第82話大墓地のスタンピード
組合の近くまで来た私は、瞬間着脱を使っていつもの服装に着替える。
そして、人混みを掻き分けながら中に入ると、不快とも思えるほど騒がしかった。
私は、気配を頼りに千夜を探し出すと、手を掴んで出来るだけ人が少ないところに行く。
「千夜。こっちの様子はどんな感じ?」
「大混乱だよ。『大墓地』はヤバイダンジョンとして有名だからね。もう終わりだーって叫ぶ人が出てきてるよ。で、そっちは?」
「お母さんがスタンピードの対応に協力してくれるらしい。まあ、かなり好戦的になってるからあんまり話は聞いてくれなさそう」
お互い情報交換を済ませると、丁度組合長が演説を始めた。
私はまるで興味が無かったから聞いてないけど、千夜は真剣に聞いていた。
すごくざっくり話を纏めると、『英雄候補者』以上の探索者は基本的にスタンピードで出現したモンスターの対応。それ以外の探索者は民間人の避難誘導&戦闘に参加している人の支援という指示が出された。
まあ、私はそれに従うつもりはないけど。
私がどこを狙おうか地図を見て考えていると、千夜が横から声をかけてきた。
「琴音はこれから何処に行くの?」
「なんとなく分かってるんじゃない?」
私がそう言うと、千夜は苦笑しながら溜息をつく。
「死なないでね?」
困った笑みを浮かべながら、私の手を握った千夜は、それだけ言って『英雄候補者』以上の探索者が集まっている会議室へ向かった。
「さて…実戦訓練といきますか」
私は人混みに紛れ、瞬間着脱を使い気配と姿を消す。
そして、誰にも気付かれることなく組合を出て、『大墓地』へ向かった。
◆
会議室
「さて、まだ全員集まった訳では無いが、事態は一刻を争う。先に今居る者に作戦を伝えておこう」
会議室に集まった探索者達に組合長が作戦を説明し始めた。
「まず、今分かっている出現したモンスターだが、何故かデスナイトしか確認されていない。しかも、数もおよそ四百未満と少ない」
「なんだそりゃ。いくらデスナイトが強いとはいえ、上級ダンジョンのスタンピードだろ?規模が小さすぎる」
確かにその通りだ。
デスナイトが四百未満、下級ダンジョンに置き換えて話せば、ホブゴブリンが五百匹くらい出てきたようなもの。
そんなの、琴音一人で解決出来るくらい小規模だ。
それどころか、スタンピードどころか、モンスターの群れが外に出てきたくらいの感覚。
スタンピードと呼ぶには余りにも小規模過ぎる。
「可能性としては、二つの説がある。一つは、アレが今回のスタンピードの先鋒だという事。おそらく、この可能性が一番高いと思っている。そして、もう一つは――」
「デスナイトを四百未満しか出せない程の力を持った化け物が居ると」
「その通りだ。もしくは、化け物のような力を持ったモンスターが多数存在するかだな」
私は、組合長が言おうとした事を先に言い当てる。
今のところの情報だと、スタンピード自体のレベルは高くない。
推定レベル1らしい。
つまり、本当に小規模なスタンピードだ。
それでも少なすぎるけどね。
「あまり考えたくはないが、以前確認されたデスロードが多数存在する、なんて意見もある」
「なんですか。その地獄みたいな状況は」
「そうだな。正直、そんな事になれば日本中から探索者を掻き集めなければならなくなる。出来ればこのまま特に増援もなく終わってほしいが…そう上手くは行かないだろう」
間違いなく、この程度で終わるはずがない。
それくらい全員が承知だろう。
「あまり、士気を下げるような事は言いたくないが、今回の件に明確な作戦はない」
組合長の言葉に、会議室が騒がしくなる。
「モンスターの強さ、数が未知数である以上、下手にこちらから攻撃を仕掛けるよりも、防御に徹した方がいい。君達は、変えの効かない優秀な探索者なんだからな」
優秀な探索者…これが当てはまる奴が、ここにどれだけ居るか。
この会議室に居るのは、ほとんどが『英雄候補者』
それも、よっぽど努力しないと『英雄』になれないような雑魚共。
…勝てるのか?
最悪、琴音と二人で押入れのダンジョンに逃げ込んで、隠れるのもありだ。
むしろそうしたい。
あそこで、ほとぼりが冷めるまで二人で現実逃避をしながら過ごしたい。
でも、ここで逃げれば『剣聖』の名に傷が付く。
それに、
「作戦がどうあれ、私は参加しますよ。私には、命を懸けてでも守りたいものがあるので」
私がこう宣言すれば、他の連中も簡単には引けなくなる。
『最年少英雄候補者』が、命を懸けてでも守ると言っているのに、自分達は逃げるなんて恥ずかしい行為は出来ない。
さて、釘は刺したぞ雑魚共。
お前らはどうするんだ?
すると、数人の男性が苦笑して話し始めた。
「ふん!ちょっと才能があるからってガキが調子に乗りやがって。あんまり大人を舐めるなよ」
「全くだ。お前みたいなガキは、後ろで民間人の避難誘導でもしてろ。モンスターの対応は俺達大人がやる」
「こんなガキに舐められたままでいいのかよ?」
ふ〜ん…少しは度胸のある奴も居るんだね。
ちょっと見直したよ。
私の遠回しな挑発に乗ってくれた大人達が他の探索者に参加を求めてくれたおかげで、全員が参加してくれる事になった。
「ありがとう。作戦はないが、どこで守るかという案はある。これから均等に戦力を配置する、そこに向かってくれ」
組合長の指示の下、全員に担当が割り振られた。
私は南側を守る事になっている。
そして、全員割り振りが終わると、組合長が最後の演説を始める。
「既にスタンピード発生から一時間半は経っている。逆に一時間半程度で作戦会議が終わったという見方もあるが、そんな事はどうでもいい。すぐに担当の地域へ向かってくれ。それと、自分の命は自分で守れ、危険を感じれば周りに報告した上で撤退するように。それでは、解散!」
私はいち早く会議室を出て担当の地域へ向かう。
私がこうしている間にも、人が襲われているかも知れない。
すぐに行かないと…
魔力を全身に纏わせ、担当の南側へ向かい全力で走った。
◆
『大墓地』近辺
「うわぁ…これは酷い」
放送で、どこのダンジョンがスタンピードを起こしたとか、どこに逃げれば良いとか説明はされていた。
一般人はそれに従えばいいんだけど、私はどこでスタンピードが起きたか知ってるし、守る側の人間だからあまんり放送は聞いてなかった。
しっかり状況説明されていたかも知れないし、されてないかも知れない。
だから、民間人がどうしてるか知らないけど、原因の直ぐ側はこうなるよね。
「死屍累々…これがスタンピードから逃げ遅れた人の末路か」
私の目の前には、無惨に殺された人々の死体が散乱していた。
ほぼ全ての死体が真っ二つに切られてる。
デスナイトは剣を使うから、それで切られたんだろうね。
私ですら逃げたいと思うような化け物に襲われたんじゃあ仕方ない。
「必ず終わらせます。だから、スタンピードの事はは心配せず、眠ってください」
私は仮面を外して手を合わせる。
そして、黙祷を捧げたあと、今襲われているであろう人達を一人でも多く救うべく、デスナイトのいる方へ向かう。
「きゃぁぁぁぁぁああああああああ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」
「た、助けてくれぇぇーー!!!」
デスナイトの気配がする場所まで来ると、今度は阿鼻叫喚の世界が広がっていた。
アンデッド系モンスターは、その多くが動きが鈍い。
あのデスナイトもそれに含まれる。
しかし、それはあくまで探索者から見た場合。
デスナイトと戦えるような探索者からすれば、アンデッド系モンスターらしく動きが鈍く見える。
だが、初心者や民間人から見れば化け物がバイクに乗って走ってきているような速度だ。
だからこそ、私達が守らないといけない。
「百面『般若面』」
私は、百面を攻撃特化の状態へ変化させる。
普段は『虚の面』にしてるけど、状況に応じて仮面を変える。
例えば、さっきまで使ってた『盲点の面』とか、怪我した時に使う、『回復の面』とかだね。
そして、今使ってる『般若面』は戦闘時に使う仮面。
効果は、身体能力の向上、魔力強化、物理耐性、魔法耐性、苦痛軽減、仮面を見た相手を硬直させるというもの。
硬直は対象を私が管理できるから、民間人がこの仮面を見て立ち止まり、デスナイトに殺される事はない。
「さてと…完全武装、本気状態の私がどれだけ強くなったか…確かめてみよう」
私はビルの屋上から飛び降りると、『紅蓮』に炎を纏わせ、近くのデスナイトに向ける。
重力に従って加速した私の『紅蓮』は、デスナイトのうなじに突き刺さる。
「ォォォォオオオオオ!!?」
『紅蓮』の炎をは特別製、簡単に消えることはない。
例え、水をかけても、砂に埋もれても、酸素が無くなっても。
対象の魔力を酸素や燃料として燃え続ける。
その命が尽きるまで…
炎に抱かれたデスナイトは暴れまわるが、そんな事をしても無駄。
我ながらえげつないはめ殺しだとは思うけど、そもそもこれが成功するのは格下か奇襲に成功した時だけ。
抵抗されると簡単に弾かれてしまうからね。
「まずは一匹」
私は、指輪の力で偽装した声でそう呟く。
今の私の声は、冷ややかな大人の女性という風に聞こえてるはず。
……別に、私がそういうのに憧れてる訳じゃないからね?
別に、お母さんがもっとクールだったらカッコよかったのになぁ〜、なんて思ってないからね?
「ふぅ…」
軽く溜息をついて気持ちを落ち着かせると、もう一つの短刀、『漆』に闇を纏わせる。
黒いモヤに包まれた『漆』は、禍々しい空気を放ち、私を視認できる全ての存在の視線が集まる。
「オオォォ…」
一番近くにいるデスナイトが、私を警戒して身構えている。
私は、その警戒に応えるように走り出す。
突然、私が自分に向かって来ている事に驚いたのか、警戒していたデスナイトは一瞬動きが硬直した。
その隙にデスナイトの懐に潜り込むと、仮面の力を使う。
仮面を見たことで発動する硬直は、私が現れた時に消費してる。
だから、魔力を注いで意図的に発動させるのだ。
懐に潜り込んだ私から距離を取ろうと動きかけたデスナイトが、仮面の力によって硬直する。
「スキあり…」
そうポツリと呟き、『漆』の刃を上に向けて腹に刺す。
そして、そのまま刃を心臓へ向かって走らせて、デスナイトの腸を引き裂く。
それと同時に、『漆』が纏っていた闇がデスナイトの体に入っていく。
「『体破暗毒』」
私が、『漆』の力を使うと、デスナイトの体がボコボコッ!と砕け始めた。
返り血を浴びる前にデスナイトの懐から退散するとか、ちょうど身体がボロボロに成ったデスナイトが倒れた。
外から見ると何も変化はないように見えるが、切り裂いた部分から血に似たナニカが出ているのが、身体がボロボロになった事を表していた。
私が他のデスナイトを警戒して、『漆』と『紅蓮』を構えると、民間人の方から男の子の声が聞こえた。
「かっけぇ……」
……恥ずかしい。
よくよく考えてみれば、今の私ってゴリッゴリの厨ニ服を着て、般若面のお面を着けて、炎と闇を纏った短刀を持った、厨ニ病患者が考えたみたいな見た目をしてる。
世の男子達が熱狂しそう。
ヤバイ…変な噂が広がる前にコイツら倒して逃げよう。
「行くぞ…」
それっぽい事をポツリと呟いて、私は『影のくノ一』の効果を使い姿を隠す。
この状態なら、奇襲が100%成功する。
……まあ、千夜とかお母さんみたいな例外や、探知能力の優れた格上なら気付かれそうだけど。
それから私は、気付かれないのをいい事に、全てのデスナイトを姑息な方法で一方的に殺した。
千夜なら、剣と己の力だけで全滅させそうだけど、私にはそこまでの力がない。
もちろん、確実に強くなっている。
でも、せいぜいデスナイト一体と戦えるレベル。
そして、勝つ確率はおよそ三割といったところかな?
その程度の力しかまだ無い私には、真正面からの戦闘は荷が重い。
もっと努力して、千夜のもとで修行して強くならないと。
「はぐれを探すか」
私は、この場を離れてはぐれ個体を探すことにした。
強い気配が近付いて来ている。
おそらく、作戦会議が終わった『英雄候補者』以上の探索者達が来たんだろうね。
この場はその人達に押し付――任せて、私のやりたい事をやろう。
「百面『盲点の面』」
私は、『般若面』を『盲点の面』に変えると、すぐにこの場を離れた。
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