第85話強烈な殺意

「痛い……もう毒は無くなったはずなのに痛い」

「当然の報いだね。娘を趣味で怒らせるからこうなるのよ」


私は、毒の幻痛に苦しむお母さんを冷ややかな目で見下ろしながら、不満をアピールする。

千夜?

まだ何か考えてるよ。


「…えっと、コレはどんな状況?」

「私が仕返しで例の毒針を、お母さんの無駄に大きい果実にぶっ刺した」

「うわぁ……」


我に返った千夜に事情を説明すると、何故か距離を取られた。

はぁ…千夜までそんな反応するのか…


「な、なに?私は別に何もしてないでしょ?」

「……そう言えば、千夜って日本人にしては胸大きいよね」

「え?うん、まぁ…」

「………刺し該がありそう」

「ひえっ」


私が千夜の果実をロックオンすると、千夜は更に私から距離を取った。

そんなに怖いのかな?この毒。


「そう言えば、千夜ちゃんも調子に乗って刺されたのよね?」

「はい。あの時は地獄でしたよ」


油断してる千夜にそろ〜っと近付くと、殺気を放って牽制された。

そんなに嫌か…


「お互い気を付けましょう。……で?考えはまとまった?」


お母さんがそう聞くと、千夜は私から完全に視線をそらして、話し始める。


「はい。と言っても、やっぱり先生の望みは叶えられなさそうですけど」

「そう……」


気配を消して、そ〜っと後ろから近付く。


「私は、鍛えるのは止めません。修行も止めません。その代わり、琴音との時間を大切にします」

「へぇ?具体的にはどうやって?」

「そうですね……こういう事をされたら押し倒すとか?」

「琴音、今すぐやめなさい」


千夜の背後に回った私は、千夜のたわわな果実を後ろからモミモミしていた。

なかなかの弾力があって、揉んでいて気持ち良かった。

でも、千夜からセクハラ宣言されたのと、お母さんに言われたのですぐに離れる。


「気持ち良かった?」

「うん、すっごく気持ち良かった」

「そっか〜、じゃあ押し倒していい?」

「ダメ」


私ははっきりと断っておく。

私達がそんな事したら、私のお母さんと千夜のお母さんが捕まるっての。

まあ、榊が握り潰してくれそうだけど。


「ちぇ、せっかくヤれると思ったのに…」

「お母さん、後でもう一回説教してあげて」

「分かったわ。キツめにやっておくわね」


こうして、千夜のお説教が確定した。

千夜はすんごい嫌そうだったけど、私が威圧を込めながら「文句ある?」って聞いたら黙ってくれた。

勝ったな。









数十分後


民間人の避難誘導の為に、一旦お母さんは私達と離れて行動することになった。

だから、私と千夜の二人で巡回をすることに。


「……特に気配はないね」

「私の探知にも引っかからない。この近くには人もモンスターも居ないみたいね」


それは普通に都合がいい。

人がいないって事は避難が進んでる証拠だし、モンスターが居ないのは討伐が進んでる証拠。

いくらデスナイトと言えど、一対一なら大抵は『英雄候補者』の方が強い。

稀に、普通に負けてる人も居るけど。


「どうする?場所を変えて逃げ遅れた人を探す?」

「そうだね……じゃあ、あっちに行かない?なんとなく、直感があっちだって言ってるし」


あっちで誰かが助けを呼んでいる。

そんな状況を直感が感じ取った。

……多分。


「分かった。じゃあ、あっちに行こうか」


千夜は私の提案に乗って、一緒に来てくれるらしい。

これで、万が一デスナイトに襲われても千夜に押し付けられるね。

デスナイトは『英雄候補者』なら倒せるし、私でも本気を出せば倒せなくはない。

でも、いちいち本気を出して戦ってたらすぐに疲れちゃう。

モンスターを倒すだけがスタンピード討伐じゃない。

民間人の避難や、味方の支援、街の保護などやる事は沢山ある。

だから、変に本気を出して疲れたくない。


「ん?」

「どうしたの?」


民間人やモンスターを探して走っている途中、千夜が急に立ち止まって首を傾げ始めた。


「いや…妙な気配の集まり方をしてるからさ」

「妙な?どんな感じに妙なの?」

「駆け出しの探索者が三人。民間人が…四人かな?」


う〜ん、そんなに変かな?

割りと普通の組み合わせだと思うけど。


「それで、近くにデスナイトがいるね」

「えっ?それは不味くない?」

「大丈夫。その人達は建物の中だから簡単には見つからない。それよりも、一人の探索者を全員で囲んでるのはおかしくない?」


一人の探索者を全員で囲む?

それってつまり、円陣を組んで真ん中に人を置くみたいな?

…別に気合を入れるような事ないし、円陣が必要だとは思えない。

となると、その真ん中の人になにかするのが目的か?


「何してるんだろうね?」

「さあ?デスナイトが近くにいるってのに、呑気な人たちね。…ああ、そうそう。デスナイトは三体居るね」


三体か……いや、千夜なら瞬殺出来るね。

一匹は私の動くサンドバッグとして使わせてもらおう。

討伐は千夜に任せればいいかな。


「よし、琴音は民間人の避難をお願い。大丈夫、一体残しておいてあげるからっ!?」


突然、千夜が血相を変えて民間人がいる方を睨む。


「走って!民間人がデスナイトに襲われてる!!」


千夜はそう言うと、魔力を使って本気で走り出した。

私も魔力を使って千夜に追いつこうとするが、差は広まるばかり。

……私も本気を出せば追いつけるけどね?


「あそこか…」


走り出してすぐに私の探知にも民間人達が引っかかった。

確かにデスナイトに襲われているみたい。

急いで駆け付けると、千夜はすぐにデスナイトに襲いかかり、後ろにいた一体の首をはねる。


「おっと、させないよ」


私は、今にも民間人に斬りかかろうとしていたデスナイトの横腹に刀を突き刺し、注意をそらす。

もちろん、刺さった刀はすぐに抜いて距離を取る。


「あっ!神条さん!?」

「ん?……あっ、もしかして大河さん?」


横から聞き覚えのある声がしてチラッと見ると、前にダンジョン探索を取材してもらった時のアナウンサー、大河さんがいた。

この人危ない所に平気で来るから、スタンピードの撮影に来たんだろうなぁ…

 

「危ないので離れてくださっ!?」


直感が警告を鳴らしたことで、デスナイトが攻撃してきている事に気付いた。

今から逃げても避けきれない。

よそ見をしていたせいで、反応が遅れた私はデスナイトの剣を受け止める事にした。

そして、私の刀にデスナイトの剣が振り下ろされ、凄まじい衝撃が私を襲う。


「ぐぅ!!」


身体が悲鳴を上げる。

腕、足腰にとんでもない負荷が掛かり、今にも骨が砕けそうになる。

なんとか堪える事が出来たが、その次の攻撃は防ぐことが出来なかった。


「がはっ!?」


腹に、鋼鉄のブーツを履いたデスナイトの蹴りが突き刺さり、私は蹴り飛ばされた。

視界がグルグル周り、全身が浮遊感に包まれた。

肺から空気が抜け、息が苦しい。


「――ッ!!」


地面に……いや、コレは壁か。

私は壁に叩きつけられ、意識が朦朧とする。

肋骨が折れてるね…

しかも、あの蹴りで内臓までダメージを受けてる。

まともに立てもしない…

…下手に攻撃されれば普通に死ぬ。


「琴音!!チッ!コイツ等まだ生きてるのか!?」


千夜が私を助けようとするが、袈裟斬りにされたデスナイトが千夜に襲いかかる。

それどころか、首を斬られたデスナイトすら首だけで動いて、千夜を襲おうとしている。


「神条さん!!…くそっ!こ、こっちに来い!!」


大河さんがデスナイトに小石程の瓦礫を投げて、私から注意をそらす。

そんな事をしたら、自分が狙われるというのに。


「来いよ…化け物!!」


デスナイトはゆっくりと大河さんに近付く。

まるで、虫をいたぶる獣のような様子で、ゆっくりと、ゆっくりと近付いていく。


「逃げて…」


私はなんとか逃げるよう声を出すが、まるで届かない。

あまりにも小さく、掠れていて、とても聞き取れるような声ではなかった。

その時、大河さんに狙いを定めていたデスナイトは、唐突に目標を変える。


「ひっ!?」


横で震えていた女性に向かって歩き出すデスナイト。

大河さんはまた瓦礫を投げて注意を引こうとするが、デスナイトは止まらない。


「くそっ!くそっ!!こっちだ!こっちに来い、化け物!!」


千夜は、死にかけのデスナイトに妨害されてこっちに来れない。

大河さんヤツの眼中にない。

他の人達は恐怖で動けない。

私がやるしか…


「ふぅ…ふぅ…」


ダメージを受けた肺で、呼吸を整えながら魔力を使って無理矢理体を動かす。

下手に動けば受けたダメージが悪化する事は目に見えてる。

それでも、私が動かないと…


「あ、あぁ」


狙われた女性はへたり込んで、ぷるぷると震えている。

そこにデスナイトが剣を振り上げ、女性の頭上に掲げる。

そして、その剣が振り下ろされる直前に魔力で動けるようになった私が、女性との間に割って入る。


「なっ…え?」


私は女性の盾になり、正面から深々と斬られた。

あー…これは内臓イッちゃってるね。

大怪我をすると、直後は痛くないってのは本当なんだなぁ。

私が呑気にそんな事を考えていると、千夜の叫び声が聞こえてきた。


「私の琴音から……離れろぉぉぉぉおおおおお!!!!」


刹那、アスファルトの地面に亀裂が入り、周囲のビルのガラスが粉々になる。

何が起こったのか。それは、死を直視したような殺気が込められた千夜の魔力が荒れ狂った結果だ。

私が斬られた事で、千夜の理性が吹き飛んだらしい。

アレが千夜の本気なのか〜、千夜の本気を見たかったから丁度いいや。

斬られてよかった。


「消えろ!!!死に損ないのクソ野郎がぁぁぁあああ!!!」


荒れ狂う魔力が千夜の刀に集約し、振り下ろされる。

まるで、ビームでも撃ったかのような魔力波がデスナイトの身体を包み込み、装備ごと消滅させた。

そして、その魔力波は留まることを知らず、いくつものビルを貫通して風穴を開けた。

なんて破壊力……ん?


「あっ…が……」


大河さん達が苦しんでる。

やっぱり、このまま魔力纏っておかないと不味そう。

今の千夜の魔力は、民間人が直に浴びれば即死するほど危険だ。

なにせ、私を瀕死の状態に追い遣られたせいで、人を殺せる程の殺気を放っている。

そして、その殺気は魔力の中にあるせいで、実質即死魔法を常時展開しているような状態になってしまった。

私は魔力を纏って防御してるから、特に影響はない。

ただ、魔力を纏っていないあの人達が死んでないのが不思議でならない。

どうしてあの人達が死なないのか観察していると、千夜が私のもとにやって来て、ポーションをかけてきた。


「……千夜」


返事がない。理性を失いかけてるようだ……それ不味くね?

えっ、つまり即死魔法常時展開状態の千夜が、あっちこっちで暴れまわるかも知れないって事でしょ?

ふ、ふざけてる場合じゃない!!


「千夜……待って…」


私は、なんとか千夜の足を掴んでこの場に引き止める。

今にもどこかに行ってしまいそうだったから、止められて良かった。


「行かないで……」


私がそう呼びかけると、何故か千夜の殺気が強くなった。

あっ、殺気に当てられて大河さん達が倒れた。

…って、それどころじゃない!!

どうしてこれで殺気が強くなるのよ!?

これじゃあ、被害を拡大しただけじゃん!!


「ち、千夜……落ち着いて…」


ポーションの効果で動けるようになった体にムチを打って、よろよろと立ち上がると、千夜が私のことをお姫様抱っこで持ち上げた。

…ふぁ!?

も、もしかして、私を病院か避難所か知らないけど、どこかに連れて行って治療してもらおうと思ってる?

それは不味い!

今の千夜がそんな所に行ったら――――うん、阿鼻叫喚の地獄が出来上がるね。

私は、千夜が病院に来たせいで何十人もの患者さんがショック死する光景を想像してしまった。


「まっ、待って!大丈夫だから!ポーションで治せるから!!」


千夜が使ってくれたポーション。 

これ、かなり高級なものだったらしく、斬られた分のダメージは完治していた。

後は、私の持ってるポーションを使えばどうにでもなる。

私がその事を伝えると、千夜は私を下ろして何処かへ走り去って行った。


「……あっちは『大墓地』がある方向…スタンピードの主を倒しに行ったのかな?」


それなら安心。

殺気に当てられてショック死する人が出ずに済むし……あっ!?

ショック死で大河さん達の事を思い出した私は、ポーションを飲みながら倒れている大河さん達に駆け寄る。


「まだ生命の気配がある…よかった、死んでない」


どういう訳か、誰一人としてショック死していなかった。

もしかしたら、千夜が調節してたのかも。

…の割には強かった気がする…私は死なないとでも思ってるのかな?

大河さん達が襲われないようにビルの中へ運ぼうとした時、


「大丈夫かーー!?」


おそらく、『英雄候補者』以上の探索者が様子を見に来てくれた。


「君一人か?とてつもない殺気と魔力を感じたんだが…」

「ええ。千夜なら…いえ、それをした人は『大墓地』の方向へ走って行きました」


千夜って言っても分からないかも知れないから、『それをした人』という呼び方をしておく。


「『大墓地』に!?そ、そうか……この人達は…」

「気絶してるだけです。生きてますよ」

「なに!?生きてるのか!?」


そうだよね。

あれだけの殺気と魔力が放たれたんだもん。

普通、死んでると思うよね。


「生きてるのか……じゃあ、今すぐ避難所に運ぼう!君も手伝ってくれるか?」

「任せてください。あと、私はそんな幼くないですよ」

「分かってるさ。ただ、見た目がな…」


…挽肉にしてやろうかこのクソ野郎。

人のコンプレックスを刺激しやがって…


「す、すまん!口が滑ってな…だから、その殺気を抑えてほしいんだが…」

「――二度と私をチビ呼ばわりしないことね」

「お、おう…」


私は、かるーく釘を刺してから倒れている大河さん達を抱える。

……流石に複数人持つのは大変だけど、やるしかない。

途中で他の探索者が駆け付けてくれたおかげで、なんとか全員を避難所へ送る事が出来た。

でも、私にはやるべきことがまだ残ってる。


「千夜を止めないと…」


私の探知領域の遥か遠くから飛んでくる魔力と殺気でさえ、ここまで大きいなんて…

こんなのを続けたら千夜の体が持たない。

もう一度ポーションを飲んで、傷が悪化しないように一時的な牽制をしながら、魔力の感じる方へ向かった。


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