第95話コーンの色々

動物病院


都内の一番大きい動物病院に来た私は、で魔法を使った最新技術の検査でコーンの状態を確認してもらった。


「えー、特に感染症や寄生虫等は見られませんね。もしかしたら、ダンジョンにはそう言ったものが無いのかも知れません」

「良かった…ワクチン接種とかってしたほうがいいんですか?」

「う〜ん…どうでしょうね?子豚とはいえモンスターですよね?免疫力も普通の豚の比じゃないと思いますが…」


確かに……探索者は体が強いから、風邪を引く事は殆ど無い。

それと一緒で、モンスターも弱いものじゃなければそう簡単には病気になるとは思えない。

でも、万が一という事もある。


「やっぱり、今できるワクチンは接種させておきたいです。万が一があるかも知れないので」


コーンのためにも、『多分大丈夫』はしたくない。

もしそれでコーンが病気になったら大変だからね。


「分かりました。では、使えそうなワクチンを持って来ますので、少々お待ち下さい」


獣医さんはそう言って席を立つと、ワクチンを探しに行ってくれた。


「良かったわね。で、凄くいい検査とワクチン接種が出来て」

「千夜が自分でお金を出すって言ったんでしょ?私は確認したからね?『本当にいいの?』って」

「だからって、恋人の金をこうも馬鹿みたいに使うのはどうなの?」

「別にいいじゃん。もう、そう遠くない未来には、私達の財産は共有になるんだから」


私がそう言うと、千夜は口をへの字ににして黙った。

千夜が十八歳になったら、色々と用事を終わらせてから結婚する予定。

その事は千夜も嬉しいみたいだけど、今後はコーンを飼うお金は二人で出す事になる。

きっと千夜の事だから、お金は自分と私の為だけに使いたいんだろうね。

そこに、コーンが割り込んできたせいで、お金がいくらかそっちに流れちゃう。

千夜はそれが嫌なんだと思う。


「…私、コーンを飼うの反対」

「うん。知ってる」

「じゃあ、コーンはダンジョンに帰してきて」


そんなにコーンが嫌か…


「いや、ペットが一匹二匹いたっていいでしょ?可愛いんだから」

「…確かにコーンは可愛いよ」


千夜は私の腕の中でリラックスしているコーンに目を向ける。

気持ち良さそうに目を半分閉じて、完全に私に身を任せている。


「でも、これ以上琴音の愛が私以外の誰かに向くのが嫌だ」

「……」

「琴音のにはずっと私だけを見てほしいのに…」


…それで、夏になるとやたらとヒマワリを植える事を勧めてくるのね。

ヒマワリの花言葉『情熱』『憧れ』そして…


『あなただけを見つめる』


つまり、ヒマワリを育ててその花を私が千夜に贈るってシチュエーションが見たいんだろうね。

…そこでお母さんにあげたらどんな反応するんだろう?


「私、この前の誕生日に色々と花を贈ったでしょ?あれ全部、しっかりと意味のあるものだけを選んだんだよ?」

「え?そうなんだ…」


何があったっけ?

確かパンジーと……なんだっけ?

他の全部忘れた。


「パンジー『私だけを想ってください』インパチェンス『目移りしないで』シロツメクサ『私を見て』。ずっとお願いしてたんだけど…気付いて無かったの?」

「……ごめんね?」

「…バカ」


あ〜…拗ねちゃった。

どうしよう。この状態の千夜って中々復活しないんだよね…

二人だけで寝てもずっと拗ねたままだし。

誕生日になれば復活しそうだけど、それまでずっと拗ねられてると私も気分が悪い。

後で何とかしないと。

丁度獣医さんも戻って来たしね。


「お待たせしました……何かありました?」

「大丈夫です。ちょっと、この子が拗ねちゃっただけなので」


戻って来た獣医さんは、明らかに何かあった空気を感じ取って、何かあったのかと聞いてきた。

まあ、詳しくは教えられないから、千夜が拗ねた事だけ伝えておく。


「そうですか……では、早速ですがワクチン接種を始めたいと思います。暴れないように抑えてもらえませんか?」

「ここでするんですか?……えっと、お願いします」 


人間のワクチン接種とは違うんだから、もっと専用の台とかでするのかと思ってたけど…違うのか。

まあ、コーンが暴れたら確実に台が壊れそうだから、私が抑えておくのが正解なんだけど。


「はい、しっかり抑えて下さいね」


獣医さんは持ってきた注射器をコーンに近付ける。

すると、それで何をされるのか本能的に察知したコーンが暴れ出した。


「プギャァ!プギャァ!」

「あっ、ちょっとコーン!大丈夫だから暴れないで!!」


私は必死にコーンを抑えるが、足の力の強いコーンに私の腕が悲鳴をあげる。

子豚が出していいパワーじゃないでしょこれ。


「ちょっと!千夜も手伝って!」

「えっ?うん…」


千夜に応援を要請して、二人がかりでコーンを抑える。

すると、コーンが変な叫び声をあげた。


「ギャァァ!」


注射を嫌がるのとは別の早く傷付けられたかのような叫び声。

よく見ると、千夜の掴んでいる後ろ足が凄い力で抵抗している。

もしかして…


「千夜、手を離して」


千夜がコーンの後ろ足から手を離すと、コーンは泣き叫ぶのを止め、私に抱きついてきた。


「やっぱりね…」


千夜が掴んでいた後ろ足を見てみると、手の形に痣が出来ていてとても痛そうだった。


「千夜、これはどういう事?」

「……」

「どうしてコーンにこんな事するの?」

「……」


私は、千夜を責めるように問いただす。

千夜はそっぽ向いて私の質問を無視してくる。


「千夜…」


手を掴んで握ってみても、千夜は無反応。

そんなにコーンを可愛がる私が嫌か…


「はぁ…コーンを痛くないからじっとしてて」


仕方がなくコーンを説得してワクチンを打つ事にした。

コーンは賢いからすぐに納得してくれるはず。


「大丈夫だよ。痛いのはあっという間に終わるよ」

「ブゥ…」

「お願い。後でトウモロコシあげるから。ね?」


コーンはずっと嫌そうにしていたけど、千夜がイライラしているのに気付いてからは、すぐにじっとしてくれた。

注射器の針が皮膚に近付くと、コーンは目を瞑ってプルプル震えだした。

その姿が可愛くて、つい笑いそうになったけどコーンのためにも必死で耐えた。

そして、針が刺さりワクチンが注入される。


「はい。もう終わりましたよ」


一秒か二秒か…それくらいの時間でワクチン接種は終わった。

コーンは目をパチクリさせながら、私と獣医さんの顔を見る。


「コーン、もう終わったんだよ?」


すぐに理解出来なかったのか、コーンは私の顔をじーっと見つめた後、体の力を抜いてリラックスし始めた。


「一応、今打てるものはしておいたので、大丈夫だと思いますよ。まあ、ワクチンなんて打たなくてもいい気がしますけど」


…確かにそうかも。

万が一とは言っても、三十年ダンジョンで過ごしてたコーンがそんな簡単に病気になるとは思えないし。

…まあ、一応ね?


「ありがとうございました」

「はい。お大事に」


私は獣医さんにお辞儀して部屋を出た。






デパート


「…どこ行くの?」

「ん?アイスとメロンパンを買いに来た」

「トウモロコシは?」

「一応買う」


あ…また不機嫌になった。

そんなにコーンの事が嫌い?

こんなに可愛いのに…


「何あれ!?めっちゃ可愛い!」

「子豚ってあんなに可愛いんだ…」

「抱っこされて気持ち良さそうにしてるよ。可愛い〜」


ほら、やっぱりコーンは可愛いんだよ。

コーンは女性に大人気だね。 

そのうち、エサをあげようとする人が現れそう。


「…自分で歩かせたら?」

「う〜ん…確かに、これから買い物するならコーンは歩かせた方がいいかも。コーン、自分で歩いてくれる?」

「フガッ!」

「ありがとう」


うん、やっぱりコーンは頭がいい。

私の言ってる事を理解してくれるんだもん。

……主従契約の影響で、私の考えが伝わってるだけなのかも知れないけど。


「見て!てくてく付いて行くの可愛い!」

「ママー!私も子豚欲しい!」

「駄目よ。家にはタマが居るでしょ」

「可愛いなぁ…」


…コーンが嬉しそうにしてるように見えるのは、私の気の所為だろうか?

もしかして、コーンは本当に日本語を理解してるのかな?

だとしたら、私の言ったことや千夜が言った事も理解してるって事になる。

豚だからって馬鹿には出来ないね…


「…コーンには何か買ってあげるのに、彼女の私には何も買ってくれないの?」


コーンについて色々と考えていると、千夜が不満げに話しかけてきた。


「え?…う〜ん……そもそも、千夜は何か欲しい物でもあるの?」

「…無いけど」

「なら、別に何も買わなくていいでしょ?」


そう言うと、千夜はあからさまに嫌そうな顔をする。

何よ…欲しい物が無いのに、何も買ってもらえないと不機嫌になるってどうなのさ…

呆れて溜息をつくと、千夜は更に嫌そうな顔をする。


「何か欲しいなら言ってよ。用意できる範囲なら何でもあげるよ?」

「……琴音が選んで」

「はぁ…仕方ないなぁ」


こういう時に、相手が欲しい物を用意するのが恋人として相応しい事のはず。

千夜が欲しい物……あれだな。


「分かったよ。じゃあ、千夜の家で食べる夜ご飯の材料を買おう」

「本当に!?」

「い、いきなり元気になるね…」


『千夜の家で食べる夜ご飯』

私達の間ではこれを訳すと…


『千夜の家に泊まる』


…という事になる。

そして、千夜の家には私と千夜以外誰も来ないので必然的に二人だけの夜を過ごせるようになる。

お母さんも居ないから、千夜が止まることはない。

千夜が満足するまで私はナニをされるのやら…

もうすぐ十八歳になるのと、コーンを連れて来た事で溜まった欲求不満を爆発させるだろうね。


「先に釘を指しておくよ。千夜はまだ十七歳だからね?」

「分かってるよ。あと少しなんだから、我慢してみせるよ」


多分……大丈夫。

千夜は約束をしっかり守ってくれる。

きっと今日も大丈夫なはず。

私は、どこか信じられないまま買い物を済ませ、駄菓子屋に帰った。











夜 駄菓子屋


「はい、コーン。美味しい茹でトウモロコシよ」

「フガッ!フガッ!」

「ふふっ。とっても嬉しそうね」


今日は、琴音が千夜のご機嫌取りに行っているので、ここには私とコーンしか居ない。

コーンは千夜の事を怖がっている様子はあるけれど、私のことは信用してくれてるらしい。

こうやって、私の膝の上で美味しそうにトウモロコシを齧っている姿を見ると、そう思ってもいい気がする。


「なんだか、琴音が居ないのに気持ちが安らぐわね……アニマルセラピーはバカに出来ないようね」


一人暮らしをしている人が、ペットを飼いたがるのも納得ね。

こうも孤独感が安らぐとは思わなかった。

…にしても本当に可愛らしい。

なんだか、小さくなった琴音を愛でてるみたい。


「…トウモロコシ以外も食べさせてあげたほうがいいのかしら?豚は雑食だから、肉も食べるそうだけど…」


豚に食われるという事は実際に起こっていて、飼い主が豚に食われてしまった事があるらしい。

とても恐ろしい話だけど、餌を与えてくれる人が居なくなった上で、目の前に食べられる物が転がっていると考えるとあり得ない話じゃない。

豚だって生き物だ。

食べないと餓死する。

だからその事故当時、その豚はお腹を空かしていたんだろうね。


「こんなに可愛らしい見た目でも。凄惨な事故を起こしかねないと考えると恐ろしいわね。……まあ、言ってる事は『車に引かれるかも知れないから家から出ない』と言うのと同じだけど」


こうやって普通にトウモロコシを食べさせていればそんな事は起こらないんだから、ただの心配のし過ぎ。

それよりも、トウモロコシの食べ過ぎで栄養価が偏る方が心配だ。

家畜飼料としてトウモロコシが使われるのはよくある話だから、このままコーンにトウモロコシを与え続けると、いつか家畜の豚のように丸々と太ってしまいそう。

しっかりと運動させて野菜を食べさせないと…


「コーン、サラダ食べる?」

「フガ?」

「サラダよ。ほらこれ」


私のサラダをコーンの前に持ってくると、コーンはしばらく観察したあとむしゃむしゃとサラダを食べ始めた。

どうやら気に入ったらしく、あっという間に完食してしまった。

私のサラダ…


「そしてまたトウモロコシを食べるのね……本当、コーンは食いしん坊ね」


もしかしたら、コーンの食費って意外と馬鹿にならなかったり…

トウモロコシを一食で四、五本は食べてるののよね。

それを毎日だから多くて十五本。

三本入り真空パックが一袋六百円だから、一日で五袋……一日の食費が三千円。


「これ、安く売ってる缶詰トウモロコシをサラダに混ぜて食べさせたほうがいいわね…」


私達の一日の食費って、一人千円ちょっとだから、この子は一匹で三人分の食費が掛かる事になる。

実質食費が倍になったと考えていい。

いくら私達三人の収入が多いとはいえ、食費倍化はあまりよろしくない。

お金には余裕があるけれど、使う時は盛大に使うし、余計な出費も多い。

特に、あの二人のデートでの浪費や、私の酒・タバコ代。

去年働き始めたばかりの千鶴さんへの仕送りに、駄菓子屋の維持費など。

収入が多い分、支出も多いから貯金が無くなると酷い目を見る事になるかも知れない。

……例えば、もうすぐ千夜が十八歳になる事とか。

誕生日も勿論だけど、あの二人が盛大にお金を使う時が刻一刻と迫っている。

ソレの後も旅行でかなりのお金を使いそうだから、しっかりと貯めておいて損はない。


「コーン。あなたの為にも、私達の為にも、明日からはサラダを中心に食べてもらうからね」


私は、少しでも食費を抑える為にサラダを食べさせる事にした。





翌朝


「…まさか、他の野菜を残してトウモロコシだけ食べるとは」


サラダに缶詰のトウモロコシを混ぜてコーンに出したところ、器用にトウモロコシだけを食べて他の野菜を残した。

野菜も少しは食べているみたいだけど、トウモロコシだけは綺麗サッパリ無くなっている。


「…コーンスープなら食べてくれるかしら?お湯を入れるだけのスープならそこまでお金も掛からないはず」


…いや、それだとコーンが塩分過多になりそうだ。

そもそも、栄養価が低そうだしコーンスープは無しね。

さて…どうしたものかしらねぇ…

私は、美味しそうにトウモロコシを齧っているコーンを見つめながら、食費をどうするか考えた。

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