第83話vsデスナイト

琴音が去った後


琴音によって倒されたデスナイトの死骸を見た探索者達が目を丸くしていた。


「なんじゃこりゃ……デスナイトが五体もやられてるじゃねえか」

「先に来た誰かがやったのか?なあ、誰か知らないか?」


探索者の一人が近くの民間人に声をかける。

すると、先程琴音に『かっけぇ』と言っていた男の子が口を開いた。


「般若のお面をつけた、くノ一が倒してたよ?」

「般若のお面をつけた……くノ一?なにか他に特徴は無いか?例えば武器とか」

「えっと、赤い炎が纏わりついた短刀と、黒い闇が纏わりついた短刀を持ってたよ」


探索者達はそれを聞いて首を傾げる。

デスナイトを倒せる程の実力者で、そんな装備、そんな武器を使う者が居ないからだ。

琴音は、テレビに映る時どころか、千夜にすらくノ一や短刀を見せていない。

琴音の真の実力を知っているのは琴歌だけであり、他に誰一人としてこの事を知っているものは居ない。


「とにかく、すっげえカッコイイ女の子が、コイツらを倒してたよ」

「……女の子?」


琴音の身長、体格的に、実年齢よりも若く見られる事はよくある。

そして、この『女の子』という言葉が、さらに探索者達を困惑させた。

それから、組合に『謎のくノ一がデスナイト五体を倒した』という報告がされ、組合も謎のくノ一に困惑していた。







東京某所


「……ミツケタ」


私は、『盲点の面』を『般若の面』に変えると、はぐれのデスナイトの前に降りた。

そして、千夜から借りた刀を構える。

おそらく、ミスリル合金で作られているという、ダンジョン産の魔剣の一種。

魔剣としての効果は、切れ味が良くなる程度だけど、充分すぎるくらいの効果はある。

私は、その刀を持ち、居合の構えを取る。


「……」


異様な気配を放つ私を警戒しているのか、デスナイトは私を睨みつけるだけで一向に動く気配がない。

その結果、しばらく睨み合いをすることになった。

…このまま睨み合っても埒が明かない。

私は、刀はそのまま構えつつ体勢を変える。

クラウチングスタートの体勢で刀を構えていると言えば分かるかな?

某鬼を倒す漫画の雷使いの構えを真似てみた。

魔力を足に集中させれば、私も超高速の居合斬りが出来るはず。


「ふぅ~」


集中力を高める為に、ゆっくり息を吐く。

心を落ち着かせて魔力を操作する。

この行程を何度か繰り返し、集中力と足に集める魔力を高める。

そして、限界まで高めた集中力と魔力を使い、私はデスナイトに向かって駆け出す。


「――ッ!!」


集中力を高めてなかったら、制御仕切れなかったであろう速度でデスナイトに近付く。

そして、極限の集中力によって強化された知覚を最大限使い、刀を抜いた。

確かな肉を断つ感触と、骨を砕いた感触。

地に足をついて無理矢理ブレーキをかけると、集中力が切れ、後ろで何かが倒れる音がした。

振り返ると、首を失ったデスナイトの死骸が転がっている。


「いけた!」


思わずガッツポーズを取ってしまった。

私は喜びを噛み締めていると、目の前に何かが落ちて来た。

突然、私の探知をすり抜けて落ちて来た物体に、私は警戒心をMAXにして刀を構えるが、落ちて来た物は私が切り飛ばしたデスナイトの首だった。


「いや…どこまで高く飛んだのよ」


首を切ってから少なくとも五秒は経ってる。

五秒間も飛んでいたとなると、結構な高さまで飛ばされたはず。

しかも、私の目の前にピンポイントに落ちてくるという。


「……とりあえず、魔石だけ回収して逃げよう」


解体の為にナイフを取り出すが、デスナイトの肉は硬すぎて刃が刺さらない。

仕方なく、『紅蓮』を使って解体することにした。

『紅蓮』を選んだ理由は、『漆』と違って死骸をダメにする事がないから。

私の短刀は魔力を流すと短刀の能力が自動発動する。

そのせいで、『漆』で解体すると闇属性の力で必要な部位をダメにしてしまう可能性がある。

『紅蓮』は炎…もとい、高熱を纏うだけだから、『漆』と比べるといくらかマシ。

…それでも肉が焼けるから、食肉用のモンスターを解体する時は使えない。

そろそろ、上級者向け解体用ナイフを買った方がいいかな…


「はぁ…マジで硬い……あっ、やっと魔石が見えてきた」


私は、無駄に硬いデスナイトの肉体に四苦八苦しながら何とか魔石を取り出す。

大きさは野球ボールくらいで、魔力の濃度も高い。

流石は中級モンスター。


「ん?誰か来てる…よし、魔石は回収したし逃げよう」


ここに近付いてくる気配を察知した私は、すぐにこの場を離れて別の獲物を探しに向かった。






「うわぁ…ここも酷い」


ビルの屋上から、たった三体のデスナイトに蹂躙される探索者と民間人の阿鼻叫喚の地獄を見下ろしていた。

今すぐ助けに入りたいのは山々だけど、少し厄介な気配が近付いてるせいで、迷ってしまう。


「千夜が来てるし…任せようかなぁ。あっ、また一人死んだ」


今戦っている探索者は、肉の壁になる事しか出来ない弱者ばかり。

簡単にデスナイトに真っ二つにされてしまう。

探索者が一人脱落するごとに、民間人へ魔の手が迫る。

ビルの下ではこんなに凄惨な光景が広がっているのに、私からすれば対岸の火事。

薄情だと言われるかも知れないけど、名も知らぬ赤の他人の為に命を張るほど私は優しくない。

私は、駄菓子屋とを守れればそれでいい。

人が何百人、何千人、何万人死のうがどうでもいい。

私は元々――こういう性格だから。


「う〜ん、もうちょっと探索者の数が減ったら、助けに行っても良いかもね。でも、その頃には千夜が来てるし…」


仮面やくノ一を隠して、カモフラージュ状態の力で精一杯民間人を守れば、少し待てば来る千夜からの好感度が上がるんだけど……

私は気配のする方をチラッと見て、溜息をつく。

それまで待つと、千夜の到着の方が早い。


「むしろ、意図的に間引くか?なんだかんだ踏ん張っている奴はいるし、あの前線でデスナイトを引き付けてる重戦士が死ねば前線が崩壊するよね?」


私は、麻痺毒を塗った毒針を取り出し、針のお尻側に鋼糸を括り付ける。

コレをあの重戦士の首に刺せば、デスナイトに真っ二つにされて前線は崩壊する。

私は、柵を越えて重戦士に狙いを定める。

……いや、止めておこう。

毒針を仕舞い、柵の内側に戻る。

人殺しになるのが嫌だった訳じゃない。

千夜なら、私があの重戦士を殺した事に気付くかも知れない。

そうなったら、別れる事はなくても『琴音がまた同じ事をしないように』とか言って束縛されるかも知れない。


「千夜に束縛か…されてみたいけど、千夜が飽きるまで続くだろうし、ずっと千夜のペットは嫌だなぁ」


色んな意味で欲求が強い千夜なら、私を独り占めするために何するんだろう?

…私が同じ立場ならどうするかな?

千夜を独り占め…千夜を独り占め……う〜ん…想像出来ない。


「はぁ…よくよく考えてみれば、今の状態でさえ完全に餌付けされてるのに、ペットになるのが嫌だとか変な話だね」


生活のほとんどを千夜に頼ってるのに、ペットじゃないとは……ん?もうこんな所まで来てるのか。

千夜の気配がすぐそこまで来ているのを察知して、下の様子を確認する。

地上では、殺戮パーティーが、虐殺パーティーに変わろうとしている真っ最中で、探索者の全滅が間近になっていた。

しかし、第三者の介入によって、パーティーは中止になった。


「うわっ!一撃!?」


駆け付けた千夜が、一番前にいるデスナイトの首を切り飛ばした。

助走がついていたとはいえ、あの硬いデスナイトの首を切り飛ばすなんて……

しかも、あの刀そこまで強くない。

つまり、千夜は魔力制御と助走と技術だけでデスナイトを倒した。

それは純粋にすごいけど、どうしていつもの愛刀を使わないんだろう?

……ああ、そう言えば何日か前に刀をメンテナンスに出したって言ってたね。

だからあんな鈍らで…流石千夜、私とは比べ物にならないね。

私は、魔力の一点集中、助走によって加速、『般若の面』による強化、複数魔導具による強化、魔剣の効果、一対一の状況、という条件でようやくデスナイトの首を切り飛ばしたのに…


「本気でも届かない……これが格の違いってやつか」


私が勝手に考察している間にも、千夜はデスナイトを一太刀で倒し、いつの間にか全滅させていた。

その時、


「ッ!?」


突然、千夜が私の方をギラリと睨んできた。


「馬鹿なっ!?」


あり得ない、こんな事あるはずがない。

今の私は、ほぼ知覚遮断状態。

視線や気配を偽装し、隠せない部分もくノ一と他の魔導具で消してる。

それに、『盲点の面』で私の姿は見えないはず。

でも、千夜は確実に私の方を見てる。

……逃げよう、いつ気付かれるかわかったもんじゃない。

私は念の為、『影のくノ一』や他の魔導具に多めに魔力を流し込み、隠密能力を高めてからその場を離れた。










ビルの下


誰かいた。

気配は全くしなかったし、視線も私が本気で観察しないと気付けないほど誤魔化されてる。

それでも、直感に従って見上げた先には確実に誰かいる。

姿は見えない、気配もない、視線もあやふや。

この三つの条件下では、誰もが気のせいで済ませるかも知れない。

でも、私は榊の血縁者。

自分の直感に誇りを持ち、一般常識や自分の中の常識には囚われない。


「あのぉ〜…どうされました?」

「少し、気になるところがあったので」


私が話し掛けてきた奴を適当にあしらった時、直感ですら感知出来ないようになった。

逃げられた。

出来れば捕まえたかったけど、私が追いかけたところで、ソイツの側につく前に逃げられるだろうね。


「はぁ…悪意は感じられなかったし、多分大丈夫」


私は、刀を鞘に仕舞い警戒を解く。

私の直感が感じ取った強い感情は一つ。

『焦り』

おそらく私に気付かれて動揺したんだろう。

それ以外の感情は特に感じられなかった。

進んで人に危害を加えるような人物であることを祈るしかないね。

私は、民間人達に向き直り、声をかける。


「もう大丈夫ですよ。よほど運が悪くない限り、デスナイトに襲われる心配はありません」

「ほ、本当ですか?」

「ええ。奴等が私達よりも遠くに行っていなければ…」


一応、それとなく脅しておいた。

『変に動き回って死んでも知らないぞ』と。

まあ、こんな事をしなくてもデスナイトの恐ろしさは身にしみて覚えただろうし、きっと大丈夫。

それよりも、ここを見下ろしていた誰かを見つけるのが先だ。

本当は琴音を探したかったけど、アレが何者か分からない以上、一応探した方がいい。


「では、私は先を急ぎますので」

「そうですか……頑張ってください」


私は、軽く微笑んでうなずくと、魔力も使いつつアレを探して走り出した。

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