第96話恩師
翌日 某デパート
「えっと…コイツも買っておくか」
「ねぇ琴音。このお酒って美味しいの?」
千夜はアルコール度数高めのお酒を持ってきて、私に見せてくる。
適当に値段が高かったから選んで来たな…
「…それは初めて飲むにはキツイんじゃない?チューハイとかから入った方がいいよ」
「分かった。じゃあ止めとく」
今私達が何をしているかというと、千夜の誕生日パーティーにむけて、少しずつ買い物をしているのだ。
パーティーでどんな料理を出すかはまだ明確には決まっていないから、適当にデパートを見て回って考えている。
……今は、たまたま見つけたお酒専門の店に居るんだけど。
「なんか、不思議と緊張してきた…数日後にはもうお酒が飲めるんだよね?」
「そうだね。千夜は例の新法に適用されるから、あと数日だね。……まあ、私は我慢出来なくてもう飲んだけど」
「琴音が私を置いて、お義母さんと二人で飲んでた時は殺意が湧いたよ…絶対飲まないでね?」
『例の新法』というのは、五ヶ月前に新しく制定された『特別飲酒許可法』というものの事だ。
コレが何かざっくり説明すると、
『国が認めた一部の探索者に限り、十八歳からの飲酒を許可する』
…というもの。
要は、一定以上の強さの探索者は、十八歳からお酒が飲んでもいいよって事だね。
私の探索者カードには『特別飲酒許可法適用者』と『特別喫煙許可法適用者』の二つの項目がある。
『特別喫煙許可法』というのは、さっきの法のタバコバージョンだね。
「新法が制定されてから、それなりに酒とタバコの需要が増えたんだよね?」
「まぁ、二十歳以上の男性探索者の八割は喫煙者だし、女性も四割が喫煙者だからね。そして、探索終わりの一杯は格別だよ?酒はもちろん、探索者専用の居酒屋があるくらいなんだから、そりゃあ需要が増えるよね」
探索者の飲酒喫煙率は異常に高い。
普通の成人男性の喫煙率が大体二割、女性は数%なのに対してソレだからね。
お酒に関しては、タバコ以上に需要があるし。
どうして、そこまで探索者の飲酒喫煙の割合が高いかと聞かれると、ダンジョンという特殊な環境下だからとしか言いようがない。
だって、化け物がいつ襲ってくるか分からない状況で、現代人からすれば慣れない洞窟や古代迷宮、森や山などを探索するとなると精神的疲労というのは計り知れない。
更に、ある程度軌道に乗った探索者はそこそこな収入が期待出来て、普通のサラリーマンのように『明日も朝早くから出社か…』なんて状況がない。
いつダンジョンに行くかなんて、自分で決めれば良いんだから、お酒を飲んで二日酔いになっても全く問題ない。
昼間っから酒飲んでる探索者なんて山ほど居るよ。
「酒とタバコは量さえ気を付けていれば、ストレス解消には結構いいからね。今までは、二十歳以下の探索者の精神的疲労が問題だったからね。ソレの改善策としてはいいと思うよ」
「税収も増えるしね」
「そうそう。対象者も『一部の探索者』だから、全員が十八歳になったら酒が飲めるって訳でもないし、バランスは取れてそうだけどね」
……まあ、酒を合法で買えるようになったクソガキが、クソガキ仲間に渡さないとも限らないけど。
そこは政府も対策しようとは頑張っているみたいだけど、規制しすぎると新法の意味が無くなるからね。
難しい話だね〜
「よし、これくらいかな」
私はある程度お酒をカゴに入れると、レジへ持っていった。
「はい」
私の場合、まず最初に探索者カードを見せる必要がある。
どうしてかって?
……私の身長を忘れたか?
どうしても実年齢よりも低く見られるせいで、カードを見せないと店に入れてもらえない時すらある。
毎回不機嫌そうにするのも大変なんだよ?
まあ、あからさまに不機嫌そうな私を見て、めちゃくちゃ頭下げてくる店員を眺めるのは楽しいけど。
「お会計十四万三千四百円になります」
おぅ…十万超えたか。
しれっと高そうな酒がいくつか混じってるし、仕方ないのかも知れないけどさ…
「凄いよね…これの半分以上は税金なんだよ?」
「新法と一緒に増税されたからね。酒税」
ダンジョンが出現し、酒の需要が増えてから酒税の増税が加速した。
今では、どんな酒を買っても値段のおよそ六十%は税金だからね。
本体価格よりも税金の方が高いってのはどうかと思うけど…
ボッタクリも良いところだからね。
「ありがとうございました〜」
店を出た私は、お酒を空間収納に仕舞うと次の買い物に向かう。
……しかし、なんだかやる気が出ず千夜一人に行ってもらう事にした。
千夜はめちゃくちゃ嫌そうだったし、絶対後で文句言われるけど私は休みたかった。
「休みと言うなの喫煙タイムなんだけどね〜」
最近またタバコを吸い始めたせいで、これまで抑えられていたニコ中が暴れ始めた。
千夜に怒られるから一日一本までに出来るよう努力はしてるんだけど…まあ、結果は予想通りということで。
外にある喫煙所にやって来た私は、空間収納から取りだしたタバコに火を付けて、一服する。
「ふぅ〜…」
他にも利用者が居るし、今は昼間だから声には出さない。
深く息を吐くように、煙を吐き出すだけ。
本当なら言いたいことは色々あるけど、ここでそれすると、独り言がうるさいヤバい奴になるから絶対言わない。
はぁ…ずっとこのままで居たい。
そんな事を考えながら一本目を吸い終わり、二本目を吸おうとした時…
「神条さん?」
懐かしい声で私の名前が呼ばれた。
某有名コーヒーチェーン店
「えっと…この人が琴音の恩師?」
某コーヒーチェーン店、スター○ックスにやって来た私は電話で千夜を呼び寄せると先に紹介した。
「そう。中三の時担任をしてた私の恩師、『
「えっと…初めまして、鳴宮と申します。よろしくお願いします」
「あっ…えっと、初めまして、神科千夜と申します。よろしくお願いします」
意外と普通に挨拶合戦をする千夜。
千夜の事だから、気付かれない程度に殺気を見せて敵認定するのかと思ってたけど…
割りと普通に話してっ!?
「琴音?」
「痛い痛い!ちょっと、手の甲の皮を抓らないで!」
「私の事を、裏で誰にでも牙を剥いてるみたいな言い方止めて」
「だって事実――イテテテッ!?」
何故かめっちゃ抓られた。
私は事実を言っただけなのに……
すると、その光景を見た鳴宮先生が嬉しそうに微笑む。
「良かったわね。仲のいい友達が出来て」
「え?そ、そうですね…先生が私の先生だった頃は荒れまくってたので」
「そうね。だいぶ……いや、別人かってほど丸くなったわね」
確かに、先生からしたら今の私って『誰?』って感じだろうね。
あの時は本当に酷かった。
でも、今丸いのは先生の影響が大きい。
「先生には本当に感謝しています。もしあの時先生が居なかったら、今こうやって千夜と仲良く出来てたか分かりませんから」
「それは良かったわ。しっかり教育したかいがあったわね」
先生が居なかったら、高校に行ったとしても荒れたままだっただろうし、そんな状況だと千夜と仲良く出来てたか分からない。
本当、先生には感謝しかないよ
「…ふふ、本当に丸くなったわね」
「そうですね〜。出会ったばっかりの頃は碌でもない記憶しかないですけど、卒業が近づくに連れて良い話になっていきましたからね」
「じゃあ、碌でもない話から始めましょう。ほら、一学期の頃、学校でお酒を飲んだ神条さんが私を殴った話とか」
「うぐっ……あんまり黒歴史を抉らないで下さいね?」
一応、お願いしてみたけど、先生ならわざと抉ってきそう。
先生、割りとSが強いから…
「学校にお酒を持ってきて、その事を私に怒られた時、神条さんはなんて言ってたと思う?」
「う〜ん…『うるさい』とか『黙れ』ですか?」
「残念!正解は『たかが下っ端教師の分際で、私に指図するな』でした〜」
な、なにそれ…
失礼極まりないでしょ、そんなの。
当時の私は何を考えていたのやら…
「琴音…そんな事言ってたの?」
「い、いや!それは昔の話で!しかもその時酔ってたみたいだからさ!」
「『私は榊本家の人間だぞー』って…」
「ちょっと場所変えましょう!」
私はコーヒーを一気に飲み干すと、無理矢理二人の手を引いてその場を離れる。
そして、人が来なそうなベンチへ向かう。
「ここなら誰にも聞かれないはず……えっと…本当に私そんな事言ってました?」
「言ってましたよ?」
「あー……榊って何か分かりますか?」
「どこかの家の事でしょ?別に、深く調べるつもりはないけど……それがどうかしたの?」
ふぅ…
なんだ、先生は榊をどこかの家名って事しか知らないのか。
なら、多分安全なはず。
「そう言えば、『榊本家』ってなんなの?」
「え?…えーっと…私の母の旧姓です」
「へぇ〜。じゃあ、神条さんは榊さんって呼ぶ事も出来るのね」
「……出来ればその言い方はしてほしくないですけど」
榊は世間的に知られておらず、世間に話が広がることを嫌っている。
なにせ、その多方面へのコネを利用して法的に不味いことを山ほどやって来た。
それが明るみになると本当に不味い。
「…まあ、少し前に榊について調べたことがあったんだけどね」
「「!?」」
突然の爆弾発言に、私と千夜は思わず目を見開いた。
私は先生の肩を掴んで真剣な顔で話しかけた――つもりだったんだけどね?
「先生!何もされてませんか!?拷問とか拷問とか拷問とか!」
「変な薬を飲まされたりしてませんか!?アレならやりかねないので!」
「え?えっえっえっ?」
多分、鬼気迫る表情をしてたんだと思う。
先生本気で困惑してるし、千夜もかなり焦ってるし。
まあ、先生はそれくらい危ない事をしてた。
「えっと……黒服の男の人が家にやって来て『それ以上踏み込むな』って言われたんだけど……ヤバかった?」
「「最悪死んでましたよ!?」」
「そ、そうなんだ…」
榊が警告だけで済ませるなんて珍しい。
もしかしたら、先生が殺されていたかも知れない。
はぁ……先生が無事で良かった。
「あの…榊って暴力団なの?」
「暴力団?あんなチンピラの集まりと一緒にしたら不味いですよ」
「榊は日本の闇を司るような存在と言っても過言じゃありませんからね……暴力団なんて可愛いものですよ」
私達は榊の人間だから全然怖くないけど、無関係な人間からしてみれば、敵に回したら国と日本の大企業全てを同時に敵に回すことになるヤバい連中だからね。
そして、秘密裏に殺されて処理されるから報道されることもなく、警察からは行方不明扱いで家族の元に帰ることもできない。
…やっぱり榊って恐ろしい。
「つまり…知らないほうが幸せって事?」
「いえ、『幸せ』ではなく『身のため』です」
「あー…うん…はい」
先生が冷や汗流してる。
そりゃあそうだよね。
だって、知り過ぎたら殺されるかも知れないような家の事を調べようとしてたわけなんだから。
下手したら先生の命が危うかった。
「…話変えるね」
「そうしてください…」
その方が先生の身のためだ。
…さて、どんな話をしてくれるんだろう?
「じゃあ、不良をボコボコにして病院送りにしちゃった話とかどう?」
「……あぁ、アレですか!そんな事もありましたね」
私の頭の中に、ソレがどんな事だったかが浮かび上がってきた。
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