第二章

第93話二年後 誕生日プレゼントのために

四月上旬


工藤さん夫婦の元で修行を始めてからもうすぐ二年。

もうすぐと言っても、修行を始めたのは七月下旬だから、まだあと三ヶ月以上あるんだけど……まあ、年単位で見れば誤差の範囲。

それはさておき、私は今とあるダンジョンに来ている。


「居たぞ!こっちだ!!」

「待てこの豚野郎!今度こそ逃さねぇぞ!!」

「さっさと真珠を吐け!!」


……同業者が暴れ回ってるね。

まあ、狙って当然なんだけどね?

彼が追っているモンスターは『豚に真珠』と呼ばれるモンスター。

追い詰めて捕まえると、それはもうとんでもなく大きい真珠を吐き出す事で有名なモンスターだ。

組合から正式に討伐禁止令が出されており、捕まえても殺してはならない珍しいモンスター。

そして、この私も『豚に真珠』を狙っている。


「千夜の誕生日プレゼント……」


魔導具と二年間で鍛えた隠密を使ってひっそりと『豚に真珠』を追いかける。

私の誕生日はとっくに過ぎていて、お母さんと千夜に盛大に祝ってもらった。

その時に、千夜から『豚に真珠』から手に入れた真珠のネックレスを貰った。

千夜が、二ヶ月かけて『豚に真珠』の徘徊ルートを割り出し、三日間寝ずに不動の姿勢を保ち続ける事でようやく手に入れた本物のお宝。

今も私の首に大粒の真珠がついたネックレスがある。

真珠は一粒しか無いが、これは千夜の努力の結晶だ。

そして、私の同じ物を贈ると千夜に約束した。


「誕生日プレゼント……誕生日プレゼント……」


ブツブツと独り言を呟きながら千夜の割り出した『豚に真珠』の徘徊ルートにやって来る。

ここに確実に『豚に真珠』がやって来る訳では無いけど、可能性は高い。

もうそろそろ他の探索者を振り切った『豚に真珠』が通るはず。

私はその時を待って、壁にもたれ掛かった。







五時間後


……ようやくだ……ようやく『豚に真珠』が現れた。

長かった……でも、千夜はこれを二ヶ月以上続けた。

二ヶ月もこんな事を続けられるだけの根性と、私への愛があるみたい。

はぁ~…千夜大好き。

一人でうっとりしていると、いつの間にか『豚に真珠』は私の前をを通り過ぎていた。


「背中が丸見え…」


『豚に真珠』は、あり得ないくらい速い。

千夜曰く、『本気の踏み込みをした私の何倍も速い』らしい。

千夜の本気の踏み込みは、音速なんて平気で超えているのに、『豚に真珠』はその何倍も速い。

しかも、探知能力も高いと来た。

本来なら私が後ろに居ることは気付かれているはずなんだけど……まあ、魔導具の力も併用しているから気付かれる事はない。

『豚に真珠』が止まるタイミングで後ろから捕まえる。

それまでま――つまでも無かったね。

私がそう思った瞬間『豚に真珠』が止まった。

よし……いくか。

何時までも止まっているとは思えない。

後ろからそーっと近付いて、手を広げる。

『豚に真珠』は子豚程度の大きさだから、私でも抱き抱えられる。


「……」


いつも以上に真剣に隠密をして近付く。

そして、


「プギャァ!?」

 

後ろからがっしりと抱え上げた。


「ギャァア!ギャァア!」


『豚に真珠』は暴れ回って私の腕の中から抜け出そうとしてくる。

流石、千夜が絶対に追い付けないだけあって、凄まじい脚力だ。

ジタバタと暴れた時の力が、お母さんの本気パンチと同じくらい強い。

しかし、この状況ならコイツを黙らせる事は出来る。


「暴れるな」


冷ややかに、殺気を剥き出しでそう言い放つと、『豚に真珠』は急に動きを止めた。

命の危険を感じ取ったのか、下手に動くのを止めたようだ。


「フガッ!」


突然『豚に真珠』が奇妙な声を出したかと思えば、口から大粒の真珠を吐き出した。


「これは……」


私は、『豚に真珠』を抱えたまま吐き出した真珠を観察する。

宝石鑑定の技術はないけど、首に掛かったネックレスの物と同じ輝きを放っている。

恐らく真珠だ。


「ありがとう」


そう言って『豚に真珠』を床に下ろす。

『豚に真珠』はすぐには逃げず、私の様子を観察している。

……これは、いけるのでは?

空間収納からトウモロコシを取り出す。

そして、それを『豚に真珠』の前に置いてみた。


「出来るかな?餌付け」


もし、『豚に真珠』を餌付け出来れば、好きな時に真珠を手に入れられるかも知れない。

そんな淡い希望を抱きながらトウモロコシから少し距離を取る。

すると、『豚に真珠』は恐る恐るトウモロコシに近付き、一口齧り付いた。

このトウモロコシは既に調理されて、真空パック詰めされたトウモロコシ。

豚の口に合うかは知らないけど、人間には美味しいと感じる。

さて、どうかな?

しばらく観察していると、少しだけ警戒心を薄めた『豚に真珠』が再びトウモロコシに齧り付いた。


「おっ?気に入ったかな?」


『豚に真珠』は器用に口だけで美味しい部分を齧っていく。

みるみるうちに可食部分が齧り取られ、ものの三十秒で芯だけになった。

それに、私に近付いて鼻をフガフガさせながら何かを探している。


「まだ欲しいの?食いしん坊さんね」


食いしん坊さんの為にもう一本トウモロコシを取り出すと、『豚に真珠』は勢い良くトウモロコシに噛み付いた。


「……まだ私が持ってるってのに…そんなに食い意地張らないでよ」


ゆっくりトウモロコシを地面に置くと、これまた凄い勢いでトウモロコシが食われていく。

……お母さんの言う通りだったね。


『念の為沢山持っていったら?豚は餌をよく食べるわよ』


確かに豚はかなりよく食べるイメージがあるけど、まさかこんなに食べるとは…

二本目も食べ尽くした『豚に真珠』は、もっともっととトウモロコシをせびってくる。


「はいはい。まだあるからそんなに慌てないで」


優しく背中を撫でながらトウモロコシを取り出して、食べさせてあげる。

…そう言えば、何気なく触ってるけど、かなり警戒心薄れてるよね?

真珠を吐き出すほどの危険な存在から、餌をくれる良い人に変わってるといいんだけど。


「こうやって見るとかわいいね。ちっちゃくて、可愛くて、お宝も持ってる、私みたいな豚さんね」

「フガッ!」

「ん?嫌だった?」


そう聞きながら背中を優しく掻いてあげると、気持ち良かったのかゴロンと寝転がった。

……この子、オスなのね。

寝転がった『豚に真珠』のお股には、可愛らしい一物が付いていた。


「まったく…女の子にこんなモノ見せて……私はあなたのお母さんじゃないんだよ?」


そうやって文句を言ってみるが、『豚に真珠』は気持ち良さそうに口を半開きにしている。

なんとも可愛らしい状態だこと。

もしかしたら、千夜やお母さんが私のことを可愛がる時は、いつもこんな気持ちなのかな?

ちっちゃくて可愛い子をよしよしする感覚。

私のことを愛でてくれる千夜。

その姿を思い出したとき、大切な事を思い出した。


「あっ!真珠をネックレスに加工してもらわないといけないんだった!!」


急いで立ち上がると、真珠を空間収納に入れて走り出す。

すると、『豚に真珠』も起き上がって私の後を追いかけてきた。

まだトウモロコシが欲しいのかな?

私は、空間収納に入っているトウモロコシを全て出してあげる。

しかし、『豚に真珠』はトウモロコシに見向きもせずに私の周りをクルクルと回っている。

……トウモロコシよりも、私の方がいいのか?


「…分かったよ。付いておいで」


トウモロコシを回収すると、『豚に真珠』を抱えて走る。

途中、何度も同業者を見かけたけど、全員無視してきた。

何度か話しかけられたけど、それも全部無視。

そうしてダンジョンの入口まで戻ってくると、私は『豚に真珠』を下ろす。


「おい待てよ。ソイツをどこへやる気だ?」


私の前に、沢山の探索者達が立ち塞がったからだ。


「餌付けしたら何故か懐かれたの。私に付いてくるから、組合に話してみようと思ってね」


正直に話すと、不愉快そうにする探索者が一歩前に出てきた。


「ソレは、このダンジョンの重要なお宝だ。そして、みんなのモノだ。いくら懐かれたとはいえ、個人が勝手に連れ帰るのが許されると思うか?」


う〜ん…正論。

この子はこのダンジョンの宝。

そして、このダンジョンに来る全員が挑戦できる存在だ。

私個人の意見だけを押し通す事はできない。

……しかし、そんなものはどうにでも出来る。


「さあ、その子を返すんだ」

「ふ〜ん?私は返したくないなぁ〜」


今の私なら、ここに居る全員を倒して外に出る事だって出来るし、榊の力を借りて組合の許可を取ることも出来る。

やり方は色々あるけれど、どれをとっても探索者から反感を買う。

まあ、だからってこの子を連れ帰るのは止めないけど。


「はあ……そんな子供みたいな理由で…だったら組合に聞いてみろ。お前のしてることを完全否定してくれるはずだ」

「…分かった。組合に聞いてみる」


そう言って『豚に真珠』を抱き上げると、妙な感覚が私の中に入ってきた。

モンスターを倒したときに魔力が入ってくるのとも。

誰かに魔力を分けてもらったのとも。

魔導具を使ったのとも違う謎の感覚。


「なに…これ…」

「ん?どうした?」


私が不思議そうにしているのを不審に思った探索者が質問してきた。


「なんか……変なものが私の中に入ってきた」

「変なもの?」

「うん。モンスターを倒した時に感じるのと似た何か…」


腕の中に居る『豚に真珠』を見てみると、可愛らしい瞳で私のことを見上げてきた。

その時、なんとなく分かった気がした。


「これは…あなたの魔力?」


『ティム』

実際にそんなものがあるかは知らないけど、それに近い状態になった気がした。

もし、この世界にティムというものが存在するなら、私は世界で最初のティマーになったんじゃないだろうか?


「組合で調べてもらわないと」


『豚に真珠』の頭を撫でながら私はダンジョンを出た。






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