第110話宝剣のダンジョン7
一時間後
「ハァ…ハァ…」
無駄に体力を消耗し続け、不利になる一方。
それらしい起死回生の策も無く、冬将軍はまるで油断を見せない。
コイツ…有利なんだから、ちょっとくらい慢心しろよ。
傲らない強者と指示を聞けない無能程厄介な奴はいない。
冬将軍は前者。
私がここまで疲弊してるってのに、トドメを刺しに来ない。
もはや戦えないという状態になるまで私を疲弊させ、確実に殺るつもりなんだろうね。
「チッ」
鬱陶しい殺意が、私の心をチリチリと少しずつ燃やしていく。
このまま感情に身を任せて勝てればどれだけ楽か。
理性の枷が燃え尽きたら最後、私は今以上に体力を無駄に消耗する。
そして、戦えなくなったところを……そうなる前に何か手を打たないと。
『紅蓮』を使うのもアリだけど、ここまで来たら不用意に近付いて隙を晒すだけになりそう。
炎で溶かせるわけないし……
隠密も…何故か冬将軍は見破ってくる。
私の隠密は、攻撃さえしなけれ気付かれない。
…お母さんは見破って来るけどね?
千夜も、攻撃するか敵意や殺意を向けると見破ってくる。
おそらく、榊の直感のおかげだろうね。
私も同じ事を出来るし。
…でも、冬将軍が私の隠密を見破れる理由が分からない。
探知に引っ掛かりそうなあらゆる気配を隠し、魔導具の効果で音もニオイもしないのに、どうやって見破っているんだか。
私の技術や魔導具で隠せないもの……あっ。
「…もしかして、体温?」
そう言えば、体温を隠す効果を持った魔導具は無かった気がする。
…『影のくノ一』なら消せるかな?
私は、『影のくノ一』に魔力を流し、体温を隠せるか調べてみる。
「あっ、隠せるのね……知らなかった」
もう二年も使ってるのに、こんな効果があるなんて知らなかった。
もっとしっかり調べるべきだったなぁ…
さっそく、『影のくノ一』の体温隠蔽効果を使ってみる。
そして、本気で姿を消すと、一度石柱の後ろに隠れて、冬将軍の視界から外れる。
(よし、後はこれで気付かれないかどうか…)
私は石柱から出ると、冬将軍の背後に回る。
……バレてないのかな?
ちょっと、足を破壊して確かめてみるか。
右足に本気で刀を叩きつける。
思いっきり刀の使い方間違えてるけど、問題なく冬将軍の右足は砕け散った。
その瞬間、私がどこに居るのかなんとなく悟ったであろう冬将軍が、自分の背後に刀を振るが、もうそこに私は居ない。
(バレてないっぽい。やっぱり、冬将軍は体温を感知して私の隠密を見破ってたのか…)
これからは、体温も隠すようにしないと。
さて、後は私が一方的に――ッ!?
(バカな!?体温は隠してるはず!!)
突然、冬将軍が私の方を向き、ジッと見つめてくる。
私は急いでその場を離れ、少し遠くから冬将軍の様子を窺う。
(どうしてバレたの?冬将軍は体温を感知して私の事を探してるんでしょ?体温は隠してあるのに…)
あり得ない!
冬将軍は、本当に私の隠密を見破れるの?
千夜やお母さんでさえ、直感を使わなければ見破れない程の私の隠密を、こんな氷の塊が!?
一体、どうやって隠密をッ!!
(また見られた……ちょっと時間差があるけど、ほぼ正確に私の事を――ほぼ?)
…冬将軍の視線は、完璧に私の方を見てる訳じゃない。
それに、何かを探しているように動いてる。
隠密を見破った訳じゃないのか?
…もしかしたら、冬将軍には私の体から漏れ出す何かを感知して、おおよその位置を把握してるとか。
だとしたら、一体何が…?
魔力や気配はあり得ない。
視線も隠蔽してるし、今は敵意や殺意も向けてない。
その他感情も隠蔽してあるし…一体何に?
(少し移動してみるか…)
私は、石柱から降りるとあえてゆっくりと移動してみる。
すると、私が歩いている場所のすぐ後ろに冬将軍の視線が向いているのが分かった。
(やっぱり、私から漏れ出した何かを感知してる。何を感知してるんだ?)
冬将軍が感知出来そうなもの…
気配や魔力はもちろん、視線、敵意や殺意は感知してるはず。
音は分かるだろうけど、ニオイはどうだろう?
…そう言えば、体温も感知してるんだっけ?
サーモグラフィーみたいに、私の周りだけ色が赤とか黄色になってるのかな?
…ん?体温を感知?
私の周りだけ?
――まさか!!
(冬将軍は…体温じゃなくて、温度を感じ取ってるのか?確かに、体温を隠したとしても、これだけ寒い場所なら、私の周りだけ温度が上がるはず。それをもとに私の位置を…)
体温の影響で周辺の温度が変化し、それを使って私の位置を探し当てるとか…相当優れた温度探知だね。
でも、タネが分かれば対策は容易!
「『紅蓮』辺りを焼き尽くせ!」
私は空間収納から『紅蓮』を取り出し、周辺に炎をバラ撒く。
その結果、目に見えて温度が上昇し、近くの雪が溶け始めた。
さて、これで温度探知は使えなくなった。
後は『紅蓮』を隠すだけ。
…念の為、この周辺一帯に炎を拡散させておこう。
「『紅蓮』炎を拡散させろ」
私は、魔力を込め、炎を纏った『紅蓮』を振り回して周辺一帯を火の海にする。
これだけやれば大丈夫。
さて、『紅蓮』を仕舞って奇襲を――は?
私が空間収納に『紅蓮』を仕舞おうとしたその時、冬将軍からとてつもない魔力が放たれた。
な、何これ?
何かする気なんだろうけど、この魔力は…
魔力は冬将軍の持つ氷の刀に集まり、氷の刀が青白い光を放つ。
こんなの、直感が無くてもわかる。
「これ…絶対やばいヤツだ。逃げられそうな場所は……あの石柱の後ろぐらいか…」
ここから少し離れた場所に、比較的大きめの石柱があるのを見つけた。
石柱は上半分が無くなっているものの、残っている部分は特にヒビ割れなどがなく、他の石柱に比べてまだ頑丈そうだった。
あれなら多少の攻撃では倒れないはず。
そう思い、石柱の後ろに飛び込んだ直後、
「っ!?」
冬将軍が魔力を纏った氷の刀を振った。
氷の刀に集まった魔力は、空気を凍てつかせる極寒の冷気となり、刀が振られた方向に風の津波として襲いかかった。
「くぅ……『魔力の衣』が…機能しない…?」
あまりにも冷気が強過ぎて、私の『魔力の衣』では遮断しきれなかった。
急いで空間収納から毛布を取り出し、少しでも冷気から身を守るべく取り出した毛布に包まる。
(寒すぎる……石柱の後ろでこれなら、あのままあそこに立っていたら氷漬けになってた)
しかも、急激に温度が下がったせいで、おそらく炎が掻き消された。
発火で発生するはずの高温を打ち消してしまう程の冷気。
…クソッ!毛布を使っても冷気から身を守れない!
『紅蓮』!!
私は、『紅蓮』を使って周辺に熱を放出するが、冷気のほうが強い。
炎を周りに振り撒いても、すぐに掻き消される。
でも、何もしないよりは遥かにマシ。
この石柱の周りだけ他よりも温度が高くなってる。
…それでもマイナスだろうけど。
もっと魔力を放って、温度を上げないと!
――『火炎壁』!!
即興の魔法。
…まあ、魔法というよりは『紅蓮』の炎を操って、壁のようにした炎に適当な名前をつけただけなんだけど。
『火炎壁』って、安直過ぎる名前だしね。
……名前は別にどうだっていいの!温かくなったんだから!!
「ふぅ…ようやく良心的な温度にっ!?」
突然、『火炎壁』に掛かる負荷が大きくなった。
私と石柱を囲むように展開していた『火炎壁』が、石柱に当たるほど押し込まれている。
「クソッ!出力で押し負けてる!!」
元々、身体強化での接近戦や、気配を消しての奇襲にしか魔力を使ってなこなかったせいで、魔法での戦い方を知らなかった。
そもそも、魔法なんて使わなくても問題なく戦えていたから、魔法を覚えようとしなかった。
そのツケがこれが…
石柱と『魔力の衣』のお陰で即死する事はないにしても、このまま冷気の津波に飲まれたら不味い。
「消耗は激しいけど、『紅蓮』に大量の魔力を無理矢理流し込んで、どうにかするしかない…」
魔力が無くなれば、私に勝ち目はない。
でも、これを防ぎ切るにはそれしか…
「クソッ!……『紅蓮』!!ありったけ魔力をくれてやる!!お前の本気を見せてみろ!!」
私は最低限の『魔力の衣』と身体強化に回す魔力だけを残し、ほぼ全ての魔力を『紅蓮』へと流し込む。
すると、もはや私では制御しきれない程の炎が溢れ出し、先に示しておいた道を伝って『火炎壁』へと向かっていく。
しかし、
「くっ!出力が強過ぎる…」
一度に大量の魔力を入れ過ぎたせいで、『紅蓮』が言う事を聞かない。
…いや、『紅蓮』は間違いなく私に従っている。
私が、『紅蓮』の力に振り回されているだけだ!
辛うじて握っている手綱も、いつ離してしまうか分からない。
それに…
「……しまった…魔力を……使い過ぎた…」
強烈な目眩と倦怠感、吐き気が私を襲う。
この症状…おそらく急性魔力欠乏症になりかけてる。
早く…マナポーションを飲まないと…
空間収納からマナポーションを取り出し、何とか一瓶飲み干す。
このクソ不味いポーションも、今なら美味しく感じるよ…
でも、多少魔力が増えたたところでっ!!
「何ッ!?」
突然、さっきまでとは比べ物にならない程の威力の冷気が『火炎壁』へ衝突した。
その威力は本当に凄まじく、大量の魔力を込めたはずの『火炎壁』が、みるみるその力を減少させていく。
「ヤバイ!『火炎壁』が突破される!!」
マナポーションで回復した僅かな魔力を『紅蓮』へ突っ込んだ魔力の制御に回す。
幸い、『紅蓮』の中には未だに大量の魔力が残ってる。
これを使えば、冷気を防ぎきれ――
「――――ッ!!?」
無情なことに、私の命を守っていた『火炎壁』は、まるで水を掛けられた蝋燭の火のように、簡単に消えてしまった。
更に、私の前に立ち塞がり、冷気から守ってくれていた石柱にヒビが入っている。
そして、『火炎壁』が消えた事で、今何が起こっているかが理解できた。
「アイツ…狙いを私に絞ってやがる!!」
実際に、冬将軍の刀がこちらを向いているのを見たわけじゃない。
顔を出して見たわけじゃない。
でも、私の周りにだけ吹き荒れる冷気を見れば、その事は一目瞭然。
冬将軍は、私の事を確実に殺しに来てる。
体温を奪って殺すという、大抵の生物を殺すことができる方法で!
「『紅蓮』!」
私は、無理矢理『紅蓮』に炎を出させ、少しでも体温を保とうとする。
しかし、奪われる体温の方が大きく、徐々に体温が失われていった。
更に、失われていったのは体温だけではない。
「…魔力が……もう限界…」
マナポーションを使えばもう少し持つかもしれない。
でも、もうポーションでどうにかできるような状態じゃない。
だからって、諦める訳にも……
「『紅蓮』……私を…守れ……お前に与えた魔力が…まだ…残ってるだろう…」
失敗した……『紅蓮』に…魔力を与え過ぎた……
こんなことなら……もっと…出し渋れば良かった……
「『紅蓮』……炎を強く…しろ…」
駄目…だ……もう…意識が……意識を…保つ事も……できない…
…くそ……こんな所で……死んで…たまるか……私には…千夜が………帰りを待つ人が…………
「ぐ……れ……たす…けてく…れ……」
薄れゆく意識の中、炎を灯し続ける『紅蓮』に願う。
体に力が入らず、石柱にもたれ掛かった私は、最後の力を振り絞ってそう言った。
すると、『紅蓮』の纏う炎が一段と大きくなる。
意識が闇に落ちる前、私が最後に見たものがそれだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます