第88話工藤の考え

治療センターの一室


「――というのが、お二人の状態です。特に、神科さんは最低でも一週間は安静にするように」

「分かりました……ありがとうございました」

「ありがとうございました」


私達は、センターの多分お医者さんに今の容態を聞いたあと、お礼を言って部屋を出た。

…千夜は最低でも一週間お休みか……嫌な予感しかしない。


「どうだった?」


部屋を出ると、長椅子に座って外で待っていたお母さんが心配そうに容態を聞いてきた。


「私は、特に激しい運動をしなければ、自然治癒でどうにでもなるらしい。でも、千夜は魔力の酷使し過ぎで、最低でも一週間は安静にしないといけないんだって」

「そう……」


お母さんは、同情の視線を千夜へ送る。

……私としては、千夜はまったく落ち込んでないと思うけど…どうだろう?


「そんな目しないで下さい。私は全然落ち込んでませんよ。むしろ、嬉しいくらいです」

「え?」


ほらね?

理由もなんとなく予想がつく。


「だって、私は今ドクターストップが掛かってるので、ダンジョンに行けません。そして、私は琴音の彼女。つまり、傷付いた私の看病を琴音がしてくれる!」

「看病はするけど、そういう事は絶対しないからね?」

「むぅ〜…良いじゃん、ちょっとくらいヤッても」


はぁ…前々から思ってたけど、千夜って欲望に忠実だよね。

隙あらば私の事を押し倒そうとしてくるし。

私の貞操を守るという意味でも、早急に強くならないと…


「絶対安静を受けても千夜ちゃんは平常運転ね……」

「なるほど、いつもこんな感じなんじゃな?」

「「「ッ!?」」」


千夜の変態行動に、いつもの雰囲気が帰ってきたと思った瞬間、横から声をかけられた。

私達の会話に水を差したのは、『勇者タカヒロ』


「盗み聞きするつもりはなかったんじゃが……許してくれるか?」


許す?……いや、ここで許さないって言ってどうするの?


「…まあ、『勇者様』ならマスコミに私達を売るような真似はしないでしょうし」

「そうね…ただ、この子達の関係は内密にしてもらえないかしら?」


私は別にいいという返事をすると、その後に言いたかった事をお母さんが代わりに行ってくれた。

ありがとう、お母さん。


「もちろんだとも。その代わり、ワシの頼みを聞いてくれんか?」

「…?私達に出来る範囲なら…」


千夜もお母さんも嫌そうな雰囲気は無いし、頼みを聞くくらいなら別にいいよね。

『勇者』の頼みか……富・名声・力。全てを持っている『勇者タカヒロ』が私達に頼みたい事ってなんだろう?


「ありがとう。それで、ワシの頼みというのは――」


……謎にためるね。


「――君等を鍛えさせてくれんか?」


隆良さんは、私と千夜を指さしてそういった。


「「……はい?」」


私達は、声を揃えて首を傾げた。






「――つまり、私達の才能を最大限活用するために、工藤さんが私達を鍛えたい、という事ですか?」

「そうじゃな。君達からは、勇者の素質のようなもの感じる。ほんのひと握り…いや、数えるほどしかなる事しか出来ない境地に至る才を君達は持っている。そんな、才能溢れる若者を放置するわけにはいかんからな」

「は、はぁ…」


自分に才能がある事は自覚してるけど、いざここまで褒められるとむず痒い。

勇者の素質?境地へ至る才能?

ちょっと言葉が壮大過ぎてよくわかんない。


「本音を言えば、将来への備えじゃな」

「将来への…」「…備え?」


私達は、息ピッタリで言葉をつなげる。

それを見た工藤さんが、微笑ましそうに頬を綻ばせた。


「ああ、君達はダンジョンの未来がどうなるか知っているか?」

「ダンジョンの未来…ですか?」


ダンジョンの未来?

また大雑把な質問だなぁ…

う〜ん…なんて答えたらいいか分かんないし、千夜に任せよう。


「何か大きな厄災が生まれるとでも言いたいんですか?確かに、あの『ヒュドラ』のような怪物は確認されていますが、外部からの干渉が無ければアレが外に出ることはありませんよ?」


ああ、なるほどね。

確かに、『ヒュドラ』クラスの怪物は既に見つかっている。

そして、そいつ等が暴れればとんでもない被害が出るのも確か。

工藤さんはその事が言いたいのかな?


「確かに、『ヒュドラ』のようなモンスターの存在もある。だが、もっと別の問題があるんじゃよ」

「別の問題?それは、怪物級モンスターと同等の問題なんですか?」


怪物級モンスター…千夜の考えた『ヒュドラ』みたいな奴等の総称かな?

怪物級モンスターなんて言葉聞いたことないし。


「そうじゃ。単刀直入に言おう。出現するダンジョンの難易度が上昇傾向にある。しかも、その勢いは本当に極わずかながら拡大しつつある」

「……ダンジョンの難易度上昇…勢いは拡大……」


千夜が顎に手を当てて考え込んでる。

そんなに、考え込むような話かな?

ダンジョンの難易度上昇は仕方ない事だろうし、勢いの拡大も極わずかなんでしょ?

そこまで深刻に考えなくても……


「難易度上昇が、指数関数的に上昇すると言いたいんですか?」


突然、お母さんが真剣な声色でそう質問した。

難易度の指数関数的上昇?

……い、いや、まさかね…?


「ほぅ…よく気づいたな。その通りじゃよ、ダンジョンの難易度上昇は指数関数的なものという判断が、今のところされている」


ダンジョンの難易度の指数関数的上昇。

そもそも、指数関数的ってあれだよね?

1が2に。2が4に。4が8に。8が16に。16が32に。

32が64に。64が128に………って、あれ。

それってつまり、時を追うに連れて飛躍的に難易度に上昇していくという事だよね?

……やばいじゃん、家族だけでも助かる方法を考えないと…


「そもそも、君達はダンジョンの事をどう思っている?」


私が一人慌てふためいていると、工藤さんが質問の方向性を変えてきた。

ダンジョンの事をどう思っている?か…


「モンスターとお宝の巣窟」

「修行場兼腕試し場」

「合法生物サンドバッグ。あと、お金が取れる場所」


お母さん、ダンジョンの事をそう思ってたのか…

お金が取れる場所って……そんないい場所じゃないんだけどなぁ。


「ふむ…まあ、そういう事じゃ」

「「「…?」」」

「君達にとって、ダンジョンは『存在して当たり前のもの』ということじゃな」


『存在して当たり前のもの』か…

まるで、ダンジョンが非日常的なものとでも言いたいような言い草だね。


「君達はダンジョンが出現してから生まれた。或いは、小さい頃に出現したという状況じゃった。それ故に、ダンジョンを『当たり前のもの』と認識している。じゃがな、本来あり得ないものなんじゃよ」


あり得ないもの?

ダンジョンって、そんなに非現実的なものなのかな?

魔法だって存在するし、私も何度もモンスターを討伐してきた。

あの、肉を断つ感触は幻覚だって言うの?


「確かに、魔法は元々存在していたかも知れない。魔力は元々あったかも知れない。しかし、つい昨日までなかったものが、今日になって突然現れた、それは普通かの?」

「……いえ、普通とは言えませんね」

「その通り。普通に考えてあり得ない。という事は不自然なんじゃ。ダンジョンは自然発生したものではない。何者かが意図的に作ったものなんじゃよ」


なるほど…あれか『創造主理論』

『ダンジョンは、神が停滞したこの世界に新たな風を吹かせる為に作ったもの』

という説。

しかし、神の存在が確実でない為にそこまで信じられてはいない。

ただ、それは研究者の間での話。

民間人や探索者の間では、この説はかなり信じられている。

ダンジョンが元々あったのなら、どうして今になって現れたのか?

どうして今になってモンスターという新種族が出現したのか?

その問いに簡単に答える方法こそがコレ。

だって、『神が作ったんじゃない?』で済ませられるうえに、“神”なら出来てもおかしくないという謎の信頼もある。

なんの根拠もない話だけど、何故か簡単に納得してしまう。


「工藤さんは、『創造主理論』を支持しているんですか?」

「そうじゃな。ただ、“神”によって作られたかどうかは分からない。だから、“神如き力を持った何か”によって作られたと思っている」


神如き力を持った何か……確かに、ダンジョンを作ったのは神ではなく悪魔かも知れない。

もしかしたら、超能力を持った人間かも知れない。

とにかく、世界を一変させる程の力を持った何かによってダンジョンは作られたと考えてる訳か。


「で?その話が私達を鍛える事にどう繋がるんですか?」

「簡単な話じゃ。もし、今後ダンジョンの難易度上昇が止まったとして、その後もなんの問題もなく世界は廻り続けると思うか?」

「…?」


どういうこと?

難易度上昇が止まったとしても、世界は大変な事になるの?


「えっと…どういう事ですか?」

「ふむ…自分の考えを伝えるというのは難しいものじゃな……よし、なら結論から入ろう。ワシは、このままダンジョンが存在しては世界が崩壊すると考えておる」


世界が崩壊?

また話が壮大になって…


「……どうしてそう思ったんですか?」

「ダンジョンに出現するモンスターや魔導具。あれ等はどうやって生み出されておるんじゃろうな?」

「え?」

「例えば、ナイフを生み出す魔導具があったとする。その魔導具を使うには、魔力を流し込む必要がある。つまり、魔導具はナイフを生み出す為に魔力を使ったんじゃ。では、ダンジョンはそういった魔導具やモンスターを生み出しておるんじゃ?」


ダンジョンがどうやってモンスターを生み出すか……そもそも、ダンジョンに出現するモンスターがどこから現れるかは謎に包まれている。

未だに、モンスターが生み出される瞬間を見たものは居ない。

様々な方法で監視しても、いつの間にかモンスターが出現している。

ではダンジョンはどうやって誰にも気付かれすモンスターを生み出しているか?


「…ダンジョン自体が、打規模な魔導具のようなものというという事ですか?」

「その通りじゃ」


先に答えに辿り着いたお母さんが、工藤さんの質問に答えた。

ダンジョン自体が魔導具のようなもの……

つまり、ダンジョンは魔力を使ってモンスターを生み出している?


「じゃあ、その為の魔力……いや、モンスターを生み出す為にのエネルギーは何処から供給しているの?」

「そこじゃ。ダンジョンは何処からエネルギーを供給しておるのか?ワシは、ダンジョンは地球からエネルギーを供給しておると思っている」

「地球から?」


地球のエネルギー……確かに、惑星規模であればダンジョンを維持するだけのエネルギーを供給することが出来そう。

でも、ダンジョンで消費されるエネルギーと、回復するエネルギー。

どっちが多いのかな?

そもそも、地球のエネルギーは回復するのかな?


「……いつか、ダンジョンは地球のエネルギーを食い尽くすと?」

「そうじゃ。ワシはそう考え、ダンジョンをこの世から抹消する方法を探しておる」

「ダンジョンを抹消……コアを破壊すればいいんじゃないですか?」


ダンジョンの最奥には、通称『ダンジョンコア』と呼ばれる魔力の塊が存在する。

それを破壊すると、ダンジョンは崩壊し、中に居る人間は排出され、モンスターは消滅する。

コアを破壊すれば、ダンジョンを抹消出来るんじゃない?


「だが、ダンジョンは今なお増えている。そして、必ずと言っていいほどコアが破壊された数日以内に、新しいダンジョンが出現する」

「…イタチごっこって事ですか?」

「おそらくな……ただ、ダンジョンで消費された魔力が地球に還る保証がない以上、無闇にコアを破壊するのは良くない」


コアに蓄えられた莫大な量の魔力が地球に還らなかった場合、新しいダンジョンが出現する際に、また莫大な量のエネルギーが地球から吸い上げられる。

そうなれば、地球の寿命を縮める事になるかも知れない。


「確かに……そう考えると、ダンジョンって星に寄生する寄生虫みたいですね」

「寄生虫にしてはデカ過ぎるけどね〜」

「いやいや、星に寄生するんだよ?デカくて当然……待てよ?」


万が一、ダンジョンが本当に星に寄生する寄生虫だった場合、自分達を殺しかねない存在を生み出すような真似をするか?

生物を成長させて、より多くのエネルギーを回収するため?

そんな事をしなくたって、星から吸収した莫大なエネルギーが存在するはず。

なら、どうしてダンジョンなんてものが存在するのか……


「……自分達の脅威になりかねない存在を育て、限りあるエネルギーを割く。そんな非効率的な事をするような生物がどうして淘汰されないの?」

「……淘汰出来ないんじゃない?」

「どういうこと?」


私が独り言のように言った事に対して、お母さんが意見を述べた。


「星を食い荒らす生物よ?明確な弱点があるとはいえ、全て淘汰する前に星が崩壊するわ。そうなれば、新しい星に行ってエネルギーを吸い取ればいい。その星に天敵になりえそうな生物がおらず、生ぬるい環境で個体数を増やし、次の星へ向かったら?」

「全ての個体を倒す前に星が崩壊し、弱いものだけが殺されて強い個体だけが残る……確かに淘汰されている、星の原生生物からすれば最悪の形で」 

「より強く、より多くのエネルギーを吸う強いものだけが捕食者として次々と星を喰らう。ダンジョンは、宇宙規模の生態系の頂点に存在する生物じゃとでも言うのか?寄生生物が生態系の頂点とは……ダンジョンは宇宙からの侵略者という説があるが、まさかこんな考え方があるとは……『スターパラセクト理論』とでも言うべき考え方じゃな…」


星の寄生虫スターパラセクト……

もしこの説が正しいとすれば、私達人間は地球という星の免疫機能のような存在ね。

星に寄生する寄生虫を撃退するための、免疫細胞。


「人類は、地球の免疫機能なんですかね?」

「地球の免疫機能か……まるでガイア理論じゃな」


私が冗談めかしてそう言うと、工藤さんはガイア理論という謎の理論を例に出した。

ガイア理論って何?

ガイアって確か、ギリシャ神話の神の名前だったよね?

……どんな神か知らないけど。


「あら?琴音はガイア理論を知らないの?」

「うん」

「ガイア理論って言うのは、『地球は自己調整機能を持った一つの生命体である』って考え方よ。よく聞く主張としては『人間に細胞があるように、人類や生物は地球という生命体の細胞の一つである』という考え方ね」


なるほど……そのガイア理論は、スターパラセクトや人間は地球の免疫機能というのにも繋がって来るね。

……でも、免疫機能の割には地球の環境破壊しまくってるよね。

どっちかって言うと、癌細胞……癌細胞?


「……逆のパターンもあり得るのか」

「ん?どうしたの?」

「いや、人類が地球に寄生する寄生虫で、ダンジョンが地球の免疫機能なんじゃないか?って考え方も出来るなぁーって」

「『免疫説』じゃな。その考え方の説がすでに存在しておるぞ」


なんだ、既出の考え方だったのか。

まあどちらにせよ、ダンジョンコアを破壊するのは危ないって事だね。


「コアを破壊する以外でダンジョンを抹消する方法なんてあるんですかね?」

「分からん。じゃが、やるしかない。その為にも君たちを鍛えるんだ。さあ、ワシに着いて来い。村に案内してやる」


村か……あそこの事かな?

私は、工藤さんの言う“村”が何か予想が出来ていた。

だから、実際にどんなところなのか楽しみだった。

か…行く機会は滅多にないだろうし、いい経験になりそう。


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