第103話宝剣のダンジョン

富士・宝剣ダンジョン内


まるで意味のない演説を右耳から左耳へ流した私は、主力班へ配属され三番目にダンジョンの中へ入った。

ダンジョン内は意外にも洞窟型で、入口の桜が嘘のよう。

もっと、桜並木の道が続いてると思ってたけど……まあ、ダンジョンは謎の塊だから、あんまり期待しないでおこう。


「第一班と第二班の先行のお陰で、モンスターもトラップも気にせず進めますね」


ダンジョンに入ってからしばらく経った頃、隣りにいた探索者が話し掛けてきた。

第一班と第二班か……


「私は、第一班や第二班を先行させたのは反対」

「えっ?」

「この大規模探索に参加してる探索者達は、みな『英雄候補者』かそれに近い実力者。失った時の損失が大き過ぎる」

「は、はぁ…?」


…まさかと思うけど、今の説明で理解出来なかった訳じゃ無いよね?

この大規模探索に参加してる人達は、大抵が『英雄候補者』クラスの実力者。

多少の才能さえあれば誰でもなれるとはいえ、数が少ない事も事実。

そういった人達を先行させて、一番危険な目に遭わせるのは良くないと想う。

…まあ、だからって私達を先行させると、主力が疲弊することになるから、調整が難しいんだけど。


「た、確かにそうですね……それに、モンスターが一匹も出て来ないのでやる事が無くて退屈ですし」

「それもそうですね。誰とまでは言いませんが、退屈過ぎて仲間に手を出す輩が出てきそうな気がしますよ」


私の話し声が聞こえていた他の探索者達の視線が、ある人物へ集まる。


「……」


…意外ね。

もっと暴れるものだと思ってたけど、『勇者候補者』の名は伊達じゃ無さそう。

しっかりと周りを見て、警戒を怠ってない。


「人としてはあれでも、探索者としては一流のようね。こういう部分は見習った方が良いわよ」

「は、はい」


さて、今のも聞こえてるはずだけど、どんな反応を見せてくれるのかな?


「……」


無反応。

公私は混同しないタイプなのか、余計な事を言ってボロを出さないようにするためか…

どちらにせよ、無反応だから面白くない。

はぁ…そろそろ私も退屈になってきた。


「モンスターの一匹や二匹、出てきてほしいものね」


私のつぶやきに、近くに居た探索者が反応する。


「ハハッ!流石の『剣聖』さんも、そろそろ退屈になってきましたか?」

「ええ。私だって退屈くらい感じますよ。退屈しのぎに、手応えのあるモンスターに出会いたいものですね」


まあ…そう言ってると本当に出て来たり……しないか。

はぁ…どうしてこういう時に限ってフラグ回収しないんだか。

……ん?あそこは――


「おい『剣聖』」


壁の一部になんとなく違和感を感じ、その場所をよく観察しようとしたとき、『暴君』が声を掛けてきた。


「はい、何でしょう?」

「お前は、アレは何だと思う?」

「……さあ?」


どうやら『暴君』も気付いていらしい。

コイツ、人としては本当に終わってるけど、探索者としては超一流。

癪だけど頼りにして良さそう。


「…調べてみるか」

「そうですね。私も行きます」


万が一、あの中に魔導具があった時、コイツを一人で行かせたら独占される可能性がある。

監視目的で同行しよう。


「…まあ、付いてくるのは好きにしろ。ただし、魔導具は俺のものだ」

「別に盗っだりしませんよ。ただし、功労者への分配品に入れるだけなので」

「それを盗るって言うんじゃねぇか?」

「なんのことやら?」


漫才のようなやり取りをした後、『暴君』は壁のおかしな部分を押す。

すると、


「っ!?どうやら当たりっぽいな!」

「無駄に凝った演出ね…わざわざ音まで付けて」


突然ダンジョンが揺れ始め、何処からともなくゴゴゴゴ!という音が響いてきた。

無駄に壮大な演出と共に、眼の前の壁に亀裂が入る。

そして、亀裂が違和感を感じた壁全体へ広がり、その壁が崩れ落ちた。


「…ふっ、やっぱり当たりだな」


そこには一つの扉があり、その扉から暖かい春風が吹いてくる。

それと、もう一つ何か感じる。


「これは…?」

「なんだか随分心地良いな。まるで、生命力をそのまま浴びてるような感覚だ…」

「生命力……」


確かに、分からなくもない。

この心地良い感覚には、強い命の力を感じる。

宝剣はこの奥にあるのかも知れないね。


「よし!行くぞ『剣聖』!」

「は?私が付いていって良いの?」

「ん?いいに決まってるだろ。この奥に宝剣があるのなら、宝剣を守るボスが居るはずだ。きっと、ソイツの強さは半端じゃねぇだろうよ」


つまり、私にソイツと戦えと……一人でやる訳じゃないよね?

…いやいや、流石の『暴君』といえど、倒すまでは手伝ってくれる―――




――――とか思ってた私が馬鹿だった。


「あんのゴミカス!!後で絶対ぶっ殺してやる!!!」


私は多くの人が居る前であのゴミカスへ暴言を吐く。

当然、それを聞いた探索者達はドン引き。


「おい…『剣聖』がキャラ崩壊起こしてるぞ」

「しっ!!言うな馬鹿!殺されるぞ」

「俺達は空気になったつもりで周りの雑魚を片付ければいい。後は『剣聖』が好きなだけ暴れるからな」


ふん!

ただ飛び火しないように、逃げてるだけじゃないか。

何が雑魚を片付けるだ。

雑魚が何匹集まった所で私には敵わないんだから、そんな事する必要ない!


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


私は呪詛を唱えながら目につくモンスターをすべて切り裂いていく。


「ぐぁっ!?」

「きゃぁ!?」

「ま、待って――」


バリバリ日本語で悲鳴を上げるモンスター達。

コイツラは私が間違えて探索者を斬った訳じゃない。

人型で、謎の紙を顔に貼り付けたモンスターダンジョン内人類だ。


「やべぇ…容赦なさすぎだろ」

「ダンジョンに存在する生命体は総じてモンスターって呼ばれるとはいえ…」

「同じ人間をこうも簡単に斬り殺すとは……『剣聖』ってかなりやばい奴なんじゃ…」


はあ?モンスターを殺す事と、世界がと判断した人間を殺す事になんの違いがあるって言うの?

同族殺しがいけないって言いたいの?

じゃあ、世の中に居るすべての殺人犯に同じ事言えや。

そもそも、世界が連中をモンスターだって言ってるんだから、アレはモンスターでしょ?


「お前で最後だな」

「ひぃ!ま、待って下さ――」


私は、容赦なく最後のモンスターに刀を振り下ろした。


「さて、邪魔者は居なくなりました。あのゴミカスを追いかけましょう」


探索者達の方へ振り返ってそう言うと、何故か探索者達が怯えていた。

…そんなに私が怖いか?


「あの…『剣聖』さんは、何も感じないんですか?」

「はぁ?」

「いえ…ダンジョンに存在する人間は、モンスターとみなされるとはいえ……その、人殺しですよ?」


いや…は?


「人殺し?私はモンスターを倒してるだけよ?」

「で、でも、その人達は人間…」

「コレは、世界が、国が、組合がモンスターだと言っています。そして、コレはモンスターと同様侵入者に問答無用で襲い掛かってきます。唯一、モンスターと違うところがあれば、人間の言葉を理解するところですかね?」

「……」

「まあ、人語を話すゴブリンとでも思って下さい。たいして強くないので」


そうそう、こいつ等はゴブリンなの。

人語を理解する珍しいゴブリン。

……なのに、何故私の事を異常者を見るような目で見てくるの?

さっきまで私に好印象――恋心みたいなのを抱いてた人でさえそんな目で見てきてるし…


「はぁ……私にいかなる印象を抱こうと勝手ですが、私はそういう人間なので。それと、さっきからやたらアピールの機会を探ってる人が居ますけど、私の恋人になりたいなら、私と同じ事を出来るようになって下さいね?」


まあ、私の恋人は既にいるけどね。









駄菓子屋ダンジョン


「ま、待っ――」

「待てるかボケ。このクソ寒い中で悠長に待ってたら死ぬんだよ」


私は今、クソ寒い謎の森を彷徨っている。

どうしてこうなったかって?

それはね―――





「ここで帰るって選択肢は無いし……行くか」


私は意を決して光へ向かって歩き出す。

…ホントは行きたくないけど。

必死に自分を誤魔化しながら歩いていると、急に寒さが強くなった。


「寒っ!?」


風が吹いてきて、私の体温を奪っていく。

同時に行きたいという気持ちも。

嫌々歩く事三十秒。

謎に長い光の道を歩き続けた先にあったものは、


「一面の……銀世界……」


雪に閉ざされた寒々しい森だった。





――とまあ、あの道を歩いてきた先にあったのがここ。

無駄に寒くて、北風が吹いてて、もう慣れたけど気分が悪くなるような死の気配が充満した、冬の森。

おまけにゴミ共が襲い掛かってくるせいで、このクソ寒い中それの相手をしなきゃいけない。

まあ、ダンジョンに出現する人間なんて雑魚同然だから大した敵じゃないけど。


「千夜ならこういう時どうしてるかな?」

「ぎゃっ!?」

「普通に斬り殺してるだろうなぁ…」

「ぐはっ!?」

「まあ、コレ如きに躊躇うような人じゃないけど」

「きゃあ!?」

「私の千夜は、強くて、私のことが大好きで、私のために尽くしてくれる」

「ぐえっ!?」

「きっと私が望めば、千人でも万人でも殺してくれる」

「ひぎゃ!!」

「千夜が私に尽くしてくれるように、私も千夜に尽くさないと」

「がっ!?」

「という訳で―――死ね」


残りの雑魚の首をあっという間に斬り飛ばし、戦闘を終わらせる。

ここじゃ『魔力の衣』があんまり効果を発揮してくれない。

死の気配を中和するので精一杯。

――そうそう、『魔力の衣』って言うのは、私や千夜、お母さんがいつも纏ってる魔力の事だよ。

身体の周りを魔力で覆う事で、気温の変化や覇気系の攻撃から見を守ってる。

ほら、強烈な殺気に当てられて一般人が倒れる、ってシチュエーションがあるでしょ?

流石に気絶することはないけど、私も生物である以上強者の気配を感じると、本能的に体が萎縮しちゃう。

まあ、そんなもの気合でどうにでもなるし、屈強な精神の前では意味のないものなんだけど……ほら、さっき死の気配のせいで、動けなかったでしょ?

アレみたいなのから身を守る為に、『魔力の衣』を纏ってるんだよ。


「うぅ…寒すぎ……」


でも、今はさっきも言った通り、『魔力の衣』が正常に機能してくれない。

私ほどの実力者の動きを封じる程の死の気配を中和するために全力を注いでるから、気温変化から身体を守る方にまで力を回せない。

生憎寒さ対策の魔導具は持ってないし、万能魔導具である、『影のくノ一』にも防寒能力はない。

そもそも、冬の寒さは『魔力の衣』でどうにでもなったから、対冷気系の装備がないんだよね〜

…もしかしたら、『百面』でどうにかできるかもだけど……まあ、探すのが面倒くさい。


「『魔力の衣』訓練の為にやってると考えれば、多少は我慢できるか……よし!先へ進もう!」


寒さに耐える為にも気合を入れ直した私は、

死の気配の発生源を探して歩き始めた。




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