第87話救出と勇者

「どいて下さい」


私は強引に道を開けてもらうと、殺気を放ち続ける千夜に背後からゆっくりと近付く。

何故か、アンデット共の視線が私に集まってきた。

……そんなに見られるような存在か?

千夜に比べれば大したとこないと思うんだけど……まあ、いっか。


「千夜。もう止めて」


私が千夜を後ろから抱きしめ、優しく声をかけると千夜が掠れた声で返事をしてくれた。


「琴…音…?」


よし、まだ理性が残ってる。

このまま説得……は、コイツ等が居るせいで無理。

仕方ない、予定通り殴って気絶させるか。


「ごめんね」


私は、魔力を込めた本気パンチを千夜の鳩尾に叩き込む。


「――!?」


予想外の攻撃を受けた千夜は、よろよろと倒れそうになるが、気絶することはなかった。

それどころか、私のことを敵認定したのか、強烈な殺意を向けてきた。


「不味い!」


私は慌てて千夜から距離を取って、千夜の刀を回避する。

このままここに居ても良いことはない。

せめて、お母さんの隣に行って援護してもらわないと。

私は、千夜の標的が自分に向いているのを確認すると、すぐにお母さんの方へ向かって走る。


「――っぶな!?」


途中、千夜の横薙ぎの斬撃が私の身体を真っ二つにしようと襲い掛かってきたが、身長差を活かして回避する。

……要は、チビだから少ししゃがむだけで躱せるのよ。

こんなところで低身長が役に立つとは思わなかったけど、なんだろう、この妙な敗北感。

私がモヤモヤしながら次の攻撃に備えようとした時、


「ふん!」


お母さんの、本気の蹴りが千夜のこめかみ突き刺さり、一撃で千夜を沈めた。

……一撃!?


「まったく、こんなにボロボロなんだから、一撃で決めてあげなさいよ。可哀想でしょ?」


いや…いやいやいや!!


「あのぅ…今の千夜って桁違いの魔力を纏って、防御力が跳ね上がってるんだけど…」


私がそう聞くと、


「理性を失った小娘くらい簡単に沈められるっての。あんまり私のことを侮らないことね」


そんな返事が帰ってきた。

……お母さん、こんなに強かったんだ。


「それはそうと、千夜ちゃんを救出したのは良いとして、アレはどうするの?」


お母さんは、何故か私を睨んだまま動かないアンデット共を指差す。


「どうしよう……ここに居る戦力じゃ勝てないy「#&@#$@&#9@&!!」なっ!?急に動き出した!?」


私がお母さんの質問に答えた時、突然アンデット共が動き出した。

さっきまで私を睨んだまま動かなかったのにどうして……


「やっ…、ア……警……てた…か……」

「え?」

「何でもないよ」


お母さんが何かボソボソと呟いてたけど全然聞き取れなかった。

……って、そんな事はどうでも良くて!!


「ど、どうしよう!!」


私が迫りくるアンデットを見てあたふたしていると、急に神々しい力を感じ、その力を感じる方を見上げる。


「ふむ…間に合ったようじゃな」


そこには、身長が2メートル以上ありそうな筋骨隆々の大男……もとい、筋骨隆々のクソデカ爺さんに立っていた。

……あの顔、何処かで…


「イモータルキングが現れたか…ここにいる戦力だけでは厳しそうだ。ワシが手伝うとしよう」


爺さんはそう言って飛び降りてくると、その手に持っていた大太刀を引き抜く。

その瞬間、体の奥底から力が湧き上がってきた。


「こ、これは!?」

「ほぅ…これがかの有名な……」


お母さんはニヤリと笑って、体の動きを確認している。

私?何が起きたか分からず混乱してるよ。


「さて、亡者共。そろそろあの世へ帰れ」


そう言って爺さんは大太刀を振り抜き、凄まじい魔力波を発生させて全てのアンデットをさせた。

デスパラディンも、イモータルキングも。


「……は?」


待て待て待て待て待て待て待て待て!!!

今、何が起こった?

爺さんが大太刀を振って…魔力波が発生して…アンデットが消滅した……What's?


「流石……まさか魔力波だけで浄化するなんて」

「えっ?お、お母さんは何が起こったのかわかったの?」


私がお母さんに質問すると、お母さんは丁寧に説明してくれた。


「アレは、工藤さんが魔力をあの大太刀に乗せて、大太刀の力を帯びた魔力をアンデットにぶつける事で一気に浄化したのよ」

「は?ん??えっ???」


いや……は?


「お母さんは、あの爺さんが誰か知ってるの?」

「はあ?逆に琴音は知らないの?あの人は日本最強の一人、『勇者タカヒロ』こと、『工藤隆浩』さんよ」


――――――――え?

ゆ、勇者?

勇者タカヒロ……タカヒロ……隆浩……工藤…隆浩!?


「あ、あの工藤隆浩!?」

「そうよ。あと、呼び捨て止めなさい」


嘘でしょ…まさか、工藤隆良が出てくるなんて…

てっきり、今日も村で隠居してるのかと思ってた。


『工藤隆浩』

御歳、六十四歳という御高齢な探索者。

本来なら、とっくに定年退職してるところだけど、この人は未だに探索者を続けてる。

……そもそも、四十代に入ると一気に体力が落ちてくるので、四十代後半の探索者は大抵そこまで強いダンジョンには行かない。

五十代になると、ほとんどの人が探索者を辞める。

そんな中、工藤さんは普通に現役バリバリで探索者を続け、二十年以上『勇者』の地位に立っている本物の最強だ。

更に言うと、工藤さんの持っている武器も最強の名に拍車をかけている。


「アレが噂の『四季宝刀・夕夏しきほうとう・ゆうか』なんだね…」

「ええ。世界最強の武器にして、日本に三つしか存在しない『宝具』の一つ。それがアレよ」


『四季宝刀・夕夏』

『宝具』と呼ばれる、とてつもない力を秘めた魔導具の一つで、剣の場合は『宝剣』と呼ばれる。

そんな『宝剣』の一つである『四季宝刀・夕夏』は、世界で二番目に見つかった『宝具』で、工藤さんが三十年前にダンジョン探索中にたまたま見つけた物だ。

その効果は、『自分や味方に大規模なバフを掛ける』というもの。

さっき体の底から力が湧き上がってきたのは、『夕夏』の力によるものだ。


「『宝剣』……私も欲しい」

「欲しがったからって、手に入るのもじゃないでしょ?『宝剣』は、『宝剣』が決めた人物にしか扱えず、そもそも『宝剣』に認められた者の前にしか現れない。琴音が手に入れる機会は無いでしょうね」

「酷い!」


うぅ、あのすんごい力を持った『宝剣』があれば、千夜に勝てると思ったのに……待てよ?

確か、『宝剣』が出現するダンジョンって、気配がしないんだよね?

で、駄菓子屋のダンジョンは気配がしない……

……あっるえーー?おかしいぞぉーー?


「ふふっ、ふふふ」

「どうしたの急に笑いだして」

「別にー?何でもないよぉー?」 


あり得る。

全然、あり得る。

あのダンジョンは、お婆ちゃんが私に託してくれたもの。

昔、お婆ちゃんは駄菓子屋を売る事も視野に入れていた。

それなのに、ある時を堺に頑なに私に駄菓子屋を継がせようとしてきた。

その時から、お婆ちゃんは私を駄菓子屋に泊めさせてくれなくなった。

もしその時駄菓子屋にダンジョンが出現していたら?

もし、そのダンジョンが私のために出現したものなら?

ふふふ…『宝剣』は私を選んだに違いない!


「琴音……まさかと思うけど、駄菓子屋のダンジョンで『宝剣』が手に入ると思ってないわよね?」

「ふふふ、どうだろうねぇー?」


私が曖昧な返事をしていると、


「う、う〜ん?」


千夜が目を覚ました。

……早くない?


「おはよう、千夜。ずいぶん起きるのが早いね」

「私の蹴りを食らってこんなに早く目覚めるなんて……」


起きたばっかりで、目をパチクリさせている千夜に二人で話し掛けていると、後ろから誰かが近付いてきた。


「その子が『剣聖』と呼ばれている少女かの?」


工藤さんだ。

まさか、こっちに来るとは……まあ、千夜の知名度を考えればそれくらい普通か。


「あっ、はい。『剣聖』は私です」


目を覚ました千夜の第一声はそれだった。

なんかモヤモヤするなぁ〜。

そこは、『…琴音?』とか言って欲しがった。


「えっと……『勇者タカヒロ』さんですよね?」

「そうだ!ワシこそが『勇者タカヒロ』こと、工藤隆浩じゃ。どうだね?初めて見る『勇者』の感想は」

「えっと…凄い……です」


う〜ん、まだ語彙力が回復してない。

今話した所であれかなぁ。


「あの、急に割り込んですいません。千夜は今起きたばっかりで、まだ混乱してまして…」

「ふむ……そうだな。ワシの名義で治療センターを使わせてやろう。お主も来るか?ポーションで無理矢理怪我を治しているようじゃし」

「えっ?分かるんですか?」

 

ポーションを使った事に気付くなんて…

やっぱり、腐っても『勇者』なんだね。


「君達はワシが運んでやるとしよう。そっちお嬢さんはどうするかね?」

「バイクがあるのでそれに乗っていきます。すぐに行けるので大丈夫ですよ」

「そうか、では行くぞ。ワシがしっかり持っておるから安心せい」 


………は?

え?なに?私達、これからこの爺さんに担がれながら治療センターに行くの?


「え、えっと!じ、自分で行けるので大丈夫です!!」

「遠慮はいらん。ワシに任せい」

「いえ!遠慮しているわけでは――!!」


結局、私達は工藤さんに担がれて治療センターへ行くことになった。

千夜?まだ混乱してるせいで、考えるのをやめてるよ。










治療センター


白衣にメガネと言う、いかにも医者ですという雰囲気の男性が、紙の挟まったバインダーを持ってワシに二人の容態を説明してくれた。


「あの子は怪我がポーションでほぼ治っていたので、後は自然治癒を待つだけで良いでしょう。問題は『剣聖』さんです」

「ふむ…やはり、魔力の使いすぎが?」

「ええ。急性魔力欠乏症になっています。しばらくは安静にする必要があるでしょう。訓練も、一般人のトレーニング程度に抑えるほうがいいでしょうね」


ふむ…あの子達の才能は本物だ。

ここで成長出来ないのは痛いな……


「ただ、異常に魔力の回復が早く、日々の努力の賜物か魔力回路もあまり損傷していないようです。早くて一週間程度で治るでしょう」

「ほぅ……それは面白い」


たった一週間で急性魔力欠乏症を治す可能性があるとは……やはり、村に連れて行って修行させたほうがいいな。


「すまんな、無理を言って」

「いえいえ。これくらいなら私の権限でどうにでも出来ますよ。では、容態を伝えてきます」


そう言って、あの二人元へ向かっていきおった。

……さて、どんな修行メニューを用意してやろうか?

『剣聖』は容態が良くなるまでは魔力の修行でもさせておこう。

もう一人のあの子はみっちり鍛えねばな。

教えたい事は沢山ある、あの若さであれ程の力を持った子供達。

鍛えがいがありそうだ。


「そう言えば、もう一人いたな……まあ、彼女は望めば教える程度でいいかの」


あれは今のままでも十分強い。

そして、『剣聖』よりも人生経験が豊富で知識も多そうじゃ。


「ふむ…手土産にコーラでも買っていくか」


ワシは、自販機でコーラを四つ買うと、待合室へ向かう事にした。



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