第105話その頃駄菓子屋では

少し前 駄菓子屋二階


去年千夜が買ったテレビを見ながら横になってゴロゴロしていると、部屋に二つの気配が入って来た。

私は起き上がってその気配の方を向き、部屋へ迎え入れる。


「お帰りなさい千鶴さん。コーンが変な事しませんでした?」


帰ってきたのはコーンと千鶴さん。

散歩は楽しかったかしら?


「大丈夫でしたよ。コーンちゃん、とってもおりこうでダメって言ったらすぐに戻ってくるんですよ?もう、可愛くて可愛くて…」

「ふふっ、千鶴さんもコーンの虜になったみたいですね」


本当にコーンは可愛らしい。

この子は甘えるのが上手で、あの千夜さえコーンの事を可愛がっている。

もちろん、コーンが琴音を独占しているとどうにかして琴音に怒られない方法でコーンをどかそうとするけど。


『あっ!ついに剣聖さんがやって参りました!!』


テレビからそんな声が聞こえてくる。

私と千鶴さんはテレビへ視線を移し、コーンは私が食べていたお饅頭に視線を移した。

…一応、お饅頭は机の上に置いておこう。


「あら、千夜はもう静岡に着いたのね」

「みたいですね。人前なので、シャキッとしてますよ。普段は琴音にベタベタくっついて、私が近付こうものなら軽く威嚇してくるのに…」

「…あの子、そんな事してるんですか?」

「してますよ。本当、琴音の取り合いで何回喧嘩したことか…」


……あっ、余計な事言ったかも。


「えっと…琴歌さんも琴音ちゃんの事を狙ってるんですか?」

「えーっと…子供を可愛がりたいという意味で、琴音を私のものにしようとして、独占欲の強い千夜ちゃんがそれを邪魔してくるんですよ」

「大の大人が何言ってるんですか……」

「え!?私!?」


そ、そんな…

どうして私が悪いみたいな言い方をされなきゃいけないの?

親なら子供を可愛がって当然でしょう?


「どうして私なんですか…?千鶴さんは千夜の母親ですよね?怒るなら私ではなく千夜に…」

「あのですね。琴歌さんは今年で何歳ですか?」

「四十歳です…」

「はぁ…琴音ちゃんは何歳ですか?」

「十八です…」


それを聞いて、千鶴さんは額に手を当てた。

…どうしてそんな『やれやれ』って雰囲気を出すの?

私は琴音を可愛がってるだけなのに…


「琴音ちゃんはもう十八歳何でしょう?もう大人なんですから、いちいち琴歌さんが何かしなくても大丈夫なんですから」

「でも、琴音は千夜のせいで性の対象を変えられたんですよ?今の千夜ならあの子になんでも出来ちゃうんですよ…?」


それを聞いた千鶴さんは、眉間にしわを寄せる。


「千夜に対してそんな言い方しないで下さい」

「――っ!?す、すいません…」


千鶴さんの声には確かな怒りがこもっていた。

……でも、大切な我が子に対してあんな事を言われたら、怒るのはよく分かる。

私も琴音を悪く言われたらキレる自信がある。


「……もしかして、琴歌さんって千夜と仲悪いんですか?」

「良いか悪いかで聞かれたら…悪いですね」

「やっぱりですか……いくら我が子がかわいいとはいえ、その恋人と喧嘩するのは…」


アレかな?

嫁いびりを警戒してるとか…

私が千夜に読み嫁いびりか……うん、あり得ないね。


「それに関しては大丈夫ですよ。嫁いびりなんてしようものなら、千夜は平気でやり返してくるので」

「……どんな風に?」

「いきなり斬り掛かってくるとか…」

「…それ、本当ですか?」

「はい…この前なんて後ろから突然襲われて、背中をザックリと…」


すると、千鶴さんが急に頭を下げてきた。


「うちの娘が失礼しました!」


あー…流石にこんな私といえど、いきなり後ろから斬られたとかだと謝ってもらえるのか……

この程度で謝られるなら、こっちも謝らないといけないのだけど…


「いえいえ、頭を上げてください。流石に千夜も――すいません、千夜ちゃんも手加減してるので、深く斬られていないので大丈夫ですよ」

「そ、そうなのですか?…いえ、例えそうだったとしても頭を下げなければ…」

「あの、やっぱり私も頭を下げないといけませんか?」

「はい?」


言ってしまいましょう。

一方的に頭を下げさせるのは日本人として許せない。


「えっと、私が千夜に――千夜ちゃんに斬られた場合、琴音が千夜ちゃんを刺すんですね…」

「…え?」

「千夜ちゃんが私を後ろから斬ってきて、その千夜ちゃんを琴音が後ろから刺すんですよ…だから、ちょっと斬られたくらいで頭を下げられると、私は頭が地面にめり込むくらい土下座しないといけなくて…」


私がそう言うと、千鶴さんはなんと言って良いのか分からず、複雑な表情で考え込み始めた。

そうだよね…我が子が恋人の母親を斬った。

その直後、恋人に後ろから刺されたなんて、時代劇みたいだもん。


『おい、そこのマスゴミ。今なんつった?』

『ひっ!?』


私もなんて言おうか迷っていると、テレビから明らかに何かありそうな声が聞こえてきた。

私と千鶴さんは再びテレビの方を向き、映像を見る。

そこには、


「うわぁ…『暴君』かよ」

「『暴君』?誰ですかそれ?」

「小国司って探索者の二つ名ですよ。それで、この小国司って奴はとにかく横暴で、モンスター討伐を横取したり、魔導具を強奪したり…まあ他にも素行の悪い事をしてる、探索者の中でも屈指の厄介者ですよ」


正直、クソ以外の言い方が分からないくらいヤバイ奴。

実際に会ったことはないけど、出来れば会いたくない。


「そんな人が……よく探索者を続けられますね」

「そこなんですよ。奴は『勇者候補者』の称号を持っていて、実力と才能は確かなもので、組合も簡単に追放出来ないんです」

「貴重な戦力ということですか…胸糞悪い」


テレビへ視線を戻すと、『暴君』がマスコミへ向かって歩き始めていた。


『俺の事を散々言ってくれるじゃねぇか。覚悟は出来てるんだろうなぁ?』

『ひぃぃ!』


はぁ…『暴君』って二つ名を付けた奴は天才ね。


『そこ動く――なんのつもりだ?』

「えっ!?」

「へぇ?」


マスコミへ近付こうとする小国の首に刀を突き付ける千夜。

その姿が全国の茶の間へ放送された。


『貴方への世間の評価はこんなもの。もちろん、私の評価もね』

『だから何だ』


…沸点低いな。

この程度煽られたくらいで苛つき始めるとは…


『何様のつもりか知らないけど、私が貴方のものになることは、天文学的確率以上にあり得ない。例え、その性格を治したとしてもね』

「ふふっ」


いけないいけない。

思わず笑ってしまった。


「えっと…琴歌さん、コレは?」


おや?千鶴さんはなんの事か分かってないのか…


「多分あれじゃないですか?千夜に――千夜ちゃんに対して『俺のものになれ』とか言ったんじゃないですか?それを千夜は――千夜ちゃんは盛大にフッたんですよ」

「なるほど……あの、無理に『ちゃん』を付けなくても良いですよ?千夜が気にしてないのなら好きに呼んであげてください」


流石に無理があったかな?

千鶴さんに気を遣わせてしまった。


「良いんですか?」

「はい」

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね」

 

ふぅ…千鶴さんに気を遣わせてしまったのはあれだけど、いちいち『ちゃん』を付けて呼ぶ必要は無くなった。

ちょっと気が楽になったわね。


『そうか……そうかそうか!』


ん?

あー、凄い怒ってるわね。


「あの…これ不味くないですか?」

「う〜ん…まあ、千夜なら大丈夫ですよ。アイツの攻撃なんか軽く受け流すと思いますよ?」


まあ、攻撃してくればの話だけど。


『随分な物言いだな!まさか、こんな所で俺に恥をかかせるとは……それに、先に抜いたのはお前だぞ?』

「あっ!!」


小国は空間収納から大剣を取り出した。

それに、この口振り…アイツ、殺る気だな?


「ちょっと!千夜が!!」

「大丈夫ですよ。まあ、見てて下さい」


私がそう言った直後、小国は千夜へ大剣を振り下ろした。

一般人や弱い探索者には、小国の攻撃で土埃が舞ったようにしか見えないだろうね。

でも、私には見えた。

千夜があの轟撃を軽々と受け流した姿が。

…正確には、千夜の腕と刀が一瞬ブレて見えただけと言ったほうが良いわね。

カメラの性能か、テレビの性能か…千夜の動きをギリギリ捉える事で精一杯。

…いや、千夜の動きを捉えられてる時点で、相当ハイスペックなカメラね。

テレビは…コレ、そんなに凄いテレビだったかしら?


「琴歌さん!琴歌さん!!千夜が!!」

「大丈夫ですって。私には見えましたよ?千夜があの大剣を受け流した姿が」

「ほ、本当ですか?」

「ええ」


多分、大丈夫ですよ〜…多分。


『こんな子供騙しでは、私にかすり傷を付けることすら出来ませんよ』

『なんだと?』

『当然!これが本気という訳では無いんですよね?たかだか英雄…それも、十八歳の女にこうも簡単に受け流されるような攻撃が、勇者候補者の本気はずけないですよねぇ?』


うわぁ……

これはキレるね。

というか、キレない方がおかしい。

本気でやっているはずはないんだけど、さも『本気でやってそれですか?』みたいな言い方されたんだもん。

私ならぶん殴ってる。


「えっと…後で謝った方がいいですかね?」

「必要ありませんよ。アイツはどうしようもないカスなので……まあ、会ったことはないですが」

「それ、人としてどうなんですか?」


…確かに。

会ったこともない人を貶すのは良くない。

私は何もされてないんだから、そういう事を言うのはやめよう。


「そうですね。あまり悪く言うのはやめます」

「それで良いんですよ。……あの、コーンがお饅頭食べてますよ?」

「え?……コーン、あなた本当に逃げ足だけは速いわね」


机の上を見てみると、コーンが電光石火の早業で自分のカゴまで走っていくのが見えた。

…お饅頭は当然全部食べられてるし。


「ほら、コーンおいで。トウモロコシ食べる?」

「ブゥ!」

「はい、どうぞ」


私がトウモロコシを取り出した時には、コーンは私の前で待機していた。

お饅頭を三つも食べた後なのにまだ食べるのね…


「本当、コーンはよく食べますね」

「そうですね。昨日はあの山盛りのポテトサラダを一匹で食い尽くしてましたし…」

「あれは凄かったですね…」


コーンの食欲は凄いわね。

そのうち丸々と太って、琴音に怒られそう。

トウモロコシに齧りつくコーンの背中を撫でていると、千鶴さんが思い出したようにテレビの方を向く。


「そうだ!千夜はあの後大丈夫かしら!?」

「大丈夫…そうですね。ちょうど仲裁が上手くいったみたいですし」


テレビを見てみると、組合の職員が命懸けで仲裁をし、何とか収まったらしい。

…ん?アイツはまだ何か話したそうね…


『宝剣は俺のものだ。邪魔するなよ?』


…あっそ。

お前みたいな奴に、宝剣を握る資格があるとは思えないけどね?


『宝剣の持ち主は宝剣が決めるんですが……まあ、好きなだけ妄想してたらどうですか?私は特に邪魔をするつもりはないので』


うん、そうよね。

それでいいわ。

千夜の言っている事は正しい。

宝剣の所有者は宝剣が決める。

確証はないけど、私もアイツが宝剣を持つことは出来ないに賛成ね。


「宝剣ですか……そう言えば、宝剣って日本に何本あるんですか?」

「宝剣の本数ですか?……実用的な宝剣は『四季宝刀』ですかね?勇者タカヒロが持つ『四季宝刀・夕夏』と、『秋の勇者』が持つ『四季宝刀・秋水』の二本ですね」

「『四季宝刀』……って事は、あと二本宝刀があるんですか?」

「まあ…そうでしょうね。おそらく、あのダンジョンには『春の四季宝刀』がありますよ。『冬』は……分かりませんけど」


私の予想だと、千夜が『春の四季宝刀』を手に入れて、琴音が『冬の四季宝刀』を手に入れると思うのよね。

根拠なんて無いけど、なんとなくそんな気がする。


「見つかるといいですね。『四季宝刀』」


千鶴さんは、テレビに映る千夜の姿を眺めながらそう言った。


「きっと見つかりますよ」


私も、千夜の姿を見ながら返事をした。

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