第84話大切な人の…

「こっちです!あっちにはモンスターが居るので近付いてはいけません!!」


私は精一杯声を張り上げて、避難誘導をする。

どうしてこんな事をしているかと言うと、千夜に見つかった時のカモフラージュのため。

あの時千夜は、間違いなく誰かがあそこに居る事に気付いていた。

それが誰かまでは分かってないだろうけど、誰かいる事には気付いていたはず。


「そこの赤いパーカーの人!そっちは危険ですよ!!」


フラフラとデスナイトがいる方へ向かおうとする若い男性を見つけ、それ以上そっちに行ってはいけないと注意する。

しかし、予想外な返答が帰ってきた。


「か、彼女がっ、彼女がまだあっちに居るんだ!!」

「なんですって!?」


あっちに人は居なかったはず。

……探知範囲内には居ない。となると、もう避難してるはず。


「あっちにもう人は居ません。私の探知にも人の気配は無いので、彼女さんはきっと避難してますよ」


何とか落ち着かせようとするが、私の言葉に男性はヒートアップする。


「そ、そんなはずない!!美結は…美結は崩れたビルの中に居るんだ!!それで、『身動きが取れないから、先に避難して』って。『幸い、瓦礫が壁になってモンスターも来れないみたいだし』って言ってたんだ!!」

「身動きが取れない…?」


私は探知範囲を狭め、この男性を拾った辺りを重点的に探る。

…特に気配はない。


「彼女さんは…貴方が合流した場所にあったあのビルにいるんですか?」

「そうだ!美結はそこに居る!!」


……そのビルに、生命の気配は無い。

私がこの男性になんと言おうか考えていると、見知った気配を感じた。


「琴音!そっちは大丈夫!?」

「千夜!丁度いいところに!!」


私は千夜に事情を説明し、手伝ってもらう事にした。


「あの辺りに居るらしいの」

「……本当に?」


千夜は、男性の方を見て嘘ではない事を確認すると、私の方を向く。

そして、私の表情から何かを察したのかもう一度気配を探っているようだ。

……そして、目を瞑り下を向いて溜息をつく。

それを見て、こちらの様子を心配そうに伺っていた他の民間人達も何かがあったか察したようだ。

ただ一人を除いて…


「な、なぁ…『剣聖』さん。美結は無事なのか?」

「それは……貴方の彼女さんは、私が連れてきます。ですから、先に避難してください」

「ほ、本当ですか!?」


男性の顔がみるみる明るくなる。

その顔を見て、沢山の民間人が複雑そうな顔をする。

千夜は…一言も彼女が生きているとは言ってない。

ただ、と言っただけ。

それが何を意味するのか、この男性は気付いていないのか、気付いていて現実から目を背けているのか。

今は、この男性を避難所へ連れて行く方が先か。


「琴音、お願い」

「分かってる。千夜も頑張ってね」


最低限の会話を済ませ、千夜は瓦礫の中の彼女さんを回収しに行った。

私はそれを見送ると、民間人を連れて避難所へ走った。




避難所


「お一人ですか?」

「いや、彼女がいる。今、『剣聖』さんが瓦礫で出口が埋もれたビルの中から救助してくれてる」

「そうですか。では待ちましょうか」


そんな会話を小耳に挟んだ私は、頭を振って聞かなかった事にした。

念の為持ってきていた駄菓子を配る為に、私が連れてきた一団の所へ行こうとした時、千夜が帰ってきた。

……生物の気配は千夜の物だけだった。

しかし、そんな事を知らない男性は救われたような顔を浮かべながら千夜に駆け寄る。


「『剣聖』さん!美結は…美結はどこに」

「……」


千夜は、無言で布で簀巻きにされた1メートル半以上はある何かを差し出す。

すると、男性の表情がみるみる悪くなっていく。


「嘘…ですよね…?美結は…イタズラが好きだった。…これも、そう…なんですよね?」


男性は千夜からソレを受け取ると、ソレを地面に置いて布を外す。

…そして、目を瞑り安らかに眠っている女性の姿が布の間から見えた。

男性が布を全て剥がそうとすると、その手を千夜が掴んで止めた。

そして、悲しそうな顔をしながら無言で首をふる。


「―ッ!…う、うぅ……うぇ…ううぅ…」


それを見た男性は、涙を流してすすり泣く。

千夜は男性の手を離すと、布を掴んで女性を包む。

男性の為に、悲しいものに布を被せて見えないようにしているか。

女性の為に、自分の現状を見て愛する人が悲しみ、泣いている姿を見ないようにしてあげてるのか。

私には、どういった意図でそれをしたのか分からなかったけど、千夜の誰にでも向けられる優しさに少し嫉妬してしまった。


「『剣聖』さん…美結は…貴女が駆け付けた時には……どんな状態でしたか?」

「彼女さんは…崩れたビルの瓦礫の下敷きになり、下半身が完全に潰れてもう長くない…そういう、状態でした」


男性の質問に、千夜は悔しそうに答えた。

……例え、千夜が全力で駆け付けたとしても助からなかったのに、どうしてそこまで悔しそうにするんだろう?


「そう……ですか…美結は…本当に、助からなかったんですか?」

「……私が来た時には…いえ、貴方が琴音と話していた時にはもう…」


そう、もう死んでいる人を蘇らせることは出来ない。

例え、千夜でも、『英雄』でも、『勇者』でも。

それなのに、どうしてそんなに悔しそうにするのか。

私にはよくわからない。


「見ないであげてください。きっと、美結さんもこんな姿は見てほしくないと思います」

「そうですか……」


下半身は完全に潰れてたって言ってたし、ビルの下敷きになったならもっと酷いはず。

顔が無事のは奇跡といったところか。


「…ありがとうございます……ちょっと、二人だけにしてください」

「分かりました」


千夜は一歩引いて振り返ると、私の手を引いて避難所の外に向かった。





「どうして……あの人は助けられなかったの?」


避難所から離れた所に来ると、千夜は振り返ってそう聞いてきた。 


「私が民間人を連れて逃げた時、まだデスナイトが残ってた。崩れたビルの下に人が居ることは分かってたけど、デスナイトがまだいる中で民間人を危険にさらしてまでたった一人を助ける事は出来なかった」


私がそう答えると、今度は別の質問をしてくる千夜。


「……琴音は、安全に瓦礫を撤去することは出来た?」

「…無理だね。デスナイトと民間人が居る中で、そんな器用なことは出来ない」

「そっか…」


千夜は、悲しそうな顔をして話を聞いてくれた。

きっと、千夜は私が苦渋の決断をして、心を痛めてるとでも思ってるんだろう。

私は別に、全く悲しんでなんかいない。

だって、見ず知らずの誰かの危険なんて知った事じゃない。

私は自分に出来る範囲で、助けたいと思った人だけを助けてる。

あの時も『この人はもう無理だ』と判断して、見捨てる選択肢を取った。

私はその事を後悔していない。


「……琴音」

「なに?」

「もし、危なくなったら、民間人を見捨ててもいいから逃げて。私は、誰かも分からないような赤の他人よりも、琴音のほうが何倍も大事だから…」


ほう…あの千夜が他人を見捨ててまで私に逃げてほしいなんて言うんだ。

ふふっ、これはあの人を見捨てて良かった。

恋人を失った男性を自分と重ねて、私を失うのが怖くなったかな?


「大丈夫だよ。私だって強くなったし、千夜から借りた刀もあるんだよ?民間人が逃げる時間を稼いで、自分も逃げるくらい出来るよ」


私の軽い態度に、千夜は不満そうだったけど一応見せられないだけで、本気を出せばデスナイトくらい倒せるんだよ?

まあ、こんな事言えるわけないけど。


「死なないで…」

「いや、勝手に殺さないでよ」

「もう、少しは緊張感を持ってよ!」


そう言って、千夜は私の頬を引っ張ってくる。

本気で引っ張ってる訳じゃないみたいだから、全く痛くないけど、嫌だとは感じる。


「じゃあ、誰も居ないみたいだし誓いのキスならぬ、約束のキスでもする?」

「……それ、意味一緒じゃない?」

「まあ……重要度が違うでしょ?だから、意味も違う!…はず」


千夜は呆れてるみたいだけど、その気にはなってるらしい。

私の頬に手を当てて頭を固定すると、躊躇いなく唇を重ねてきた。

――――――――――――――長い。

いや、長くない?

そんなに不満だった?

しかも、口の中に舌入れてきて私の舌を絡め取ろうとしてくるし……


「ぷはっ……ちょっと!長すぎ!!」

「だって…」

 

私が無理矢理千夜を剥がして怒ると、千夜は寂しそうにチラチラとこちらを見てくる。

まだ足りないと申すか…


「お願い、もうちょっとだけ!」

「…はぁ、ちょっとだけだよ?」


私がオッケーを出すと、千夜は満面の笑みを浮かべながら私の頬に手を当てて唇を――重ねなかった。

まるで何かを警戒するように私から距離を取り、何事もなかったかのように振る舞う千夜。

その理由はすぐに分かった。

  

「誰か来てるね…」

「そうだね…まったく、私と琴音の愛を邪魔するなんて…デスナイトにやられたように見せかけて殺してやろうか?」

「流石にそれは不味いよ」


千夜は、こっちへ向かってくる人を警戒してキスをしなかった。

そのせいで、かなりご立腹の様子。

しかし、千夜の怒りが相手にぶつけられる事はなかった。


「あら、やっぱり貴女達だったのね」

「なんだ、お母さんだったのか」

「……もしかして、こんな時にこんな場所で励んでたの?」


勘の鋭いお母さんは、私達がしていたことを言い当て、説教モードに入る。


「あのね、今はスタンピードが起こってて、多くの人が避難してるのよ?それに、何度も見たと思うけど犠牲者も出てるんだからね?」

「分かってます。彼女を失った男性に、亡骸を届けましたから」

「……なるほど、それで励んでたわけね」


千夜が複雑な表情を浮かべているのを見て、何かを察したお母さんは説教を止めた。

そして、私と千夜を抱きしめて背中をポンポン叩く。


「大丈夫よ。危なくなったらすぐに逃げればいいの。誰も死んだりしないから安心しなさい」


一応、私も抱き締められてるけど、話しかけている相手は千夜だ。

まあ、私はケロッとしてるし。

お母さんは、謎にダメージを受けてる千夜を慰めてあげている。

……私を抱き締めてる理由は何?


「それに、少しは相手を信用したら?ずっと守ってあげないといけないほどその人は弱いの?」


普通に私の名前を出せばいいのに。

千夜だって、自分に声をかけられてる事くらい理解してると思うんだけど。


「…弱いですよ」

「「えっ?」」


えっ?私まだ弱いの?

そりゃあ、千夜と比べれば全然弱いけどさ…

でも、最低限自分の身を守れるくらいの力はあるよ?

勝てない相手からは距離を取るし。


「琴音はまだまだ弱いです。こんな私すら超えられないようでは、雑魚もいい所です。世の中、人智を超えた力を持つ化け物が山程居るんですよ。そういったモンスターが出現するダンジョンが出てきていないだけで」

 

…明日香さんの事か。

確かに、千夜から聞いた話の中に出てきた黒い竜。

アレは、『勇者』ですら勝てるかどうか怪しいと思う。

天然物の天才である明日香さんが結界に全力を注ぐ事てようやく防ぐことが出来たブレス。

しかも、本気じゃないらしい。


「ふぅ…あのね千夜ちゃん。琴音が大切なのは分かるよ。でもね、君は未来予知が出来る?それとも、ドラゴンを倒せる力がある?人の常識を逸脱した力がある?」

「いえ…ありません」

「そうだよね。だって千夜ちゃんは所詮『英雄候補者』で、四十年前まで魔法の概念すら無かった、甘ったれた世界の人間でしかない。いくら慎重になったところで、どうしようもない相手は居るのよ」


何故か、お母さん謎の説教を始めた。

私にはお母さんが何を言いたいのか分からないけど、私に言われてる訳じゃないみたいだし気にしなくていっか。


「じゃあ……そういう奴等が現れた時には、諦めろって言うんですか?」

「そうじゃないよ。備えたり、慎重になったりするのは大事だよ?でも、そういう事に本気に鳴りすぎるのは良くないね」

「……なんですか。何が言いたいんですか?さっきまで力がない私には何もできないみたいな事を言っておきながら、今度は備えるのをやめろ?力がないからこそ備えるんでしょう!?」


千夜は、今にも掴みかかりそうな勢いでお母さんに食いつく。


「ダンジョンの奥地には!私達人間じゃあどうしようもない相手がうようよ居ますよ。それは間違いありません。そういった脅威に立ち向かう為に、日々努力するんじゃあないんですか!?」

「そうだね」

「琴歌おばさんは!琴音の為に強くなろうと思わないんですか!?」

「思ってるよ?」

「じゃあどうしてそんな事を言うんですか!!大切な人を守るために力を付けて、何が悪いって言うんですか!?」


千夜は声を荒らげ、お母さんに明確な殺意を向けながら怒鳴り散らす。

私が居なかったら、今にも斬りかかりそうな勢いだ。

……『面倒くさそう』で帰らなくて良かった。


「…千夜ちゃんは、飛鷹さんの死から何も学んでないね」

「――ッ!!!」


お母さんの言葉に、ついに堪忍袋の緒が切れた千夜は、お母さんに殴りかかった。

怒りに任せた拳では、いかに『英雄候補者』と言えど私のお母さんには届かない。

経験の差と、超直感の壁がある。


「明日香先生を馬鹿にするな!!!」

「おっと、それは良くないね」


拳では分が悪いと判断した千夜が、お母さんに斬りかかる。

しかし、お母さんはそれを白刃取りで受け止める。


「離せ!!」

「まぁまぁ、話を聞きなされ」


お母さんがのほほんとした顔で千夜を落ち着かせようとすると、阿呆面にキレた千夜がお母さんの腹に蹴りを入れる。

……が、これも簡単に防がれた。

…お母さん強くね?


「誰もあの人を馬鹿にはしてないよ。私が馬鹿にしたのは貴女よ。神科千夜ちゃん」

「……」

「おっ、ちょっと大人しくなったね。じゃない話を再開しようか」


意外な事て落ち着いた千夜。

自分が馬鹿にされてるのに、イライラしないのかな?


「せっかく逃してもらえたのに、貴女はあそこで何を学んだの?」

「…何が言いたい」

「いや?あの人は、私と同年代だから分かるよ。千夜ちゃんみたいな子供には、少しでも平穏で幸せに生きてほしいと思ってるはずなんだよね」


暇だなぁ…

なんか横で話聞いてるのもつまんなくなって来た。


「で?今の千夜ちゃんはどう?青春を度外視して、修行に打ち込んで少しでも強くなろうとしてる。そんなの、あの人が望んだ未来なのかな?」

「…うるさい。アンタに先生の何が分かるんだ!」

「分かるとも。私なら、貴女が普通に青春して、普通に恋愛して、普通に恋人を作って、普通に家族を持ってほしいなぁ。で、ゆっくりのんびり強くなって、『英雄』くらいで現状維持を始めながら、充実した毎日を送ってほしい」


なんかお母さんがそれっぽい事言ってる。

あっ、蝶々がお母さんの話聞きに来た。


「それは……アンタの望みだ」

「どうかな?『死人に口無し』本当のところはどうか分からないけど、まあ、大体当たってそうだけどね」

「……私に、強くなるのを控えて平穏に暮らせと?」

「そうだよ。今の千夜ちゃんには恋人が居るんだもん。少しは気を抜いて幸せに過ごしてみたら?」


綺麗な蝶々だなぁ〜

こんな蝶々見たことない…ダンジョンから出てきたのかな?


「大切な人の死は、大事な転機だよ。千夜ちゃんは、あの人の死をきっかけに何をしたかな?」

「……修行です」

「だろうね。悪いとは言わないけど、青春や恋人との時間を潰してまでしなくても良いと思うなぁ」


ん?話は終わったのかな?

蝶々観察してたらいつの間にか終わってた。


「ほら見なよ。この非常時に、琴音はこんな阿呆面晒してボケ〜っとしてるよ?」

「ちょっとお母さん?後で話があるから」

「はいはい。千夜ちゃんもこれくらい心に余裕を持った方が良いわよ。流石にコレは怠けすぎだけどっ!?」

「チッ、避けられたか」


私は、さっきから貶してくるお母さんの後頭部に向かって本気の蹴りをお見舞いしようとしたけど、ギリギで躱された。


「ま、まあ、無理に気を抜かなくてもしっかり休息を取るとかしたら?この怠け者はいつも暇してるから」


う〜ん、パラポネラの毒針用意しとくか。


「今ものすごく琴音から悪意が漏れ出してたね……これ以上イジるのは止めよう」

「嫌なら最初からしなければいいのに…」

「琴音の怒ってる姿が見たかったのよ」


はぁ…まったく、お母さんはいつもそうやって私をいじめて…

チラッと千夜に応援を要請してみたけど、何か考え込んでるみたいで気付かれなかった。

だから、普通にお願いして毒針を刺してやった。

ちょっとスッキリ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る