第100話誕生日

「ちょっと琴音!もっと丁寧に切りなさい!」

「はぁ!?このジャガイモはポテトサラダにするんだから、別に良いじゃん!後で潰すんだし」

「だとしても丁寧にしなさい。千夜に食べてもらうものなんでしょう?」

「うっ!……分かったよ」


ちぇっ!別に、ポテトサラダに使うジャガイモくらい適当で良いじゃん。

これだから頭カッチカチの老害は…


「琴音?今私の事バカにしなかった?」

「別に?ただちょっと四十路の事をいじっただけ」

「失礼ね。私は三十九歳よ」

、ね?」


でも、今年で四十歳だ。

お母さんももう四十代か……の割には見た目二十代後半って感じなんだよね。

あの若々しさの秘訣は一体…

そんな事を考えていると、後ろから手が伸びてきて、私の手の上に伸ばした手を重ねてくる。


「一緒に切ろうか?」

「大丈夫。それに、今日は誕生日なんだからゆっくりしてて。千夜」


そう。今日は、待ちに待った千夜の誕生日。

夜のパーティーに向けて、今からご馳走の準備をしているのだ。

…まあ、ここ最近家事は千夜とお母さんに任せっきりだったから、包丁を持つとアレなんだよね…


「あぁ…もっと優しく切って」

「うぅ…その持ち方危ないよ」

「…ちょっと貸して、私がお手本見せるから」


…ね?

久々過ぎてかなり危ない使い方をしちゃってる。

そのせいで、千夜が朝からずっとソワソワしてる。

…心配してくれるのは嬉しいんだけど、ちょっとうざい。


「こうやって切ると、安全に、綺麗に出来るよ」


そう言って、千夜はすごく綺麗に半月切りにされたジャガイモも見せてきた。

そう、半月切り。


「うん、凄いね。…でも、これポテトサラダ用だから、こんな綺麗に半月切りする必要ないんだよ?」

「あっ…」

「そっちでゆっくりしててね」

「はい…」


なんというか…愛する我が子が慣れない手付きで料理を作ってるのを、心配そうに見守るお母さんみたい。

お手本を見せようとして間違えるところとか。


「お母さん、このジャガイモもポテトサラダにする?」

「そうね。一緒に鍋に入れちゃいましょう」


そう言って、お母さんはカットしたジャガイモを水の入った鍋に入れて煮始めた。


「じゃあ、ジャガイモが柔らかくなる前にキュウリを切って」

「分かった」


キュウリか…あの細長い切り方でいいんだよね?

確か、かなり角度をつけて薄く――「琴音」

―ん?


「キュウリは薄く切り過ぎたら歯ごたえが無くなるから、ちょっと太めでもいいよ」

「そうなんだ……って!千夜はそっちでコーンと遊んでて!」

「そんなぁ…」


まったく!油断したらすぐに手伝おうとしてくるんだから!

…ちょっと強く怒りすぎちゃった気もするけどっ!?


「琴音〜許して〜」

「プ、プギャァ…」


少し心配になって部屋を覗いてみると、コーンを持ち上げた千夜が、人形を前に出して代わりに喋らせるみたいな事をしていた。

当然、コーンはめちゃくちゃ嫌がってる。


「ちょっ!コーンは人形じゃないんだから!」


私はすぐに千夜からコーンを奪い取り、よしよししてあげる。

コーンは相当嫌だったのか、両前足を巧みに使って私に抱きついてきた。


「もう…コーンがこんなに怖がってるじゃん。今日で十八歳になるのに、どうしてこんな事するの?」

「だって……」


はぁ…いい歳してそんな子供みたいにいじけて。

もう大人だってのに何してるんだか。


「まあまあ良いじゃない。ちょっとは一緒に作らせてあげたら?」


私が千夜を叱っていると、お母さんが仲裁に入ってくれた。


「でも、今日は千夜の誕生日なんだよ?日頃の感謝も込めて、一日家事を休んでほしいの」

「そう?千夜はむしろ琴音と一緒に料理を作りたいと思ってるんじゃないかしら?」


そう言って、お母さんは千夜に視線を送る。

私も振り返って千夜を見ると…


「な、何その目?そんな泣きそうな目しないでよ」


千夜が前屈みになって、目をウルウルさせていた。

はぁ…お母さん、本当余計なことしないでよ。


「分かったよ。一緒に作ろう」

「本当に!?やったー!!」


私のOKをもらった千夜は、ピョンピョン飛び跳ねながら手洗い場へ走っていった。

…私も洗いに行こう。


「コーン、おもちゃを色々よ用意したから、これで遊んで待っててね」

「ブゥ!」


私は、犬や猫のおもちゃを色々と置いて、コーンか遊べるようにしてから手を洗いに行く。


「琴音と〜♪お料理〜♪誕生日に〜♪お料理〜♪」


手洗い場に来ると、千夜が変な歌を歌いながら手を洗っていた。


「……何してるの?」

「ん?手を洗ってるんだよ?」

「いや、見たらわかるよ。そうじゃなくて、何歌ってるの?って」

「歌」


はぁ…

相手するだけ無駄だね。

誕生日だから浮かれちゃってる。

…待てよ?この浮かれた状態の千夜と一緒に料理作るの?

う〜ん…なんか嫌だなぁ。

そんな事を考えながら、私は千夜と料理を作ることになった。




案の定、千夜がやたらと絡んでくるせいで鬱陶しかった。






午後六時 千夜宅


「よし!セッティング完了!後はお義母さん達が帰ってくるのを待つだけ。でしょ?琴音」

「そうだね……(結局何から何まで手伝わせちゃった)」


あれから数時間、千夜は誕生日なのに準備を何から何まで手伝ってくれた。

普段、お母さんと交代で家事全般をこなしてるんだから、今日くらい休めばよかったのに。


「凄いよね。これ全部私達が作ったんだよ?」


そう言って、千夜は大きめの机いっぱいに並べられたご馳走を指差す。

さっきから、コーンがポテトサラダを狙ってずっと机の周りをウロウロしてるのが気になるけど、よくこんな量のご馳走を作れたなと思う。


「唐揚げが確実に五十個以上あって、ポテトサラダが山盛り、フライドポテトも食べ切れる量じゃないし、異常に存在感を放ってる丸焼きのチキン……これを見てると、私の誕生日も豪華にしたら良かったなぁって思えるよ」

「ふふっ、琴音は『誕生日でも普通に過ごしたい』とか言って、いつもとまるで何も変わらない誕生日だったからね。寝る前に食べた手作りケーキは美味しかったけど」


そう、千夜の誕生日パーティーはさっき私が挙げた料理を筆頭に、とても四人で食べ切れる量じゃないご馳走が揃っている。

残り物は空間収納に入れて、少しずつ食べていく予定。

だとしても、この大きさの机を占拠するほどの量のご馳走は多過ぎる。

自分用の皿を置く場所がないんだもん。


「あっ!コーン!それはまだ食べちゃだめ!」


ちょっと目を離した隙に、コーンが机の上に乗ってポテトサラダを狙っていた。

調子に乗って、コーンにポテトサラダを食べさせたのが間違いだった。


「トウモロコシ程じゃないにしても、相当ポテトサラダの事を気に入ってるね」

「豚って雑食らしいけど、あんまり人間用の物は食べさせないほうがいいよね?」

「そうだねー…角煮に丁度いい豚になりそうだし」


確かに……もっとしっかり運動させて、健康重視のご飯を用意してあげないと、いつか千夜に角煮にされる。

そんな未来を想像して心配になり、コーンを抱きかかえて守る構えを取っていると、バイクの音が聞こえてきた。


「お母さん達が帰ってきたね…」

「うん……」

「…緊張してる?」

「そりゃするよ。二年ぶりだよ?に直接会うのは」


今日は、千夜のお母さん――『千夜のお母さん』だと、『お母さん』と混同するから千鶴さんと呼ばせてもらおう――もお祝いに来る予定。

千夜が千鶴さんに会うのは実に二年ぶり。

ニ年間も親を放置して、精神状態は大丈夫か?と、心配になるけど、定期的にお母さんが様子を見に行ってたから大丈夫らしい。


「ただいまー」


お母さんの声が玄関から聞こえてきた。

…千鶴さんの声は聞こえないけど、気配が二つあるから間違いなく来てる。


「おかえり。お母さん」

「ただいま。あら?飾り付けももう終わってたのね」

「千夜が手伝ってくれたからね…」


ふすまが開いて、部屋の中にお母さんが入ってくる。

…でも、何故か千鶴さんは入って来ない。


「…あぁ。千鶴さん、入って来て下さい。千夜ちゃんが待ってますよ?」


私が不思議そうにしているのを感じ取ったお母さんが、千鶴さんを呼んでくれた。

お母さんが横にずれると、奥から比較的背の高い女性が現れた。

この人が千夜の母親の千鶴さんか…


「ひ、久しぶりね。千夜」


う〜ん…千鶴さんも緊張してるなぁ。

お母さんがなんとも言えない顔してるし…

きっと、ここに来る前に色々と相談されたり、説得したりしてきたんだろう…

お疲れ様、お母さん。


「うん……そうだね…」


……おい。

もっと他にないの?

千夜、私に何も相談してくれなかったし、私から言っても『大丈夫』って言ってたから、緊張してるだけなのかと思ってたけど……これは不味い。


「もっと色々と言ってあげて」


私は千夜のすぐ隣まで来ると、耳打ちをして会話を促す。


「え、えーっと……わ、私の誕生日パーティーに来てくれてありがとう」


…なに?もうちょっと気持ちのこもった言い方出来ないの?

もっとこう…『お母さん!私の誕生日パーティーに来てくれてありがとう!!』って。

……いや、千夜も必死で頑張ってるはず。

緊張しながらも何とか言えてるんだから、そんな事言わないであげよう……チラッ

お母さんに視線で訴え掛けてみたけど、どうやら意味は理解できてない様子。

ほら、肩竦めてるし。


「あ…え、ええ……と、当然よ!千夜の誕生日なんだから、わ、私が来ないほうがおかしいでしょ?」


う〜ん……ダメそう。

仕方ない、ちょっと強引だけど私が手伝ってあげよう。

私は、服の裾から糸を飛ばして、千鶴さんの腕に巻きつける。


「…?」


千鶴さんも腕に何か巻き付いた事に気付いたらしいけど、もう遅い。

私は糸を思いっきり引っ張って、千鶴さんを無理矢理こっちへ連れてくる。


「きゃっ!?」


千鶴さんは誰かに強引に腕を引っ張られたように前へと倒れてくる。

それを確認した私はすぐに糸を外して気配を消し、スッとお母さんの後ろに回り、お母さんの気配も隠す。

ちなみに、千鶴さんを引っ張ってからお母さんの後ろに回ってくるまでに、一秒も掛かってないよ?


「お母さん!!」


千夜が悲鳴のような声を上げながら千鶴さんを抱きしめて支える。

おっ?これは私の望んだ展開になったね。


「大丈夫!?」

「えっ?あ…え?」


あっ、そう言えば千鶴さんは一般人だから、何が起こったのか分からないのか。

忘れてた…

ま、まあ?千夜が説明してくれるだろうし?

自分が倒れそうになってたのを、千夜が助けてくれたって事は理解できるはずだから、多分大丈夫!

…千夜に怒られるかどうかは置いておくとして。


「良くやったわ琴音。ちょっと強引だけど、いいきっかけ作りにはなったわ」

「そうだね。後は、あの二人がこの機会をちゃんと活用出来るかどうか…」


さて…ちゃんと活用してね?千夜。










どうしよう…せっかく琴音が作ってくれた仲直りの機会。

活用したいけど、どうすれば良いんだろう?


「あー…えーっと……」


な、なんて言えばいいんだ!?

言おうと思って準備してた事、お母さんと中々話せなくて全部吹き飛んじゃったし。

…………あーもう!どうにでもなれ!!


「お母さん、ごめんね。ずっと一人にしちゃって」

「え?」


止まるな!

このまま勢いで全部言い切ればいいんだ!!


「私、最近悩んでた。『このままずっとお母さんを一人にして良いのかな』って。『お母さん、私が勝手に家を出て行ってからずっと苦しんでるのかな?』って」

「千夜…」


呼吸を整えて続きを話そうと、一度話を切った時、お母さんが私のことを抱きしめてきた。


「今は…そんな事気にする時じゃないでしょう?」


そう言って、お母さんは私の背中を撫でて、私を落ち着かせてくれた。

そして…


「――千夜、お誕生日おめでとう」


お母さんは、それ以上何も言わなかった。

でも、それで十分だった。

だって、今私が一番聞きたかった言葉だから。


「ありがとう、お母さん」


私もお母さんを抱きしめて、お返しをする。

お母さんもコレが一番してほしいことのはず。


「良かった。作戦成功だね」

「そうね、本当によくやったわ琴音」


お母さんには聞こえないような小さな声で琴音と琴歌お義母さんが安心してるのが聞こえた。

あの時お母さんが倒れた理由は、やっぱり琴音が何かしてたらしい。

多分、糸か何かでお母さんを引っ張ってたはずなんだけど……よく見えなかった。


「…ん?ちょっと!子豚がポテトサラダ食べてるわよ!?」

「「「えっ!?」」」


お母さんの言葉に私が振り返ると、コーンが一目散に食卓の上から降りて逃げ出した。


「はやっ!?」

「お母さんは私と一緒に先回りして千夜に捕まえてもらうから!」

「分かったわ!千夜、お願いね!」


そう言って、琴音と琴歌お義母さんがコーンを追いかけて走っていった。

すると、三秒程でコーンが部屋に戻って来たので、居合の構えを取ってコーンを威圧する。

すると、私の威圧に当てられたコーンが動きを止めた。


「捕まえた!!」

「プギャッ!?」


後ろから現れた琴音によって、コーンは確保され、琴音の膝の上に収監された。


「ごめんなさい。うちのペットが感動の空間を台無しにしてしまって…」

「いえいえ。仲直りは出来ましたし、とても面白い物が見られましたので、気にしないで下さい」

「ありがとうございます」


良かった…お母さんは怒ってない。

…で、コーンはというと…


「どうしてポテトサラダ食べたの?」

「ブゥ…」

「ダメって言ってたでしょ?」

「ブゥー…」

「コラ、ちゃんと『ごめんなさい』しなさい」

「……」


琴音に怒られて不貞腐れてる。

お母さんとの感動の空間を壊されたのはちょっとイラッとしたけど、アレを見てもうどうでも良くなった。

やっぱりコーンは可愛らしい。


「さて…ちょっと雰囲気は壊れちゃったけど、そろそろパーティーを始めましょうか」

「そうだね!さ、千夜はこっちだよ!」


琴音は私を横に誘ってきた。

お母さんは琴歌お義母さんの隣りに座るみたい。

私とお母さんが座ると、琴音はお酒を取り出して全員のコップに注いだ。

…私だけ缶チューハイだけど。

琴音がお酒を注ぎ終わると、何も言わなくてもみんなコップを持ち合図を待つ。

お酒を横に置いた琴音がコップを高く上げる。


「じゃあ――乾杯!!」

「「「乾杯!!」」」


琴音の合図に合わせ全員で乾杯をした。

さあ、楽しい楽しい誕生日パーティーの始まりだ!











「琴音〜、おかわり〜」

「琴歌さ〜ん、もうおしまいですか〜」

「「はぁ…」」


パーティーが始まってからようやく三十分経つ頃、私とお母さんは酔っ払った神科母娘のお世話に追われてた。

なんというか…『蛙の子は蛙』だったね。

二人ともお酒に弱いくせに、やたらと飲もうとする。

千鶴さんの事はお母さんから聞いてたから、もしかしたら千夜も〜なんて思ってたけど…


「お母さん…いつもこんな感じだったの?」

「まあね…私はいい感じの酔い方してるのに、千鶴さんは泥酔してる。だから、お酒を飲む日は先に布団敷いてるんだよね」

「私もそうしとけば良かった…」


これから寝るという時に、酔っ払った千夜が何するか分からないんじゃ、危険過ぎて布団を敷くどころじゃない。

それに…


「案の定、全部残ったね…ポテトサラダ以外」

「まあ、一日で食べきることを想定して作ってないからね…ポテトサラダ以外」


私とお母さんは、食卓を眺めたあととある方向を向く。


「スピ〜…スピ〜…」


そこには、ポテトサラダを一匹で食い尽くし、お腹いっぱいになったコーンが気持ち良さそうに寝ていた。


「あの量のポテトサラダを完食だよ?食費の事もっと考えたほうがいい?」

「そうね…まずはコーンに普通のサラダを食べさせるところから始めないといけないわよ?」

「う〜ん……無理そう」


まさか、パーティーの最中にこんなに苦労する事になるとは思わなかった。

神科母娘のお世話とコーンの食費、余った料理と大量のお酒。

そして、この後お風呂と布団をどうするかも。

お風呂は明日朝に入ってもらうとして、布団は……お母さんに二人の様子を見張ってもらってるうちにするか。

料理は空間収納で保管して、この大量のお酒を飲むときのおつまみにする。

コーンについては……保留かな?

方針はそうとして…ん?


「琴音〜、最高の誕生日パーティーになったよ〜」


千夜がそんな事を言いながら私の膝に頭を乗せてきた。


「良かった。そう言ってもらえて、私も幸せだよ」


そんな千夜に、私は頭を撫でながらそういった。

すると、千夜は嬉しそうに顔をほころばせながら眠り始めた。


「ふふふ…お休み、千夜」


スースーと寝息を立てる千夜に毛布を掛けてあげる。

チラッと横を見ると、お母さんも酔い潰れて眠った千鶴さんに私と同じように毛布を掛けていた。


「さて…主役とゲストが眠っちゃったわけだけど…これからどうする?」

「そうだね…二人で飲むと千夜が嫉妬するからなぁ……」

「ふふっ、独占欲の強い恋人を持つと大変ね」


それを言うと、お父さんもだけどね?

やたら人に依存するお母さんを、無理矢理恋人にさせられたせいで、大変だったんだろうね。

…まあ、一ミリも同情しないけど。

そんな事を考えていると、お母さんが私のコップにお酒を注いできた。


「ちょっと!千夜に怒られるって!」

「大丈夫よ。酔い潰れて寝ちゃった千夜が悪いんだから」

「納得してくれるかなぁ…」


絶対怒られると思うんだけど…

まあ、そうなった時に千夜を抑えるのも恋人としての役目なんだけどさ。

…まあいっか。飲もう飲もう。


「…まあ、やっぱり飲もうかな」

「ふふっ、そう来なくっちゃ!」


私とお母さんはコップを軽くぶつけて乾杯すると、同時に飲む。


「あぁ~…この静かになった部屋で、お母さんと一緒に飲むの良いね。なんだかすごく落ち着く」

「そうね。欲を言えば星空を見ながら飲みたいものだけど…」

「まだ夜は寒いよ?」


もう春とはいえ、夜はまだまだ肌寒い。

もちろん、全然耐えられる寒さではあるけれど、わざわざ寒いのを我慢して飲む必要はない。

そもそもの話、東京の星空なんて周りが明る過ぎて全然見えない。

この辺りは多少マシだけど。


「いつか、山奥の別荘でコレをしたいわね」

「榊のを使うの?」

「そうそう。テラスから見える景色は最高でしょうね」


テラスか……千夜は付いてくるだろうけど、景色を堪能する前に酔ってそれどころじゃなくなりそう。

千夜が酔っ払って、一人先にベッドで寝てる姿を想像して、苦笑いを浮かべてしまった。

すると、お母さんが急に話題を変えてきた。


「…で?この後どうするの?」

「この後ね……千夜次第かな?」


千夜が起きるなら…まあ、って感じかな。

起こしてあげたいけど、私の方から行くのは嫌だ。

癪って訳じゃ無いけど、私から誘ったら負けな気がする。


「そう……じゃあ、もう一杯飲んだら、千鶴さんを連れて駄菓子屋に行ってくるわね」

「…いいの?」

「もちろん。榊に予約してるから、何時でも呼べるよ」

「…じゃあ、駄菓子屋じゃなくて屋敷で寝ればいいのに」

「そこは…ほら、千鶴さんにも駄菓子屋を見せたいし」


絶対テレビで見たことあると思うけどなぁ…

それに、ダンジョンの事がバレるかも知れないから不安だし。

私が悩んでいると、お母さんはコップに注いだお酒を一気に飲み干し、何処かへ電話を掛けた。


「もしもし、私よ。昨日言ってた住所まで迎えに来て…うん…うん…よろしい」


あっ、もう遅かった。

…仕方ない、お母さんを信じるとしよう。


「さて…駄菓子屋に行く前に、布団だけ敷いてあげるわね。あと、コーンも連れて帰っていいわよね?」

「うん、コーンにアレを見せるわけにもいかないし。よろしく」


私は、お母さんの好意に甘える事にした。

榊のお迎えが来るまでの間、お母さんは布団の準備と料理の片付けをしてくれた。

お母さん、本当にありがとう。


「じゃあ、楽しんでね」


榊のお迎えが来ると、お母さんは千鶴さんとコーンを連れて千夜の家を後にした。

…お母さんが出て行ってから数分が経った頃、私はトイレに行きたくなり、そーっと千夜の頭を下ろし、トイレに向かった。

そして、トイレに行っている最中、千夜が起きた気配を察知した。


「おはよう、琴音」


部屋に戻ってくると、案の定千夜が私のことを待っていた。


「お母さん達は?」


起きたら誰も居ないという状況になっていたんだ。

そりゃあ、聞いてくるよね。


「私達のために、ちょっと前にここを出ていったよ?もうちょっとで駄菓子屋に着くはずだけど…」

「ふ〜ん…………あっ」


…どうやら気付いたらしい。

“私達のために出ていった”という事の意味を。

千夜は嬉しそうに私の耳元に口を近付けると、小さな声で許可を取りに来た。


「…いい?」


声は小さかったけど、その中には大きな期待が詰まっていた。

そんな千夜の問に、私は応えてあげる。


「逆に聞くけど断ると思う?」


私がそう言うと、千夜は嬉しそうに笑みを浮かべたあと、私をお姫様抱っこした。

そして、そのまま寝室へと連れ込み、私を寝かせる。


「やっぱり受けなんだね?」

「そうだね。私の愛は、千夜のためのモノだから」

「ふふふ…ありがとう」


千夜は布団の上で無抵抗な私にキスをすると、服に手を伸ばし始めた。



ここからは、何があったかは想像にお任せするとしよう。

私からは何も言わない。

好きなように考えてくれれば良いから、何があったか質問しないでね。


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