第108話宝剣のダンジョン5

富士・宝剣ダンジョン



私は、欲に負けた馬鹿が呼び出してしまった化け物の一体の相手をしていた。

出現した化け物は三体。

うち二体は前衛で、一体を私が、もう一体を多数の探索者が助け合いながら戦っている。

しかし、個の力で負けているせいで、各個撃破の憂き目にあった探索者達が脱落。

既に三人がその命を散らした。

だが、私にはその事を憂いる暇などない。


「くっ!?また魔法か!」


『剣聖』と呼ばれるだけあって、私の剣術は並大抵の剣士とは訳が違う程の精度がある。

そのおかげである程度の実力差は埋められるんだけど、それは一対一での話。

さっきから、後衛の陰陽師?みたいな格好の化け物が、絶妙なタイミングで攻撃してくる。

そのせいで、一対一の闘いに集中出来ず、少しずつ怪我が増えてきた。


「シィッ!」


私は、魔法攻撃で出来た隙を取返すべく、攻めに出て敵の攻撃を弾く。

幸いというべきかは怪しいが、敵は槍を使っている。

リーチの差は辛いが、懐に入ることが出来れば私のもの。

さっきから上手く隙を突いて懐に潜り込み、何度も斬りつけているものの、その効果はあまり芳しくない。


「ハアッ!!」


説明した通り、懐に潜り込み甲冑を斬りつけるが、異常な硬度を誇る鎧に阻まれ私の攻撃は甲高い金属と共に弾かれる。

そう、この私の攻撃は、その殆どが弾かれている。

どうやらこの化け物、肉体が無いらしく、鎧が肉体の代わりになっている。

そのせいで、鎧や兜等を攻撃する必要があるんだけど……まあ、硬すぎて殆ど刃が通らない。

それと、勘違いしてはいけない事がある。


「それは当たらない」


私は膝蹴りを軽々と躱し、去り際に腕を斬りつける。

コイツは敵だ。

ただ置かれているだけの飾りじゃない。

人並みに知能を持ち、攻撃してくるし、こちらが攻撃すれば反撃してくる。

油断すれば、私でも即あの世行きの化け物。

攻撃は極力躱し、無理そうなら刀で防御、受け流しをする。

そこらの雑魚を相手する感覚で動いてはダメ。

――槍を構えた!!


「このコースは…避ける!」


槍を薙ぎ払い、私へ攻撃してくるも、そんな大振りの攻撃が私に当たるはずがない。

前方へ飛び、敵の攻撃を回避しながら懐に潜り込む。

そして、そのままの勢いで横腹に強烈な斬撃を放つ。


「シィィッ!!」


本来なら、刀と相性悪いゴーレム系のモンスターの体さえ断ち切る事のできる程の斬撃なのだけれど…やっぱり、コイツには効いてない。

…まあ、コレは想定内。

本命は私の攻撃じゃないからね。

私は、大きな魔力が動いたのを感知すると、すぐに横腹に蹴りを入れて、私の横へ飛ばす。


「そのままフレンドリーファイアしな」


私自身は全力で横に飛んでこれから起こる事に巻き込まれないようにする。

すると、私がその場を離れた直後、化け物の体が豪炎に包まれた。

陰陽師?の魔法だ。

さっきから絶妙なタイミングで魔法を撃ってくる陰陽師?

アイツの魔法を利用して、この甲冑へダメージを与える。

効くならそれで良し。

効かないなら今後盾として利用すればいい。

さぁ、結果はどうかな?

化け物を包み込んだ炎が消える。

そこに居た化け物の体には、


「無傷、か……炎だったからか?」


焼け焦げた跡こそあるが、特にダメージがあるようには見えなかった。

火力が足りないな…もっと強力な魔法を当てないと。


「それか、私が何とかするか」


私は、改めて全身と刀に魔力を通し、化け物へ斬りかかる。


「ハアッ!!」


次に狙うは関節。

肉体は無いが、関節を破壊できれば、行動に大きな制限をかけられる。

手始めだけに手首の関節目掛け、渾身の力を込めて刀を振り下ろす。

すると、


「――ッ!?効いた!!?」


刀を振り下ろした左手首がひしゃげた。

全力でやったことが功を奏したのか、元々関節が弱点なのか。

…どっちも使えば確実に効果はあるね。

なら、次は膝だ!


「ふん!!」


今度は膝に狙いを定め、回転を乗せた刀を膝へ直撃させる。

しかし、さっきのようにひしゃげ事はなく、少し傷付ける程度に終わった。

ただし、それだけでは終わらない。


「ッ!?しまっ――がっ!!」


無理に膝を狙った事で出来た隙を突いて、思いっきり鳩尾を蹴られてしまった。 

これは不味い。かなり不味い。

ここで動きを止める=死だ。

止まるわけには…いかない!


「ぐぅぅぅ!!」


気合で化け物から距離を取って、少しでも安全な場所へ移動する。

しかし、それは悪手だった。

直径が私と同じ程ある炎の玉が高速で私めがけて飛んできた。


「陰陽師!!」


距離を取ろうと無理に体を動かしたせいで、迫りくる炎の玉を避けることが出来なかった。

私は、ダメージを最小限に抑えるべく、魔力を操ることだけに集中し、『魔力の衣』の抗魔力を高めて身構えた。

そして、私の体に灼熱の炎の玉が直撃した。





……痛い。

全身が痛い。

何があったんだっけ?

こんなに身体中が痛くなるなんて、相当な攻撃を受けたはず。

相当な…攻撃……あっ!

自分が何をしていたかを思い出し、反射的に起き上がる。

無理矢理動いたせいでかなりの激痛に襲われたけど、気合で耐える。


「あの化け物は!?」


あたりを見回すと、私からそう遠く無い位置に例の化け物が居た。

…いや、戦ってた場所から殆ど動いてない。

どうして?気絶してたならアイツはとっくにもっと遠くにいるか、私は死んでいるはず。

だとしたら…


「気絶と言うよりは、一瞬意識が飛んだのか?…そう言えば、あの炎の玉は私に当たった瞬間爆発してた気が…」


炎の玉に備え、全力で『魔力の衣』を強化した所までは覚えてる。

ただ、炎の玉が当たった時の前後の記憶が曖昧だ…

覚えている部分から推察するに……炎の玉が私に直撃し、爆発。

その勢いで私は吹き飛ばされ桜の木に頭をぶつけて意識が一瞬飛んだってところかな?

爆発前後の記憶が曖昧と言うよりは、頭をぶつけた衝撃で、直前の記憶が曖昧になってるって考えた方が良さそう。 

記憶とか意識のダメージはこんな感じか…物理的な方のダメージは…


「服は……修復が始まってるから問題無し。怪我もポーションを飲めば何とでもなる。『魔力の衣』を抗魔に振っていたおかげで、

火傷も軽症。…いける」


私はまだ戦える。

…ただ、どうやってあの甲冑を破壊するかが問題ね。 

アレを破壊できないんじゃ、コイツ等にはダメージを与えられない。

攻撃全振りなら少しは行けるかも知れないけど…隙を晒しすぎる。

……多少のリスクは背負うべきとか抜かす馬鹿が居たら斬り殺してやるからな?

探索者は遊びでもなければゲームでもない。


「10%の確率で死ぬなんて言われて、現実でそれを実行する馬鹿なんて居ない。居たら死んでる」


だから、結果的に居ない事になるんだよね。

まあ、そう言う話は置いておくとして…


「そう言えば私が破壊した左手首はどうなった?」


刀を構え、陰陽師の攻撃を警戒しつつ、左手首の状態を観察する。

…直ってはいなそう。

ということは、同じように右手首を破壊すれば、奴は手を使った攻撃手段を手を失うね。

まあ、それは奴も理解してるだろうから、ガードを固くしてくるはず。


「そもそも、直せるけど私を誘き寄せるための罠として、相手直してない可能性も十分あるし…タイミングはよく考えないと」


確実に右手首を破壊できる瞬間を狙う。

それさえ出来れば後は流れ作業。

もう一体に注意しつつ、他の関節を破壊して……もう一体?

私は、もう一体の現状が気になり、様子をうかがってみる。

しかし、特に変化は見られず、さっきと同じように多数の探索者相手に無双していた。

よし、アイツはあっちの戦闘に夢中だ!

アイツがこっちに来る前に関節を――


「……まさか!?」


私は目の前の甲冑が、無双している甲冑を見ているのを見て、背筋が凍りつくような感覚に包まれた。

このままだと不味い!

そう、私の直感が叫んでる。

こういう時、私の…私やお義母さんの直感はよく当たる。

それすなわち…


「こっちだ!」


私は、大きな声で目の前の甲冑の注意をこちらに向け、完全に注意が向く前に走り出す。

甲冑の視線――目があるかは分からないけど――が私に向くのが分かった。

これで十分。

刀を構え、自分へ迫りくる私の姿を奴の目(?)は捉えているはず。

――よし!警戒態勢に入った!!

甲冑は片手で槍を構え、私に警戒心を向ける。

それで良い。そのまま私を警戒していればっ!!

甲冑は、破壊されて使い物にならなくなった左手を伸ばす。

…手首から先は糸の切れた人形のように垂れ下がっているが。


「不味い!」


奴が何をしようとしたか一瞬で理解した私は、足に力を入れて速度をあげる。

すると、それに合わせるように甲冑も後ろに飛んで私から距離を取った。


「チッ!コイツ、わざわざ距離をっ!?」


何か嫌な予感がした私は、無理矢理後ろに飛んで回避行動をとる。

その直後、桃色の光線が私のいた場所に飛んできた。


「クソッ!また私の邪魔を!!」


陰陽師だ。

コイツまで時間稼ぎを…… 

魔法で妨害をしてきた陰陽師を睨みつけたその時、『バンッ!!』っと、大きな音が鳴った。

慌ててその音がした方向を向いて、全身から血の気が引くのを感じた。

――あの甲冑が、自分の胸に手を打ち付けて音を鳴らしていたからだ。


「しまった…」


陰陽師に気を取られ、奴にあれをやらせる機会を作ってしまった。

奥の甲冑に目をやると、奴はこちらを見ている。

そして、その視線が破壊された左手首へ向き……


「……最悪」


こちらへ走って来た。










山川視点


(嘘だろ…『剣聖』さん、陰陽師の攻撃でやられちまったのか…?)


千夜に炎の玉が直撃するのを、隠れて見ていた山川は、桜の木に打ち付けられ、意識を失った千夜の姿をみて足を竦ませてしまった。

しかし、 


(…いや、生きてる!一瞬気を失っただけっぽいな)


少し時間をおいて立ち上がったのを見て、胸を撫でおろす。

しかし、完全には安心出来ない。


(『剣聖』さんとあの甲冑の強さは拮抗してる。そこに陰陽師が横槍を入れる事で不利になってるんだ。一番良いのは、俺が陰陽師を後ろから倒す事だが……気配を消して、ゆっくり移動することでようやく連中の目を掻い潜れる状況で、奇襲なんて出来るのか?)


山川の隠密では、隠れるだけで精一杯であり、慎重に慎重を重ねてようやく移動できている。

そんな状況では奇襲なんて出来るはずもない。


(俺に出来る事と言えば……やっぱりアレしかないよな)


山川は、あるモノへ視線を向ける。

それは、ここからそれなりに距離のある場所に置かれていて、神聖な気配を放っていた。


(宝剣。アレさえ『剣聖』さんに渡せれば……日本トップクラスの剣の才能を持つ『剣聖』さんなら、宝剣の所有者になれるはず)


宝剣を手に入れ、千夜へ渡す為にネズミのようにコソコソと迂回する山川。

しばらく歩いたあたりで、バンッ!!という大きな音を聞いて、心臓が跳ね上がるような感覚を覚えるほど驚いた。


(な、何だ今の音は?何かがぶつかった音がしたが……ん?何だあれ?)


山川が音のする方を向くと、千夜によって破壊された左手を胸に打ち付ける甲冑の姿があった。


(何してやがる?威嚇にしては弱すぎると思うんだがっ!?)


最初は甲冑が何をしたのか、どんな意味があるのか理解出来なかったようだが、奥にいた甲冑が動き出したのを見て全てを覚ったようだ。

 

(アイツ!仲間を呼びやがった!何が何でも『剣聖』さんを殺す気か!!)


山川は気配を殺し、視線を気取られないようにしながら怒りを顕にする。


(クソがっ!いくら『剣聖』さんでも三対一は無理だ。俺が宝剣を取りに行かねえと!)


このままでは千夜が不味いと思った山川は本当にギリギリのラインを攻めながら宝剣の元へ向かう。

途中、何度も陰陽師の魔法攻撃を受けたが、その度に身を隠してやり過ごし、何とか宝剣の元まで辿り着いた。


「よし!後はこれを『剣聖』さんに!」


そう言って千夜の方を見た山川は動きを止めた。


「どうやって、コレを渡すんだ?」


下手に話しかけて注意が逸れれば、千夜を危険に晒すかも知れない。

それのせいで千夜が死ねば、それこそ助かる道はない。

かと言って、近付くこともできない。


「首の皮一枚で繋がってるような状況。早くしないといつ『剣聖』さんが負けるか分かんねぇ。一体どうすれば…」


戦況は悪くなる一方。

しかし、山川の強さではどうする事も出来ず、ただ時間だけが過ぎていった。

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