第86話クリ○ンのことかー!!

東京某所


「クソッ!どうしてこんなに集まってくるんだよ!!?」

「さぁな!きっと、ここに魅力的な何かがあるんだろ!!」


とある何の変哲もない交差点に、五十体以上のデスナイトが集結していた。

ここにいる探索者では対処しきれない数であり、本来ならすぐにでも逃げ出したいところだ。

しかし、それは出来ない。


「後ろのはどうする?」

「知るか!下手したらデスナイト以上の化け物だぞ?何もせず過ぎ去るのを待つのが一番だろうが!」


化け物じみた魔力と殺気を放つ何かがこちらへ向かって来ている。

後ろに逃げればその化け物と鉢合わせる事になる。

かと言って、逃げなければ物量で押しつぶされるだろう。

探索者達がどうすれべきか焦っていると、一人の探索者がポツリといい案を呟いた。


「……あの化け物と、コイツ等をぶつけるか?」


目には目を、歯には歯を、化け物には化け物を。

化け物同士をぶつけることで、どちらかを対処する。

或いは、弱った所をどちらも倒してしまう。

配置されている人数も多くはない。

この案は全員に聞こえていたようで、何も言わずとも行動に移った。

魔法使い等を筆頭に、遠距離攻撃が出来る者が足止めをする。

そして、後ろから迫ってくる化け物が通る道を開けながら、後衛を守る前衛たち。

何度かデスナイトに近付かれつつも、化け物がここにやってくるまでの時間は稼げた。


「……おいおい、あれ『剣聖』じゃねえか?」

「嘘だろ…あいつ、あんな力隠し持ってやがったのか」

「いや…様子が変だぞ?まるで、理性がないみたいな…」


呆然とそんな話をしていると、突然こちらへ向かって来ていた女探索者が加速した。


「速っ!?」


信じられないような速度で探索者達の間を通り抜けると、その手にある刀を抜く。

的確で、素早く、効率よくデスナイトの首が飛んでいく。

女探索者は交差点を縦横無尽に駆け回り、ものの数秒で五十体は居たはずのデスナイトを全滅させた。


「……」


居合わせた探索者は、ただ呆然とすることしか出来ず、何処かへ走り去っていく女探索者の背中を見つめていた。










琴音視点


「チッ!この短時間でどこまで行ってるんだ?一直線に『大墓地』へ向かった訳でもなさそうだし…」


避難所を離れた私は、魔力を駆使しながら千夜の後を追う。

と言っても、千夜が放つ魔力を目印に走ってるだけで、速度が違いすぎて追いつけない。

多分、本気を出しても今の千夜には追いつけないと思う。


「はぁ…どうやって千夜に追いつけば…」


千夜の魔力を目印に走り続けるのも疲れてきた。

何処かで休まないと、体力が持たないかも知れない。

攻撃を食らったせいで、身体がダメージを受けて体力の回復が遅い。

走っていけないとなるとどうすれば……ん?


「これは…」


聞き覚えのあるエンジン音に、私は魔力を放って場所を伝える。

きっとこれで来てもらえる。

実際、エンジン音は確実にこっちに近付いてきてる。

後は待つだけ。

私が肩の力を抜いて道のど真ん中に立っていると、お母さんが大型二輪に乗ってやって来た。


「乗りなさい!千夜ちゃんの所まで行くわよ!!」


私の横にスライドしながらやってくるなり、無理矢理後ろに乗せるとすぐに発進するお母さん。

普段の優しいお母さんも好きだけど、こういうカッコいいお母さんも好きだなぁ。

…これ千夜が聞いたらマジギレしそう。


『琴音は私よりもお母さんの方がいいんだぁ?こんなにピチピチで可愛い私よりも、年増でカッコ悪いお母さんの方がいいんだぁ?』


――とか言われそう。

まあ、ちょっとキスするだけで落ち着いてくれるから、扱いには困らないけど。


「で?何があったの?」


軽く千夜を貶していると、お母さんがどうしてこうなったのか聞いてきた。


「千夜の底を見る為に、わざとデスナイトの攻撃を致命傷になるように調整しながら食らったら、予想以上に千夜がキレて理性を失いかけてる」

「何やってるのよ……」

「だって、千夜はそこらの有象無象はもちろん、『英雄候補者』にしては強過ぎるんだもん。『英雄』への昇格試験を受けられるくらいの力は確実にあると思って…」


お母さんは、私の言い分に呆れているみたいだけど、打倒千夜を掲げる私からすれば相手の情報を出来るだけ多く集めておきたかった。

まあ、その結果がこれなんだけど…


「あんな化け物みたいな力を使って……このままだと千夜ちゃんの身体が持たないわ」

「それは分かってる。だから、私が止めに行くんだよ」


あれだけの魔力を使えば、確実に魔力欠乏症になる。

それか、一度に大量過ぎる魔力を使ったせいで、急性魔力欠乏症になるかも…

そうなると、千夜の命が危険に晒される。


「止められるの?」

「手段はいくつかある。説得するか、キスするか、殴って目覚めさせるか」

「最初のは無理でしょうね。二つ目は……本気で言ってる?三つ目が一番成功しそうね」


やっぱりそうか…

私も、一つ目は絶対無理だと思ってる。

二つ目は、まあいけなくはないだろうけど、見てる奴らが沢山居るし、最悪カメラがあるかも知れない。

週刊誌に乗るかも知れないし、乗らなかったとしても日本中で話題になるだろうね。

で、三つ目は簡単。

殴って気絶させるだけ。

ただ、一つだけ問題がある。


「で?どうやって殴るの?」

「それなんだよね〜」


あの『クリ○ンのことかー!!』状態の千夜にどうやって拳をブチ込むか…

そもそも、この状態の千夜に私の拳が効くのか。

やるのは簡単だけど、成功するかは分かんない。

その点、何気にキスするのが一番成功率が高そう。


「どうする?琴音が前で気を引いて、私が後ろから千夜ちゃんの頭にダイレクトアタックして気絶させようか?」

「……千夜を殺す気?」

「そんな事ないわ。可愛い娘を奪った挙げ句、汚そうとしている小娘に、ちょっと早めの嫁いびりをするだけよ」

「嫁いびりというか、家庭内暴力…」


というか、千夜がそれを知ったら間違いなく大喧嘩になる気がする。

お母さんと千夜って、実はそんなに仲良くないし。


「あと、無理矢理私に禁酒禁煙を強制した恨みもあるし…」

「それはまた今度交渉して」

「分かった。これが終わったら交渉(口論)しておくわ」


何故か、言葉の裏側に意味が隠されてる気がするけど、多分大丈夫なはず。

いざとなれば、私が止めに入ればいいし。


「いざという時はよろしくね?」

「……それは、喧嘩する気満々と受け取っていい?」

「あの小娘が話し合いで解決してくれるなら別にしないわ。でも、あの子の性格上…ね?」


駄目そう…

これは、確実に喧嘩になるね。

いつでも止められるように、覚悟しておかないと。


「ふぅ…話を戻すわね。一応、説得はするつもりなんでしょ?」

「そうだね。説得というよりは、千夜の気を引く為にの囮。油断した所を殴る」

「理性が残ってるなら、説得出来そうな気もするけど……来てるわね」

「そうみたい」


千夜の魔力の気配が、こちらに向かって来ている。

どうしてこっちに来るのは知らないけど、いい機会だ。

ここで千夜を正気に戻す。


「……来たわよ」

「分かってる。私も見えてるよ」


私達の前から走ってくる千夜は、感情の感じ取れない無表情をしていたが、確かな殺意が目に宿っている。

そして、人を即死させるほどの殺気を放ちながらこちらへ向かってくる。

……予想以上に速い。

あの速度じゃあ殴るのはもちろん、説得すらままならないかも。


「作戦変更。千夜を追い掛けて」

「了解。派手に飛ばすからしっかり掴まっときなさいよ」


お母さんはそう言って、ドリフトで旋回すると、横を駆け抜けて行った千夜を追う形でアクセル全開でバイクを走らせる。

エンジン音が、人の気配が無くなった東京の街に響き渡る。

速度メーターを覗くと、グングン速度が上がっていくのが見えた。

しかし、最高速度に達してなお、少しずつしか千夜との差が縮まらない。


「これ、生身の人間が出していい速度なの?」

「お母さんの法律ギリギリバイクですら追いつけないなんて……しかも、これただ走ってるだけの状態だよ」

「は?」

「会敵したら一気に加速して、敵を瞬殺するから」


千夜は、敵を見つけると凄まじい速度で踏み込んで一気に間合いを詰める。

その速度はまさに異常。

やってる事は私の居合斬りと大差ないけど、質と技術力が段違い。

『縮地』って、ああいうのを言うんだろうなぁ、って動きをしてくるんだよね。

さて、どうしようか…


「ん?急に止まっ――速っ!!?」


おそらく敵を見つけたであろう千夜が、目を疑うような速度で踏み込んだ。


「アレが千夜の踏み込みなんだけど……私の知ってるのよりも遥かに速い」


よくよく見ると、遠くにデスナイトがいる。

あれを狙って、走り出したのか。

……これどうやって追いつくの?

私達が千夜のいる場所に着くよりも、千夜がデスナイトを全滅させる事の方が速い気がする。

そうなると、更に差が開いたまま走る事になる。


「幸い、目印は分かりやすいんだし、そんなに焦らなくてもいいと思うわよ?」

「そうかなぁ……ん?これは…」


そう遠くない場所から、千夜に負けず劣らずな規模の魔力が放たれた。

ただ、明らかに人間の魔力ではない事は、気配的に分かる。

おそらく、スタンピードの主が現れたか。


「先回りするよ」

「了解。…あら、千夜ちゃんの方が動きは速かったようね」

「えっ?…もうあのデスナイトは全滅したのか」


チッ、使えない肉壁だ…

まあ、無いものはしょうがない。

多少遅れてもいいから、『大墓地』へ向かうか。






『大墓地』前


「あれは……」

「確か、『死の近衛騎士デスパラディン』だったかしら?」


『大墓地』に来ると、千夜とデスナイトよりも一回り大きい騎士風の装備を身に着けたアンデットが戦っていた。

あのアンデットは、お母さんが言っている通りデスパラディンだろうね。


「そうそう。デスナイトが百匹くらい束になってようやく互角って言われるくらいの化け物だよ」

「匹……まあ、そこは聞かなかった事にして…六体も居るけど、千夜ちゃんは勝てるの?」


千夜は、たった一人でデスパラディンを六体も相手している。

他にも探索者は居るが、デスパラディンと戦える程の力を持つ者がおらず、ただ見ている事しか出来ないみたい。


「……あの状態の千夜でも、六体は厳しいはず。多分、直感が正常に働いてるだけでそれがなかったら普通に負けてる」

「そうよね……せめて、一体は倒してほしいところだけど…」

「無理そうだね…チッ、流石にデスパラディン相手だと、アレを使わざるを得ない。……でも、ここで出し惜しみをして千夜が死んだら……」


状況は刻一刻と悪くなっていく。

千夜は鼻血を流し、目を充血させている。

それに、少し動きが鈍くなってきてる…いや、確実に鈍ってる。

千夜の身体が限界を迎え始めたんだ。

もうこれ以上は持たない。

今すぐ千夜を正気に戻さないと!


しかし、良くない状況というものは、連続して何度も襲いかかってくる。

『大墓地』から巨大なアンデットが現れたのだ。


「あ、あれは……」

「…『死の王デスロード』……いや、それよりも大きい」


そのアンデットは王冠を被り、ボロボロのマントを着けていた。

最初はデスロードかと思った。

でも、それにしては大き過ぎる。

もっと言うと、一目見ただけで分かるほどの圧倒的な魔力。

デスロードは、『大墓地』に度々出現する徘徊ボス兼中ボスだ。

そんなのが、こんな量の魔力を持っているとは思えない。


「デスロードよりも上位の存在…?……まさか、『亡者の王イモータルキング』だって言うの?」


『大墓地』で見つかっている最強のアンデット、イモータルキング。

名前的にはデスロードの方が強そうに感じるが、実際は逆。

デスロードとは比較にならない程の力を持っており、『英雄』のみで構成された精鋭チームが壊滅するという、とんでもない強さを持っている。


「私が……助けないと…」


千夜は、そんなイモータルキングに殺意剥き出しで、今にも飛びかかりそうな勢いだ。

あんなボロボロの身体で戦ったら、反撃された瞬間即死してもおかしくない。

今すぐ助けないと……くそっ!足が竦んで…

私は、なんとか千夜を助けようと必死に動こうとするが、足が言うことを聞かない。

身体が震えて力が出ない。

これは『恐怖』と呼ばれる感情のせいだ。

私は、目の前の化け物の圧に恐怖し、動けなくなってしまった。


「千夜……ごめん……」


視界が滲む。

千夜を失うかもしれない焦燥から涙が出てきた。

おまけに口の中に血の味が広がって来た。

大切な人の危機を前にして、何も出来ない自分に嫌気が差し、唇を噛みすぎたようだ。

それでも、私の身体はその場から一歩も動こうとしない。


「くぅ…ううぅぅ……」


弱々しい唸り声をあげて動こうとしても、穴の中で怯えるネズミのように震えることしか出来ない。

その時、後ろからバンッ!と叩かれた。


「しっかりさない!」


お母さんだ。

あの化け物を前に、お母さんはまったく怯えていない。

顔色からも、声色からも恐怖が微塵も感じられない。

そして、私の肩を掴んで話し掛けてくる。


「貴女が助けないで、誰が千夜ちゃんを助けるの?あんなデカブツに怯える程、貴女は弱いの?この程度の圧に屈する程、琴音の千夜ちゃんに対する愛は薄っぺらいものなの?!」


お母さんは、恐怖で動けない私を叱咤する。

私と千夜の愛が薄っぺらい?

そんな訳ない!!


「薄っぺらくない…」

「なに?」


私の呟きのような返事に、お母さんは苛立った声でもう一度言うよう急かす。


「薄っぺらくない!私と千夜の愛は、そんな薄っぺらいものじゃない!!」


周りの目など気にせず、私は大声でお母さんにそう叫ぶ。


「そう……だったら、死を覚悟してでも千夜ちゃんを助けなさい。この程度で動けないようじゃ、私はあなた達の恋路を認めない。結婚なんて絶対させないわ」


そんな……

結婚どころか、恋路すら認めてくれないの?

私は、千夜と別れないといけないの?

そんなの嫌だ…


「…嫌だ」

「嫌?嫌なら行動してみなさい。行動で私に示しなさい」


お母さんは、千夜を指さして話を続ける。


「琴音。貴女が千夜ちゃんを助けるの。他の誰かではなく、貴女が助けるのよ」

「……」

「行きなさい。これは、琴音がやるべき事よ」


自然と手に力が入り、拳が出来上がる。

私は、お母さんに鼓舞されて、呼吸を整えながら唸り声を上げる千夜を睨む。

これは……私がやるべき事。


足は……もう固まったままじゃない。


身体の震えも止まった。


涙もまったく流れてこない。


……死ぬ覚悟は出来てない。


でも、死ぬつもりはない。


千夜と約束したんだ。


「必ず千夜を助ける。自分の命も守る。そうじゃないと、私は千夜の嫁にはなれない!!」


まだ死ぬ覚悟は出来てないが、アイツに立ち向かってでも千夜を助ける覚悟は出来た。

私の心に、確かな強い意志が生まれる。

ソレは私の力となって、一歩踏み出す勇気をくれた。


「……琴音?」


お母さんが私の名前を呼ぶ。

きっと、私に覚悟が出来たか確認を取りたいんだろう。


「行ってきます」


顔だけ振り返り、お母さんにそう伝えると私は一歩踏み出した。











あれは……本当に琴音なの?

琴音の目に確かな覚悟が宿った時、それをトリガーとして神々しい力が現れた。

私は自分の勘を信じている。

だからこそ、アレの異常さが分かる。


「誰だ…私の娘にお節介をした奴は」


あの力の気配は間違いなく琴音のもの。

間違いなく琴音の力だ。

しかし、アレは人が持てる力じゃない。

誰かが琴音の魂に何かを刻み込み、それを琴音の力として組み込んだ。

いつだ?

いつからあの力は存在した?

……最初から?

生まれる前からずっと、琴音はあの力を持っていた?


「琴音は気付いていないの?……おそらく気付いてないわね」


無自覚に使っているか、或いは誰かのお節介か。

どちらにせよ、アレは隠した方がいい。

厄介事に巻き込まれかねない。

背後に誰か居ることを直感で感じ取ると、私はソレに話しかけた。


「木陰」

「はっ」


私に呼ばれ、ソレが返事をする。


「あの力を隠せ。アレを絶対に夜に知らしめるな」

「了解しました」


これで、あの力が夜に知れ渡る事はない。

榊があの力に関するあらゆる情報を操作してくれる。


「神の力…か」


私はあの忌々しい力を睨み、今後の対応を考えた。

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