第99話千夜のお母さんを呼ぼう
四月十三日
「はい…はい…では、その予定でお願いします。…はい…ありがとうございます……はぁ」
千夜が電話で誰かと話してる。
相手は多分組合だと思う。
例のダンジョンの件で何かしら進展があったのかも知れない。
「…どうだった?」
「何とか誕生日の後にしてもらえたよ。ただ、次の日から出発だから結構大変かも」
「そっか…」
千夜は今、組合から招集を掛けられている。
静岡県側の富士山の麓に特殊なダンジョンが出現したのだ。
そのダンジョンというのは、魔力を一切感じないダンジョン。
すなわち、あのヒュドラと同格の化け物が封印されているか、宝具・宝剣の類が眠っているダンジョンだ。
前者なら調査、後者なら回収を目的とした大規模探索の為、組合は千夜にも招集を掛けた。
しかし、その大規模探索の日付というのが、四月十五日。
千夜の誕生日なのだ。
「まあ、良かったね。十六日になって」
「組合長が特別に予定を変更してくれたんだって。十五日は前日調査になって、十六日から大規模探索開始。今度、組合長にお礼言いに行かないとね」
凄いね…千夜、榊の権力を使わずに普通に交渉してたはずなんだけど。
たかが『英雄』の為に大規模探索の日を変えるなんて。
…もしかして、工藤さんのお陰かな?
現『勇者』が未来の『勇者』として千夜のことを推してるから、組合もそれに合わせる的な。
国や組合としても、『勇者』が増えるなら万々歳だからね。
「…でも、次の日になっただけならお酒は出来るだけ控えて、夜も早く寝たほうが良いんじゃない?」
「それは…」
言いたいことは分かるけど、納得出来ないんだろうね。
千夜、初めてのお酒を楽しみにしてたし。
「むぅ……私もお酒飲みたい」
「いや、別に飲んでもいいじゃん。私はただ、飲み過ぎると二日酔いになるから控えたほうがいいよ、って言っただけだから」
「……夜早く寝るのは?」
「千夜の体調を気遣ってだよ。…私は別に嫌がってる訳じゃないよ」
千夜は私のことを抱き上げて、クルクル回る。
…何がしたいのか分かんないけど、最近よくこれをされる。
千夜なりの理由があるんだろうけど、私は子供向け番組のダンスみたいで嫌だ。
「ブゥ!」
「ん?どうしたのコーン」
千夜が回るのをやめて、やって来たコーンに話し掛ける。
…降ろして欲しいんだけど。
「千夜、そろそろ降ろして」
「…分かった」
うん、凄い嫌そう。
そんなに私の抱き上げて、クルクル回るのが楽しいか。
まあ、これ以上アレされたくないから、あえて無視しよう。
「コーン、おいで」
「ブゥ!」
私は、千夜の嫌そうな顔を見なかった事にしてコーンを抱き上げる。
チラッと千夜の様子を確認してみたら、すんごい怒ってる。
これ…しばらくお母さんにコーン守ってもらわないと駄目かも。
「琴音……やっぱり私よりもその豚の方が良いんだ?」
「え?いや、どうしてそうなるのよ」
「私に抱っこされるのは嫌なのに、豚を抱っこするのは良いんだ?」
「…ペットを可愛がって何が悪い?」
「琴音の中では『私<ペット』なの?」
う〜ん…面倒くさい。
ちょっとコーンを可愛がったくらいで、そんなに嫉妬しないでほしいなぁ。
「ブゥ…」
ほら、コーンも怯えてるし。
あ、でもこうやってぷるぷる震えてるコーンめっちゃ可愛い。
「琴音…」
「あーはいはい。よしよししてあげるから、座って」
私は隣りにコーンを置いて、背中を撫でてあげながら千夜のお世話もする。
私の体にもたれ掛かってくる千夜を支えながら、頭をナデナデしてあげれば、千夜は落ち着いてくれる。
こんな事で欲求が満たせるなら苦労しないんだけど…
「琴音。私の抱きまくらになって」
ほらね。
あれ、体が痛くなるから嫌なんだけどなぁ…
「はい。これでいいでしょ?」
「うん…おやすみ」
千夜は私の頬にキスをすると、私の体を両手両足で抱きしめて抱きまくらのようにする。
…コレが長時間続くと体中が痛くなる抱きしめ方。
……せめて、直ぐ側に癒やしを置いておこう。
「コーン、おいで」
私は、千夜の反対側にコーンを呼ぶと、音転がせて腕を枕の代わりにする。
「コーンも一緒に寝よう」
「ブゥー」
「ん?ここは嫌?」
起き上がったコーンは、テクテクと私の腕から離れてお腹の上に乗ってくる。
そこでゴロンと横になって瞼を閉じた。
「ちょっと重たいけど、まあいっか」
空間収納から大きめのブランケットを取り出して、ふわっと全員へ掛ける。
これで風邪を引くことはないはず。
ちょっと寝苦しいけど私もこのまま昼寝するか。
私は、お母さんに家事のすべてを任せて昼寝することにした。
数時間後
「え?千夜のお母さんが来るの?」
急にお母さんに起こされて目を擦っていると、そんな事を言われた。
「さっき電話で行きたいって言ってたよ。どう?そろそろ顔合わせても良いんじゃない?」
お母さんは千夜に許可を貰おうとしてるらしい。
確かに、千夜のお母さんを呼ぶには、千夜の許可が必要だもんね。
「……」
やっぱり千夜は嫌そうにしてる。
もう生活習慣もかなり改善されて、パチンコもやめたらしいんだけど…まだ嫌なんだね。
「千夜…私は来てもらった方が良いと思うわよ?琴音のことを紹介しないといけないし、駆落ちでも何でもいいから形だけでも許可を貰うという事をしたほうがいいわ」
「でも…」
「何より、千鶴さんは貴女の誕生日を祝いたいのよ。お母さんを嫌うのはよく分かるけど、そろそろ溝を埋めるべきだと思うの」
「……」
頑張れお母さん。
私がなにか言っても、話がおかしくなるだけだから私は何も言わない。
…ん?なんで千夜こっち見てるんだろう?
「……」
「…私?」
「うん」
「えー…」
え?言わなきゃ駄目?
チラッとお母さんに視線を送ってみたけど、『なにか言ってあげて』って返された。
はぁ…
「私は、呼んだほうがいいと思うよ。私も千夜のお母さんに会いたいし…」
「私は会いたくない」
「……」
はい、面倒くさい事になったー
『私はイヤ』って言葉、どんなに相手を納得させる言葉を使っても、それを認めようとはせずイヤイヤと言い続ける。
本当、お互いストレスしか発生しないゴミみたいな言葉だよ。
でも、何とか説得しないといけないんだよね…
「あのさ、千夜はどうしてお母さんに会いたくないの?」
「どうして、って………」
「…理由は無いの?」
「無いわけじゃない!……ただ…すぐに思い付かないだけ」
…それを世間一般じゃ、理由は無いと言うのでは?
「…理由が無いなら、呼んでも良いんじゃない?」
「ヤダ」
「何が嫌なの?」
「……」
「じゃあ、呼んでいいね」
「ヤダ」
「……理由は?」
「…なんとなく」
「うん、呼べるね」
「イヤ」
「お母さん嫌い?」
「……嫌い」
「その間は何?」
「……」
「……」
はぁ…
どうすれば千夜を納得させられるんだろう?
「…お母さんは呼ばなくていいじゃん」
「はぁ……だから、大した理由が無いなら……いや、もういいよ。千夜が嫌なら呼ばなくて」
もういい。
千夜のお母さんには悪いけど、これ以上は無理。
「…いいの?」
「だって嫌なんでしょ?こんなに嫌がってるのに、わざわざ呼ぶ必要無いよ。三人でパーティーしよう。お母さんもそれでいいよね?」
「そうね。じゃあ、そう連絡しておくわ」
良かった、お母さんが理解してくれて。
これ以上千夜を説得しようとしたところで無駄。
私が無駄に疲れるだけ。
「…え?」
何故か千夜が目を丸くしてる。
何がそんなにおかしかったんだろう?
「はぁ…ちょっと疲れたからもう一回寝るね」
「うん、お疲れ様」
私は、未だに爆睡しているコーンの横に来ると、コーンをお腹の上に乗せてブランケットを被る。
お母さんはスマホを取り出して、千夜のお母さんに連絡してる。
「ねぇ……本当にいいの?」
「何が?」
「え……私のお母さん、呼ばなくて」
はあ?
今更何を言ってるの?
「いや、千夜は呼びたくないんでしょ?なら、別に無理して呼ぶ必要無いじゃん」
「それは!……そうだけど…」
「でしょ?何なら、私達二人だけでパーティーしてもいいんだよ?千夜、私のお母さんとそんなに仲良くないし」
パーティー中に喧嘩なんてされたら大変だからね。
ちょっと寂しいかも知れないけど、二人だけなら絶対成功すると思う。
「二人だけ?…それはちょっと寂しいよ」
「そう?じゃあ三人でパーティーしよっか!」
「え…う、うん…」
よし、千夜も納得してくれたし、お昼寝しよう。
…そうだ!
「千夜も一緒に寝る?連絡はお母さんがしてくれてるし」
私は廊下で千夜のお母さんを指さして、千夜を隣へ誘う。
「うん…うん…もちろんよ!私が千鶴さんの分まで千夜ちゃんをお祝いしてあげるから安心して!……うん…うんうん…え?また今度飲みたいの?…う〜ん…私は何時でもいいよ」
…お母さん、また大量に飲んでくるつもりだね?
千夜の目がないからって好きなだけ飲める。いいなぁ、私も沢山飲みたい!
…いや、二日後は浴びるほど飲めるのか。
「千夜、一応後でお母さんに釘刺しといて」
「え?」
「お母さん、千夜の実家で浴びるほど酒飲んでくる気だよ。それに、あの感じだと千夜のお母さんも同じくらい飲む気だろうし、二人に釘刺しといた方が良いんじゃない?」
ふふふ、お母さんの好きにはさせないぞ。
一人だけ沢山飲むなんて、私が許さない!
今に千夜がお母さんを怒りに…ん?
「…どうしたの?そんな顔して」
千夜は、何故か悲しそうな顔をしていた。
何かあったかな?
……う〜ん、思い当たるフシがない。
私は、千夜が悲しんでいる理由が分からず首を傾げていると、突然千夜がお母さんの方へ歩き出した。
そして、
「ちょっと貸してください」
千夜はお母さんからスマホを強引に奪い、電話に出る。
「もしもしお母さん?やっぱり今の話無し。十五日は何が何でも私の家に来て。絶対だから」
…………はぁ、ようやく千夜が正直になってくれた。
千夜って普通に反抗期真っ盛りの女の子だからねぇ〜。
どうしても素直になれないのが面倒くさい。
私やお母さんに背中を押してるのに、その場に踏みとどまって、近付こうとしない。
こうなることは予想出来てたから、お母さんと話し合った結果、良さそうな案が浮かび上がってきた。
それは、『押して駄目なら引いてみた』だ。
…要は、背中を押してるのに前に進もうとしないなら、いっそ引っ張って逆に離してしまう。
私達が千夜を無理矢理お母さんから引き剥がす。
千夜のお母さんが孤立すれば、せっかく良くなってきた生活習慣が逆戻り。
更に、今度こそ千夜に見捨てられたと勘違いした千夜のお母さんが何を仕出かすか分からない。
…最悪自殺するかもね。
まあ、私にはどうでもいい事だけど。
…だって、会ったこともない人間が一人死のうがどうだっていいでしょ?
例えそれが千夜のお母さんだったとしても、『えっ?お母さん自殺したの?…大変だったね』くらいしか思わないし。
何なら、この面倒くさい説得をしなくても良くなるから、このまま死んでもらっても全然いいんだけど。
「琴音、その黒い気配何とかしなさい」
「あっ…」
いけないいけない、思考が気配に出ちゃってた。
下手したら千夜がガチギレするから気を付けないとね。
さて、話を戻してと―――まあ、千夜もお母さんを放ったらかしにしたら何が起こるか想像出来るはずだから、離れさせようとするとそれに反発して自分から近付いてくれる。
今がまさにそれ。
「うん…うん…何度も言わせないでよ。私の誕生日パーティーに来て。……なに?一人娘の誕生日を祝ってくれないの?……じゃあ来て」
う〜ん…まだ溝を感じるね。
反抗期の女の子って繊細だなぁ…
「お母さん、抱っこして」
「はぁ?何言ってるの琴音」
「抱っこ」
「――やめなさい、いい歳してそんな事言うの」
ちぇっ
別にいいじゃん、千夜は今電話してて構ってくれないんだから。
千夜も私みたいにお母さんに甘えれば良いのに、って言いたかったけど、お母さんに怒られちゃった。
まあいいや、勝手に私が甘えよう。
私は、正座しているお母さんの膝の上に座って、たわわな果実をクッション代わりにする。
「はぁ…また千夜に怒られるわよ?」
「大丈夫。これから千夜と昼寝する予定だから」
「昼寝ね……コーンはこの状況でまだ爆睡してるわね」
「可愛いからいいじゃん」
『すぴ〜』という、可愛らしい寝息を立てて寝るコーンの姿は本当に見てて癒やされる。
我が家には、メンヘラの域に片足突っ込んでる十七歳JKと、倫理観とか共感性が一部欠落してる十八歳女店主と、四十路に入ったのにまだヤンキーみたいな雰囲気の四十代無職女性という、個性強めな女しか居ないから、コーンの存在は非常に大きい。
だって、めちゃくちゃ可愛くて、愛らしくて、お利口さんなんだよ?
しかも、種族的にこれ以上大きくならない(?)という。
拾ってきて良かった。
「うん…うん…じゃあまたね」
お?電話が終わったみたい。
…あっ、今お母さんの膝の上に座ってるんだった。
「……琴音、右耳と左耳、どっちなら無くなっていい?」
「ど、どっちも嫌です!」
「ふ〜ん?私聞こえてたんだよ?お義母さんが警告してたの」
「あっ…」
つまり、お母さんに非はない。
悪いのは私だって言いたいって事で良いのかな…?
「お、落ち着こうよ!ほ、ほら!一緒にお昼寝しない?お互い抱き合ってさ!!」
「それいいね。…で?」
…ヤバイ、相当お怒りだ。
私の目の前までやって来た千夜は、私の顎をつまんで無理矢理前を向かせる。
「しっかり私の目を見てね?ほら、なんていうの?」
「うっ……ご、ごめんなさい」
「よろしい」
はぁ…
反抗期とか関係なく千夜は面倒くさ――「琴音?」――これ以上はやめとこう…
私が余計なことを考えないと決めた時、千夜が私の体を引っ張ってお母さんから私を取り上げた。
「じゃあ、一緒にお昼寝しよう」
千夜は、コーンからブランケットを奪い取ると、横になって私を横へ呼ぶ。
とりあえず、コーンはお母さんに任せて私は千夜の横へ行く。
で、千夜は多分私のことを抱きしめたいはずだから、ピッタリくっついてあげてと…
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
千夜がおやすみって言ってきたから、一応私もおやすみって返しておいた。
あっ、お母さんがコーンをカゴに戻してる。
一応床は畳だけど、寝床に比べたら硬いからいつか動かしてあげたかったんだよね。
ありがとうお母さん。
私は、心の中でお母さんに感謝したあと、千夜から変なちょっかいを掛けられないようにするために、目を閉じて眠る事にした。
宝石店
「出来ましたよ」
「おお…誕生日までに間に合った」
「ふふっ、一度同じ物を作った事がありますので」
「ありがとう。これで千夜の誕生日に必要なものはすべて揃った。後はその日が来るのを待つだけだ」
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