第102話宝剣を求めて

私は、いろんな所で『怖い』と思ってきた。

お母さんに殴られそうになった時。

階段から転げ落ちそうになった時。

夜の廊下で変な音が聞こえてきた時とか。

私だって人間だ、『怖い』と思う事がある。

でも…今は違う。


(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)

(死ぬ?――死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死んでしまう)

(死ぬのは怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)


人として、女の子としての恐怖――そんな甘っちょろいモノじゃない。

ヒトとして、生物としての恐怖。

まるで、『死』を目の前に突き付けられたかのような感覚。

そう…生物として極めて正しい感情、『死への恐怖』が私を包み込んだ。


「ふぅ……くぅぅあああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


このままここから動けないのは不味い。

私は雄叫びを上げて少しでも恐怖を和らげようとする。

完全に打ち勝つ必要はない。

少しでも、少しでも和らげられればそれでいい。


「ぁぁぁぁぁああああああ!!――ッ…ハァ……ハァ……」


私は気合で恐怖を和らげる事に成功した。

…でも、体の硬直が解けたせいで尻餅をついた事は秘密。

こんなのお母さんや千夜に見られたら恥ずかしくて、夜一緒に寝られなくなる。

――ふぅ…冗談はここまでにしてと。


「ちょっと肌寒い……物理的に温度が下がってるねこれ」


死への恐怖は、まだ私を襲い続けてる。

でも、いくらかマシになった。

今なら動ける。

しかし、恐怖の次は物理的な温度の低下ときた。

どうやら、このダンジョンは意地でも私の事を帰したくないらしい。

何かに呼ばれるような感覚も残ってるし。


「…ん?」


一瞬視線をそらした隙に、部屋の奥に謎の扉が出現した。

あんな扉はついさっきまで無かった。

私が視線をそらした一瞬に現れたに違いない。

訝しげに扉を見つめていると、ギギギという音と共に扉が独りでに開いた。


「……入れって事だよね?」


一応、扉に向かって質問してみるが、当然返事は返ってこない。

……入りたく無いなぁ。

だって、強烈な死の気配も、物理的な温度の低下も、あの扉の向こうから出てきてる。

まあ、あの扉の先はヤバイって事は火を見るよりも明らか。


「行きたく無いなぁ……でも行かないとなぁ……」


私にしては珍しく弱音を吐きながら、ヨロヨロと歩き出す。

こんな姿、お母さんに見られたら間違いなく殴られてる。

千夜に見られたら間違いなく止められる。

でも、二人はここには居ない。

……はぁ、行きたくない。


「来なきゃ良かったなぁ……でも、早く来いってこの扉の奥の何かがうるさいし……気配消しても意味無いし……はぁ、嫌だなぁ」


グチグチと弱音を吐きながら私は開かれた扉の奥へ向かう。

扉の先は真っ暗で、何があるのか分からない。

ただただ寒くて、ただただ怖い。

お母さんを連れてくれば良かった…

お母さんが居たら、こんなのまったく怖くなかったんだけどなぁ…


「はぁ……嫌だ嫌だ」


今から帰ろうかな?

こんな真っ暗な場所じゃ、どっちが前でどっちが後ろかも分かんないけど。

あぁ…一応空間収納にタバコ用のライターはあるけど、ライター程度の火じゃ明かりにはならないし、ランタンは……壊れたから修理中。

…まあ、私が壊したんだけど。

せめて…何か照らせそうな物は――ん?


「アレは……出口、かな?」


フラフラとあるき回っていると、入って来た扉と同じ形の光が見えた。

多分出口だ。

……でも、まったく嬉しくないんだよね。

だって、あの光の方から寒さと死の気配を感じるんだもん。

絶対何かあるよ。


「…でも、ここで帰るって選択肢は無いし……行くか」


私は、意を決して光へ向かって歩き出した。











静岡県某所


「アレが例のダンジョンですか?」


私は、ヘリの窓からも見える大きな桜の木を指さして組合の職員に質問する。


「はい。あの巨大な桜の木の根本がダンジョンに繋がっています」


やっぱりあれなのか……確か、元々大きかった桜の木が、ダンジョンが出現した影響で急速に成長。

今では日本有数の巨木になっているらしい。

それと、もう一つ異常な部分がある。


「年中満開の桜が見られる……美しい異常性ね」


場所によってはそろそろ桜が散り始める頃。

にも関わらず、あの桜は今も満開。

美しいけど、秋とか冬に見ると違和感しか無さそう。

そんな事を考えながら桜を眺めていると、パイロットの男性が声を掛けてきた。


「そろそろ着陸しますので、荷物を纏めておいて下さいね」

「分かりました」


ようやく着いた…そろそろ空腹が限界突破し始めてたから丁度いいね。

降りたらまず近くのジャンクフード店に行こう。

私は、空から良さそうなお店がないか探していると、着陸予定地のすぐ近くに某ハンバーガーチェーン店がある事に気付いた。


「あそこならすぐに出てくるし、すぐに食べ切れる…何食べようかなぁ」


倍盛りチーズか、倍盛りパティか……フライドチキンバーガーも美味しいし…

ハンバーガーを何にするか考えていると、組合の職員さんが心配そうに質問してきた。


「あの…どうされました?」

「はい?」

「いえ、何か独り言を言っておられたようなので…」


あぁ…その事を気にしてたのね。

なるほど、なるほど…


「あぁ、今日朝ご飯食べてないんですよ。どこで食べようかなぁ、って思った時に某ハンバーガーチェーン店が見えたので」

「そうでしたか!…まだ出発までは時間がありますし、ゆっくり食べて行っても大丈夫そうですよ」

「そうですか」


……それなら、琴音と一緒に楽しく食べたかった。

というか組合お前等に呼ばれてわざわざ来てやったのに、まだ時間に余裕がありますよ?

ふざけんなよ!私の琴音との時間を返せ!!

……ふぅ、落ち着け私。

コイツにこの怒りを知られる訳にはいかない。

ただでさえ、私達の関係が色々と噂されてるのに、余計な事を言って更に変な噂が流れたら面倒くさい。

落ち着け、落ち着くんだ…

そうやって気持ちを落ち着かせていると、ヘリが着陸した。


「着きましたよ。お疲れ様です」

「ありがとうございます。では、行きましょうか。神科さん」

「はい。ありがとうございました」


さて…まずは遅めの朝ご飯を食べに行くか。

腹が減ってはなんとやら。

これから高難易度ダンジョンの探索に行くんだ。

しっかり食べていかないと。

こうして、私の宝剣探しの探索が始まった。






一時間半後


ダンジョン前にやって来た私を出迎えてくれたのは、探索に参加する探索者達とそれを撮りに来たマスコミと大規模探索の噂を聞いて駆け付けた野次馬達の視線だった。


「おい見ろよ。『剣聖』様のお出ましだぞ」

「すげぇ…あんな魔力見たことねぇ」

「纏ってる覇気が尋常じゃねぇな……『未来の勇者』は伊達じゃねぇって事か」

「あれで『英雄』なんだろ?『勇者』になったらどんだけ強いんだよ」

「俺も一応『英雄』なんだが…格が違うな」


探索者の方から聞こえてくるのは大体こんな感じ。

野次馬達はというと、


「なんだかよく分かんないけど、すげぇって事は分かるな…」

「俺たちは魔力ってのがよく分からんが……あの圧が魔力なんだよな?」

「じゃなかったらなんなんだよ?『剣聖』の強烈な気配か?まっ、気配ってのもよく分からんが」

「かっこいい……私もあんな風にクールな女性になりたいなぁ」

「そう言えば、『剣聖』ってまだ高校生なんだよね?確か、昨日十八歳になったばかりなんじゃないの?」

「十八歳!?」

「そうそう。あれで私達と一歳しか違わないんだよ?凄いよね」


…とまあ、一般人だと私の魔力はあんまり理解できず、なんか凄いオーラを放ってる人としか認識されてない。

まあ、一般人に認知される程の魔力を放ったら、まず間違いなく警察が来るから抑えてるけど。

さてさて…マスコミ達の反の――チッ

マスコミよりも面倒な奴が来やがった。


「よお『剣聖』。こうやって会うのは初めてだな」

「初めましてですね。小国さん…でいいですか?」

「『暴君』と呼んでくれたまえ。君も名前や苗字ではなく、『剣聖』と呼ばれる事が多いだろう?」

「まあ…そうですね」


コイツは『勇者候補者』の小国司おぐにつかさ

『暴君』の二つ名を持ち、その二つ名に恥じぬ横暴な性格をしている。

大物の討伐に割り込んで手柄を掻っ攫い、素材や魔石を強奪。

良い魔導具を手に入れた探索者に詰め寄り、それを奪ったり、取り上げたりと問題行動を頻繁に行うゴミクズだ。

それでも今の地位に居られるのは、コイツに確かな実力があるから。

『勇者候補者』というのは、『英雄』の中でも特に強く、『勇者』の素質を持った優秀な者のみがなる事ができる地位。

ある程度才能があれば、後は努力するだけでなる事ができる『英雄』とは違い、生まれ持っての才能が物を言う世界の話。

その素質をこのゴミクズは持っている。

だから、性格に難はあれど、今の地位に居られるのだ。


「お前、昨日十八歳になったらしいな?」

「そうですね。ソレがどうかされました?」


絶対ろくな事言わないぞ。

顔がすべてを物語ってる。


「俺らの領域へ来れるのは日本でも極僅か。そして、俺と同格の奴に良いのが居ねぇ。後は…分かるな?」

「……貴方のものになれと?」

「そうだ」


そんな事だろうと思ったよ。

こんなゴミクズのものになるだって?

それなら、まだエロジジイの女になったほうがいくらかマシだ。


「どうだ?俺とお前の間に生まれる子供は、さぞかし強いだろうな。そうなれば、将来安泰だぞ?俺達が稼いだ金と、俺達の子供が稼いだ金で一生遊んで暮らせるぜ?」


……このクズ。

要は自分が楽に生きる為に、私を妻にしようって事だろ?

そして、自分達の間に生まれた子供を探索者にして老後も楽に生きる。

このゴミクズは……女と子供をなんだと思ってるんだ。

吐き気を催す程のクズってのは、コイツの事を指す言葉か。


「おい、あれ大丈夫か?」

「流石は『暴君』だな…『剣聖』相手にあんな事を言うとは…」

「関心してる場合か!アレのどこにそう思えるような部分があるんだよ!」

「堂々と人をこれほどまでに不快にさせる所とかですか?」


あらら

マスコミさん達もこのゴミクズの事をボロクソに言ってらっしゃる。

でも、いいのかな?こんな大きな声で言っちゃって。


「おい、そこのマスゴミ。今なんつった?」

「ひっ!?」


ほらね?

やっぱり聞こえてた。


「俺の事を散々言ってくれるじゃねぇか。覚悟は出来てるんだろうなぁ?」

「ひぃぃ!!」


はぁ…面倒だけど、私が止める他ないよね。


「そこを動く――なんのつもりだ?」


私は、殺気を剥き出しにしてマスコミへ近付こうとするゴミクズに刀を突き付け、動きを止めさせる。


「貴方への世間の評価はこんなもの。もちろん、私の評価もね」

「だから何だ」


ゴミクズは分かりやすく苛立ちを見せてくる。

本当に沸点が低い。


「何様のつもりか知らないけど、私が貴方のものになることは、天文学的確率以上にあり得ない。例え、その横暴な性格を治したとしてもね」


私ははっきりと言ってやった。

公衆の面前で、カメラもある中盛大にフッてやった。

なぜだか分からないけど、とんでもなく気持ちがいい。

コイツがゴミクズだからか?


「そうか……そうかそうか!」


ゴミクズは青筋を身体中に立てて、私を睨みつける。

一般人がまともに受ければ即死しかねない程の殺気と魔力を放ちながら。


「随分な物言いだな!まさか、こんな所で俺に恥をかかせるとは……それに、先に抜いたのはお前だぞ?」


そう言って、ゴミクズは大剣を私へ振り下ろしてきた。

その威力は相当なもので、普通どころか、かなりの強さを持つ『英雄』でさえ、この攻撃を凌ぐ事は難しいだろう。

でも、こんな見え透いた攻撃にやられるほど、私は弱くない。

刀を引き、迫りくる轟撃をいともたやすく受け流してみせる。


「チッ」


自分の攻撃をいともたやすく受け流された事に、ゴミクズは舌打ちをした。

…もう少し煽ってみるか。


「こんな子供騙しでは、私にかすり傷を付けることすら出来ませんよ」

「なんだと?」

「当然!これが本気な訳では無いんですよね?たかだか『英雄』…それも、十八歳の女にこうも簡単に受け流されるような攻撃が、『勇者候補者』の本気なはずはないですよねぇ?」


最初はそんなつもりは無かったけど、結構ノリノリで煽ってしまった。


「チッ!ああそうさ!お前程度に本気を出すわけないだろうが!」

「へぇ?それは安心しました。私よりも地位が高いはずの『勇者候補者』が、こんなに弱いわけがないですから」


コイツに苦渋を飲まされた人達は数多く居るだろう。

その人達の為にも、出来るだけ煽っておかないと。

すると、コソコソと体を小さくしながら一人の男性がやって来た。


「あの〜…お二人共その辺りで……」


組合の職員だ。

なんか弱々しい雰囲気あるし、多分、私達のこの状況を何とかしろって、無理難題を押し付けられたんだろうなぁ…

この人の為にも、茶番は終わりにしますか。


「…あぁ、もう時間ですか」

「そうです!時間なので来ていただけませんか?」


おう…凄い食いつくね……

そんなに嫌か、この仲裁をするのは。


「チッ…時間なら仕方ねえな。おい『剣聖』」

「はい、何でしょう?」

「宝剣は俺の物だ。余計な事するなよ?」


はぁ?

何いってんだコイツ?


「宝剣の持ち主は宝剣が決めるんですが……まあ、好きなだけ妄想してたらどうですか?私は特に邪魔をするつもりはないので」


宝剣がコイツを選ぶなら、コイツにはそれだけの素質があったって事。

選ばないなら、才能は確かなだけ。

宝剣を握る素質はない。


「ふん!せいぜい死なねぇように足掻くんだな」

「ご忠告感謝します。ですが、私はそんなに簡単に死ぬほど弱くはないのでご安心下さい。まあ、貴方が負けるほどのモンスターが現れたら死ぬかも知れませんがね?」


嫌味には嫌味で返す。

人を苛つかせる基本だ。

まあ、わざわざ覚えておくような事でもないけど。

……さて、気を取り直して私もダンジョンへ向かいますか。

自分で言うのもアレだし、このゴミクズと同類みたいで癪だけど、私も宝剣の所有者に認められる自信がある。

私ほど剣に精通した人間はそう居ない。

あの琴音でさえ、剣では私に敵わない。

そんな私こそ、宝剣を持つに相応しい人物のはず。

私は、そんな根拠と言えるか怪しい理由で謎の自信を持ちながら、ダンジョンへ向かった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る