第113話猛る炎と終の雪

上下左右。

360度どこを見ても真っ暗な世界。

そんな世界に、私はただ一人彷徨っていた。


……暗い…

……寒い…

……怖い…

……………………熱い…………

…ん?熱い?

他三つは良いとして、熱い?

あれだけ極寒の冷気にさらされていながら熱い?

そう言えば、極端に寒いところに長い事居ると、何故かとんでもなく熱く感じて、服を脱いでしまうって事があるらしい。

私もそうなってるのかな?


『いいえ。物理的に熱くなってますよ』


へぇ〜?

物理的に熱いか…そう言えば『紅蓮』に大量の魔力を入れてたよね?

もしかして、私の制御下から外れた『紅蓮』が暴走して、火だるまになったとか?

あれだけ寒かったのに、死因が焼死って嫌だなぁ………ん!?


――誰だお前!!?


『え…?今さら?』


――そうだよ!今さらだよ!!悪いか!?


『え、なんで私が逆ギレされてるの?』


――うっせー!細かいことはどうでもいいんだよ!!誰なんだお前は!


『え、えぇ…?ご主人ってそんな性格だっけ?…いや、でも一昔前のご主人はこんな感じか…』


――なにブツブツ独り言喋ってんだ!質問されたんだから答えろや!!


『う〜ん、正論。…えーっと、こうすれば分かるかね?』


――っ!?なにこれ!?


突然、真っ暗な空間に炎が広がり、世界を赤く染めていく。

そして、私の前の炎が大きくなり、渦を巻く。

…確か、火災旋風だっけ?

大規模な火事が起こったときに発生する、炎の竜巻。あれに似てる。

そんな感想を考えていると、炎の渦が消え、中から一人の女性が現れる。


――誰?


女性はとても背が高く……というか、とても人間とは思えないような背の高さをしていて、髪は金髪、目はルビーのように赤い。

とてもスタイルがよく、ファンタジー漫画にしか出てこないような装飾のされた、赤と黄色のドレスを身にまとっている。

あれ売ったらいくらするんだろう?


『なんか一瞬邪念を感じたけど…まあ、おおよそ予想通り驚いてくれてるね』


――あっそ。で、誰?


『う〜ん、冷たい。せっかく私が温めてるのに、ご主人は本当に冷たいなぁ…』


――は?私が温めてるだって?


『そうそう。ご主人が凍え死なないように、温めてあげてるんだよ?もっと感謝してほしいなぁ』


――いや、今そんな自覚ないし…


『あー、確かに。じゃあまあいいや。ご主人は私が誰だか分かる?』  


――質問を質問で返すな。


『はいはい。一回言ってみたかったんですよね?ご主人の事ですから、そんなところでしょう?』


――そうか、そんなに無視されたいか。


『なっ!?』


――この炎。私を温めている。そしてウザい。


『いや、最後は関係なくない?』


――この三つが当てはまる存在なんて一つしかない!


『そうですね(棒)』


――お前、紅蓮だろ?私がさっきミスって大量に魔力を送っちゃった紅蓮。


『大正解!ついさっき、ご主人から大量の魔力を貰ってご機嫌のいい紅蓮ちゃんだよ!』


――その顔とその体の大きさでそれを言われると、凄い気持ち悪いんだけど?


『…確かに、私の見た目かなり大人だもんね。いい年した大人が何してんだって話だね』


――そうそう。お詫びとして、その胸頂戴。


『いや、どうやってあげればいいのよ……ゴホン!ご主人、そろそろ遊ぶのは止めましょう。あまり時間がないので』


――はいはい。もうちょっと遊びたかったんだけど……んで?お前何者?


『…自分で正解を言ってませんでした?』


――いや、私は納得してないぞ?あの紅蓮がこんなボン・キュッ・ボンだなんて!


『あー……えっとですね、私の名前は確かに“紅蓮”なんですが、ご主人のよく知る“紅蓮”とは少し違うんですよ』


――へぇ?何が違うの?


『私は、“紅蓮”と呼ばれる短刀に宿る精霊。精霊ですよ?精霊。分かります?』


――もしかしなくても私の事馬鹿にしてる?


『ええ。ご主人は自頭はいいのに、ろくに勉強しようとしないせいで、成績が残念なことになってますから。まあ、テストは直感のお陰でなんとかなったようですが』


――“ご主人”って呼ぶ割には毒舌ね…もっと主人を敬った方がいいんじゃない?


『私と契約してくださるなら敬ってもいいんですよ?他に使う人がいないので、仮の主として“ご主人”と呼んでいるだけなので』


――へぇ〜?紅蓮ってフリーの精霊なんだ……で、えーっと、紅蓮は精霊で、私の使ってる“紅蓮”は精霊が宿った短刀でいいんだよね?


『あ、ようやく理解できました?』


――不敬


『持つ人が変われば主も変わるのに、わざわざ敬う必要があるのですか?』


――よし、このダンジョンの最奥にお前を放置して、誰にも触れられることなく、悠久の時間を過ごしてもらおうか?


『すいません許してください何でもします』


――フッ、勝ったな。


『へぇ?でしたら私もご主人を守るのやめますよ?道連れです。二人でこの小さなダンジョンに閉じ込められましょう?』


――そうかな?少なくとも、私が死ねば千夜が迎えに来てくれるわ。で、私の亡骸を持って帰ってくれる。貴女はどうかしらね?


『遺品として持ち帰ってもらえますよ。最期までご主人が縋り続けていた遺品として』


――そうかな?千夜やお母さんは勘が鋭いから、すぐに紅蓮に殺されたって気付くと思うよ?そしたら、何が何でも短刀を破壊して、中にいる貴女を殺しにくるでしょうね?


『フッ、たかが人間が私を殺せるとでも?』


――殺せるわよ。千夜はもうすぐ宝剣を持って帰ってくる。その宝剣の力で貴女を殺す


『宝剣…あの祭壇にあったあの刀の事かしら?』


――そうそう、アレ。アレさえ手に入れば冬将軍も簡単に倒せるのに…


『……』


――何?急に黙っちゃって 


『いや?私の力を使えば、宝剣を簡単に手な入れられるのになぁ、と思ってみましたが…』


――は?何言ってんの?さっさと力貸しなさいよ


『へぇ〜?そんな言い方していいんですか?』

 

――分かった。じゃあ漆に頼むわ


『ま、待って!あの性悪精霊は駄目です!』


――じゃあ力貸せ


『それは…』


――ほらほら、仮とはいえ貴女のご主人は私なのよ?ご主人の命令に逆らうの?


『はぁ!?』


――誇り高き精霊さんが、この程度の挑発で力を貸さないなんて…精霊も大した事ないのね?


『くっ……分かりましたよ。貸してあげます。どうせ、ご主人から頂いた魔力が大量に残っているので』


――返してくれてもいいんだよ?


『返すと私との繋がりが切れご主人は凍死しますが?』


――うん、やっぱり返さなくていいや


『はぁ…どうしてこんな下らないことに時間を使ってしまったのやら……』


――そう?私は楽しかったけどね〜


『呑気ですね。死にかけてるのに』


――死にかけてるからこそ呑気なんだよ。そうでもしなきゃ、恐怖でおかしくなっちゃう


『なるほど…では現世に戻りましょう。詳しい説明はそちらでします』


――了解。ちゃんと私のことを守ってね?


『もちろんですよ。ご主人』


すると、急に目を瞑りたくなるような光が私達を包み込み、視界が真っ白になる。

そして、軽い浮遊感を感じたあと、体が熱くなっているのを感じた。

目を開けると、私の周りに炎が渦巻いており、その炎から放たれる熱が私の体を冷気から守っていた。


「…帰ってきた?」


――帰ってきましたよ、ご主人


「あっ、『紅蓮』。この炎は貴女が出したもの?」


――はい。正確には、ご主人達が『魔力の衣』と呼ぶ、魔力に干渉し、私の特性を植え付けただけなのですが


「……はい?」


――簡単に言いますと、ご主人達は魔力をこねて無色透明な『魔力の衣』というものを作りました。そこに色を付けるのは本来自分自身なのですが、ご主人は色を付けていません。なので、第三者である私が干渉し、私の色を付けました。まあ、今ご主人が纏っている炎の事ですね


「う、う〜ん…?つまり、不完全だった私の『魔力の衣』に色を付けて、完全な状態にしてくれたって事?」


――少し違いますね……えーっと、例えばご主人が着るための服を、自分で作っていたとします


「はいはい」  


――ご主人は試行錯誤を繰り返し、何とか真っ白な服を作りました


「うんうん」


――しかし、それは最低限服としての機能を備えただけの、真っ白で面白みのな――質素な服でした


「今面白みがないって言おうとしなかった?」


――気のせいです


「ホントかなぁ?」


――気のせいなので、気にしないで下さい。で、話を戻して…ご主人はその真っ白な服で満足していましたが、そこに色を付ける事でその服は更に良くなると思いませんか?


「白い服も好きだけど…まあ、バリエーションはあったほうがいいよね」


――ですよね。なので、私が横から入ってきて、ご主人の服に色を塗りました。もちろん、ご主人の色ではなく私の色ですが


「私の色……一人一人、持っているいろが違うの?」


――世界を探してまわれば、似たような色を持つ人は居るでしょうが…まあ、その人にはその人の色がありますね


「なるほど……文字通り、十人十色ってことね」


――そうですね。流石にこれだけ説明すれば分かりましたか?


「分かったよ。で、この色を付けるのって私でもできるの?」


――できなくはないですが……今すべきではないでしょう?


「そうだね…そろそろ石柱が壊れそうだし、今はそれどころじゃないや」


私は、霜だらけになり、白が更に際立っている石柱に触れる。


――そうですね。この衣も何時までも持つか分かりませんし、行動へ移したほうが良さそうです


「分かった。で?作戦は?」


なんとなくやるべきことは分かるけど、一応聞いておこう。


――簡単ですよ。熱の出力を上げるので、冬将軍へ向かって走ってください。ご主人から貰った魔力を使いつつ、私の力も使えば、冬将軍はきっと防御の姿勢を取ると思います。なので、できるだけ冬将軍を宝剣から遠ざけて下さい


「分かった。後は、冬将軍が宝剣から離れたのを見計らって、宝剣を回収すればいいのね」


――そうです。その時には、私を投げてください。運が良ければ、冬将軍の体に突き刺さるかも知れないので


凄まじい熱を放つ『紅蓮』が、冬将軍に突き刺さるのか…なんか、それだけで倒せそうな気がする。

氷がどんどんと溶けて、再生できなくなったところを、コアを破壊して……ん?


「ねえ『紅蓮』。冬将軍ってゴーレムだと思う?」


――どうでしょう?何処か、親近感のようなものを感じますね。ゴーレムというよりは、精霊や妖精に近そうです


「精霊や妖精か……だとしたら、コアを破壊しての攻撃はできないね」


コアが無いなら、魔力が尽きるまでダメージを負わせるしかない。

宝剣がそれを可能とする力を持っていたらいいんだけど…


「…とりあえず、このまま冬将軍に突っ込めばいいのね?」


――はい。宝剣さえ手に入ればこちらのものです。ですが、目的を悟られないようにしてくださいね?


「分かってる。…じゃあ、行くよ!」


私は、石柱から飛び出し、冬将軍に向かって走り出す。

もちろん冷気の津波が、私の歩みを妨害してくる。

でも、もう怖くない。

こっちには『紅蓮』が――寒くない?


(ねえ『紅蓮』!寒いんだけど!?)


――いや、冷気の元凶へ向かって走ってるんですよ?そんなの寒いに決まってるじゃないですか!


(うっ!…それもそうね。『魔力の衣』を厚くすれば防げる?)


――そりゃあ、防げますよ。ご主人の力では完全に防ぐ事は無理でしょうが…


(活動に支障をきたさない範囲なら別にいいよ。それと、そっちで出力上げられないの?)


私一人の力で駄目なら、『紅蓮』の力を借りて防げばいい。

『紅蓮』は、この状況をどうにかできるのかな?


――できなくはないですよ?ただし、私自身が纏う炎の出力は落ちますが


(そう…なら今は私を守ることに注力して。攻撃する時になったら、戻してくれていいから)


――分かりました。…はい。これで多少はマシになったと思いますよ?


すると、私が纏っていた炎の熱が強くなった気がした。

いや、実際に熱が強くなってる。

さっきよりも寒さがマシになった。

冬将軍に向かって走ってるのに、気合で耐えられるくらいの温度まで上がってる。

これなら冬将軍に攻撃時に行ける!!


「ふふっ…もうお前にやられているだけじゃないぞ!冬将軍!」


私がそう叫ぶと、冷気の津波が止み、冬将軍が刀を構える。

…冷気が効かないと判断して、余計な消耗を抑えに来たか。

分かってはいたけど、冬将軍はかなり賢い。

でも、もう少し続けても良かったんじゃない?

私は、向かい風が無くなった事で一気に加速し、電光石火の早業で冬将軍の目の前まで距離を詰める。


「遅い」


そう言って、私は冬将軍に向かって『紅蓮』を振る。

私の速度は千夜よりも上。

もちろん、目の前の冬将軍よりも速い!

冬将軍は、そんな私の速さに何とか追いつき、『紅蓮』を氷の刀で受け止める。

すると、『紅蓮』の纏っていた炎が油を注がれたように強くなり、冬将軍の氷の刀を溶かし始める。


――凄まじい速度ですね。私の対応が遅れてしまいましたよ


(『紅蓮』!)


――任せてください、ご主人。コイツは必ず私が溶かしますよ


そう言うと、『紅蓮』は炎の出力を更に上げ、溢れ出る炎が氷の刀を伝って、冬将軍の手にも襲いかかる。

すると、冬将軍は身の危険を感じたらしく、大げさに私から距離を取った。

フッ、計画通り!


――ご主人!今です!!私を冬将軍に向かって投げてください!!


(了解!派手にぶっ飛べ!!)


私は腕を思いっきり振って、全力で『紅蓮』を冬将軍へ投げつける。

『紅蓮』は炎を尾のように引きながら冬将軍へ向かって飛んでいった。

そして、あと少しというところで冬将軍は『紅蓮』を弾こうとするが…


「マジか!?」


なんと、『紅蓮』は冬将軍の氷の刀を砕き、冬将軍の体へ突き刺さった。

その瞬間、冬将軍の体は『紅蓮』が刺さった箇所から急速に溶け出した。

『紅蓮』が刺さっている部分からは水蒸気が立ち昇っていて、いかに『紅蓮』が強い熱を帯びているかがよく分かった。


「――そうだ!宝剣を取らないと!!」


私は、冬将軍に背を向けると、祭壇へ向かって走り出す。

幸い、祭壇はすぐそこだ!

一度踏み込んだだけで、祭壇の前まで辿り着いた私は、刀掛け台に掛けられている刀を掴み、鞘から抜く。

しかし、


「――え?」


宝剣は、まるでプラスチックでできたかのような刀身をしており、とても何かが斬れるとは思えなかった。

これは…宝剣が持ち主を選んでいない時の、状態の……そんなバカな…私が、宝剣に選ばれていない?

何故、宝剣はこの状態なのか。

私はその理由が分からず困惑していると、突然強烈な頭痛に襲わた。

頭の中に宝剣の情報が入ってくる……なるほど、名前か。


「名前をつければいいのね?……どうしよう?…千夜ならどんな名前にするかな?」


私は、どんな名前にしようか色々と考えてみる。

宝剣は一度名前を付けたら、所有者が変わらない限り名前を変えられない。

なら、後で恥ずかしい思いをしないように、しっかりとした名前を付けたい。


「…千夜なら、自分の名前から一文字取りそうだね……なら、私も自分の名前から一文字取ってみるか」


私は、なんとなく千夜ならどうするかを想像して、自分の名前から一文字取ることにした。


「冬……冬といえば雪がだね……で、私の名前…雪琴?琴雪?…違うなぁ……」


お母さんも私も琴だから、琴に関する名前にしたかったけど、パッとそれっぽい名前が思い浮かんでこない。

今は『紅蓮』が抑えててくれるけど、いつ冬将軍が襲ってくるか分かんない。

だから、ゆっくり考えている暇はない。


「駄目だ……琴に関係はパッと思い付かない!……となると音か。……音…雪…『雪音ゆきね』とか良いんじゃない?」


『雪音』

良いんじゃない?

冬っぽいし、私の名前から一文字取ってるし。

よし!『雪音』にしよう!!


「『雪音』…あなたの名前は『雪音』だよ。『四季宝刀・雪音』」


私が宝剣に名前を付けた直後、青白い光が宝剣から放たれた。

私は、なんとなく嫌な予感がして目を瞑っていたからなんとかなったけど、最悪失明してたかも。

…ん?


「これは……刀身に…色がついていってる」


宝剣は、光を放ちながら鍔の部分から色が付いていく。

純白の、雪のような色か付いていく。

やがて刀身全体が白で包まれると、今度は刀身の一部から光が放たれた。

光は、何かの模様に見えなくもないけど、今は眩しくてよく見えない。

時間にして数秒。

その数秒で光は刀身に模様を描いた。

空色の雪の結晶と、音符の模様を。

そして、宝剣は神々しい気配を放ち、私の目を奪った。


「コレが…宝剣……『四季宝刀・雪音』」


私は、あまりの美しさと神々しさに、思考を放棄して『雪音』を見つめてしまった。

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