第101話次の日


「……ね……さ…よ」


う〜ん…


「こ…ね…あ……だよ」


…やだ…起きない…


「琴音!朝だって言ってるでしょ!!」

「ひゃぃ!!」


突然怒鳴られ、急いで飛び起きると、千夜が不機嫌そうに私を見ていた。


「いつまで寝る気?もうあと五分を三回聞いてあげてるんだけど?」

「三回も許してくれるんだね……うぅ、この部屋寒くない?」

「そりゃあ、琴音が服着てないからでしょ?」


…え?

私は目を擦り、自分の今の格好を確認すると…


「ぜ、全裸……」


下着の一枚も着ておらず、本当に身一つの状態で布団から出ていた。


「…そっか、昨日あんな事があったから…」

「私は満足したけど…琴音はどう?」

「もちろん満足してるよ。ニ年間もお預けにした甲斐があったね」


そう言えば、千夜はアレを二年前からしたがってたんだよね…

まあ、千夜の欲望に忠実なところは今に始まった事じゃないから仕方ないんだけどさ。


「とりあえずシャワーだけでも浴びてきて。朝ごはん一緒に食べたいから」

「あっ…うん、分かった」


私がスッと立ち上がると、千夜はそれに合わせるように視線をそらした。

…恥ずかしがってる訳じゃ無いね。朝っぱらから発情しないようにするためかな?

ちょっと意地悪してみよう。

私は、視線をそらした千夜に抱きついてみる。


「……」


おや?意外と頑張るねぇ…

意外にも、千夜は何もなかったかのように表情を変えない。

それどころかピクリとも動かない。

じゃあ次。


「ガブ」

「……」


…これも駄目か。

耳に噛み付いたら何か反応してくれるかなと思ったけど…駄目みたい。

なら、これはどうかな?

私は、千夜の首を舐めてみる。

昨日散々千夜にされたからね。その仕返しをしたかった。

すると、流石にこれは効いたのか千夜がピクピク震え始めた。


「ふふっ…そんなにくすぐったい?」


そう言って千夜を煽ってみる。

すると、千夜は一瞬硬直した。

その一瞬で何を考えてたのかは分かんないけど、千夜は殺気をこめて私の事を睨んできた。

…これ不味いやつ。


「早くシャワー浴びてきて」


ガチで怒った時のトーンで私にそう命令する千夜。

これ以上は私の身が危ないから素直に従おう。

私は千夜から離れて敬礼した後、


「行ってきます」


そう言って部屋を出ていった。


「はぁ…」


魔力によって強化された聴力が千夜の溜息を捉える。

…後で謝らないと、本気で不味いね。

今更余計なちょっかいを掛けたことを後悔しながらシャワーを浴びにお風呂へ向かった。






「…これだけで本当に許してくれるの?」

「うん。本当」


シャワーを浴びて、空間収納に入れておいた予備の服を着た私は、千夜に謝る為にお茶の間に来たんだけど…なにこれ?

お茶の間に入ってくるなり千夜に抱き着かれ、全然離してもらえない。

それどころか『このまま抱き合ってくれるなら、さっきの事は水に流してあげる』って言われた。

ちょっと長くハグしてるだけなのに…本当にこれで良いのかな?


「…千夜は何がしたいの?」

「ハグ」

「いや、それは分かってるけどさ…私を感じたいなら、ハグ以外にも色々あるじゃん」


流石に昨日みたいなことは無理だけど…


「今日からしばらく琴音の横に居られないんだもん。この状態が一番いいの」

「そうなんだ…」

「…でも、千夜の身長がもうちょっとあったらなぁ、って感じるかな」

「急にナイフ刺してくるね…」


千夜の身長 170センチ

私の身長 156センチ


……理不尽。


「私も千夜みたいな高身長になりたい」

「う〜ん…琴音って両親が高身長なのに、この歳になっても背が伸びない……なんか変じゃない?」

「そうそれ。何なら顔も体つきも似てないんだよね。……でも、DNA検査では間違いなく私の両親はあの二人なの」


こればっかりは本当に謎。

榊があの手この手で私のこの外見について調べたのに、まるで進展がない。

そして、更に私の外見の謎を深めるものがある。


「現代の技術を使えば、DNAからその人の顔、体つきとかを再現出来るんだよね」

「…そう言えば、そんな技術あったね」

「そう。んで、それを使って私のを再現した事があるんだけど―――」


そこまで言ったあたりで、千夜のスマホに電話が掛かってきた。


「あー…後で聞くね」


…まあいっか。

別に、今絶対話さないといけないって訳でも無いし。

私の席(特に決まってない)に座って、千夜の作ってくれた朝ごはんを食べようとした時、


「えっ!?そ、そうでしたっけ!?…はい!…はい!すぐ行きます!!」


千夜が急に焦り始めた。

何か急がないと行けないようなことがあったらしい。

予定時間が過ぎてたとかかな?

五分前行動が常識な日本では、遅刻はその人の信用に関わるほどのタブー。

私だってそうなったら焦るよ。

電話を切った千夜は慌ただしく荷物を空間収納に詰め込むと、上着を着て走りながら私に話し掛けてきた。


「ごめん琴音!私急いで行かないといけないの!私の分のご飯は、空間収納にでも入れておいて!じゃあ、行ってきます!愛してるよ!!」

「行ってらっしゃ――聞いてないね、これ」


私の返事も聞かずに千夜は家を飛び出し、全力で組合へ走っていった。


「…とりあえず、朝ご飯食べようか」


私は、静かになったお茶の間で一人寂しく朝ご飯を食べた。






一時間後 駄菓子屋


駄菓子屋に帰ってきた私は、さっきの出来事をお母さんに話した。


「へぇ?千夜はもう仕事に行ったのね」

「うん。予定時間を間違えてたのか、かなり焦ってたよ」

「千夜がそんなミスをするなんて珍しい……私も見てみたかったわ。千夜が慌ててる姿」


お母さんは、なんだかんだ千夜の事が嫌いだから、醜態を晒してる千夜を見たかったんだろうね。

……状況が逆だった時は、千夜が同じ事言ってそう。

千夜もお母さんの事嫌いだし。


「…そう言えば千鶴さんは?」


お母さんが千夜の悪口を言う前に話題を変えて、帰ってきた千夜と喧嘩にならないようにしておく。


「コーンを散歩に連れていきたいって言ってたから、コーンの運動の為にも散歩に行ってもらったよ」

「……護衛は?」

「『木陰』が守ってるから大丈夫」


『木陰』ってのは、榊の作った隠密部隊の事。

一応、全員が探索者で、榊の血の混ざった人物で構成されてるから、そんじょそこらの探索者じゃ歯が立たないくらい強い。

これなら安心だ。


「…琴音もこれからダンジョンに潜るの?」

「うん」


流石お母さん。私が何も言わなくても、何をしようとしてるか分かってくれる。

説明しなくて良いから楽なんだよね。


「もうそろそろ、『遺跡』の探索が終わりそうなんだよね」

「確か、『遺跡』以外は探索し尽くしたのよね?」

「そうそう。ダンジョンの端まで探索済みだよ」


私は、この二年で押入れダンジョンの探索をほとんど終えていた。

今日『遺跡』の探索をしたら、このダンジョンは完全攻略。

なんだか寂しくなって来た。


「『遺跡』の奥に、強力なモンスターがうじゃうじゃ居る別階層があったら良いわね」

「そうだね。このダンジョン、『遺跡』以外に強いモンスターが居ないせいで、退屈なんだよね〜」


ダンジョン自体の広さは、東京二十三区とほぼ一緒くらい。

その面積にひたすら森が広がっていて、出てくるモンスターも、ゴブリンとか、コボルトモドキとか、マーダーベアってクマ型のモンスターとか、よく分かんない虫のモンスターがいっぱいしか居ない。

『遺跡』を除いた場合、一番強いのはマーダーベアなんだけど、それも今の私を見ると一目散に逃げ出す。

そのせいで、最近は『遺跡』に行かないとモンスターと戦えないという問題が発生した。


「本当、退屈な探索だったよ。モンスターが襲ってこないから、ただ森の中をお宝が無いか探しながら歩き回るだけの、ほぼ作業だったからね」

「で、しかもダンジョンの広さ的に二階層が無いと」

「そう。後は、『遺跡』の奥に居るボスを倒したら終わり。駄菓子屋の改築のためにも、攻略出来たらコアを破壊して、ダンジョンを無くそうかなって思ってる」


せっかくお婆ちゃんが遺してくれたダンジョンを崩壊させるのは嫌だけど、このままだと店の老朽化がヤバイから仕方ないよね。


「まあ、そんな感じたから。じゃあ、行ってきます」

「うん。行ってらっしゃい」


お母さんはダンジョンへ潜る私を見送ってくれた。

私も千夜にこうしてあげたかったんだけど…まあ、仕事だから。

ワガママを言うわけにはいかないのよ。

そんな事を考えながらダンジョンへ入って来た私は、まるで通学路を歩くかのように一切の迷いなくダンジョンを進んでいく。

やがて、毒霧エリアが現れたが、魔力を纏わせただけの普通のマスクを付けて通り抜ける。

途中霧が濃くなるけど、それも魔力を纏わせたマスクだけで充分。

二年前は高い浄化マスクを付けながら潜ってたっけ?

今じゃ、魔力の使い方次第でどうにでもなるからね…

本当、魔力って万能。

そんなこんなで、私はあらゆる障害を意に介さず目的地に着いた。


「さて…予想通りの時間に着いた」


私は、手の中のストップウォッチを見て、到着までに掛かった時間を確認する。


『25分18秒』


ダンジョンの入口から、最終地点と思われる『遺跡』の最奥に到達するまでの時間。

もう二年もここに通ってるんだから、何処がどんな構造をしていて、どんなモンスターが居るか完全に理解している。

ただ、この『遺跡』の最奥に何があるかは知らない。

他のダンジョンにもよくある、『ボス部屋』らしき扉があり、その中には入ったことが無かった。

……というか、入れなかった。

私がどんなに強く押しても、引いても扉が開かず、鍵が掛かっているのかと鍵穴や解錠のためのギミックも見つからない。

純粋に、『絶対に開けられない扉』だった。

――つい、昨日までは。


「…動く……やっぱり、私の直感は間違ってなかった」


この前――三日前に来たときは、びくともしなかった扉が、今では油がさされ、しっかりと手入れされた扉のように簡単に開く。


「この感覚…何かが私を呼んでいるみたいな妙な感じ…」


昨夜、パーティーが終わり千夜と布団の中で絡まっていた時、急に胸騒ぎがして何処かへ吸い寄せられるようなモノを、私の直感が感じ取った。

その時は状況が状況だから気に留めて無かったけど、流石にあれからずっとこの妙な感覚が続いてると、気になってくる。


「…行くか」


私は、扉を強く押して開く。

開けるのにあまり力が要らない割には大きな音と共に扉が開き、部屋の中に明かりが灯る。光源は謎。


「アレは…デスナイト系のアンデッドか?」


ボス部屋の中にはボロボロの鎧を着た体長三メートル程の人型アンデッドが居た。

見た目から推測するに、デスナイト系のアンデッドだろうけど、二年前千夜が苦戦したデスパラディンよりも強そうだ。


「武器は身長と同じ程の長さの槍と…リーチじゃ圧倒的に劣っている訳だ……まあ、普通の武器ならね」


幸い、あのアンデッドはまだ攻撃態勢にさえ入っていない。

このまま先制攻撃を仕掛けて一気に叩き潰す。


「悪く思わないでね。屍の騎士さん」


私はそう言って、右腕を振った。

すると、突然謎のアンデッドの首が落ちた。

……あれ〜?


「攻撃を防がれて、そのまま激戦へ――って展開を想像してたんだけど……まさか、開幕ミスリル糸攻撃で首を落とせるとは」


私が今何をしたかと言うと、初めてこのダンジョンに来た時に見つけたミスリル糸に魔力を通し、糸の斬撃を放ったのだ。

ほら、アニメとか漫画でよくある糸使いみたいな感じだよ。

私、自力で糸を操る技術を身に着けたんだよ?凄いでしょ?

誰からも教わることなく練習し続けて、実戦で使えるレベルまで練度を上げたんだよ?

私ってば天才!

……まあ、自慢話はこれくらいにして。


「死んでる……よね?」


もしかしたら、このアンデッドがデュラハンだって可能性もある。

デュラハン――首なし騎士の事で、簡単に首が飛んだのと、非常に強そうなアンデッド系の騎士って条件は揃ってるから、このアンデッドがデュラハンである可能性は高いんだけど…


「う〜ん……微動だにしない。――あっ!」


近付いてみようかなと思い始めた時、私の中に魔力が入って来た。

…つまり、目の前のアンデッドはついさっきまで生きていて、今ようやく死んだわけだ。

近付かなくて良かった〜。


「さて…魔石を回しゅ――」


アンデッドの魔石回収すべく亡骸へ向かって歩き始めたその時、突然背筋が凍り付くような気配が私を襲った。


「ハァ……ハァ……」


激しく動いた訳でも無いのに、息が荒くなる。

体中から汗が溢れ出してくる。

それ以上先へ進もうとする意志がポッキリと折られ、体が動かない。

それも全て、ある感情のせいだ。

その感情の名を、


『恐怖』


と呼ぶ。

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