第107話宝剣のダンジョン4

富士・宝剣ダンジョン


「はぁ…ようやくここまで来ましたね」


私は、目の前の大きな扉を見て溜息をついた。

この扉は、おそらく宝剣がある部屋へ繋がっている。

この扉の先に宝剣とあのゴミカスが居る。

私にモンスター討伐を押し付けた代償は如何ほどか……見に行こうじゃないか。


「さて、では行きますよ?反対の人や、行きたくないという人は居ませんか?」


一応確認は取っておかないと不味い。

万が一行きたがっていなかった人達が中で怪我したり、死んだりしたら騒がれるかも知れない。

別に、何処のどいつかも分からない奴が死のうがどうだっていいんだけど、世間から批判されると今後の活動に支障が出る可能性があるからね。

それで琴音にまで迷惑をかけるのは更に嫌だ。

だから一応聞いてみたんだけど……


「…誰も居ないんですか?」


不思議な事に、誰も手を挙げなかった。

同調圧力にやられたか?


「いや、居るほうがおかしいと思いますよ?」


山川さんが、横から声を掛けてきた。

居るほうがおかしい…か。


「そうですか?これから行く所は、このダンジョンで最も危険な場所ですよ?一体どんな化け物が待ち構えているのやら…」

「…そうかも知れませんが、その危険を考慮しても行きたいと思いますけどね?」


宝剣を守る化け物と戦うことになる危険を考慮しても行きたい理由……


「……宝剣ですが?」


宝剣を自分の物に出来るかも知れない。

そんな淡い希望を胸に、この先へ行こうとしている。

そう考えるのが妥当かな?


「そうです。探索者なら、誰だって宝剣の絶大な力と影響力に憧れるものですよ」

「まあ、宝剣さえあれば、探索者として大成出来ますからね。それに、何かあったとしても生きて帰れる自信がありそうですね」

「ええ!私達には心強い方が居ますから!」

 

心強い方……まあ、私の事だろうね。

例え自分が宝剣の所有者になれなかったとしても、宝剣を守る化け物は私がなんとかしてくれる。

そんな他人任せな自信が、更に人を宝剣へ集めている。


「そうですか。では、行きましょうか」


私に守ってもらえるから安心。

そんな希望が何処までもつか……

おそらく、宝剣を守る化け物の強さは、宝剣を使って倒す事を前提として配置されているはず。

となると、私が宝剣に選ばれなかった時点で、彼らの死亡率は一気に跳ね上がる。

もっと言うと、この探索隊に選ばれし者が居なかった場合、一体どれ程の犠牲が出るか…


「最後に、もう一度聞きます。残る人は居ませんか?」


私は、扉に触れた状態で最終確認をする。

……やはり誰も手を挙げない。

はぁ…確認は取った。

コレで死んでも私は責任を取らないからな?

私は、そのつもりで扉を開く。

すると、開かれた扉から目を瞑りたくなるほどの眩いまばゆい光が溢れ出し、私達を包み込んだ。





光が収まり、視界が戻ってくると、私達は美しい桜に囲まれた広間に居た。

上を見上げると、一面の星空が広がっていて、見たこともないほど――いや、普通に考えてあり得ない大きさの満月が、星空の一部を占拠している。


「あ、あれは!!」


私が星空に見惚れていると、一人の探索者が何かを見つけた。


「……『暴君』?」


私は、その探索者が指差す方向にあるモノを見てそう呟く。

正確には、倒れている人といったほうが良いかも知れないが、私はアイツが嫌いなのでモノ呼ばわりする。

……ゴホン!私達からおよそ二十メートル程離れた場所に、『暴君』らしきモノが転がっている。

そこから更に離れた場所に台座――というか、祭壇らしきものがあり、その上に刀が飾られていた。


「アレが宝剣……いや、『春の四季宝刀』か」


私達がここまでやって来た理由。

全ての探索者の夢。


『四季宝刀・春』


まだ名前が付いて居ないので『春』と呼んだが、いずれ誰かが名前を付けるだろう。

…まあ、今は四季宝刀よりも気にしなくてはならない事がある。


「とりあえず、『暴君』の安否確認が先ね。回復魔法が得意な人達は付いてきて」


私は、回復魔法を扱える人達を連れて『暴君』のそばへ駆け寄る。

こんなゴミカスでも、負傷している以上丁寧に扱ってやるべきだ。


「おいカス。生きてるか?」


……誰も、口調を丁寧にするとは言ってないよ?


「返事しろカス。誰にやられたかは予想がつくから、『気を付けろ』とか下らない事言い遺すなよ?」


私がそうやって罵ると、ゴミカスはなんとか残った力を振り絞って反論してきた。


「勝手に…殺すな……性悪女…が……」


チッ!もう少し遅れてくるべきだったか?

それともここで見殺しにするか……まあいい。


「何だ、生きてるなら最初から返事しろ。ゴホン!彼に回復魔法をかけてあげて」


私は、付いてきた人達に話す時は口調を優しくする。

怖がらせる訳には行かないからね。

……何?もう十分怖がってるだろって?

そんなに八つ裂きにされたいのか?


「『剣聖』さん!『暴君』は大丈夫なんですか!?」


山川さんか……見てわからないのかな?

一応、説明してあげるけど。


「大丈夫ですよ。生きてましたし、今回復魔法をかけてもらってるので、問題無いはずです」

「それは良かった……ポーションは使わないんですか?」

「使いません」


こんな奴に、あれほど多用していながら未だに再現出来ていない未知の薬品、ポーションを使うなんて勿体なすぎる。

それなら、時間経過と共に魔力が回復し、何度でも使える回復魔法で充分だ。


「そ、そうですか……それで、アレが例のブツですね?」

「ええ。例のブツですよ」


山川さんもアレが気になるのか。

まあ、アレのために来てるんだから当然なんだけど。


「…取りに行ってもいいですか?」

「駄目に決まってるじゃないですか。触ったら確実に化け物が出ますよ?」

「ですよね~…」


とりあえず、コイツの治療が終わるまでは待ったほうが良さそう。

…とは言っても、欲に負けたバカは何処にでも居るわけで。


「…ん?あっ!まだ触るな!!」


そう言ったバカは、時に後先考えず愚かにも取り返しの付かない事をする。


「不味い!すぐに戦闘態勢に入って!!」


例えば、周りを巻き込んでとんでもない被害を出すとか。


「クソッ!余計な事を…!!」


私の前には、巨大化した五月人形のような甲冑の化け物が二体立ち塞がり、奥からは陰陽師らしき格好の化け物が、魔法でこちらを狙って来ていた。









富士・宝剣ダンジョン前


一般人がほとんど居なくなり、マスコミ達も撤退し始めた頃、探索隊が帰ってきた。


「おい!今ここに居る組合職員で一番偉い奴は誰だ!!」


一人の探索者が大声をあげて、職員を探す。

すると、一人の男性が前に出てきた。


「一番偉いのは私だな」

「なっ!?組合長!?」 


ダンジョン前に組合長が来ていたらしく、組合で一番偉い人物が出てきた。

困惑する探索者に組合長は冷静に質問する。


「何があった?」

「はっ!そ、そうだ、組合長に報告しなければならないことがあるんです!」

「だから、何があったんだ?」

「報告は三つありまして、一つは主力班が何処かへ消えたということです!」

「は?」

 

流石に主力班が消えたという報告は予想外だったのか、組合長は目を丸くしている。


「我々はダンジョンの最奥まで行きましたが、何処にも宝剣の存在は確認出来ず、それらしい場所への入口も見つかりませんでした。おそらく、最奥ではなくダンジョンの何処かに隠し通路があり、主力班はそれを見つけた可能性が高いです。なにせ、彼等は主力ですから」

「そ、そうか……確かに、君達では見つけられなかったものを、主力班なら見つけていてもおかしくはない…主力班は、無事に宝剣の在り処まで行けたと考えておこう。それで、二つ目は?」


組合長は、報告の続きを聞いて何とか納得した。

しかし、完全に納得出来た訳では無さそうだ。

次の報告を聞いて、現実逃避をしようとしている。


「二つ目は、最奥で謎の魔導具を発見したことです。魔力を流し込む事で、ダンジョン内部を覗き込む事ができるらしく、これを使って主力班の無事を確認しました」

「ダンジョンの内部を覗くだと?今も使えるのか?」

「はい。…ただ、どんなに動かしても主力班しか覗く事が出来ず、ダンジョン内部を覗くと言うよりは、ダンジョン内に居る人を覗くといったほうが良いと思われます」

「なるほど…情報収集が捗りそうな魔導具だな」


ダンジョン内に居る人を覗く魔導具。

これを使えば、偵察が非常に楽になる。

わざわざ長いケーブルに繋いだカメラを持ち込まずとも、現在の状況を確認できるからだ。

しかし、最初の報告のインパクトが強過ぎて、組合長はこの良さを完全には理解できて居ないようだ。


「三つ目は、撤退の最中に、突然ダンジョンが崩壊し始めた事です。主力班の居る場所はまだ崩壊していないようですが、我々が探索していた場所既に崩壊しています」

「……は?」


ダンジョンの崩壊。

これは、基本的にダンジョンコアを破壊した時にのみ起こる現象で、コレが起こる=誰かがダンジョンコアを破壊したと考える事が出来る。

しかし、発生件数こそ少ないものの、一部例外的なものが存在する。

それはダンジョン内の構造変化。

ダンジョン内部の構造が変化する際、少し変わる程度なら壁が動いたりする程度だが、大規模な変化が起こる場合は、ダンジョンの崩壊と似た現象が発生する。

そのため、よく見間違われるのだ。


「そ、そうか……どれも重要な報告だ。少し考える時間をくれ」


そう言って、組合長は逃げるようにその場を離れていった。

…普通に逃げただけかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る