第89話勇者村

「ここが小山村……いや、『勇者村』って言った方がいいのかな?」


私達は、東京の山奥にある小山村という、小さな村に来ていた。

小山村は別名『勇者村』と呼ばれていて、景観を整えて観光地としても有名だったりする。

しかし、ただの景観の良いだけの村が観光地になったりするはずがない。

それなのに、多くの人が観光目的で訪れるのは……


「これ全部工藤さんの所有物なんだよね…」


そう、段々畑も、田園も、古い民家も、小屋も、蔵も、柿の木も、杉の木も、山も、川も、小さな草花でさえも工藤さんの所有物。

そして、ここに住んでいる人達は二種類居る。

一つは元からここに住んでいた、或いはこっちに帰ってきた人達。

もう一つは、工藤さんに雇われてここに住んでいる人。

景観維持や農作業、大工に猟師等の仕事を工藤さんに雇われてやっている。

要は、金を持て余しま工藤さんの規模がデカすぎる家ということだ。

この村の一番高い所にある少し大きい家に工藤さんは住んでいて、この村は村全体が工藤さんの庭だ。


「このきれいな段々畑は、観光客と工藤さん向けに整備された芸術品。或いは、庭の花壇のようなものなのよね…」

「そう考えると、金持ちのすることの規模ってヤバイね」

「…でも、榊ならこれくらい平気でやりそう」

「大丈夫。用途はまったく違うけど、榊が所有してる村があるから」


そう言えば、前組合長を処刑した村があったね。

あそこはやっぱり榊の管轄なのか…

もしかして、『村』っていう人の目に付きにくい狭いコミュニティを利用して、表沙汰には出来ないような事を平気で出来るだ施設を整えたわけ?

恐ろしや…


「……なんだか、ここに住みたくなって来たわね」

「そうですね…私も引退したらこんな感じの村で、琴音と一緒に過ごしたいなぁ」

「私は駄菓子屋があるから無理かな。でも、こんな暮らしには憧れるけどね」


私達は、口々に村を見た感想を言い合う。

ここみたいな、のどかで自然豊かな村や集落で暮らしたいという願望は、全員同じらしい。

まあ、私は駄菓子屋の経営があるから無理だけど。


「そうかそうか。気に入ってくれたようで何よりじゃ。どうする?このままワシの家に行くか、少し寄り道していくか」

「どうする?私は別にどっちでもいいけど」

「じゃあ、せっかくだし寄り道しようよ。田舎の自然に囲まれた暮らしを見てみたいし」


千夜は色々と寄り道したいらしい。

お母さんは……ニコニコしてるね。

私達に任せるって事でいいのかな?


「じゃあ、ちょっと寄り道します。別に急いでる訳ではないので、ゆっくり行きましょう」

「分かった。とっておきの場所に案内しよう」


工藤さんはそう言って、バシッと胸を叩く。

この人めちゃくちゃ背が高くて筋肉モリモリだから、迫力がすごいんだよなぁ…

そして、爺さん口調っていう見た目にまったく似合わない喋り方。

でも、こういうバリバリ筋肉質なイケオジってかっこい―――痛ッ!?


「こ〜と〜ね〜?」

「な、なに?ちょっ、痛いって!」


千夜は、私の腕を雑巾を絞るかのように、無理矢理絞ってきた。


「彼女の目の前で堂々と…ずいぶん肝の座った事するじゃん。この腕捻じ千切ってやろうか?」


いや、工藤さんをかっこいいって思うくらい別に良いじゃん。

それに、かっこいいって思っただけなんだから、それくらい許し――イテテテ!?


「あらあら。駄目じゃない琴音。貴女には恋人が居るんだから、そんな浮気みたいな事しちゃ」

「そうじゃな。それに、ワシに未成年者に手を出すような趣味はないぞ?二人で仲良くせんか」

「別にそういう意図はな――イテテテ!!?」

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……」


お母さんや工藤さんは茶化してるけど、普通に痛いからね?

千夜も呪詛唱えてるみたいで怖いし…


「お願い!謝るから許して!!」

「ダメ」

「ほんとに!ホントだから!もうこんな事しないから許して!!」

「琴音はしっかり調教しておかないと、すぐに浮気する。このまま散々痛めつけて私しか見れないようにしてあげる」


そう言って、千夜は私の腕に爪を突き立ててきた。


「痛い痛い!!そ、そんな事しなくても私は千夜以外の人に、尻尾を振ったりしないから!!私が愛してるのは千夜一人だけだから!!」

「……ほんとに?」

「うん。誓ってもいいよ。それに、もしこの誓いが守られなかったら、私を殺してくれてもいい」


私がそう宣言すると、千夜はようやく手を離してくれた。

はぁ……独占欲が強い上にすぐに嫉妬する。

そして、欲求に素直。

こんな困ったちゃんをよく好きになったね、私。

まあ、それも含めて千夜の事を愛してるんだけど。


「じゃあ、もし琴音が他の人を好きになったら、散々拷問したあとに殺す。そして、その血肉は私が食べるから」

「…うん?何?その急なカニバリズム」

「琴音の身体を燃やして、地面に埋めるなんて勿体ない事はしない。全部私の血肉に変える」


……これ、絶対他の人にときめいちゃいけないやつだ。

とんでもないヤンデレ少女に好かれちゃったなぁ…


「大丈夫よ、琴音。骨だけは回収するわ」

「骨だけは墓に入れてあげる」

「いや、何処が大丈夫なの?」


本気なのか冗談なのか…少なくとも千夜は本気っぽい。

というか、千夜ならやるだろうなぁ〜って思っちゃう。

 

「楽しそうな家族じゃな。ただ、うちの村にはちょっと騒がし過ぎる」

「そうですね。十八歳になると、夜も騒がしくなると思いますよ」


工藤さんの意見に賛同するように、お母さんが将来の事を言い出した。

十八歳になったら私はどうなっちゃうんだろう?

そんな不安を久しぶりに感じ、千夜の獰猛な目を見て身震いをした。







「おお…これは絶景だね」


私達は、山の展望台から小山村を見下ろしていた。


「見事な段々畑……ねぇ、『榊屋』をここに移転しない?」

「東京でもあんまりお客さんが来ないのに、ここで商売になると思う?うちは特別な駄菓子屋じゃないんだから、お見上げになりそうなものも何も無いよ」

「無いなら作れば良いのに…手作りクッキーとか」


売れるかな?

まあ、一部の人達には売れそうだね。

例えば、私の隣りにいる人とか。


「琴音の手作りクッキーかぁ……爪とか髪の毛とか血とか入ってないかなぁ」


うん、論外。

千夜を基準に考えちゃ駄目だ。


「転移魔法が使えれば行き来が出来るんだけど…転移魔法の習得ってクッッッソ難しいらしいし……やっぱり移転しましょう」

「いや、しないからね?」


確かに景観はキレイだけど、お客さんが来るか分かんないし、そもそもあの駄菓子屋にあるダンジョンをこっちに持ってこられるかが心配だ。


「とにかく、景観はいいけど移転しない。いいね?」

「えぇ〜」

「その歳で子供みたいな駄々のこね方しないでよ。恥ずかしい」


私がそう言うと、お母さんは不満そうな顔をしながら押し黙った。

“子供みたいな”は強力だね。

流石に四十代にもなって“子供みたい”は恥ずかし過ぎるよね。


「夜は星が出てキレイなんじゃが……今日は曇りそうじゃな」


工藤さんは空を見上げてそう言う。

山奥で見る星空か……是非とも見てみたいけど、この空模様じゃ無理そう

今でさえ雲が空の六、七割を覆っている。

これでは星空観察には向かない。


「仕方ない、また今度にしよう。…さて、そろそろ戻るぞ。家内が待っておるからな」


そうか…工藤さんの奥さんはもう現役は引退してるんだった。

どんな探索者だったは知らないけど、凄く強いって事は覚えてる。

さて、どれほどの実力者か…


「琴音?」

「ん?」

「……いや、何でもない。行こっか」

「―?分かった」


千夜が何か言いたそうだったけど、何でもないって言ってたし別にいっか。

本当に言いたいことなら、また後にでも言ってくれるよね。

そんな風に楽観視しながら、私は工藤さんの後ろをついて行った。











「黄金の…魔力(?)」


さっき琴音が工藤さんの奥さんの話を聞いて好戦的な顔をした時、魔力と似て非なるなにかの気配を感じた。

それは、色で表すなら黄金。

とても神聖な力に感じた。


「琴音、何か変な感覚はない?」

「―?別に無いけど?」

「そっか……」


自覚はない…と。

つまり、無自覚に発現した力って訳か。

にしては強い気もしたけど……気付いてないのかな?

それとも、無意識に使っているせいで気付いてないのか…

教えた方がいいのかな?


「千夜ちゃん、ちょっといいかしら?」

「え?あっ、はい」


琴歌おばさんが手招きをして私を呼ぶ。

そして、琴音から少し離れた所で耳打ちをしてきた。


「力の事は絶対覚られるなよ」

「っ!?」


聞いたこともないような低い声で脅すようにそう言われた。

あの力は、琴歌おばさんからすれば邪魔なものなのか……榊関係か?

榊を毛嫌いする琴歌おばさんならあり得る。


「…分かりました。普通に接します」


私はそう言って元の位置に戻った。


「どうかしたの?」


私が元の位置に戻ってくると、琴音が何を言われたのか聞いてきた。

さっきビクッ!ってしたのは見られてるだろうし、適当に誤魔化すか。


「『今日琴音を襲おうとしたら殺す』って低い声で脅されただけ。釘刺されちゃった」

「そうなんだ…よかった〜」


……心の底から安心してる?


「ねぇ、どうしてそんなに安心してるの?」

「え?」

「私に襲われないって知って安心したわけじゃないよね?」

「い、いや?そんな事は…ないよ」


うん、嘘だね。


「襲いはしないけど、それ以外の事はとことんやるよ。夜は私の抱きまくらになってもらうから」

「そんな!?あれ寝苦しいからやめてほしいんだけど…」

「ダメ。力いっぱい抱きしめるからよろしくね?」


琴音が、まるで嫌いな同僚から嫌味を言われたみたいな顔してる。

要は、ものすごく不快そうって事。

そんなに嫌なのかな?

大好きな人が自分に抱きついて寝てくれるんだよ?

普通は大喜びすると思うんだけどなぁ…

訳がわからないと首を傾げていると、琴歌おばさんがそれを見てクスクス笑っていた。



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