第111話宝剣のダンジョン

富士・宝剣ダンジョン


「ハァ…ハァ…」


ついに膝をついてしまった…

三対一の戦闘が始まってから、一体何分経ったんだ?

十分か?二十分か?それとも三十分?

まさか、一時間以上戦ってる訳じゃないよね?


「どうすれば…この状況をひっくり返せる?」


誰も居ないのに、誰かに答えを求める。

きっと、この言葉が聞こえているのは目の前に居る二体の甲冑だけだろう。

当然、コイツ等が答えてくれるはずがない。

そもそも、声を出しているところを見たことがない。

所詮、魔力で動く人形。

知能は確かかも知れないが、所詮人形でしかない。


「人形なら…ハァ…早く殺しに来いよ…ハァ……排除すべき敵は…こんなに疲弊してるぞ」


そうやって挑発しても、この人形がナニカ感じることはないだろうね。

コイツ等は、淡々と命令をこなすだけ。

与えられた使命を全うするだけ。

知能はあっても、感情を持たない人形。

別に可哀想とは思わないけど、こうは成りたくない。

…にしても、コイツ等何やってんだ?


「……来ないのか?」


おかしい…今の私ならいつでもトドメを刺せるはず。

それに、このまま放置すれば、着実に体力が回復していく。

それなのに、ただ私のことを見下ろしているだけ。

…一体何がしたいんだ?


(今なら特に警戒するようなものも無いでしょうに。何故私にトドメを刺さないの?)


もちろん、死にたくない。

死ぬつもりはない。

まだ、琴音とヤりたりない。

あの小さくて、綺麗な体を私の色で染め上げるまでは……


「ふふっ。今更ながら、剣の道を歩むには俗物すぎるわね。こんな時にまでそんな事しか考えないなんて」


でも、欲のおかげか、少しだけ元気になってきた。

やっぱり三大欲求は偉大ね。

今度、それを理由に琴音を……フフフ、今から楽しみになってきた。

…よし!何故か力が湧いてきた!

まずは、あっちの手首を破壊した方から攻めるか。

もう一体の攻撃は、気合で避ける!!


「先手…必勝!!」


私は、地を蹴って左手首を破壊した方の甲冑へ迫る。

しかし、こうなる事を警戒していたのか、すぐにもう一体が動き出した。


(チッ…予想以上に反応が速い)


このまま行けば、間違いなくもう一体に防がれる。

……ならいっそ、もう一体を狙うか?

突然狙いが自分へ代われば、流石に対応できないんじゃない? 

よし、それで行くか。

私は、そのまま左手首を破壊した甲冑の方へ向かって走り続ける。

そして、予想通りもう一体が間に割って入ってきた。


「フッ」


私の策に気付かず、馬鹿正直に妨害をしてきたもう一体を鼻で笑うと、刀を抜く。

狙うは右手首!

刀を抜いた事で狙いを悟られたけど、そんなの関係ない!

今更躱そうとしても遅い!!


「ハアッ!!」 


居合斬りは右手首に直撃し、甲高い金属を立てる。

しかし…


「何…コイツ……」


私の渾身の居合斬りは、確かに右手首に直撃した。

確かに直撃したはずなのに……何故、壊れない…?

私が困惑してその場で固まってしまった。

その隙を、当然甲冑が見逃すはずが無かった。


「ッ!?しまっ――」


私の刀は右手で弾かれ、左手で槍を構えて私の体を突いた。

直前で逃げたお陰で左肩を抉られるだけで済んだけど……まあ、まだ終わらない。


「チッ!」


距離を取って槍の先を体から抜くと、すぐに刀を構え直し、追撃に備える。

すると、予想通り甲冑は容赦なく追撃してきた。

その威力は、左手が上手く使えないせいか、更に力を入れたのか、さっきよりも強く感じた。

ヤバイ…このままだと本当にヤバイ!

この甲冑相手に、片手が使えなくなる事がどれだけ致命的な事か!

両手を使い、本気でやらなければ負ける。

それほどの相手に片手をやられた。


(絶望的ね……諦めるつもりはないけれど、ここが私の死に場所か……もっと、琴音と一緒にいたかったんだけど…このままじゃ、それは無理そう)


必死の抵抗をするが、左肩をやられた私では甲冑の攻撃を防ぎ切ることはできない。

少しずつ、体に傷が増えていく。

それに合わせて、死がどんどんと私に近付いてきているような気がした。


(ハハハ…このまま死んだら、私の魂はこのダンジョンに囚われるのかな?琴音にコイツ等を倒せるとは思えないけど、仇討ちに来てほしい。まあ、最後まで抵抗して、敵わなかったらの話だけど)


反撃する隙がない。

防戦一方な上に、傷は増えるばかり。

これを絶望って言うのかな?

私はまったく絶望してないけど。


(そう言えば、他の探索者達はどうなったのかな?『暴君』が目を覚ませば、私の代わりを務めてくれそうだけど…まあ、勝てるのか?って思っちゃうけどね)


頬を槍が掠め、血が流れてくる。

女の子の顔に傷をつけるとか、男の風上にも置けないやつね。

…男かどうか知らないけど。


(『暴君』か…アイツ、勝手に突っ込んで勝手に気絶しやがって。自分勝手な事してなければ、私がこんな目に遭うことだって無かったのに……その点、勝手に宝剣に触った馬鹿も同罪だね。生きて帰ったとしても、私が祟殺してやる)


ついに無事だった右腕を斬り裂かれてしまった。

傷はそこまで深くはないけど、その影響は計り知れない。

主に、私が不利になるという意味で。


(宝剣、見てみたかったなぁ……琴音に自慢して、また高い壁として立ちはだかりたい。…まあ、琴音なら何処かで最後の宝剣を見つけて、私と同じ領域に立ちそうだけど)


甲冑から距離を取ると、そのすぐ後ろに桜の木があり、私の行く手を阻んでいた。

もう逃げ場はない。

私の抵抗もここまで。


(私が死んだら、琴音はどうするだろう?自殺……はしないか。駄菓子屋を守るって使命が、琴音にはあるから。私の写真、駄菓子屋に置いてくれるかな?置くとしたら、多分カウンターにある老婆の写真の横かな?あれ、琴音のお婆さんの写真らしいし)


私は、目一杯腕を伸ばし、刀の刃先を自分へ向ける。

別に、諦めた訳じゃない。

コイツに殺されるくらいなら、自分で腹を切って死ぬ。

その方が、『剣聖』らしくてカッコイイでしょ?

…どうやら、甲冑も私が何をしようとしているのか理解したらしく、追撃しようとしない。


「さようなら、琴音」


そう言って、腹を切ろうとしたその時、


「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」


突然、誰かの雄叫びが聞こえたかと思えば、目の前の甲冑が蹴り飛ばされた。

私は、甲冑を蹴り飛ばした人物を見て、目を丸くする。


「『暴君』……今更起きたの?」


私がそう聞くと、『暴君』はクワッと血相を変えて私を睨みつける。


「何一人カッコつけて死のうとしてんだ!!『剣聖』なら、最期の一瞬まで剣振り続けろよ!!」


…何いってんだコイツ?

目が覚めたばっかりで頭が回ってないのか?


「ここにはお前一人で来た訳じゃねぇだろうが!!もっと味方を頼れ!!」


はあ〜〜!?


「頼れそうな奴が先走ったからこうなったんでしょうが。何偉そうに説教してんだ、このクソ野郎」


私は怒りを隠そうともせず言い返す。

すると、『暴君』は困ったように口を歪めると、私から顔を背けて、


「それは悪かった」


小さな声で謝りやがった。

…何コイツ。

私にストレスを与えに来ただけか?

甲冑を破壊する前に、コイツの全身の骨を破壊してやろうか?


「そんな事より!今はあの化け物共をどうにかするほうが先だろ!?」


そんな事より……だって?

コイツ……どれだけ私を怒らせたら気が済むんだ?


「おいカス。人の苦労も知らないで、よくもまあ、『そんな事より』とか言えたな?お前が一人先走ったせいで、私が全部やらなきゃいけなくなったんだよ。道中のモンスターの相手も。何故か同格の連中すら居ない探索班の面倒を見るのも。あの甲冑の化け物の対応も!全部私がやってやったんだよ!!」

「お、おう…悪かった」


悪かった?今コイツ、悪かったって言ったか?

まさか、謝罪をそれだけで済ませるつもりじゃないだろうね?


「うっ!?……す、すまん!俺が勝手に動いたせいで、『剣聖』には随分迷惑をかけた!そ、そうだな……お詫びになるかは分かんないが、『剣聖』が宝剣を取りに行くまでの時間は俺が稼ぐ!」


宝剣?

そうか!宝剣を使えばこの甲冑共に勝てる!

さて、そうと決まれば……あれ?


「……無いよ?宝剣」

「…は?」


来たときに宝剣が置かれていた台座には何も置かれておらず、刀掛け台だけがポツンと飾られていた。


「そんなバカな!?誰かに盗まれたってのか!?」

「いや…まあ、それしか無いんじゃない?」


宝剣が無くなった事で、『暴君』は大慌て。

唯一、この甲冑達に対抗出来そうな武器が消えたんだもん。

そりゃあ焦るよ。

…私?

別に、宝剣が無くても『暴君』と二人がかりなら抑えられるし、陰陽師は他の探索者に任せておけばは理論上は勝てるはずだから、そんなに慌ててないよ?

……あぁ、『暴君』とは別に慌ててるやつが居たね。


「見てあれ。あのクソ甲冑共があたふたしてるよ?」

「お、おう…」

「ただ知能があるだけの人形かと思ってたけど…感情らしきものもあるようね」

「そう…みたい…だな…?」


あれ?

『暴君』にとっては、甲冑共が慌ててるのはそんなに気にならないのかな?

私のことを散々苦しめてくれたあのクソ共が、あんな風に無様に慌ててる姿を見るのは楽しいんだけどなぁ。


「お前…なんかえげつない事考えてなかったか?」

「別に?どうしてそう思いました?」

「いや…顔がヤバかったから……」


えぇ?

そんなに悪い顔してたかな?


「さあ?私は元々性格があんまり良くないので、よくそういう顔するんだよね」

「あぁ、うん……なんとなくそんな気はしてた」


…失礼じゃない?それ。

つまり、『コイツ、性格悪いなぁ』とか思ってましたって言ってるようなものだよ?

やっぱり一回斬るべきかな?


「な、なんだ?今、背中が凍ったみたいな感覚がしたんだが…」

「気のせいじゃない?」

「いや、でも…」

「気のせい」

「た、確かにお前の方から…」

「気のせい」

「…気のせいなんて事は…」

「お前の勘違いだ。わかったな?」

「アッハイ」


とりあえず、『暴君』は威圧して黙らせて……ん?


「誰だ」


私は、後ろに妙な気配を感じ、威圧を込めながら声をかける。

すると、目に見えて慌てたような様子で、見覚えのある人物が現れた。


「ま、待ってください『剣聖』さん!私です!山川です!!」

「…どうしてここに?」


…怪しい。

私の直感がそう言っている。

絶対何かしてるなコイツ。


「ちょっ、そんな疑いの目で見ないでくださいよ!せっかく『剣聖』さんのために、命懸けで宝剣を取ってきたのに…」

「「……は?」」


宝剣だって?

コイツ……いや、山川さんが宝剣を取ってきたの? 

でも、宝剣の神聖な気配は感じない。


「ふふふ、見て下さい。コレが俺の努力の結晶です!」


そう言って、山川さんは空間収納から刀を取り出した。

その刀は神聖な気配を放っていて、ひと目見ただけで、そこらの魔導具とは別格のものであるという事が分かる。


「…山川さんは、コレを抜きました?」

「まさか!私なんかが、宝剣の所有者になれるわけないじゃないですか!宝剣は『剣聖』と呼ばれる程の剣の腕を持つ貴女にこそ相応しいものですよ。さぁ、受け取って下さい」


山川さんは、宝剣を両手で持って私に差し出してくる。

私は、横目で『暴君』の方を見る。

すると『暴君』は首を縦に振った。

私が抜いていいって事なんだろう。

まあ、コイツが宝剣を抜いてないはずがない。

それで今持ってないという事は……そういう事だろうね。


「じゃあ、私がっ!?」


私が危険を感じ後ろを向くのとほぼ同時に、『暴君』が大剣を構える。


「甲冑共の相手は俺がやる!さっさと宝剣の所有者になれ!!」

「分かった!」


私は、山川さんの手から宝剣を回収すると、深呼吸をしてから宝剣を抜いた。

すると、


「―ッ!?」


一瞬、強烈な頭痛に襲われ、思わず膝をつきそうになった。

この感覚…頭に直接情報が送られたのか!

という事は…


「私が…宝剣の所有者に……え?」


そう粒きながら宝剣を見ると、鞘から出た刀身は半透明で、プラスチック製のような見た目をしていた。

コレは、まだ宝剣が誰かのものになっていない証拠。

でも、確かに私の中に宝剣の情報が流れ込んできた。

この宝剣の所有者は、確かに私になっている。

なのに、刀身はプラスチックのようなまま。


「一体、どうなって――『名前』――ッ!?」


突然、頭の中に私の声が響いた。


『宝剣に名前を』


私は何も喋っていない。

そんな事考えてすらいない。

…という事は、宝剣がなにかしてるのか。


「名前……名前を付ければいいのね」


宝剣は同じのもが存在しない。

さっき頭の中に入ってきた情報によれば、一度名前を付けると、所有者が変わるまで名前を変更できないらしい。

責任重大だ…

どんな名前にしよう……


「おい!大丈夫なのか!?」


すると、甲冑の相手をしてくれていた『暴君』が声をかけてきた。


「大丈夫よ。所有者にはなったけど、まだこの宝剣には名前がない。だから、本来の力を発揮できない」

「そうか!!ならもう少しだけ時間を稼いだほうが良さそうだな!!」


へぇ?

流石は『勇者候補者』。

甲冑に二体相手に一歩も引かないとは……

でも、何時までも抑えられる訳じゃない。

早めに名前を決めないと…


「春…春……春といえば桜だよね……桜…桜か……」


『四季宝刀・桜』だとひねりが無さすぎる。

もっと、私の宝剣に相応しい名前にしたい。


「私の宝刀……桜…千夜…千……千桜?」


『四季宝刀・千桜』

けっこう良いんじゃない?

私の名前、『千夜』から千を取って『千桜』

……でも、私の千ってお母さんの千から取られた名前だからなぁ。

お母さんの名前は『千鶴』から千を取り、お父さんの名前である『優夜』から夜を取って『千夜』

別にまだお母さんの事を嫌ってる訳じゃないんだけど……お母さん、剣が得意って訳じゃないからなぁ。

だったら、剣道をやってたお父さんがくれた『夜』を使った方がいい。


「夜…桜……桜夜さくらや…は変か。それなら……『夜桜よざくら』のほうが良いね」


三度目の正直。


『四季宝刀・夜桜』


良いじゃん!

ちょっと厨ニっぽいのがあれだけど…まあ、カッコイイからいっか!


「『夜桜』……あなたの名前は『四季宝刀・夜桜』よ!」


この瞬間、正式に春の四季宝刀の持ち主と、名前が決まった。

その名も…


『四季宝刀・夜桜』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る