第109話宝剣ダンジョン6
駄菓子屋ダンジョン
「まさか、本当にこのダンジョンにあったなんて…」
崩れた、崩れかかった石柱が建ち並ぶ神殿に置かれた刀。
そしてこの気配、間違いなく宝剣だ。
…ただ、ちょっと死の気配が強過ぎるけど。
死神を祀る神殿なのかな?……ん?
「…ここ、神殿と言うよりは……墓地?」
辺りを見回して気付いたけど、西洋風の墓があちこちに建てられている。
ただ、どの墓も寂れていて、手入れをされた形跡がない。
雪が積もって更に悲壮感が出てるし。
…というか、均等に建てられてない。
適当に建てて、手入れもしないなんて、死者への冒涜じゃない?
まったく、寒いし、怖いし、無礼だし。
とんでもないダンジョンだよ。
「さっさと宝剣を回収して帰ろう。…というか、西洋風の墓地なのに置かれてる宝剣は刀って言うね」
私は、何故西洋風の墓地何だとツッコミを入れながら、祭壇へ向かう。
階段を登り、祭壇へ手を伸ばそうとしたその時、
「――ッ!?」
千夜やお母さんと比べて劣る私の直感が、今までに無いくらい大きな声で叫んだ。
『そこから離れろ』と。
私は、直感に従ってすぐに後ろへ飛ぶ。
そのおかげで私は無傷でいられた。
…というか、動いてなかったら即死してた。
私が立っていた階段を登ったすぐの所。
そこに、上から何かが高速で降ってきた。
「なんか降ってきたんだけど…」
何かが降ってきた衝撃で、辺りに石が砕けたと思われる轟音と、その周辺に積もっていた雪が舞い上がり、天然の煙幕を焚いた。
数秒で雪が落ち、降ってきたモノの正体が明らかになる。
「氷で出来た……武将……?」
氷で出来た甲冑に、氷で出来た兜。
氷で出来た刀、氷で出来た身体を持つ武将。
色々と突っ込みたい所の多いモンスターが現れた。
「氷の武将……さしずめ『冬将軍』と言ったところかな?」
明らかに冬っぽいダンジョンだし、武将みたいな見た目してるし、『冬将軍』って表現は間違ってないと思う。
…まあ、そんなどうでもいい事は置いておくとして。
「明らか格上だよね…」
このモンスター…見た目通りめっちゃ強い。
探索者の格で言うと『英雄』――それも、『勇者候補者』と言われても問題ない程の力を持つ私よりも強い。
流石、宝剣の守護者。
その強さは伊達じゃないね。
…これから戦うって考えると、厄介極まりないけど。
「さて、氷って事は熱に弱いよね?『紅蓮』で焼いたら倒せる……は、流石に無いよね」
多分、本気で魔力を使わないと溶けないはず。
溶けたとしても、コイツ自体が低温のはずだからすぐにまた凍り付きそう。
…溶かしたいなら、核攻撃を直撃させないと無理なんじゃない?
「…熱じゃなくても、打撃には弱いはず。まあ、コイツが打撃に対して、何も対策していないはずがないんだけど…」
それに、私の格闘技術はお母さんと比べて遥かに劣る。
そんな不完全な技術で戦えるほど、コイツは弱くない。
…剣でやるか。
「ふぅ…」
私は、刀を構えて相手の出方を伺う。
すると、冬将軍も刀を抜いた。
(刀で相手をしてくれるのか……冬将軍の剣の腕が千夜クラスなら私に勝ち目はないね)
宝剣の守護者が弱いはずがない。
なら、剣の腕は相当高いはず。
どんなに低く見積もっても、私と互角かそれ以上。
…勝てるのかな?
まだ剣を構えただけなのに、もう勝てる気がしない。
ネガティブに考え過ぎなのか、本当にそれくらい強いのか…
前者であってほしい。
「すぅ~…はぁ〜……よし!」
軽く気配を消して、少しでも動きを悟られないようにする。
あんまり効果はないかも知れないけど、いざという時に役に立つ可能性だってある。
正直、私も期待はしてないけど…
まあ、そんな事はどうでもいい。
不意打ちで、一気に攻める!
「シッ!」
足元の雪を蹴って、冬将軍に飛ばす。
視界を奪えればそれで良い。
完全に気配を消して、階段を駆け上がると、身長差も相まってかなり下から刀を突きだす。
このまま進めば、確実に喉を貫く。
初手は貰った!
そう、本気で思っていた。
「――ぐはっ!?」
突然、私の腹をとんでもない衝撃が襲った。
この感覚…蹴られたのか!
まさか、いきなり私の隠密を見破って来るとは…
しかも、この攻撃はかなりの速度でやった。
前に似たようなことをした時は、千夜ですら表情を変えたのに、コイツはその速度に追い付いてカウンターまでしてきやがった。
蹴られた時の勢いを利用して後ろに飛ぶ。
一応、これで距離は取れた。
「予想通りとはいえ、とんでもない強さだね…」
コレを一人で倒すとか……今すぐ逃げたい。
…でも、出口どころか入口すらないんだよね。
本来なら、適切なルートを通ってモンスターを倒しながら進むはずなんだけど…私の場合、謎のネコに連れられていつの間にかここに来てたから、入口が分かんない。
これで、出入り共に転移で、出口は冬将軍を倒さないと出てこないとかだったら最悪だ。
「不意打ちが効かない時点で勝率がぐっと下がった。…でも、これ多分倒さないと出られないよね……さて、どうしよう?」
ブツブツと独り言を呟いていると、冬将軍が刀の構え方を変えこちらへ走って来た。
「――っ!!」
下から振り上げられた刀を皮一枚で躱し、靴の仕込み刀を冬将軍の腕に刺して反撃する。
私は剣士でも格闘家でもない。
強いて言うなら暗殺者だ。仕込み刀くらいしてるよ。
…まあ、効果があるかは置いておくとして。
「チッ」
次の攻撃が来る前に冬将軍から距離を取った私は、比較的壊れていない石柱の上に避難する。
仕込み刀は確かに冬将軍の腕に当たった。
しかし、刃の当たった周辺が少しだけ欠け、小さなヒビが入る程度のダメージしか無かった。
結構本気で蹴ったつもりだったんだけど……予想以上に硬い。
しかも、よく見てみると、ヒビが治ってきている。
そのうち完全回復するはずだ。
「……まさか、ゴーレム系か?」
私は、冬将軍の体が修復されていくのを見て、そう呟いた。
ゴーレム系モンスターの中には、自己再生を行える種類がいる。
全身が氷で出来たゴーレムも居るらしいから、冬将軍も氷ゴーレムの一種なのかも知れない。
「あれだけ速いのにゴーレム系か……最悪だね」
動きの速いゴーレムなんて、最悪すぎて笑えない。
硬さと高い攻撃力をほこる反面、動きが遅いのがゴーレムの特徴だ。
なのに、その動きが遅いという弱点を克服されたら、非の打ち所が無いくらい強くなる。
しかも、冬将軍は結構な知能がありそう。
少なくとも人間と同じくらいの知能はあるだろうね。
「さて……本当にどうしたものか。まだちょっとしか戦ってないのに、勝てるプランが思い浮かばないんだけど」
ゴーレムは疲れないから、持久戦になると間違いなく負ける。
でも、私の戦い方は冬将軍と、とことん相性が悪い。
『ひたすら連撃を浴びせ続けて攻撃させない』
『防御の穴をついて、少しずつ身を削いでいく』
『弱った所を一気に攻め落とす』
この三つが私の私のやり方。
一つ目はまだいい。
『攻撃は最大の防御』の理論でひたすら攻め続ける。
別に間違ってはないし、素晴らしいやり方だと思う。
でもね?
これ、相手が消耗する事前提のやり方だから、体力を消耗しない――というか、疲れという概念が存在しないゴーレム相手には相性が悪い。
でも、この三つの中だと、マシなんだよね
二つ目は……ね?
少しずつ身を削る?
アイツ自己再生持ってるよ。はい、論外です。
そして、三つ目はと言うと……
「ゴーレムって、疲れもしないし、痛みも感じないし、感情も持ってないから諦めたりもしない。腕を破壊され、脚を砕かれ、頭を木っ端微塵にされても襲ってくるんだよね…」
……はい、無理。
普通の生物なら、ある程度ダメージを与えれば、怯んだり動きがぎこちなくなったりするんだけど……ゴーレムは違う。
身体が半分無くなっても襲ってくるからね、アイツ等。
…いや、冬将軍は多分だけど高い知能を持ってるはずだから、少しは警戒してくれるかも。
でも、警戒止まりだろうなぁ…
「本当にどうしよう……」
糸を使った攻撃が通じるのなら勝ち目はあるんだけど、通じないなら使い方を考えないといけない。
やっぱり、糸は温存しておいた方が良いね。
…となると、針はまあ効かないだろうし、ナイフも無理。
他に使えそうなものと言えば、『漆』と『紅蓮』くらい。
特に、『紅蓮』は効果がありそう。
「…切り札としては若干不安があるけど、他に手段がない。…今あるもので、やるしかない」
冬将軍が何時までも時間をくれるとは思えないし、私としてもずっとここに居ると体温が奪われて良くない。
私は、石柱から降りると、すぐに刀を構えて戦意はあるという事をアピールする。
すると、冬将軍も刀を構え、私の動きを伺っている。
「優しいのか、舐められているのか……二度も先手を譲って貰えるとは思わなかったよ」
私は、冬将軍にも聞こえるような声でそう言う。
すると、冬将軍は何故かニヤリと笑い、刀を構え直した。
『御託はいい。速く来い』
多分、そういう事が言いたいのかな?
…なら、お望み通りに、
「シッ!」
攻撃を仕掛けてやるよ!
私は、真正面から冬将軍にぶつかった。
もちろん、無策で突っ込んだ訳じゃない。
そもそも、冬将軍がゴーレムだと決まった訳じゃない。
もしかしたら、新種のモンスターかも知れない以上、ゴーレムだと決め付けて選択肢を狭めるのは不味い。
…と、言う事で、とりあえず私のよくやる戦い方、『ずっと攻め続けて反撃させない』戦術(笑)をやってみる事にした。
「……」
私は、ひたすら冬将軍よりも速く動いて、先に攻撃を仕掛け続ける。
この戦い方は、結構集中力がいるから、何か言ったりして挑発したりする余裕がない。
そのせいで必然的に黙っちゃうわけなんだけど…別に喋らなくてもいいよね?
誰も聞いてないし。
その時、余計な事を考えたせいで、私の攻撃が若干緩んだのを察知した冬将軍が、完璧なタイミングで反撃してきた。
「っ!?」
顔めがけて突き出された刀を躱し、攻撃に回った事で出来た隙をつく。
冬将軍の胴に思いっきり力を込めて刀を叩きつけた。
すると、以外にも冬将軍の身体はあっさり砕けた。
横腹を破壊し、腹の三分の二の範囲までヒビが広がっている。
コレは予想外。
もっと硬いものだと思ってたけど、コレなら勝てそう……でもないか。
私が追撃を入れるまもなく修復が始まった。
端の方からヒビが直っていき、ものの数秒で半分以上が修復がされた。
「一応、追撃」
私は、修復が終わる前に少しでも攻撃を仕掛けておこうと、冬将軍の首目掛け刀を振る。
しかし、腹を破壊された状態でも、冬将軍は平気で私の刀を弾いてくる。
まあ、氷の身体だから腹筋とか筋肉がない訳だし、破壊されたところでそこまでダメージがあるわけでもないのかも。
だったら、
「こうする方が効果があったり?」
脚を狙ってかなり低く刀を振る。
今回ばかりは自分の背の低さが役に立ったね。
こういう、身長差のある敵に対しては脚を狙いやすい。
……そうか、私から千夜を襲うことがあったら、脚を狙えばいいのか。
次から使ってみよう。
…あー、気を取り直して、脚を狙って振った刀は意外にも冬将軍の脚を直撃した。
防がれると思ってたから、そこまで力を入れていなかったせいで、大したダメージは与えられなかったけど。
「おっと!?」
直感が危機を察知し私はそれに従って横に逃げる。
すると、冬将軍の氷の刀が私のいた場所に振り下ろされた。
…なるほど、私が大した力を込めていない事を分かって、あえて攻撃を受けたのか。
『ノーガードカウンター』をするために。
まあ、普通に避けられちゃったし、意味はなかったけど。
とはいえ、私も大したダメージを与えられないんだけどね?
はぁ……しばらく膠着しそう。
私の攻撃はそんなにダメージを出せない。
冬将軍の攻撃は私に当たらない。
お互い、無理に攻撃すれば手痛い反撃を食らう事を理解してるから、慎重になるせいで更にダメージは出せないし、当たらないようになる。
私の体力が尽きるまでの持久戦確定か…
――実際、この予想は間違ってはいなかった。
この後、私の予想通りの展開になり、ただ時間だけが過ぎていくという状態が続き、私は無駄に体力を消耗していった。
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