第112話四季宝刀・夜桜
「あなたの名前は、『四季宝刀・夜桜』よ!」
私は宝剣に名前を付けた。
これで、この宝剣は正式に私の――
「っ!?」
突然、宝剣が桜色の眩い光を放った。
宝剣をジッと見ていた私は、その光を直に見てしまい、まるで閃光玉を食らったかのように視界を潰されてしまった。
「くっ…」
あまりにも光が強烈過ぎて、私は自分の物になったばかりの宝剣――いや、『夜桜』から距離を取ってしまう。
…距離を取ると言っても、手を伸ばして顔をできるだけ遠ざけただけなんだけど……
それに、大袈裟に話したけど『夜桜』の閃光はそんなに大した事なくて、もう視界はかなり戻り掛けてる。
カメラのフラッシュを強力にしたみたいな感じだったかな?
まあ、とりあえず視界は戻ってきた。
「――これは?」
『夜桜』は未だに光を発していて、直視すると目が痛くなる。
でも、明らかにさっきとは違う部分ができていた。
「黒い刀身…?」
そう、『夜桜』は、鍔の部分から刀身が少しずつ黒くなっていた。
特に音はしなかったけど、擬音をつけるなら『スー』とか『ホァー』って感じかな?
…子供向けアニメだったら、間違いなく『キラキラキラ』って擬音が付くだろうね。
数秒でプラスチックのようだった刀身は、黒光りする漆黒の刀へ姿を変える。
しかし、『夜桜』の変化はもう少しだけ続く。
「…桜?」
刀身に、桜や桜の花びらの模様がひとりでに描かれ始めた。
よく見ると、若干彫られていて、そこに少し濃い目の桜の色がついている。
さっきまでみすぼらしいオモチャのようだった、『夜桜』は、立派で美しい刀に大変身。
……もしかしてこの見た目、私の付けた名前に由来してる?
「黒い刀身に桜の模様……まさに『夜桜』って感じだね」
なるほどね。
この美しい見た目は、私の付けた名前から来てるのか……これで『千桜』にしてたらどうなってたんだろう?
「すげえな……まさか、武器を変えただけでここまで覇気が変わるものかよ…」
「それが、『宝剣』ってやつなのよ。まあ、実際に今の私は超強化されてるんだけどね」
そう言って立ち上がると、当然のように『夜桜』を構える。
「ちょっ、『剣聖』さん!まだ怪我が!!」
「大丈夫。もう治った」
宝剣には、それぞれ特殊な能力が備わっている。
例えば、『四季宝刀・夕夏』の場合は強力なバフを自分と味方にかけるというもの。
正確には、『最盛』と呼ばれる力らしいんだけど…詳しい話は割愛。
同じように、『夜桜』にも特殊な能力が備わっている。
その能力というのは…
「おい…なんだよそれ……お前の周りだけ花が咲いてるぞ?」
「草も生い茂ってますね…それが『宝剣の力』ですか?」
「そうよ」
『夜桜』を構える私の周りにだけ花が咲き、草が生い茂っている。
コレこそが『夜桜』の能力。
「私の宝剣『夜桜』の能力は『生命』。生きとし生ける物全てがもつエネルギー、生命力を自在に生み出し、操作する能力よ」
『生命』
使い方を本当にざっくり言うと、最強の回復能力と言ったところかな?
例え、足をもがれても、手を切断されても、心臓を抉られても。
生きてさえいればいくらでも回復できる。
そして、それは他の生命へも効果を発揮する。
そのおかげで、私はこれから前衛兼ヒーラーという役回りができる。
それに、多少無茶なことも即死しないように気を付けてさえいればできてしまう。
「まったく、宝剣ってのは本当にチートな武器だよ」
即死してなければどんな怪我も治せて、毒や病の治療もできる。
唯一できないことがあるとすれば、呪いは解けないってことなか?
でも、呪いは『魔力の衣』で防げるから、『魔力の衣』を突破できるような呪いを受けた時点で、死亡確定って気もするけど…
まあ、細かいことは気にしない!
そんな事より…
「さて、試し斬りには丁度いいね。どっちを斬ろうかな?」
目の前に、試し斬り用の人形があるんだから、使わない手はないよね?
さて、『夜桜』の切れ味はどんなものだろうね?
私は、特に刀を構えることなく地を蹴る。
すると、そんなに本気で踏み込んだつもりは無かったのに、『夜桜』を得る前の全力と同じくらいの速度が出た。
「速いね。私」
あっという間に甲冑との距離を詰めると、片手で『夜桜』を振り上げる。
やっぱり、刀を振る速度もかなり上がってる。
という事は、肝心の威力も相当なものになってるよね。
『夜桜』の刃が甲冑へ当たり、私の手に確かな感触が伝わってくる。
まるで、ニンジンを切ったかのような感触が。
「っ!!」
『夜桜』は、あの硬い甲冑をまるでニンジン切るかのように斬り裂いてしまった。
そして、私が結構な力を込めて振っていた事も相まって、あれだけ苦労してようやく拮抗していた甲冑を、一秒にも満たない時間で真っ二つにした。
…流石は宝剣。
この程度なら、まるで話にならないと…
「あらら…さっきまで苦労は一体……」
「宝剣を使う事前提の難易度何じゃねぇか?そうじゃなきゃ――うおっ!?」
「余所見しすぎ」
とりあえず、左手首を破壊した方の甲冑は死んだ。
もう一体は、今『暴君』が余所見したせいでヤバかった。
まあ、即死してなければ私が『夜桜』で治してあげるけど。
そんな事より、コイツも私が殺るか。
「シィッ!!」
今度は全力で踏み込み、瞬速の一撃で甲冑を横に真っ二つにした。
せっかくの特別製の動く的だ。
今の私の全力がどんなものか、確かめてみないとね。
…で、全力で攻撃してみた結果だけど……まあ、さすが宝剣って言ったところかな?
宝剣を手に入れるまでの私は、『英雄』の中でもトップクラス程度の力しか無かった。
トップクラスと聞くと聞こえはいいかも知れないけど、あの甲冑相手だと三十秒戦えれば上々。
そもそも、本気ではないとはいえ『勇者候補者』の攻撃を容易く受け流すなんて芸当は、当然できない。
それなのに、私があそこまで強かったのは、『剣聖』の名に相応しい剣術のおかげ。
通常、単純な強さと技術は、同じくらいの速度で成長していく。
でも、私の場合は技術が単純な強さを遥かに上回っていた。
力の差を、技術で埋められるくらいには。
そして今、宝剣を手に入れたことによって、私の単純な強さはかなり強化された。
ようやく、単純な強さが技術に追い付こうとしている。
後は、もう少し鍛えれば単純な強さが技術に追い付く。
そうすれば、晴れて私は四人目の『勇者』に!!
「ん?危なっ!?」
突然、私に向かって灼熱の炎の玉が飛んできた。
そう言えば、まだ陰陽師を倒してなかったね…
危ない危ない。
もう少しでカッコ悪い姿をこの場に居る探索者全員に見せてしまうところだった……
まあ、こんな魔法を使っておいて、私が気付かない訳ないんだけど。
そんな事を考えつつ陰陽師の方を向くと、陰陽師は一目散に逃げ出した。
「あっ、逃げた」
「逃げましたね。アイツも私が殺っていいですか?」
「ん?別にいいぞ。宝剣が手に入らなかったんだから、俺はもうこのダンジョンには用はないからな」
…まさかと思うけど、また一人で何処かに行くとかないよね?
流石にそうなったら、『夜桜』で治せるのを良いことに、コイツの事滅多斬りにする自信があるよ?
…流石にないと願っておこう。
「じゃあ、アイツも倒してくるわね」
そう言うと、地を蹴って自分でも凄まじいと思うような速度で陰陽師との距離を縮める。
すると、それを見た陰陽師が何かしらの術を使って空を飛び始める。
空へ逃げれば安全とでも思ってるのか?
お前には散々苦汁を舐めさせられてるんだ。
その程度で逃げられると思うなよ?
「…アレを使うか」
ちょうど、進行方向に良さそうな桜の木がある。
アレを使って、『夜桜』の特殊能力の練習をしよう。
私は、良さそうな桜の木に登り、陰陽師の進行方向に伸びている枝に触れる。
『
『夜桜』の特殊能力を使って大量の生命力を桜の木へ流し込み、強制的に成長させる。
すると、桜の木は恐ろしい速度で成長し、あっという間に陰陽師の飛ぶ高さよりも上に到達する。
もう少し登って……よし、こんなものか。
私は、それなりの高さまで来ると、太めの枝で踏み台を作る。
そして、足へ魔力を集中させ、居合の構えを取る。
「……」
しっかりと陰陽師の姿をその目で捉え、体勢を調整して陰陽師をロックオンする。
魔力を練り上げ、足へと集中させる。
そして、
「いくぞ」
枝が折れんばかりの勢いで蹴り、今までに体感したことないような速度で陰陽師へ迫る。
今の私なら、ジェット戦闘機よりも速い自信がある。
それくらいの速度で陰陽師へ向かって飛ぶ。
すると、陰陽師は私が迫ってきていることに気付いたらしく方向転換をして避けようとするが……そんな事をしても無駄。
「……」
結界を一枚出現させ、体をよじってその結界に足をつく。
そして、間髪入れずすぐに結界を蹴る。
その間も居合の構えを保ち続け、ついに陰陽師の直ぐ側まで飛んできた。
「死ね、クソハエが」
私は聞こえているか分からないけど、陰陽師を軽く侮辱する。
正直言わなくても良かったけど、どうしても言いたかった。
どうせ、コイツはこれから渾身の一撃で死ぬから。
私は、陰陽師の首を見つめ、狙いを定めると刀を抜いた。
「『
瞬速を超えた居合斬りが、桃色の線を残して陰陽師の首をすり抜ける。
すると、突然陰陽師の頭が落ちた。
目にも見えない早業で首を切り落としたせいで、刀がまるで首をすり抜けたかのように見えた。
きっと、陰陽師は自分がどうして死んだのか理解できいない事だろう。
あまりにも速すぎて、私に斬られたことに気付いていない気がする。
というか、私がこれを受けたら、いつ斬られたのか分からないまま死ぬだろうね。
……いや、私の場合は榊の万能直感があるから、ギリギリ気付けるし、反応してる気もする。
まあ、自慢はこれくらいにして。
「『刃桜』……もっと改良が必要だね。もちろん技名も」
この居合斬りは今のままでも十分強い。
でも、まだまだ改良の余地がある。
例えば、踏み込む前の溜め。
コレを短くできれば、この『刃桜』は更に強くなる。
それに、コレの応用技も沢山作れそうだ。
…そうなると、カッコイイ技名も考えないと。
厨二病?だからどうした!
そもそも、探索者が自分の技に名前をつけるのは珍しい事でも何でもないんだから、別にいいでしょ?
きっと、琴音ならすっごくカッコイイ名前を付けてくれるはず。
だって、琴音は私の恋人だから。
「さて、宝剣も手に入れたことだし…帰るか」
家で私の帰りを待つ琴音の為にも、早く帰らないと。
帰ったら、琴音と一緒にあんな事を…グフフフ。
いや〜、琴音のあられもない姿を想像すると、早く帰りたいって気持ちが強くなってきた!
……まあ、それはそうと…あの広場ってどこだっけ?
ん〜?……多分、こっちだね。
私の直感もこっちだよって言ってるし。
場所が分からなくなった私は、直感に従ってなんとなくその方向へ走る。
すると、一分も経たずに広場に帰るか事ができた。
後は、この用無しになったダンジョンから出るだけ。
私は、ルンルン気分を他の探索者に気取られないように注意しながらダンジョンの出口へ向かった。
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