第91話 閑話 夜は秘密の時間

深夜


多くの人が寝静まった頃、隣でぐっすり寝ている二人を起こさないようにしながら布団から出る。

二人の寝顔を確認すると、千夜ちゃんはとっても気持ちよさそうに寝ていたが、琴音は違った。


「うぅ……」


千夜ちゃんに後ろからがっちり抱き着かれて苦しそうだった。

思いっきりお腹締め付けられてるからね…

……琴音をこんな目に遭わせておきながらこの子はよくもまあ。

そんな不満を募らせていた時、


「う〜ん……琴音のお腹スリスリ〜」


千夜ちゃんがそんな寝言を言い出した。

……殴りたい。

私の大切な琴音を穢しておいて、更にこんな事まで…

昔琴音に虐待していた私が言えたことじゃないけど、こんなに可愛い琴音を傷付けるなんて、恋人であっても許せない。

しかも夢の中でまでそんな事を……

自分勝手な黒い感情が私の中で渦巻き、この病害虫を可愛らしい琴音から引き剥がそうと手を伸ばした時、


「苦しい……千夜、もう生クリームもつ鍋タルタルソース掛けはもう要らないよ……」


……我が子ながら、一体どんな夢を見ているのやら。

なに?生クリームもつ鍋タルタルソース掛けって。

まったく美味しそうとは思えないんだけど。

カロリーもとんでもない事になってそうだし、脂っこくて到底私には食べられなさそう…

琴音の謎の寝言のお陰で、私はいくらか正気を取り戻した。


「ふぅ……」


軽く息を吐いて黒い感情を少しでも吐き出すと、私は寝室を出た。

千夜ちゃんがいる状況でタバコを吸うためには、こんな夜中に吸うしかない。

それでも私がタバコを吸ってる事はバレてるだろうけど、見てないところで吸う分には許してくれるらしい。

私は縁側を通って玄関まで行くと、靴に履き替えて外に出た。







寝室


「行ったか?」


私はあの老害が出ていった事を確認すると、起こさない程度の力で琴音を抱き寄せると、その服に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。

こうすると、琴歌おばさんへの嫌悪感が少し和らいで、普通に接する事が出来る。


「有害寄生虫のくせに無駄に琴音に気を遣いやがって……」


あのBBAは私と琴音の関係にとって害でしかない。

幸せな空間に割って入ってきては私の邪魔をする。

せっかく私が琴音にあげたお金も、あの有害寄生虫琴歌おばさんに吸われてしまう。

何が親孝行だ。

あんな奴に親孝行する必要はこれっぽっちもない。

自分の人生を根本から狂わせた元凶に優しくするお人好しがどこに居るか。

琴音は他者にまるで興味がない代わりに、身内に甘過ぎる。

まあ、その身内って言うのは、私と有害寄生虫琴歌おばさんだけなんだけど…


「大丈夫だよ。私がいる限り、琴音は一生幸せだから」


琴音の食事も運動も睡眠も成長も魔力も筋力も技術も性欲もその他の欲求も幸せも。

全て私が管理する。

私によって完璧に制御された世界で、永遠に幸せに過ごしてほしい。

何もしなくても、自分からなにかしようとしなくても。

私が全部管理してあげるから大丈夫。


「あんな奴よりも、私のほうがいいよね?そうだよね?琴音」


私は、すやすやと眠っている琴音の首筋を舐めると、またまた琴音を抱きまくらにして寝ることにした。






「…トイレ」


私は、そう呟いて千夜の拘束を抜け出して、トイレへ向かう。

別に、用を足したい訳じゃない。

単純に、千夜から距離を置きたいだけ。

眠そうにしている風の演技をしながらトイレに入った私は、大きな溜息をついた。


「はぁ〜…やっぱりあの二人は仲が悪い」


私は、千夜とお母さんが仲が悪い事を元から知っていた。

知っていて、知らないフリをしていた。

今のこの幸せは、私が知らないフリをしていることによって成り立っていると言っても過言ではない。

なにせ、あの二人は考え方こそ違えど、私のことを愛している。

私の幸せを願っている。

だから、あえて普通に接していくれてる。

なんて優しいんだろう。

でもそれは…


「嘘だらけの歪な関係」


あの二人が普通に接していることも。

私が知らないフリをしていることも。

よそから見れば仲のいい親子とその恋人のように見えることも。

すべて嘘。

そして、勘の良いあの二人のことだ。

きっと私がわざと知らないフリをしていることも、バレてるんだろう。

知っていて、知らないフリをしている私のために知らないフリをしている。

それってとっても歪な関係。


「はぁ……私の幸せを願ってるのに、どうして二人とも私のために仲良くしてくれないんだろう」


私達の関係における真実は二つ。

一つは二人が私の事愛していて、幸せを願ってる事。

もう一つは、私が二人のことを大切に思ってる事。

とっても重要な事だけは真実なんだよね。

まあ、重要過ぎるから他が嘘だらけなんだけど。

でも、この奇妙な関係は嫌いじゃない。


「何気ない日常が一番の幸せ。今のところままの関係がずっと続けば良いのに……」


私の大切な人がずっとそばに居る。

それだけで私は満たされてる。

千夜とお母さんという、私が幸せになるための道具。

幸せ発生装置とでも言うべきかな?

これからも私だけの幸せのためにいがみ合って、普通に接して、知らないフリをして、実は気付いていて、またいがみ合って、普通に接する。

そうやって、これからも私を幸せにしてほしい。

だって、私が幸せなら二人も幸せなんでしょ?

なら、これからもよろしくね?






私が部屋に戻ってくると、琴音と千夜ちゃんが向かい合って寝ていた。

それでも、相変わらず琴音は千夜ちゃんの抱きまくらにされていて、少し窮屈そうだった。


「……」


私は、琴音の隣に寝転がると、そーっと手を伸ばして琴音をこっちに抱き寄せる。

しかし、途中でピタリと動かなくなった。

千夜ちゃんが琴音を抱きしめて離れないようにしているせいだ。


「……」


こっそり琴音を盗もうとした事で、怒った千夜ちゃんが私に殺気を向けてきた。

目を開けて睨んできてるし…

チッ、病害虫が…

私も睨みながら殺気を向けて牽制する。

琴音を取り合ってこんな喧嘩をするのも慣れた。

でも、琴音はまだ慣れてないみたい。


「千夜…お母さん…」


殺気を放つ私達に囲まれた琴音が、苦しそうに私達の名前を呼んだ。

安眠の邪魔をしてしまった私は、仕方なく殺気を霧散させて琴音から離れる。

すると、千夜ちゃんは私の事を睨んだまま琴音を抱き寄せた。

私が琴音を可愛がれるのは、千夜ちゃんが居ない間に琴音が昼寝をした時だけ。

後は、たまに甘えてくる時とか。

はぁ…完全に千夜ちゃんに負けてるわね…


「…フッ」


はぁ〜〜〜!?

こんのクソガキ……変なときに直感使いやがって。

琴音が居なかったら間違いなく殴りかかってた。

私が琴音が起きそうなくらい強い殺気を込めて千夜ちゃんを睨みつけると、千夜ちゃんも同じように睨んできた。

まさに、一触即発の状態。

しかし、


「……いい加減寝ろ」


気持ちよく寝ていたのを二度も妨害されてキレた琴音が、私達の喧嘩を無理矢理止めた。

……明日ケーキでも作ってあげよう。

で、千夜ちゃんはどうしてる……寝てるし。

これ以上喧嘩して本気でキレられても困るし、私も寝るするか。


「お休みなさい」


琴音の耳元でそう呟いてから私は布団の中に潜り込んだ。



……この部屋エアコン効きすぎ。


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