第90話修行

工藤邸


「わぁ〜お、綺麗なお庭」

「そうだね〜。でも、琴音の方がキレイだよ」

「ありがとう。千夜もキレイだよ」


立派な庭を見て関心した私に、千夜が実に恋人らしい事を言ってきた。

だから、私もらしい事を言う。

…じゃないと千夜が不機嫌になるし。


「青春じゃのぉ…」

「青春ですねぇ…」


お母さんと工藤さんが私達を見て微笑ましそうにしてる。

千夜は本心かも知れないけど、私は言わされてるだけだからね?

私はわざわざそんな事を言ったりしない。

そんな事を言わなくたって、私の千夜への想いは本物なんだから。


「……誰も居ないよね?」

「そう言えば、まったく警戒してなかったけど大丈夫かな?」


ある程度イチャついたあたりで、ここが外だという事を思い出し、警戒する私達。

その横を工藤さんが通って、引き戸を開ける。


「ただいま〜」


見た目からは想像出来ないような優しい声で、奥さんを呼ぶ工藤さん。

すると、音も気配もなく六十代くらいの女性が廊下の奥からやって来た。


「おかえりなさい。そっちの子達が昨日電話で言ってた天才さん?」

「ああ。成長すればワシより強くなれる程の才能がある。この子達なら、ダンジョンを終わらせられるかも知れない」

「まあ!それは楽しみね」



玄関先でそんな会話をする工藤夫婦。

奥さんも『創造主理論』を推してるのか…

そんな事よりも…


「千夜、奥さんの事探知出来た?」

「全然。直感にすら引っかからなかった」

「やっぱり、只者じゃないね…」


工藤さんの奥さん、廊下から出てくるまで何処にいるのか分からなかった。

気配が薄いどころか、私達の探知では存在自体が希薄。

完璧に周囲に同化している。


「あら?そちらのお嬢さん、ずいぶん気配を消すのが上手いのね?」

「いえいえ。私なんてそんな…」


貴女に言われると嫌味にしか感じないんですけど?

この人気配隠蔽においては、日本最強と言っていいんじゃないかな?

強さはあれも知れないけど、察知されることなく移動し、攻撃出来るのならその強さはぐーんと跳ね上がる。

是非ともこの人から隠密を学びたい。


「飢えた獣のような、貪欲さが垣間見える目……隆浩さんが選ぶのも納得だわ」

「…そんなにヤバい目してますか?」

「ええ。それはもう、飢えた目をしてるわ。強くなることに貪欲な獣ね」


獣か……

確かに、強くなるためにいとも簡単にモンスターを切り刻み、必要とあらば人間すらも殺せる私は獣なのかもね。


「……君、人を殺した事はあるかい?」

「…?ありませんよ?」


私は人殺しをしたことはない。

でも、顔も名前も知らない誰かを殺せと言われ、殺せば見合った報酬がもらえるのなら普通に殺すだろうね。

私はいくらか倫理観がコワレテル自覚がある。


「そうかい……変な質問をしたね。さぁ、上がってください」


奥さんは何か意味深な表情をしたあと、普通の表情で私達を家の中に案内してくれた。






工藤さんの家を見た感想は、『田舎の家庭』といった感じかな?

家電は一通りあるし、机も椅子もある。

もちろん、ちゃぶ台や座布団、急須やコタツといった昔ながらの物もある。

…このクソ暑い夏場にコタツを出しておく意味が分からなかったけど。


「ふぅ…エアコンの効いた部屋でコタツに入るのは気持ちいいわね」

「ずっと、このままゴロゴロしてたいなぁ〜。琴音も入れば良いのに」

「私はいいよ。そこに入るとダメになる気がするから」

「ふ〜ん?…まだ善子さんの気配を探ろうとしてるの?」


善子さんというのは、工藤さんの奥さん。

さっき話してた六十代くらいの女性の事だ。

あの人からは、まるで気配が感じられない。

誰も居ないというよりは、何も無いと言った方がいい。

まるで、空気みたいだ。


「私のことを探してますか?」

「……また背後を取られましたね」


悪意や敵意が無いせいで、直感にも引っかからない。

唯一、お母さんだけは直感でなんとなくの位置を把握出来るらしい。

まあ、お母さんは意図的に直感を操って、第六感として活用してるらしいし、本来なら探知出来ないようなものも見つける事が出来る。

…私もそれが出来るようになりたい。


「琴音ちゃんは、普段から気配を消してるの?」

「はい。日常的にこれを使って、少しずつ練度を上げてるんです。まあ、成果は牛歩どころじゃないですけど」

「ふふふ、そうでしょうね。そんな方法では、あっという間にお婆さんになってしまうよ?」


お婆さんにお婆さんになるぞって言われた。

――っ!?

後ろから二つの殺気が……


「ふふっ、何か良くない事を考えたようね。後ろの二人に怒られてるわよ?」

「分かってます。いつもこんな感じなので」


お母さんは後で膝枕でもしてもらえばいいし、千夜はキスすればいい。

二人を落ち着かせる方法は沢山ある。

…根本的にはまったく解決してないけど。

まあ、いつか強くなって、力で言うことを聞かせればいい。

すると、私の考えを読み取ったのか、善子さんが意外な提案をしてくれた。


「そんなに強くなりたいなら、今から修行でもする?」


善子さんの修行。

是非ともやりたい。……やりたいんだけど…


「え?でも、まだ激しい運動はできませんよ?」


怪我が完治してないせいで、まだ激しい運動は出来ない。

くそぅ…こんな事ならわざと怪我しなきゃよかった。


「大丈夫。ちょっと隠密の修行をするだけだから。特に激しく動いたりはしないわ」


そうなんだ……隠密の修行くらいなら激しく動かないよね?

私は許可を求めるように後ろに視線を送る。

視界の端で、お母さんが首を縦に振っている。

視線を反対側に送ると、千夜が首を横に振った。


「一人だけ強くなろうだなんてずるいよ。私だって強くなりたいのに」


そう言って、千夜は不満そうに頬を膨らませる。

可愛い。

ここが駄菓子屋の二階か、千夜の家だったらすぐにキスしに行ってたのになぁ…

そんな事を考えていると、隆良さんがトイレから帰ってきた。


「さっき、強くなりたいって言葉が聞こえたんだが……ワシが鍛えてやろうか?」


隆浩さんの提案に、千夜は目をキラキラさせて起き上がる。

すっごい嬉しそう。


「ふむ……魔力操作の訓練くらいなら別にいいか。分かった。じゃあ、山奥の天然の訓練所で鍛えてやろう。ついて来い」

「はい!」


千夜は元気な声で返事をすると、誕生日プレゼントを買ってもらった子供みたいな顔をしながら、隆浩さんと一緒に家を出ていった。


「じゃあ、私達も行きましょう。琴歌さんはどうされますか?」

「私は結構です。ここで留守番をしてますね」

「そうですか…では、申し訳ありませんが留守番をよろしくお願いします」


善子さんはお母さんに留守番を任せて修行に連れて行ってくれるらしい。

お母さんの事だから、お昼寝でもして待ってそう。

まあ、誰か入ってきたらすぐに分かるだろうしいいんだけど。


「何処に行くんですか?」

「私のお気に入りの訓練所。隆良さんの訓練所とは少しだけ距離が離れてるけど、家からの距離は同じくらいだから大丈夫よ」


なるほど……同じくらいの時間に終わったら、同じくらいの時間に帰ってこれるのね。

それはいいね。

同じ時間に終わっても、距離の差で帰っと来るのが遅れたなんて事にはなりづらそう。

そんな事を考えながら、善子さんの後をついて行った。







山奥


「……」

「うん。今日はここまでね。戻っておいで」


……ふぅ。

もう終わっちゃったのか…

どれくらい修行してたのか知らないけど、いい時間だった。


「凄い成長具合ね。このまま修行すれば、一ヶ月も経たずに私の半分くらいの隠密は身につけられるわよ」

「ありがとうございます。でも、駄菓子屋の経営があるので、それなりに時間がかかると思いますよ」

「そう……駄菓子屋でも、この修行は欠かさないようにね?」

「はい」


私が善子さんにつけてもらった修行。

それは、無心になって周囲と一体化するという修行。

分かりやすく言うと、瞑想のように無心になりながらあたりの気配に合わせて魔力を操って、自分も自然の一部になるという修行。

これを突き詰めて行くと、理論上探知では見つける事が出来なくなるらしい。

要は、風の流れがあるとして、その流れに合わせて魔力を操る事で、あたかもそこにも風が流れているように見せかけるというやり方。

善子さんは、これを『気配の迷彩』と言っていた。


「帰りましょう。これだけ分かりやすく成長していれば、きっと千夜ちゃんや琴歌さんが褒めてくれるでしょうね」

「お母さんは褒めてくれそうですけど、千夜はどうでしょうね?軽く褒めて、後は対抗心を剥き出しにして来そうな気がします」


『気配の迷彩』を使っている今の状態は、かなり苦しい。

常に変わっている風の動きに合わせて、コンマ0.001秒の短い時間の中で複数の作業をする必要がある。

風を読み、体の周りを流れる空気を読み、それに合わせて魔力を操って、空気中を漂う微量な魔力に気配を隠す。

これがどれだけ大変か……

この『気配の迷彩』を常時発動している善子さんは凄いと思う。


「……あっちも大成功したみたいね」


帰り道、何かを感じ取った善子さんがそんな事を言い出した。

この距離で千夜の様子を探知できるのか……凄いな善子さん。

流石は『勇者』の妻、やっぱり只者じゃないね。

そんな事を考えながら、きた道を引き返していると、隆浩さんの気配と千夜の気配を見つけた。

…千夜の魔力の質が上がってる?


「善子さん、あれは…」

「そうね。あれは千夜ちゃんの気配よ」


やっぱりか……にしても、千夜の魔力ってこんなにキレイだっけ?

私が感じ取った魔力はきれいに整えられていて、なんというか…透き通っていた?

そんな感じの表現が近いと思う。


「あっ!琴音ー!!」


Y字になって、道が合流しているあたりで私は千夜と出会った。


「凄いね……だいぶ気配が消えたんじゃない?」

「うん。千夜の成長も凄いよ。私のと違って、分かりやすく強くなったって気がする」

「ほんとに?いや〜、修行してよかったぁ…」


千夜はとても安心したような表情を浮かべながら、胸を撫で下ろした。

そんなに厳しい修行だったのか…私の今回の修行は善子さんは優しかったけどこれからはどうか分からない。

早くこの感覚に慣れて、あんまり怒られないようにしないと。


「どうだ?この子達の成長具合は」

「すごいを通り越して、もはや恐ろしいと感じるわ。若者にはまだ負けてないと思ってはいたけれど、これじゃあいつ抜かされるか分からないわね」


隆浩さんと、善子さんが私達の成長度合いを見て驚いてる。

やっぱり、私達の成長の早さは異常なんだ…


「琴音はこれからも隠密を頑張るの?」

「う〜ん、隠密だけじゃないけど、まあ、しばらくは隠密を教えてもらいたいなぁ」


魔力制御もしたいし、剣術もしたい。

暗殺術も、格闘術も、あと探知も。

学びたい事は沢山あるから時間が勿体ない。


「明日もここで修行するの?」

「いや、明日は駄菓子屋に戻るつもりだよ?まだみんな避難してるかも知れないけど、火事場泥棒対策にね」


こういう時に強盗に入るやつは結構いる。

あんまり店を開けておく訳にはいかない。


「まあ、お客さんは来ないだろうから模様替えでもしようかなって思ってる。夏用の飾りとかあるし」

「そうなんだ……知らなかった」


普段は物置の奥に置いてあるからね。

あんまり見る機会は無いんじゃないかな?


「じゃあ、私もお手伝いするために帰ろうかな。一人じゃ大変だろうし」

「ありがとう。飾りを取り出したりするのを手伝だってもらおうかなぁ」


お客さんが来ないうちに模様替えを済ませて、夏っぽくしておかないと。

すると、隆浩さんがこっちにやって来た。


「駄菓子屋の琴を考えると週に数回しか来れませんが…」

「…また修行したいかね?」

「「はい!」」


私達は声を揃えて返事をする。

隆浩さんはそれを見て微笑むと、胸を張って、


「良いだろう。休みの日にでもまたワシの所に来るといい」

「分かりました。えっと、夏休みの間は水木金と、日曜日に来てもいいですか?」


残りは駄菓子屋の経営。

まあ、曜日は適当に決めたんだけどね。


「分かった、準備しておこう……ところで、お母さんに許可を取らなくていいのか?」

「う〜ん…多分大丈夫です」


別に、あそこはお母さんの店じゃないし。

それに、お母さんなら普通に『いいよ』って言ってくれそう。

今のお母さんはとっても優しいから。

一応、隆浩さんの家に戻ってからお母さんに聞いてみたけど、予想通り『いいよ』って言ってもらえた。

こうして、私達の工藤夫婦の元での修行が始まった。







―――――――――――――――――――――――



修正

こちらの都合で、『勇者タカヨシ』→『勇者タカヒロ』

『工藤隆良』→『工藤隆浩』に変更します。



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