないか。

肩を落としてがっかりしていると、お母さんがとんでもない事を言い出した。


「一応、録画してあるわよ?千夜の努力の一部始終が」


…は?


「えっ!?カメラがダンジョンに入ったの!?」


そんなバカな!?

低難易度ダンジョンならいざしらず、宝剣が眠っている程の高難易度ダンジョンにカメラが入るなんてあり得ない。

探索者にカメラを持たせようにも、ダンジョン内には電波が届かないし、外にも出ない。

録画してるって事は、生放送してたんだよね?

一体どうやって……


「……ね…琴音!聞いてる!?」

「うわっ!?え、えっと…聞いてなかった」

「はぁ…話は最後まで聞くのよ?で、どうして一部始終が見られるかって言うとね。千夜が潜ってた宝剣のダンジョンで、ある魔導具が見つかったの」

「魔導具?」


魔導具を使って、無理矢理電波を繋いだとか?

…でも、ダンジョン内には電波が届かないってのは一般常識だから、わざわざカメラをもたせたりしないと思うんだけど…


「どんな魔導具だったの?」

「そうね…詳しくは分かんないんだけど、ダンジョン内を映し出す事ができる魔導具で、ダンジョンの外からでも中の様子が確認できるのよね」


そんな魔導具が……もし、その魔導具が他のダンジョンでも使えるなら、大規模探索の時に斥候担当の負担が大きく軽減されるね。

時間さえあれば、事前調査で斥候が要らなくなったりして。


「で、それをテレビで放送したの?」

「そうそう。その魔導具にちょうど千夜が写ってたの。それをテレビで全国放送したってわけ。千夜の宝剣の守護者との激戦がバッチリ録画できてるから、戦い方を見て、対策を練ってみたら?」

「なるほどね…後で見てみる。今は眠たいから寝る」


私は、そう言ってお母さんの膝の上に頭を乗せる。

すると、お母さんは私に毛布を被せてくれた。


「お疲れ様。ゆっくり休んでね」


お母さんは私の耳元でそう囁くと、私の頭を撫でてくれた。

…でも、私のお腹の上で寝転がるコーンは退けてくれないみたい。

コーンは何がそんなに気に入ったのか、よく私のお腹の上で寝てる。

夜中に仰向けになって寝ているときは、大体コーンが私のお腹の上にやって来る。

寒いのかと毛布を用意してあげても私のところに来るから、温度というよりは、私の上で寝ることに意味があるんだろうね。

……う〜ん、急に眠気が強くなってきた。

とりあえず……今は一回お昼寝して…後でもう一回『雪音』の能力検証をしよう……

私は、そのまま意識を手放し、夢の世界へ潜り込んだ。






一時間後


「ふぁ〜…おはよう、お母さん」

「おはよう、琴音。千鶴さんが寝てるから静かにね?」

「うん」


目が覚めて起き上がってみると、千鶴さんが寝ていて、お母さんがニコニコしていた。

…そう言えば、私の頭ってお母さんの膝の上にあった気がする。

一時間は寝てたと思うんだけど……まさか、ずっと膝枕してくれてたの?

膝痛くならないのかな?


「よっこいしょ」


私は、立ち上がってヨレヨレになった服を伸ばす。

すると、お母さんが声をかけてきた。


「またダンジョンに行くの?」


…まさか、立って服を伸ばしただけで見破られるなんて……流石お母さん。


「まあね。ちょっと、調べたい事があるの」


『雪音』の使い心地とか、どういう風に使うべきかを調べないと。

まあ、能力的にどうすればいいか大体分かるけど。


「ふ〜ん?まあ、千夜に遅れを取らないように頑張ってきなさい」

「っ!……うん、頑張ってくる」


私はお母さんに手を振って、またダンジョンへ潜る。

やっぱり、お母さん相手に隠し事は無理そう。

確実に気付いてるね。

私が宝剣を手に入れたことを。


「はぁ…一生お母さんには勝てなさそう」


あれでまだ伸びしろを残してるんだよね…

本当に、お母さんはどこまで強くなるんだろう?

『母は強い』ってよく言うけど、うちのお母さんは強過ぎるね。

私は、お母さんとの力の差を改めて理解して、苦笑しながらダンジョンの奥へ向かう。

いつ、モンスターに出会えるか分からないから、探知は広域に浅くなるようにして探す。

そうすれば、隠れているモンスターは見つけづらくなるけど、より広い範囲を探知できる。

――ほら、もう探知に引っかかった。

探知を広域に展開してから、ものの数秒でモンスターを見つけた。

私はそこへ向かって全力で走る。

今の私なら、五秒で着くんじゃないかな?


5……4……3……2……1……ゼロ!


「予想通り」


私は、本当に五秒でモンスターのいる場所まで着いた。

木の上に登り、気配を隠すことでモンスターに見つからずに観察できる。

さて、それはいいとして……今回の私の実験に付き合ってもらう、哀れな犠牲者はゴブリンさん。

どうせ、最近放置してたから爆発的に繁殖してるでしょ?

ほら、探知の端っこに大量のゴブリンの気配を感じるし。

なら、一匹減っても問題ないよね?

…では、実験を始めようか。

私は、『雪音』に魔力を流し込んで能力を発動させる。

……一応、逃げられないように、糸で拘束しておくか。

ミスリル鋼糸でゴブリンを絡め取り、逃げられないように拘束する。


「ギャァ!ギャァ!」

「おうおう、元気だねぇ」


見事に糸で拘束され、宙に浮かされたゴブリンは、なんとか拘束から脱出しようと暴れだす。

まあ、この糸が切れることはないし、しっかりと巻き付いてるから外れることもない。

残念ながら、私の探知内に入ってしまったら最後だよ…諦めな、ゴブリンさんよ。


「さて…じゃあ、今度こそ実験を始めようか」


私は、そう言ってゴブリンの左腕に『雪音』を突き刺す。


「ギャ!ギャァァァァ!!」

「うるさ……ガムテープで口塞ぐか」


あまりにもゴブリンの悲鳴がうるさいので、ガムテープを口に貼り付けて、悲鳴をあげられないようにする。

…ん?


「嘘でしょ……この短時間で、刺された付近が壊死してる…」


『雪音』が刺さった付近が真っ黒になり、壊死しているのが見えた。

刺してから六秒くらいかな?

その程度で指した付近を壊死させるとは…

…もしかして、かすり傷でも効果があるのかな?


「ちょこっと斬る」


私は、刃先でゴブリンの右腕を浅く切ってみる。

すると、小さな切り傷の付近の色が急速に変化し、生きているのか怪しい状態になる。

…多分、これも軽く細胞が死んでるね。

まさか、この程度の切り傷でさえ周辺の細胞を殺すとは…


「念の為、もう一回斬るか」


もう一度切り傷をつけてみる。

すると、さっきと同じように皮膚が変色し、細胞が死んだ。

…確定だね。

『雪音』は、少し斬るだけで『死』の能力でダメージを与えられる。

持久戦に持ち込めば、チョビチョビと体を削るだけで勝てる。

そう考えると、『雪音』って実は最強の四季宝刀?


「これを腹に突き刺したらどうなるか…ちょうど実験用のモルモットが居るし、やってみるか」


一応四季宝刀を構え、横腹に突き刺す。

すると、予想通り刺さった部分から壊死が始まった。

多分だけど、このまま刺してたらじわじわと『死』が体を侵食するよね?

…どれくらいで死ぬか測ってみるか。

ゴブリンがどの程度で死ぬか計測していると、恐ろしい事に気が付いた。


「そう言えば、能力発動以外に魔力を使ってない」


そう、私はただ能力を発動させただけ。

まだ一切魔力を使っていないのに、少し斬るだけでその部分が壊死する。

もし、魔力を使って本気で攻撃したら、雑魚は即死して、強者でも細心の注意を払わないと一瞬でお陀仏。

なんて恐ろしい能力なんだろう。

…ん?ゴブリンが死んだ。

まだ十数秒しか経ってないんだけどなぁ…

…場所によっても能力の侵食に違いがあるのかな?


「幸い、代わりのモルモットは沢山いるし、どこを狙えば簡単に殺せるか調べてみるか」


私は、そう言って糸を回収すると、次のモルモットを確保しに動いた。

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