第97話琴音の過去 不良と喧嘩

三年前 某中学校


「おいおい!チビの癖に調子乗ってんじゃねえぞ!あぁ?」


ガタイのいい不良が背の低い女の子に怒鳴っている。

普通なら泣きそうなものだが、その女の子は泣かない。

それどころか、不快そうな目で不良を睨んでいる。


「止めときなよ大倉くん!神条は不味いんだって!」


不良の取り巻きの一人が止めようとするが…


「うるせぇ!!このクソチビをぶっ殺――」


不良は女の子に顎を蹴り上げられる。

その威力は相当なもので、不良は強制的に天井を見せられた。

首がガクン!と真上を向き、体が数センチ浮いた。

そして、尻餅をつき背中から地面に倒れ込んだ。


「〜〜ッ!!」


不良は痛むお尻を擦る。

そこに、女の子が冷たい視線を向けながら口を開いた。


「邪魔だ。そこ退け」


一般人だったとしても、本能的に感じ取れるであろう威圧のこもった言葉。

不良は威圧に耐えられずすぐに道を開けた。

女の子がそこを通ると、それを待っていたかのように、後ろに待機していた他の生徒達が女の子の後に続く。


「クソが…」


不良は歯を食いしばりながら女の子の背中を睨みつける。

すると、先頭を歩いていた女の子がピタリと止まり、不良の方へ振り返る。

そして、そのまま不良へ向かって歩き始めた。


「チッ!舐めやがって…ちょっと強いからって、女のくせに調子に乗るなよ!!」


不良は起き上がると、向かってくる女の子に拳を振り下ろす。

しかし、女の子はそれを知っていたかのようにヒラリと躱すと、不良の顔面を殴る。


「ぐっ!」


顔を殴られて怯んだ不良に、今度はもう片方の手で鳩尾を殴る。


「がっ!」


女の子は、思わず前屈みになった不良の頭を掴み、頭の位置を低くするとそこへ強烈な膝蹴りを入れる。

それだけでは終わらず、頭から手を離したと思えば膝蹴りをした足で腹を蹴って、不良を蹴り飛ばす。


「大倉!!」


取り巻きの一人が名前を呼ぶ。

名前を呼ばれて顔を上げたところに、女の子が回し蹴りを突き刺した。

頭をかなりの威力で蹴られた事で軽い脳震盪を起こした不良は、焦点が定まっておらず、体に力が入っていない。

しかし、女の子はそんな事は全く気にすることなく不良の胸倉をつかみ、壁に押し付ける。

そして、片手で不良を壁に固定するともう片方の手で不良の腹や鳩尾を執拗に殴る。

他の生徒や取り巻き達はそれを見ていることしか出来なかった。


「やめ……ろ……」


殴られ続けていた不良は、なんとか口を開いて止めてくれと頼むが、女の子はより一層強く殴った後、不良を睨みつける。


「はぁ?『やめろ』だと?ソレが人に何か頼む態度――「コラー!」――チッ」


第三者の怒鳴り声に、女の子はそれ以上何もしなかった。


「待ちなさい神条さん!何処に行くの!?」


不良から手を離すと、すぐにその場を離れようとした女の子に教師が待ったをかけた。

女の子――琴音は足を止めて教師を睨みつける。

その教師の左頬には湿布が貼られていた。


「教室に戻るだけです。何か文句ありますか?」

「大ありよ!今回ばかりは親御さんを呼ばせてもらうからね!!」

「…好きにすれば?アレを呼んで困るのは先生達の方だから」


適当なことを言って、その場を離れようとする琴音に教師は不愉快そうに眉間にしわを寄せた。


「神条さん。生徒指導室に来て」

「また?まあ、五、六時間目の授業サボれるし良いいよ」


琴音はそう言って、生徒指導室へ向かった。


「あなた達、三組のみんなに五時間目は自習になったって言っておいて」

「「はーい」」


近くに居た生徒に自習の報告を任せて、教師も生徒指導室へ向かった。





「はぁ…もう少し穏便に出来ないの?」

「鳴宮先生。私は『道を開けて』って言っただけですよ?あの場に居た他の生徒に聞けば分かると思いますけど、喧嘩を売ってきたのはあっちなので」

「だとしても、よ。それに、例え先にあの子達が殴りかかっていたとしても、貴女はやり過ぎなのよ。もう少し控えめにやっていれば、『殴られそうになって身を守る為にやった』って言えたのに…」


教師――鳴宮は琴音をなんとか諭そうとするも、琴音は興味なさげに髪の毛をいじる。


「…で、今回はもうどうしょうもないわよ。確かにあの子の親はあんまり子供に興味が無さそうだけど、流石にあそこまでされると黙っちゃいないはず。神条さんの親御さんを呼ばせてもらうわ」

「好きにして」


親を呼ぶと伝えてもどうでも良さそうな琴音。

鳴宮もこれには頭を抱える事しか出来ず、ストレスが溜まる一方だった。


「多分、ババァは今家にいると思う。連絡しとくなら今だよ」

「…分かったわ。一応、連絡してくるから待ってて」


母親の事をババァ呼ばわりする琴音に、若干文句を言いたげではあったが、それを怒るよりも報告をすべきと判断した鳴宮は生徒指導室を出た。





「あ、えっと、大葉中学校三年四組担任の鳴宮と申します。神条琴音さんのお宅でよろしかったでしょうか?」


教師にやって来た鳴宮は琴音の家に電話を掛けた。

そして、意外にもすぐに電話が繋がった事に若干驚きつつも、琴音の家の電話かどうか確認を取る。


『はい。うちは神条ですが?どうかされました?』


電話の向かい側からは、まるで興味がないといった雰囲気の適当な返事が返ってきた。


「えー…実はですね。琴音さんがある生徒に対しかなりの暴行を加えてしまいまして…その事で近日中に学校に来ていただく事になる可能性がございますので、ご連絡の方を先にさせていただいたのですが…」


鳴宮が要件を説明すると、電話からは溜息が聞こえてきた。


『あのバカが何をしたか知りませんが、大した怪我じゃないのなら私は行きません。金が欲しいならいくらでもやると相手の親に伝えてください。さようなら』


そう言って電話は一方的に切られてしまった。

あまりにも適当で突然切られた事で、鳴宮は一瞬何が起こったのか理解できず固まってしまった。


「何あれ…」


ようやく我に返った鳴宮は、そんな言葉をこぼして不愉快な気分になる。


「『蛙の子は蛙』なら『蛙の親も蛙』ね…大倉くんの親御さんになんて説明すれば…」


鳴宮は、琴音とは別の方向で頭を抱えたあと、まだ大倉の両親に例の件を伝えていない事を思い出し、すぐに連絡した。

電話は意外にも神条家同様すぐに繋がり、先程と同じように状況を説明した。


「――という訳でして…今、大倉くんは保健室に居るはずなんですが…」

『もし、あの子が病院に行く必要があるようなら、治療費はソイツの親に請求します。あと、直接会って話がしたいので、そうですね……明日は土曜日なので相手側も来れますよね?』


琴音母が来れるかどうかを聞かれて鳴宮は一瞬固まった。

しかし、説明のしようがないので言われたことをそのまま伝えることにした。


「実は、相手の母親には既に連絡していまして…その時に『大した怪我じゃないのなら私は行かない。金が欲しいならいくらでもくれてやる』と仰っておられました…」

『はぁ〜〜!?なんですかその非常識な親は!?そんな親の子なんてどんな危険な奴か……すぐに迎えに行くので、帰る準備をしておいてください!』


そう言って電話を切られ、鳴宮またも頭を抱える。


「だよねぇ……そんな親の子供なんて、何するか分かんないし…まあ、その結果がアレなんだけど」


ブツブツと独り言を呟きながら頭を掻きむしる。

しかし、まだ問題は始まったばかりだ。

その事を考えてまた頭を抱え、溜息をつく鳴宮。


「はぁ…荷物取りに行くか」


鳴宮は重い足取りで大倉の荷物がある二組へ向かった。







「なんですかこれ!?絶対鼻折れてるじゃないですか!!」


大倉の事を迎えに来た大倉母は、傷だらけの我が子を見て鳴宮に向かって怒鳴る。


「実は、私も止めに入ったのがかなり後で、何があったのかまだ詳しくは分かっていないんです。知っているのは、壁に押し付けられて執拗に殴られていた事だけでして…」

「他に様子を見ていた先生は居ないんですか!?」

「生憎、そこは先生含めあまり通らない場所なので……たまたま近くに居た私が、様子を見ていた生徒に連れられて、そこに行くまでは誰も見ていないんです。生徒は何人も居たようなので、これから話を聞く予定です」


そう言うと、大倉母は顔を顰めながらも納得したようで、大倉を車に乗せる。


「明日、相手の親からも話を聞きますので、必ず呼んでください。必ずですからね」


大倉母は念入りにそう言うと、車に乗って病院へ向かった。

鳴宮は、大倉母が去ったことを確認すると、隣りに居る保健室の先生に相談する。


「…アレ、今日中にどういう状況だったか聞き出せって事ですよね?」

「みたいですね…手の開いている先生にも手伝ってもらって、その様子を見ていた生徒から話を聞き出しましょうか」


かなり無理矢理ではあるが、今の大倉母とはまともに会話できそうにない為、せめて生徒から話だけでも聞くことにした。

そして、五人がかりで様子を見ていた生徒から話を聞き出すことになった。


一時間後


「神条さんは大倉くんに退いてもらおうと普通に話し掛けただけ。しかし、大倉くんはそれをバカにされてると思い、喧嘩腰に返事した結果顎を蹴り上げられた。ソレがきっかけで喧嘩に発展し今に至る――概ねこんな感じですね」

「何と言うか…直接手を出した神条さんはもちろん悪いんだけど、大倉くんももう少し頭を使えなかったのかな?って思っちゃいますね」

「さっき電話で怪我の程度を聞いたんですが……結構酷いらしいですよ」

「骨が何本か折れてるとか?」

「はい。肋骨が折れてるらしいですよ。後、鼻も折れちゃってるみたいで、手術する事になったそうです」

「それは……ますます神条さんの所の負荷が不味いですね」

「お父さんの方に連絡はついたんですか?」

「一応繋がりましたけど……着てはくれなさそうです。明日も仕事があるらしいので」

「となると、あの非常識なお母さんが来るのか……はぁ、心配だ」


生徒から話を聞いた先生達は、話をまとめて小会議を開いていた。

途中、何度か電話で状況を聞いたり琴音父に状況を伝えたりと色々としていたが、どちらも頭を抱える結果になった。


「で、話し合いは十時からということで進めていいですね?」

「はい。神条さんにもそう伝えてください」

「分かりました。では連絡してきます」


そう言って教員の一人が立ち上がり、職員室へ向かった。

部屋の空気はとても重たく、居るだけだストレスの溜まる嫌な空間になっていた。

すると、帰りの会開始を伝えるチャイムが鳴った。


「鳴宮先生、一度席を外して帰りの会をしてきてください。生徒達が待っていると思うので」

「そうですね。じゃあ、行ってきます」


鳴宮は帰りの会をするために一度部屋を離れ、教室へ戻る。

そして、簡単に帰りの会を終わらせるとすぐにまた会議室へ戻った。

その日は明日の話し合いの予定をある程度決めて、各自解散となり教師としての仕事も終わらせてから鳴宮は家に帰った。

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