第94話ティマー

某研究所


「凄いですね……まさか、現実にこんな事が起こり得るなんて」

「是非もっと調べたいところですが…今は忙しいんですよね?」

「出来れば用事が終わり次第すぐに来てほしいんですが…できすか?」


組合で事情を説明した私は、何故か研究所に行くよう指示されて組合の用意した車で、モンスターについて研究している研究所へ来ていた。

どうやら、私の予想通りティムに成功していたらしい。


「えっと…十五日は絶対来れませんけど、それ以外なら予定が無ければ来れますね。あと…もうそろそろ帰らないと不味いんですが…」


十五日は千夜の誕生日。

今日は四日だから、あと十一日。

それまでにはネックレスは出来るらしいけど、その為には今日中に真珠を渡さないといけない。

だから出来れば早く帰りたい。


「そうですか……また来てくださいね。あなたのティムに関して研究したいことが山ほどあるので」

「はい。では、失礼します」


このままここに居たら、研究者達に質問攻めをされ続けそうな気がする。

その前に逃げておかないと。

私は、そそくさとその場を離れると、研究所から逃げ出した。






「…で、その子を連れて帰ってきたと」

「うん…飼っていいよね?」

「まあ…ここは琴音の店なんだから好きにすればいいじゃない。ただ、あんまり可愛がりすぎると、千夜に角煮にされちゃうわよ?」


駄菓子屋に帰ってきた私は、お母さんに飼っていいか聞いてみた。

確かにここは私の店だから、私が良ければ好きにすればいいんだ。

問題は、千夜にどうやって納得してもらうか。

お母さんの言う通り、あまり可愛がりすぎると嫉妬した千夜に、角煮にされそうだ。

でも、この子可愛いからなぁ…


「そう言えば、真珠は手に入ったの?」

「うん。もう店に渡して来た」


千夜が加工をお願いした宝石店に私もお願いしてきた。

…まあ、『豚に真珠』を抱えてる姿には驚いてたけど。


「ならいいわ。それと、豚は成長が早いから、すぐに大人になっちゃうわよ?」

「……でも、この子三十歳だよ?」


この子が居たダンジョンはかなり昔からあって、討伐禁止になったのは三十五年前。

一度欲をかいた人によって殺されてるけど、この子はその後に生まれた個体。

今年で三十歳になる。

人間の年齢に合わせると、本来かなり高齢のはずなんだけど……


「……いつ大きくなるかは分からないでしょう?」

「そうだけど…そうなったら、榊に飼う場所を用意してもらうもん」

「はいはい。で?そもそもこの子って、飼ってもいいの?」


…お母さんの言う通りだ。

今、この子は私にティムされた状態になってるけど、元々は討伐禁止、捕縛禁止のモンスターだ。

榊の力を使えばどうにでもなるけど、出来れば普通に許可を貰いたい。


「一応、ティム状態だから私の従魔扱いを受けていいはずなんだけど…そうすると、他の捕縛禁止モンスターで同じ事をする輩が現れるかも知れないから、怪しいところなんだよね」

「ふ〜ん……まあ、新しい『豚に真珠』が生まれるなら、許可は貰えそうだけど…どうなのかしらね?」


一つのダンジョンに出現する『豚に真珠』の数は常に一匹。

殺されれば新しい個体が現れるが、殺されなければずっと同じ個体が存在し続ける。

なら、ティムの場合はどうか?

殺されてはいないが、私にティムされたことでダンジョンの管理下から外れているはず。

なら、別の個体が生まれそうだけど…


「別の個体が生まれてほしいところだけど……どうなんだろう?」

「さあね?でも、琴音が絶対飼いたいって言うなら、私はなんとしてでもその子を守るわよ」


……要は、榊の力を使うって事だよね?

お母さんに出来ることはそれくらいだもん。


「あんまり乱用はしすぎないでね?」

「分かってる。最低限に留めるわ」


お母さんが榊の力を乱用し過ぎないように釘を刺したあと、私は腕の中でトウモロコシを齧っている『豚に真珠』に目を向ける。


「名前を付けたほうがいいよね」

「そうね。ずっと『豚に真珠』って呼ぶのは大変だもの」


この子に名前を付けてあげたい。

でも、なんて名前にしよう?


「また食べきっちゃった」

「美味しそうに食べるわね。……そうだ。トウモロコシをよく食べるから、『コーン』とかいいんじゃない?」


『コーン』か……この食いしん坊さんにはピッタリだね。


「お母さんの良いね。よし、あなたの名前は『コーン』だよ。どう?」

「フガッ!」

「う〜ん…喜んでる、でいいのかな?」

「さぁ?」


私は、美味しそうにトウモロコシを頬張るコーンを眺めながら、どう反応していいか分からず苦笑いを浮かべた。





夕方


「へぇ〜…ティムって出来るんだ?」

「まあ、まだティムと確定したわけじゃないけどね。個人的には、ティムというよりは主従契約っぽいんだけどね」

「主従契約か…私も琴音に主従契約したい」

「いや、しないからね?」 


入学式の準備をしに学校へ行っていた千夜が帰ってきたので、コーンのことを紹介した。

そして、これから重要なことを話す。


「絶対殺さないでね?」

「え?どうして?」

「いや、千夜なら嫉妬してコーンを角煮にしそうだからね。コーンは私の大事なペットだから、“絶対”殺さないでね?」


下手に放置すると千夜に殺されそうだから、しっかりと釘を刺しておく。

威圧を込めて言ってあるから、私の本気度合いが伝わるはずなんだけど…

すると、コーンが私の腕の中から抜け出し、千夜の膝の元までてくてくと歩いていく。


「……角煮にするには小さいし、脂身も少そう」

「千夜……そんなに私と喧嘩したい?」

「ごめんごめん。冗談だよ。こんなに可愛らしいミニブタちゃんを料理に使うわけないでしょ?」


そう言ってコーンを抱き上げる千夜。

膝の上に乗せたことで、隠れていたコーンの腹が見え、千夜とお母さんが驚愕する。


「「コーンってオスだったんだ(のね)…」」


コーンのお股についた、小さくて可愛らしい一物。

ソレは、オスの証拠だった。


「コーンはオスだよ。お股に一物のついた立派なオスなんだけど…知らなかったの?」

「いや…普通、上から見ただけじゃ分かんないよ」

「まだまだ子供だから、腹の下が見えなかったの……まさか、オスだったなんて」


ずっと私が可愛がってたから、メスだと勘違いしてたんだろうね。

子供の可愛さに性別は関係ないんだけどなぁ…


「コーンはメスじゃないと駄目なの?」


私は不満げにそう二人に聞いてみる。


「え?い、いやぁ〜、コーンはオスでも可愛いよ!ね、ねぇ?お義母さん」

「はっ?…そ、そうね!とっても可愛いわ!」


ほらね?

子供の可愛さに性別は関係ないんだよ。

コーンはとっても可愛い私のペット。


「コーン、おいで」

「ブゥ」


私がコーンの名前を呼ぶと、コーンは私の膝下までやって来た。

そして、ゴロンと寝転がると、お腹を掻いてと言わんばかりに腹を見せてくる。

私は、そんなコーンを膝の上に乗せると、要望通りお腹を掻いてあげる。


「オスでも普通に可愛いわね」

「飼い主に甘やかされて嬉しそうにしてる姿を見ると、なんだか琴音と似てる気がしてきた」

「だから連れ帰ってきたんだよ。こうやって、甘やかされて嬉しそうにしてるのが、私にそっくりでさ」


コーンの嬉しそうな姿を見て、いつの間にか和んでしまう私達。

千夜やお母さんも警戒を完全に解いて微笑ましそうにしてる。

すると、千夜が何か思いついたようにハッとして、私に質問してきた。


「コーンって真珠吐けるの?」


コーンは『豚に真珠』というモンスター。

危険を感じれば真珠を吐くはずだ。

でも…


「多分、危険を感じれば吐くんじゃない?…でも、コーンをそんな目に合わせたくないなぁ」


今思えば、こんなに可愛い子豚ちゃんを大人達は寄ってたかって追い回してたのか……可哀想に。

でも、今は私に可愛がられて幸せそうだ。

…私の方からも榊にお願いして一緒に暮らせるようにしようかな?


「お義母さん……あれが母性ってものですか?」

「かも知れないわね……」


あんまりコーンの事を可愛がり過ぎたせいか、千夜とお母さんが私に母性が芽生えたのでは?と考察し始めた。

ペットを可愛がったくらいで大袈裟な…


「明日、動物病院で病気とか寄生虫の検査してもらってくる。あと、あるのか知らないけど豚用ワクチンも打っておきたいね」

「分かったわ。じゃあ琴音が病院に行ってる間の留守番は私がしておくわね。千夜も琴音と一緒に行ってくる?」

「じゃあ、お義母さんのお言葉に甘えて、琴音とデートしてこようかな〜」

「病院に行くだけだからね?」


コーンの為に動物病院に行くだけなのに、千夜は私とデートする気満々。

絶対に余計な所には行かないから。


「さて、じゃあコーンの寝床を作りましょうか」


お母さんはそう言って立ち上がると、物置に何かを探しに行った。

そして、カゴと座布団を持ってきて、部屋の隅に近い所に置く。


「かごの中に座布団を敷いて、入口用の穴を開ければ……ほら、よく猫が入ってるアレの完成」

「あぁー、猫カゴね?」

「そうそう。まあ、コーンは豚だから豚カゴだけど」


お母さんは、カゴと座布団を使って猫カゴを作ると、ソレをコーンの前に置いてきた。


「さぁおいで。あなたのベッドよ〜」


お母さんが手をパタパタさせてコーンを呼び、カゴの上に寝かせる。

コーンはしばらく警戒したようにニオイを嗅いだり、座布団を踏んだあとゴロンと寝転がった。

そして…


「すぴ〜…すぴ〜…」


鼻息を立てて寝始めた。


「ふふっ…可愛い寝顔」


私がそう言ってコーンのほっぺをツンツンしていると、後ろから熱烈な視線を向けられた。

……振り返って見ると、千夜が寝転がって目を瞑っている。


「はぁ…」


千夜はコーンに対抗心を燃やして、私にツンツンしてもらおうと寝たフリを始めた。

コーンは子豚だよ?

豚相手に……しかも子供に対抗心を燃やすって、どれだけ嫉妬深いんだか…


「千夜、ツンツンされるだけで満足?」

「…じゃあ膝枕して」

「はいはい」


千夜の脇を掴んでこっちへ引っ張ると、正座して千夜の頭を私の膝に乗せる。

私は鍛えてるから、膝はそんなに柔らかくない。

でも、千夜にとっては膝の柔らかさよりも、『膝枕』をしてもらってるという状態が大事らしい。

私は柔らかい膝を枕にしたい……まあ、ソレを千夜に言ったら、間違いなく喧嘩になるから言わないけど。


「寝心地はどう?」

「う〜ん……石枕」

「よし、今すぐ降りろ」


硬さは自覚してるけど、こうやって言われると腹が立つ。

でも、本気でそう言ってる訳じゃ無い事は当然分かる。

だって千夜、私に怒られて笑ってるもん。


「どうしたの?石枕みたいなら、早く降りないと頭が痛くなるよ?」

「私は別にいいよ。嫌なら琴音が無理矢理私のことを降ろしたら?」

「…それは嫌」


私だって千夜をこうやって膝枕してると落ち着くんだもん。

大切な人が私の手の届く場所に居る。

私の中に居る。

そんな感じがして、何時までも膝枕を続けちゃう。

すると、私達のやり取りを見ていたお母さんが溜息をついた。


「まったく…また私のいる前でイチャついて……」

「ふっ…お義母さんはそこで私達の幸せを眺めて、微笑んでいたらどうですか?」

「……娘は渡さないって言ったほうがいいかしら?」


はぁ…また喧嘩し始めた。

この二年間で、お母さんは千夜の事を『ちゃん』無しで呼ぶようになり、千夜はお母さんの事を『お義母さん』と呼ぶようになった。

親しい間柄になったのは確かだけど、喧嘩の頻度は増える一方な気がする。

今だって、羨ましそうにしてるお母さんの事を、千夜が煽って喧嘩になったし。

いつか本気で喧嘩しそうで怖い。


「ブゥ…」

「ん?…コーン、もしかして千夜とお母さんの喧嘩のせいで起きちゃった?」

「ブゥ…」

「ごめんね。私が怒っておくからゆっくりしてていいよ」


私は、千夜を膝から降ろしてコーンの横に来ると、体を撫でてあげてもう一度寝付かせる。

後ろからコーンに向けて強烈な殺気を向けられた。

私が千夜の事を無理矢理降ろしてコーンの世話に行ったせいで、千夜が嫉妬してるんだ。

まあ、殺気がコーンに届く前に私が止めてるから、コーンは気持ち良さそうに目を閉じ始めたけど。


「豚のくせに生意気な…」

「子供だからって私の琴音を誑かして…」

「聞こえてるからね?」  


小声でコーンの悪口を言う二人を叱りながら、今にも目を完全に閉じそうなコーンのお世話をする。

やがて、コーンはまた寝息を立てて気持ち良さそうに寝始めた。


「ふぅ…」


私は千夜とお母さんの方に向き直ると、ニコニコしながら二人に無言の圧をかける。

千夜とお母さんはスーッと私から視線をそらして、何も知らないというような態度を取り始めた。


「何が言いたいか、分かるね?」

「「……はい」」


コーンの眠りを妨げないようにするために、二人にだけ威圧を向けたまま、私は無言で二人に説教した。


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