第98話話し合いと告白

翌日十時半


「で?どうしてアイツの母親が来ないんですか?」

「も、もうすぐ来られると思いますが…」

「父親が来ないってのはまぁ良いわよ。仕事で忙しいのは分かるわ。で?なんで母親は来ないの?」

「そ、そんな事を私に言われましても……」


一人の女性が、鳴宮に詰め寄っていた。

琴音は時間通り来ていたが、琴歌が三十分待ってもまだ来ないのだ。

その苛立ちを鳴宮にぶつけているが、鳴宮からすればいい迷惑だ。

この場の全員が待つのにも飽き飽きしてきた頃、ようやく会議室のドアが開き、琴歌が入ってきた。


「……」


先程まで騒いでいた大倉母も、琴歌の姿を見て口を閉じてしまった。

なにせ、入ってきた女性は男性よりも背が高く、スタイル抜群で顔も整っていたからだ。

しかし、その好印象を木っ端微塵に消し飛ばしてしまうほどの、悪い印象を受け取る格好をしていた。


「ヤンママ…」


鳴宮は他の人に聞こえない程の小さな声でそう呟く。

そう。琴歌は見る人全員が『ヤンキーだ』と答えるほどそれらしい格好をしていた。

そこに持ち前の高身長とスタイルの良さが合わさり、立っているだけで威圧感を感じさせていた。


「……」


琴歌は近くに来てもなお、目を合わせようとしない琴音の下まで来ると、座っている琴音を思いっきり蹴りつけた。


「――ッ!!」


蹴られた瞬間、琴音は声にならない声を出すが、地面に叩きつけられた事で、その声も消える。

琴歌のあまりの行為に、教員、大倉母、大倉父、大倉は、一時的に思考がショートして何が起こったのか理解出来なかった。

しかし、次の瞬間、嫌でも何があったか理解させられる。

ガンッ!という何かが叩き付けられる音によって、我に返った全員は音の正体を見て目を丸くした。

そこには、後頭部を掴まれ机に顔を押し付けられる琴音と、琴音の頭を抑えながら頭を下げる琴歌の姿があった。


「うちのバカが失礼しました。治療費兼慰謝料は既に用意しています」


琴歌そう言って懐から分厚い茶封筒を取りだした。

それも二袋。


「ここに二百万あります。これで許してもらえないでしょうか」


口調からは誠心誠意といった感情は見られないが、謝ってはいるつもりらしい。

しかし、力技で琴音の頭を下げている事に目が行って、謝罪が伝わってこない。


「……も、もう結構です!頭を上げてください」


大倉母は琴歌の明らかにやばそうな雰囲気に押され、頭を上げるように言った。

琴歌が頭を上げ、琴音の頭を無理矢理上げる。

かなりの力で叩き付けられていたのか、額が赤くなっている。


「えっと…娘さんの頭を離してあげた方がいいと思いますが…」

「大丈夫です。かのバカは私に似て力で言うことを聞かせるのが一番良いので」

「あの…それ虐待なんじゃ…」

「虐待?これは教育ですよ。人の言う事を聞くという教育です」


そう言って、琴歌は乱雑に琴音の後頭部から手を離すと、身長差を活かして鳩尾を蹴りつける。


「いちいちここまで来るのが面倒だ。あんまり騒ぐなよ」


蹴られた勢いで吹き飛んだ琴音を睨みながらドスの利いた声でそう言うと、琴音の胸倉をつかみ、そのまま外まで引きずって行った。


「……アイツの親…あんなに酷かったのか…」


そこら中に湿布が貼られた大倉が琴音の出ていった扉を見つめながらそう呟く。

それを聞いた大倉母もそれに納得するように口を開いた。


「あんな親じゃ、あんな風に育つのも納得ね。しかも、父親の方も多分酷いわよ」


父親の方も酷い。

この言葉に納得したように、鳴宮も話し始めた。


「ですね…こんな大事な時に、仕事だからと一蹴して来ようともしない。…父からはネグレクト、母からは虐待。警察に通報したほうが良さそうですね」


琴音に対する仕打ちを見て、警察に通報する事を視野に入れた鳴宮。

ソレが琴音の助けになるかは分からないが何もしないよりは良いだろう。

大倉家族を見送った後、鳴宮は近くの交番へ向かった。







数日後


「先生。余計なことに首を突っ込まないで」


またもや問題行動を起こした琴音を生徒指導室へ呼び出して、最初に言われた言葉がこれだった。


「…もしかして、お母さんが―「捕まってないよ」――じゃあ、お父さん?」

「二人とも捕まってない。何なら警察は家に来てない」

「はぁ?」


鳴宮は琴音の言っていることの意味が分からず、首を傾げる。

すると、生徒指導室の扉がノックされ、教頭が入ってくる。


「鳴宮先生。ちょっと来てもらえます?」

「あっ、はい」


教頭に呼ばれた鳴宮は生徒指導室から出ると、あたりをキョロキョロと確認している教頭を見て、首を傾げた。


「大丈夫そうだな……あー、これ以上神条さんの家について、どうこうしようとするのは止めてくれ」


誰もいない事を確認した教頭は、耳を疑うような事を言い出した。


「えっ!?どういう事ですか!?」

「……そう言われたとしか言いようがないな。とにかく、これ以上関わるなという事だ。下手に首を突っ込めばそのままクビを切られるぞ」


教頭は若干怯えながらそう説明する。

脅しに聞こえるが、教頭自身もそう言われたのだろう。


「…分かりました。納得はいきませんが、“仕方なく”これ以上の詮索はしないことにします」

「ありがとう。ただ、神条さんに何か話を聞く分には大丈夫らしいから、今まで通り接してあげてくれ」

「はい」


教頭は心底ホッとしたらしく、軽くスキップしながら職員室へ戻っていった。

そんな教頭を見て、鳴宮は複雑な気分になったものの、これから琴音と話さなければいけないことを思い出し、深呼吸をする。


「ふぅ〜……お待たせ。じゃあ、お説教を再開します」

「…はぁ」

「嫌がっても無駄だからね。今日はしっかりとお説教です」


鳴宮はニコニコしながら、嫌そうに口をへの字にする琴音の反対側に座った。









「そんな事もありましたね」

「ええ。あの時の『これ以上踏み込むな』というのは、この事だったのね」

「はい。一般人が榊の事に首を突っ込んで良いことなんて、一つもないですから」


榊の問題に首を突っ込むと、そのまま首を落とされるだけ。

下手に刺激して消されるなんて事になったら大変だ。

本当、先生があそこで踏み止まってくれて良かった。


「そう言えば、今は駄菓子屋を継いでるのよね?ニュース見たわよ」

「そうなんです。私、今は駄菓子屋の店長なんですよ?……まあ、店を継ぐために学校辞めちゃったんですけど…」


これについては本当に謝らないといけない。

せっかく私のために頑張ってくれたのに、私は進学してすぐに辞めちゃった。

さて、なんて謝れば良いのやら…


「…もしかして、学校辞めちゃった事気にしてる?」

「…はい」


流石先生。

一年間私の為に頑張ってくれただけあって、雰囲気で思ってることを言い当てちゃった。


「先生が私のために頑張ってくれたのに、一ヶ月ちょっとで辞めてしまったので…先生の期待を裏切るような事をした事が…その…」


すると、先生はクスクスと笑って、おかしな物を見るような目で私を見た。


「確かに、学校を辞めちゃったのはあれだけど、神条さんは今幸せでしょう?」

「まあ…凄く幸せです」

「その幸せに、少しでも私が関わっているなら、貴女は私の期待に答えてくれてるわよ」


先生が私の幸せに関わってる………関わってるね。

今こうやって千夜と二人で居られるのは、先生のお陰な部分もある。

まあ、例え先生が居なくても千夜は私を落とそうとしてただろうけど…

でも、先生が私のために頑張ってくれて無かったら、今この瞬間ここまで千夜と親密になってなかったかも知れない。


「私の幸せは…先生が大きく関わってますよ」

「本当?それは良かったわ」

「はい………よし、誰も居ない」


私は、近くに誰も居ないことを確認すると、千夜の方を向く。

一秒も見つめれば、千夜も私が何をしようとしているか理解してくれる。

視線でタイミングを合わせ、私達はキスをした。


「……え?」


突然目の前でキスを始めた私達を見て、先生は目をパチクリさせている。


「先生。コレが今の私の幸せです」

「えっと……つまり…?」

「ふふっ…私達、付き合ってるんです」


先生は、顎に手を当てようと、胸の上辺りまで手が伸びてきたあたりで、目を見開いた。


「えええぇぇーーー!!?」


まるで、我が子が婚約者を連れてきたような反応を見せる先生。

もはや絶叫並の声で驚いてる。


「え……か、神条さんに、彼女が?えっ?彼女?え?神条さんってそっちのタイプだったの?」

「いえ…元々恋愛に興味はなかったんですけど、千夜の熱烈なアプローチに負けて…というか落とされて、そこから相思相愛になったんですよね」

「へ、へぇ〜?…えっと、二人は結婚とかは考えてるの?」

「勿論です!!」


突然千夜が横から出て来て、自信満々に断言する。

先生はそんな千夜を見て少し困惑したあと、私の方を見て視線で確認を求める。


「大丈夫ですよ。私もそのつもりなので」

「そ、そう……まさか神条さんが同性婚をするとは…」

「意外でした?」

「いや…意外と言うか……恋愛にまったく興味がないってイメージが強いから、そもそも結婚しないと思ってたの。でも、恋人を作って婚約の約束までしてるなんて…しかも同性と」


そうかな?

確かに恋愛に興味がないには同意するけど、同性婚なんて今時珍しい事でも無いんだけどねー


「…まあ、相手はどうあれ、私は元担任としてあなた達を応援するわ。お幸せに」

「はい。琴音は私が責任を持って幸せにします!」

「どうして千夜が言うのよ…」


何故かいい所を千夜に取られちゃったけど、結果的に先生にも納得してもらえたし良いでしょ。

……そうだ!先生に私の連絡先を教えておこう。

私は、空間収納から紙とペンを取り出して、私のスマホの電話番号と店の電話番号をメモ用紙に書く。


「先生。コレ、私の連絡先です。何かあったら連絡してください」

「ありがとう。でも、何かあったらってどんなこと?」

「えーっと、相手が法に触れるような事をしてきた時とか、警察が頼りにならない時とかですね。私や千夜の後ろには首相以上の権力者が居るので」


万が一、先生に何かあった場合、榊の力を使って先生を助けてあげる。

権力という、人間社会において圧倒的な力を持つものを持ってね。


「それは頼もしいわね。じゃあ、いざという時は、その権力にあやかろうかしら?」

「ええ。是非連絡してください」


これで、先生に手を出そうとするバカ。

或いは、手を出したバカは秘密裏に処刑される。

日本最強レベルのプロテクトを、先生にも付与しておいた。

持つべきは権力者の親戚だね。

…ん?そう言えば、先生は何しに来たんだろう?


「…そう言えば、先生は何をしにここに来たんですか?」


ふと気になったので聞いてみた。

すると、先生は何か大切な事を思い出したらしく、目を見開いた。


「あっ!そうだった!今日ここで最高級和牛の安売りをしてたのよ!!今の時間は……」


袖を捲くって腕時計を確認した先生は、その場で硬直してしまった。

……安売りは終わっていたらしい。


「あの…お詫びに私がお金出しましょうか?」

「いや…教え子にそんな高い買い物させるなんて…」

「探索者として結構稼いでるので、別に高級和牛くらいなら食べ放題レベルで買えますよ?」


私のせいで安売りの時間が終わっちゃったんだから、せめてお詫びさせてほしい。

千夜もこれくらいなら許してくれるはず。

…というか、これくらいしないとむしろ怒ろられそう。


「でも、それは神条さんが働いて稼いだお金でしょ?」

「……そう…ですね」


言えないよね。

家にある私だけのダンジョンで稼いだお金だなんて…


「琴音、もっと押してよ。遠慮せずにグイグイ行ったほうがいいよ」

「え?う〜ん……じゃあ、先生、ちょっと付いてきてください」

「いや、そんなに気にしなくても」

「先生や私が良くても千夜が…ね?」


私が千夜の方を見ると、ニコニコ笑顔の千夜が先生の事を見ていた。

別に威圧がこもっている訳でも無いし、脅してる訳でも無いんだけどね?

…なんか怖い。


「…なるほど、もう尻に敷かれちゃってるのね」

「はい……千夜は結構押してくるタイプなので」

「そうよね…神条さんって意外と遠慮がちだものね」


何故か温かい目で見られてるけど、気にしないでおこう。

理解しちゃったら負けな気がする。


「鳴宮さん。この元ヤンの財布は遠慮せず使って下さい。どうせすぐにもとに戻るので」

「え、でも…」

「遠慮しないでください」

「はい」


あ、先生も千夜に言いくるめられた。

……まあ、押し負けたと言った方が良いんだけど。

別になにかされる事はないんだけど、逆らったら駄目な気がするんだよね。千夜って。

私の場合は最悪喧嘩になるからアレなんだけど。

というか、私千夜に逆らえないのか…

…あれ?私の立場低くない?


「神条さん」

「はい、何でしょう?」


自分の立場の低さになんとも言えない気分になっていると、先生が声を掛けてきた。


「頑張ってね」


……何故だろう。

どうして私はこんなにも悲しい気持ちでいっぱいになってるんだろう?

私は、心の中でシクシク泣きながら先生に高級和牛を買ってあげた。



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