第106話宝剣ダンジョン3

駄菓子屋ダンジョン


「ネコ……だよね?」


私は、苦労して作ったかまくらを吹き飛ばした張本人をまじまじと観察する。

何処からどう見てもネコだ。……見た目は。


「いっそ、神々しいね……透き通るような爽やかな蒼色の魔力…?」


かまくらを破壊したネコは、大きさは普通のイエネコと大してかわらないが、見たこともないくらい純白の毛並みを持っていた。

穢れが一切ない、半透明にも見える程の白い体毛。

冬毛なのか、この距離でもそのモフモフさがよく分かる。

それに、あの目は……………………


「………っ!?何が…」


私、ボーっとしてた?

この状況で?

……あの目のせいか。

宝石のような水色の美しい瞳。

ガラス玉が入っているかのように錯覚してしまうほど、生物としてあり得ない色や透明度をほこる瞳。

……そう考えると、あのネコが造り物のネコに見えてきた。

私は、より一層警戒心を強めてネコを観察する。

すると、


『付いてきて』

「ッ!?」


突然、頭の中に声が響いてきた。

あのネコがテレパシーでも使ったのか?

思わず刀を構えてしまった。

しかし、ネコはそんな事には目もくれず、私に背を向けて歩き始めた。

…舐められているのか、襲われない自信があるのか。それとも…


「…道案内?」


辺りを見てみれば、この周りにだけ雪が降っていない。

風の音はするけど、風が私の体を撫でることはない。

あのネコは、周辺の気候を変える力でも持っているの?

そんな考察をしていると、凍てつくように冷たい風が私の体を舐め回した。


「ついて行かないと、凍え死にそうだね…」


アレが私を死へ誘う死神なのかも知れない。

ここよりもずっと危険で、寒い場所へ連れて行こうとしているのかも知れない。

でも、あのネコからはそういった気配を微塵も感じられない。

それに、この神聖な力は何処かで……


『危ないよ』

「え?―うわっ!?」


ネコの警告の直後、このまま進んでいれば私の頭があったであろう場所に、氷の槍が飛んできた。

立ち止まって良かった……いや、そんなことより!!


「気配を感じなかった?魔力も…今も感じない」


それどころか、直感すら機能しなかった。

私の直感をすり抜けるなんて…


『後ろ』

「おっと!」


頭に声が響いた瞬間、私は横に飛んだ。

すると、さっきまで私がいた場所に三本の氷の槍が飛んでいくのが見えた。

…やっぱり魔力を感じない。

直感も機能しない。

一体、どうなってるの?


『左』

「はいはい」


次は左らしい。

私は、後ろに飛んで槍を避ける。

しかし、氷の槍は飛んできた。


「は!?どうなって――『右』―待ってはくれないと…」


もう一度後ろに飛んで、氷の槍を避ける。

今度は左から槍が飛んできた。

…左だと右から、右だと左から……どうしてそんな不意打ちみたいな事をするのやら。


『前』

「今度は前ですかっ!?」


突然、今まで機能していなかった直感が働き、私は右に飛ぶ。

その直後、氷の槍は飛んできた。


「嘘でしょ…騙されてる?」


私は、疑いの目をネコに向ける。

ネコは私に背を向けていて、どこを見ているのかは分からない。


『後ろ』

「後ろね…」


今度は左に飛んでみた。

すると、言われた通り後ろから氷の槍が飛んでくる。

疑われ始めて、咄嗟にちゃんとし始めたのか?


『左』

「はいはい左」


私は後ろに飛んで氷の槍を避け、槍が飛んできた方を観察する。

…やはり、誰かがいる様子はない。

気配も魔力も感じない。


『後ろ』

「はいはい後ろっ!?」


視界の左端、青白い光とともに氷の槍が形成されるのが見えた。

あのクソネコ!!

私は後ろに飛んで飛んでくる槍を躱す。


『右』

「……」


もう騙されないぞ!

絶対右からは飛んでこない!!

――っ!!ほら見ろ!後ろから飛んできやがった!!

私はネコを睨みつける。

しかし、ネコは未だに私に背を向けたまま。

…後ろから斬り殺してやろうか?


『後ろ』

「チッ!」


私は体をそらして氷の槍を避ける。

そして、氷の槍が飛んでいった直後、


『左右右』

「は?」


まさかの三連続。

さて何処から飛んで…え?前?

氷の槍は前から飛んできた。

何故避けやすい前からなのかは謎だけど、とりあえず左に避ける。

すると、後ろからも二本の氷の槍が飛んできていた。


「警告するならちゃんとした方向を言ってよ!こんなめちゃめちゃなのに、右とか左とか言われても分かんない…よ?」


……そう言えば、このネコは何をもって右左の基準を決めてるんだ?

例えば、向かい合わせになった時は、自分にとっての左は相手にとっての右。

相手にとっての左は自分にとっての右だ。


「まさか…」


……もし、私にとって『右』じゃなくてこのネコにとって『右』だったら?

そもそも、このネコはずっと同じ方向を向いてる。

なら、方向は決まっている。

変わっているのは私なんじゃ…


『右右左』

「右、右……左」


……いざ同じ方向を向いて飛んでくる方向を確認してみると、今回の三連続はしっかりと警告と同じ方向から氷の槍が飛んできた。


『前後ろ前』

「前、後ろ、前…」


今回も同じ。


『左左左』

「左、左、左…」


今回も同じだ……やっぱり、この警告はあのネコにとって方向を言っていたんだ!

そして、私は氷の槍が飛んでくる度に向く方向を変えていた。

警告と違ったのは、私のせいだった。

…なんか、申し訳なくなってきたんだけど。


「…まあ、方向問題は解決した。次の問題は…」

『左左前後ろ左前右』

「いや、多くない?これを直感無しで避けるのは……あれ?意外と簡単かも?」


私は、斜め後ろに一歩下がってみた。

すると、全部の氷の槍が私に当たることなく飛び去っていく。

…必勝法見つけちゃった?


『後ろ右右前後ろ後ろ左』

「ほい」


今度は、斜め前に移動してみる。

…やっぱり、一つも私に当たることは無かった。

うん、必勝法見つけたねこれ。


『右右右右左前右』

「今回はやけに右推しだね?」


必勝法を見つけた事で余裕が出来た。

こうやって軽口を叩けるくらいには。

それと、この探知封じと直感無効化の仕組みを考察する余裕も。


(氷の出現の仕方的に、魔法であることは間違いない。でも、誰が魔法を使っているのか分からない。どこに居るのかも)


斜め移動を多用して、氷の槍を避け続ける。

槍は私にはかすりもしない。


(探知封じは正直どうでもいい。方法なんていくらでもあるから。問題は直感を封じている方法。私の直感を掻い潜るのは簡単じゃない。それこそ、攻撃を仕掛けているのに…)


私の直感は榊の直感。

榊の直感は自身に降りかかる危険を感じ取ったり、人の悪意や敵意、殺意に敏感という性質がある。


(悪意や敵意、殺意はいくらでも隠せるけど、攻撃なら最低でも危機を感じ取って直感が働くはず。危機感知すら機能しない。……そもそもこの槍が脅威じゃないとか?)


私は、ふと思い付いた事を確認するために、飛んできた槍を掴んでみる。

そして、直感が機能しなかった理由を一瞬で理解した。


「なにこれ?先が尖って無いじゃん。他の刃の部分も丸いし……しかも脆い」 


私に向かって飛んできていた氷の槍は、先端が尖っていない上に、刃も丸い。

おまけに太さの割に、少し力を入れただけで折れてしまうほど脆く、簡単に破壊できる。

…これなら、直感の危機感知に引っかからないのも納得だね。

魔力で強化された私の体の強度と、この氷の脆さを考えると、当たったとしても雪合戦とほぼ同じくらいのダメージしか無さそう。


「で、後は誰が攻撃してるかだけど……はぁ、まんまとハメられたね」


私は、ネコを睨みつけて威圧する。

多分効果はないけど、意思表示としては効果的だと思う。


「お前の周りだけ雪が降らない上に、風も吹いてこないのは、お前が魔力?を放って守ってるからでしょ?」


…当然、相手は猫だから返事はない。


「そして、この魔力?の守りは攻撃を隠蔽するためのベールにもなってる。『木を隠すなら森』ってやつでしょう?このベールの魔力と、魔法に使ってる魔力が同じなら、ベールに邪魔されて気付かないよ。通りで魔法なのに魔力を感じない訳だ」


私がそこまで言い切ると、ネコはスッとこちらを向いて私の目を見てくる。

すると、突然ネコの目が光ったかと思えば、周りが見えない程の猛吹雪が当たりに吹き荒れ、私の視界を奪った。


「くっ!?天候操作の応用か!」


凄まじい勢いで体温が削られていく。

『魔力の衣』を少しだけ体温保護に使うか…

今なら死の気配も気合で耐えられる。

私は、『魔力の衣』を気温変化耐性へ振ってみる。

しかし、結果は焼け石に水。 

吹雪の勢いが強過ぎて話にならなかった。


「クソっ!!このまま私を凍死させる気か!?」


それなら最初からそうすれば良かったものを……ん?

なにこれ……足元で大きな魔力が動いてる?

私は、僅かに漏れ出したと思われる魔力を感じ取った。

漏れ出した魔力は少量だったけど、穴?というべき部分を辿ることで、大きな魔力が動いている事を察知した。


「この魔力は……」


魔力の大本を調べようと穴へ触れてみる。

どうやら、魔力の大きさは私の想像していたものよりも遥かに大きいらしい。 

まるで、底の見えない大穴を覗いたような感覚に襲われた。

その穴を覗いていると気分が悪くなり、意識をそらした時、


「あれ?吹雪が…」


視界を奪うほどの吹雪が止み、周囲が見えるようになっていた。

しかし、そこはさっきまで居た森とは違い、壊れた神殿のような場所だった。

……もしかして、あの猛吹雪は私を転移させるための目眩まし?

或いは、ダンジョンの構造を改変している間、私が何処かへ行かないようにその場へ留めさせるためのものか…


「ん?アレって…」


あたりを見回していると、棒のようなモノが台座に置かれているを見つけた。

その棒のようなモノは、見とれてしまうような神々しい気配と、身の毛がよだつような恐ろしい死の気配を放っている。

そして、その棒のようなモノの形に、私は見覚えがあった。

その形とは……


「……刀?」

 

一本の刀が、神殿中央部の台座に飾られていた。


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